2005年12月30日金曜日

正月準備(その3)

≪昨日からのつづき≫



なますが入っているボールの直径は25cm。調子に乗って、ちょっと作りすぎ。

アチャール用の『シドゥラ』(干し魚)で作った田作り(ごまめ)は、ちゃんとそれらしい味になっていた。

たたきごぼうはこの後、すりゴマもまぜた。ゴマは、ネパール人も使う食材。

写真にはないが黒豆も完成。2カップ分も作ってしまったので、おやつ代わりにすでに食べ始めている。

本日、豚肉(否、いのしし肉?)を、昨日の写真の肉屋で1.5kg購入。ただし、1.5kgは、身だけの重さではなく骨込み。角煮を作る予定だったが、多少保存のきくチャーシューに変更することにした。



鏡餅も到着。下の餅の直径15cmと、立派。みかんがないので、とりあえず、もらいもののジャミル(昨日のブログに書いた、ゆずみたいな柑橘類)を乗せておく。

鏡餅を作っている知り合い(日本人)から、彼女が最近自ら作っているという醤油(もちろんネパール産)1リットルを、おまけにいただいたので、煮しめと先述のチャーシュー作りに、早速この醤油を利用。おいしくなったぞ。

こうやって、全てをネパール産の材料でやりくりしたおせち。予定メニューの9割方完成。

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正月準備、おせち準備だけではなく大掃除(といっても、メインは、鉄格子がはまっているせいで、面倒くさくてほとんど拭いたことがなく、埃だらけになっていたガラス窓拭き)も予定していたのだが、その必要はなくなった。12月初めから、私が住んでいる家の外壁塗り替えが行われていたのだが、ペンキ塗りのおじちゃんたちが、昨日、ガラス窓も全部ぴかぴかに掃除してくれていたのだ。

ちなみに、外装塗り替えは、正月に向けて始まったわけではなく、たまたま乾期の今取り掛かったら、日本人の私にもタイミングがいい大掃除時期と重なってくれたというわけ。

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夕飯後、知人(ネパール人)から電話。彼女は、西暦の新年など、全く関係のない暮らしをしている女性。「今日何していた?」という話になったので、「あさってから、ハムロ・ジャパニ(私たちニホンジン)のダサインが始まるから、そのための準備をしていたの」というと、「あら、あなたたちにもダサインがあるの?」と興味津々。西暦とは縁のない生活をしている人には、こうやって説明しておくのが、手っ取り早い。

≪正月準備、これにて一応終了≫

2005年12月29日木曜日

正月準備(その2)

≪昨日からのつづき≫



おせちメニューと、材料入手方法。

1.なます

→ 大根、にんじんはこの時期カトマンズでも旬。香り付けのゆずには、『ジャミル(Jyamir)』と呼ばれる柑橘類で代用。知人(ネパール人)宅にたくさんなっているので、わけてもらった。

野菜類は、写真のような場所に売られている。



これが『ジャミル』。見た目もにおいも『ゆず』そのもの。



2.黒豆

→ 豆類はたくさんあるネパール。黒大豆を入手。

そこら辺の食料品屋にて、いろいろな種類の豆が、カンカンに入れられ並んでいる。

3.きんとん

さつまいもは、この時期、八百屋でも見かけるのだが、小指程度の細いものしか売られていない事が多い。厚めに皮をむいたら、何も残らないほど貧相。ということで、なるべく太くて大きい物を探すべく、市場へ。無事入手。栗の代わりはりんご。

こちらのさつまいもは白っぽいので、黄色付けに『ベサル』(英名:ターメリック、和名:うこん)を少々入れる。裏ごしは省略。本日調理終了。



4.田作り(ごまめ)

→ アチャール(ネパール定食に必ずつけられる、漬物のようなもの)やタルカリ(おかず)に時々使われる、『シドゥラ』と呼ばれる干し川魚がある。大小さまざまあるが、小振りのものを使えば、イケそうだ。

5.たたきごぼう

→ ごぼうはちょっと大きめな市場などに行くと、「ニホンジンが食べる根っこ」ということで知られていて、「ゴボー」という名で売られている。

6.煮しめ

→ 普段からよく作るメニューだから、材料入手には問題なし。





7.豚の角煮

→ 豚肉、いのしし肉は街中で豪快に売られている。1kg購入予定。時々中に虫が入っていることがあるので、豚(いのしし)肉は普段はめったに買わない。

肉屋はこんな感じ。道端に台が置かれ、肉の塊がどどんと並べられている。

8.雑煮

→ 大事に取っておいたかつお節削りと昆布が残っているので、ダシ取りも問題なし。

以上、追加予定品少しあり。

そうそう、鏡餅は、毎年カトマンズにて作っている知人(日本人)に、注文済み。明日受け取る予定。

≪たぶん明日につづく≫

2005年12月28日水曜日

正月準備(その1)



ビクラム暦(新年は4月半ば)が公暦のネパール。

たとえば、今日2005年12月28日は、ビクラム暦では2062年9月13日。年末でもなんでもないから、西暦の年末年始は、一般市民にはほとんど意識されない。(旅行者が集まる「タメル』地区では、ニューイヤーのイベントなどもあるみたいだが、慣れないネパール人たちが企画するそれは、どうも地に足がついていない感がある)

日本の『師走』や、年末年始の雰囲気が漂うのは、ネパールでは、『ダサイン』祭(毎年10月頃行われるネパール最大の祭)の頃。ダサインはこちらの人にとっての新年というわけではないが、準備の段階で、家をきれいにしたり新しい服をそろえたりする習慣、祭が始まると、親戚回りをし普段は食べないおいしいご馳走を食べたりする習慣なども、何となく日本の新年に共通する点がたくさんある。この時期には、凧あげをする習慣もある。

でも、そんな祭も2ヶ月前に終っている。西暦の年末年始は、ネパールでは、普段と変わらない普通の日でしかない。大晦日も元旦も、普通の平日。(今年はたまたま大晦日が土曜日=ネパールの公休日にあたるので、休みではあるが、元旦は日曜日なので、ネパールでは普通の平日となる)

そういう雰囲気が寂しすぎて、毎年この時期には帰国していた私だが、今年の帰国(&旅行)は、年明けに延びてしまった。ネパールで迎える西暦の新年(逆に言うと、日本で迎えない新年)は、5年ぶりだ。

いつもはこの時期、ぬくぬく日本の実家で過ごし、いい歳しながら、おせち作りは母任せで、きんとんの裏ごし程度しか手伝わない私だが、今年はここネパールでも作れる簡単なおせちでも作ろうかと、買出しに出かけた。

写真は、今日の話題にはあまり関係ないが、魚屋さん。大きな魚は、ジャナクプル(南ネパール)あたりから運ばれてくる。

≪明日につづく≫

2005年12月27日火曜日

ネパールへの旅を誘う日本画



77日間のネパール滞在を終えた1人のゲストが、クリスマスの日に帰国された。

昭和61年から続けられている高島屋の個展を今年も終え、4年ぶり2回目のヒマラヤトレッキングに来られていた。

帰国前に、ネパール国内(主にカトマンズ)の旅行業界に配られる新聞(サンライズ・ネパール:月2回発行)の取材を受けられていたのだが、その記事が載る新聞が、先日発行された。ゲストの了解を得たので、記事の和訳を紹介したい。

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『日本人ミヤサンが描く絵は、ネパールへの旅を誘う』

ヒマラヤを目にしたとたんに、スケッチを始める日本画家・宮西東洋雄氏が、今ネパールに滞在している。約3ヶ月の予定でネパールを訪れている宮西氏は、ネパール人の友人たちからミヤサンと呼ばれている。

日本の大阪に生れたミヤサンがネパールを訪問するのは、今回が2回目。2001年に最初にネパールに来た時には、エベレスト方面のトレッキングを楽しんだ。このとき描いたエベレストやヌプチェをはじめとする山々の絵には高額な値がつけられ、日本人に購入されたという。展覧会用に用意された一冊の本を見せてもらった。そこに掲載されている絵の数々はどれも、絵ではなく写真のように見えた。

今回、ミヤサンは『ヒマラヤン・アクティビティーズ・トレッキング・カンパニー』を利用し、約50日間のトレッキングへ出かけた。ランタン方面と、アンナプルナ一周に同行したガイドはニマ・ジャンブ・シェルパ氏だ。

ミヤサンは言う。「今回のトレッキングは、本当によかった。30枚以上のスケッチもできた(*)。日本に帰ってから、展覧会に向けての本格的な制作活動を始める予定だ」

* 帰国後数えてみたら、実際には50枚近くになっていたそうだ。

4年に一度、日本で大きな個展を開くのが恒例となっているのだ。自然の中でも特に山の絵を描くことが多く、ひとつの絵を描くのに平均1ヶ月はかかるという。

ミヤサンが描くネパールの息遣いが聞こえてきそうな雪山や川の絵は、ネパールを訪れたことのない日本人の心をも惹きつける。また、ネパールを訪れたことがある日本人に対しては、ネパール再訪を誘うようだ。

今回は、ランタン、マナスル、ガネシュヒマール、ラウリビナヤクから見ることのできるパノラマビューの風景を描いた。

15歳から絵を描き始め、現在64歳になるミヤサンは、ネパールのことを次のように語る。「日本で報道されるネパールの情報は間違ったことばかりだと思う。ネパールに来る前、家族や友達からは『絶対に行かない方がいい』と強く止められた。でも、実際にここに来ると、なぜ、日本人は『ネパールは危険な国』と考えてしまうのだろう、という気になってくる。約50日間のトレッキングに行っても、1度も危険な目にあったことはなかった」

帰国後、ネパールや、ネパールの自然のことについて、日本の新聞にも情報を提供する予定でいるそうだ。

「日本で考えられているほど、ネパールは危険な国ではない。もしろ、安全な国といっていいだろう。普通の観光ならば、ネパールを訪れてもなんら問題はないと思う」

「しかし、安全だからといって、何をしても大丈夫というわけではない。旅行者が少ない場所やトレッキングに行くときにはガイドを必ずつけるなど、最低限の注意は必要だし、自分の身は自分で守る必要はある」とミヤサンは続ける。

ミヤサンの展覧会は、今まで日本でしか開催されたことはないが、機会があればネパールでも開催してみたいとのことだ。

===以上===

2005年12月25日日曜日

エビ



インド・コルカタ産のエビが、地元の市場(*)などで売られていることがある。

* 旅行者もよく訪れるカトマンズダルバール広場の近くにあるニューロードを、少し南にいったごちゃごちゃした地区に、『キチャポカリ』という場所がある。いろいろな食材を売る店が並んでいる。

キロ200~300ルピー(400円前後)。

「今朝コルカタから届いた、新鮮なエビだよ」

と、店主は言うけれど、埃っぽい道端に置かれた台の上に、じかに並べられている姿を見てしまうと、どうも買う気になれない。

エビが入手できる時期には、地元のダルバート屋などでも、素揚げのエビが時期限定メニューとして並ぶこともある。

海のないネパールに暮らしていると、魚介類を口にする機会が極端に減るので、嬉しくなって思わず半皿注文してしまう(市場で店頭に並ぶ姿を見ると、買う気はうせるのだが、調理後なら、抵抗なく食べられるのだ)。8尾ぐらいの素揚げエビが、45ルピー(約70円)。

2005年12月22日木曜日

何気ない光景

どこにでもある、街中の寺院。



下を拡大してみると、何気に洗濯物が干してあったりする。

2005年12月21日水曜日

性(さが)

今日はみんなで年賀状作り。

元旦に配達される、ネパールから出す年賀状が毎年割と好評なので、今年もヒマラヤン・アクティビティーズ利用者の方々に、手書きの賀状を作成することにした。今日がその日。

宛名を書く人、切手を貼る人、『年賀』の文字を目立つように色付けする人(『年賀』と書いていても、毎年何通かは、年内に届けられてしまう。だから、『年賀』の文字だけはとにかく目立つように、大きく書いたり、2~3箇所に書いたりすることにしている)に手分けして、単純な流れ作業を繰り返す。

切手貼り担当は、今年10月半ばから新しく働き始めた21歳の女性スタッフ。

彼女の手元を見ていると、50枚つづりの切手シートから、1枚切手を切り離してはハガキに貼って、また1枚切手を切り離してはハガキに貼って、、、という作業をちんたらちんたら繰り返している。

こうなるともう、『効率よく』仕事をすることに慣れているニホンジンの私は黙ってられない。

『まとめて1シート(50枚)分の切手を先に全部ばらしてから、その後まとめてはがきに貼っていけば、作業が早く進むんじゃないの?』

彼女、あ、そっかあ、という感じで、まとめて切手をばらす作業に取り掛かる。

机の上には、切手を張りかけのハガキがさっきの作業の途中のまま残され、その下には、住所録が書かれた紙が無造作に置かれたまま。今の作業には関係ない修正液ペンやハサミ、ノートやら雑誌も置かれている。

挙句の果てに、切手をまとめてバラすのはいいけれど、ゴミになる部分と、必要な部分を、分けることなく、ごっちゃごちゃに置き始めている。しかも、貼らなければいけない2種類の切手(日本までのハガキに貼る切手は25ルピーなのだが、25ルピー切手が売り切れだったので、18ルピー切手と7ルピー切手の2種類を貼らなくてはいけないことになってしまった)も、分けることなく、ごちゃごちゃに置いているから、後でまた仕分け作業が必要になりそうだ。

切手をはがしながら、『ゴミ』『18ルピー切手』『7ルピー切手』を手際よく分け、効率よく作業するという発想が、全くない。

『ちょっとさあ、そんなことしてたら、絶対何枚か切手をゴミと一緒に捨てることになるわよ。まず必要ないものは片付けてから作業に取り掛かったら?それから、ゴミと、2種類の切手は、ばらしながら分類も同時にすれば、二度手間じゃなくなると思うけど』

彼女また、あ、そっかあ、という感じで、片付けに取り掛かる。

心の中で、『ホント、ネパール人は、効率よく仕事をするってコトが出来ないから、困っちゃうのよねえ』と思っている私。

でも、その直後でふと思い直す。

『今日の仕事、そんなに効率よく急いでして、何かの得にでもなるんだっけ?』

答えはNo。

別に、時間はたっぷりあるんだし、ゆっくり作業したって、別に誰も困らないし(私がイライラさせられるぐらいで)、全然問題ナイのだ。

そう思い直して、私に言われて片付けに取り掛かった彼女に、

『ま、別にビスターリ(ゆっくり)でかまわないんだけどね。時間はたっぷりあるしね』

などと言い直してみたりする私。

ああ、何でも、『効率よく』『すばやく』仕事をすることに意義を感じてしまう、ニホンジンの悲しい性(さが)は、どうしても捨てられない。

2005年12月19日月曜日

足場



アジアでは、それほど珍しくない光景だと思うが、こちらでも、建築現場での足場は『竹』で組み立てられることが多い。

割と高さのある、建築中の建物。やっぱり足場は竹。

高層ビルがないネパール。一番高い建物でも、せいぜい10階あるかないか、という感じ。

2005年12月16日金曜日

ストの1日

久々に、カトマンズ盆地内でストが行われた。

15日深夜に、ナガルコットにて一般人12名が軍関係者に射殺されるという事件が起こった影響だ。政党と学生が抗議のストを実施することになったのだ。

ナガルコットとは、カトマンズから約32km、標高約2200mの(一応)避暑地。天気に恵まれるとヒマラヤ山脈が一望でき、エベレストも豆のように小さくではあるが見えるようなので(私にはどれがどれかさっぱり区別はつかないが)、外国人ツーリストにも(一応)人気のある場所。でも、事件が起こったのは、外国人が利用する宿泊施設が立ち並ぶ場所ではなかったようだ。

カトマンズ市内では、久々のスト。以前は、どうでもいい内容の(?)ストが頻繁に起きていて、ウンザリすることも多かったが、2月1日、国王が政権を握って以降、カトマンズではストは実施されていなかった。

ストの種類は、主宰者がマオイストである場合や、政党または学生団体である場合などいろいろあるが、とにかく一般人は、ストの日にはおとなしくしているのが一番。

ストの日に、エンジンつきの乗り物に乗っていると、投石にあったり、ひどい時には車輌をめちゃくちゃに壊されたりすることもあるのだ。

だから、ストの日には、街を走る車輌の数が極端に減り、歩行者と、人力車の数が増える。

投石覚悟で走っているタクシーなどもあるが、この日は通常の数倍以上の運賃を取る。彼らにとっての『ビジネスチャンス!』というわけだ。

ストの日に、カトマンズに到着したり、カトマンズを出発しなくてはならないツーリストは大変だ。空港から(空港まで)の足がなくなってしまうからだ。空港~カトマンズ市内間の約8kmの道のりを、人力車で移動するか、『TOURIST』と大きく書いた紙を張った車に乗って移動するしかない。 (武装アーミーが警護に当たりながら、高級ホテル街とタメルエリア~空港を結ぶ巡回バスが急きょ出る場合もあるが、使い勝手のほどは不明)

主宰団体が誰であれ、外国人は(一応)狙わないから、『TOURIST』とでかでか書くことで、外国人が乗っている車であることをアピールするのだ。(でも、それでも投石されることもあるが)

さて、そんな今日、午前中どうしてもタメル(旅行者が多く集まるエリア)まで行かなくてはならなかった私は、スクーターに乗って家を出た。ナンバープレートを隠し、代わりに『FOREIGNER』と書いた紙を貼ろうかどうか迷ったのだが、まあ、街の様子を見てから(ストがどの程度タイトなものか把握してから)考えようと思い、そのまま出かけた。

でも、ネパール人に間違えられないように(間違えられると投石される可能性があるから)、いつもしているマスクとサングラスをはずすことは忘れなかった。(でも、明らかな白人ならともかく、日本人は、ネパール人に間違えられることも多いから、実はあまり意味はない)

タメルまでは、大通りはなるべく避け、裏道を選びながら進む。いつもそうなのだが、ストの日も、住宅街はいたってのどか。通行する車輌が少ないので、それをいいことに、子供たちは車を気にすることなく、道一杯に広がって遊んでいたりする。

そんな裏道を通りながら、いよいよタメルエリアへ到着。ここまで来ればもう安心、と思ったのだが、目的地まであと200m、というところで、コトは起こった。

反対側から、道一杯に広がって、騒ぎながら小走りに向かってくる若者たち。手にはレンガや石、棒などを持って、振り回している。

やば。

タメルの北にはキャンパスがあって、ストやデモなどが起きると、よく、警官と学生でレンガ合戦&催涙ガス放出などを繰り広げたりしているのだが、今日も、その場所からデモがスタートしたようだ。

スクーターのスピードを落とし、端によって、若者たちが行き過ぎるのを待とう思っていたら、みるみるうちに、その若者たちに取り囲まれてしまった。

みんなの目は殺気立っていて、私を座席から引きずりおろすのを狙っている感じ。怖い。

移動できずに、小さくなってすくんでいると、リーダーの若者が、私に向かってネパール語でこういう。

『ちょっとオネーサンよ、今日がバンダ(ストのこと)だって、知らないなんていわせねーよ。なに、バイク乗ってんだよ。ほら、とっとと降りな』(かなり意訳。でも、こんな感じで言葉も荒くコワカッタ)

ざっとみて、30人ぐらいの若者がいる。みんな、今にでもレンガを私に向かって投げてきそうな雰囲気で、かなり殺気立っている。

ヤバイ。だから、こうなることを恐れて、サングラスとマスクをはずしてきたのに、思いっきりネパール人扱いされている私。こういうときは、ネパール語は分からないガイジンのフリをするのが一番。

しばらくもごもご口ごもってから、『・・・アイムノットネパリ・・・』と答えてみる。

すると、今にもかかってきそうだったリーダーの態度が、とたんに変わった。にっこ~と笑顔になったのだ。なんだこの急激な変化!?

彼の後ろでは、『なんだ、ガイジンだよガイジン』『道あけてとーしてやろーぜ』『チャイニーズかな?』『いや、ジャパニじゃないの?』『でも、ネパリみたいだよな』というような、殺気だった彼らに似合わない会話が、ちらほら聞こえる。

そしてその後、拍子抜けするほど親切な態度で『オーケーオーケー』などといいながら、道をあけてくれた。そして、敬礼でもしそうな勢いで、私を通してくれた。

どうでもいいけど、すごい変わりようだな。

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日本人だから狙われてしまう国もあるけれど、この国は、日本人だから親切にしてもらえることも多くて、その点は過ごしやすい。

でも、私の後ろにネパール人が乗っていたり、私がネパール人だったら、バイクはめちゃくちゃに壊されていたかもしれない。

同じ国民同士、争う国も多いけれど、ネパール人がネパール人同士攻撃しあう理由って、筋が通っているのかどうなのか、なんだかよくわからない。

そういえば、通り過ぎる私に『サヨナラ』『コニチワ』などという者もいて、さっきまでの殺気はどこへ?と思ってしまった。結局彼ら、昨日のナガルコットの事件を引き金にして、ストレス発散のためのデモをしてるだけにしか見えない。

そんな感じの、ストの1日だった。

2005年12月15日木曜日

フリ(鼻ピアス)

久々に歩いてインドラチョーク方面へ出かけた。

旅行者が多く集まるタメル地区を南へ行くと、インドラチョークという、下町っぽい雰囲気が漂う場所に出る。そこの布屋に行くのが目的だったのだが、久々に歩いて通る町並みなので、きょろきょろしてみる。

途中に、チベットやシェルパ系の布を売る店や、貴金属類を売る(でも、店構えは非常にローカルだから、気軽に入れる)店などが並ぶ通りがある。

久々に新しいフリでも1個、買ってみるかと思い、ローカル貴金属屋に立ち寄ってみる。

『フリ』(Phuli)とは?

フリとは、鼻ピアスのこと。ネパールの女性は、左小鼻に鼻ピアスをあける習慣がある(ネワール族やシェルパ族はあけないが)。

その鼻ピアス=フリ、実は私もあいている。でも、いつも、帰国する際、成田到着直前に機内ではずすことにしている。 (アメリカにいくときは、そのままにしているけれど、日本だとやっぱりちょっと、周りが引くので)

いつもは、カトマンズに戻る機内で、再装着するのだが、前回は、面倒くさくて、ネパールに戻ってきてからも、つけそびれていた。かれこれ、1年放ったらかしだ。

ふと思い立った時に、ピアスの芯(?)などを、通してみたりはしていた。でも、さすがにこれだけ長期間放ったらかしだと、穴、ふさがってるかもなあ、と思って、恐る恐るフリを通してみたところ、ちょっときつめではあるが、何とか通った。

ということで、久々に1個購入。安い買い物なのだが、ちょっとウキウキしてしまう。

2005年12月14日水曜日

欠陥住宅

やっと姉●建築士が証人喚問に応じたようで、興味深くニュースを見てしまう。

建築詐欺とは少し違うが、こちらの建物は、びっくりしてしまうような造りのものも多い。

【水が出てこない流しの蛇口】
一見すると、流しがあり、そこには(見た目)水道もついているので、蛇口をひねれば水が出てきそうなのだが、外からの水道管がつながっていないから、いくら蛇口を全開にひねっても、水が出てくることはない。

【ONにしても電気がつくことのないスイッチ】
これも水道と同じ。配管を間違えているので、室内の壁に電気のスイッチはついていても、その裏に電気が通っていないため、スイッチをいくらONにしても電気が付くことはない。

【閉まらない窓】
明らかな設計ミス。窓についている鉄格子が邪魔して、閉まらない仕組みになっている。

【排水溝に水が流れない仕組みになっている床】
ベランダなど、排水溝付近が微妙に高くなっていて、絶対に水が流れない仕組みになっている・・・。

・・・ネパールでは、割と当たり前。多分、当たり前すぎて、欠陥だと認識されていないかも。

ちなみに、水が出ない蛇口と、閉まらない窓は、ヒマラヤン・アクティビティーズのオフィスでもご覧いただけます(笑)。

2005年12月12日月曜日

チベット犬はいらんかね?



毎年、今ぐらいの時期になると、写真のようなチベット犬(ボテ・ククル)の子犬を抱えて、街中で売る人たちの姿を、よく見かける。



写真の彼らは、ヘランブー地方(カトマンズから北100km以内にある地方。といっても、100km行ってしまうともうそこはチベット自治区になってしまうが。ランタントレッキング方面)の山の中から出てきたとの事。生後一ヶ月にも満たないボテ・ククルを抱え、道端に立っている。

彼らの言い値は、大体1匹2000ルピー前後(約3000円)だが、交渉していくうちに適当な価格で折り合いが付いて、販売が成立する。

去年、知人が買ったこの種のボテ・ククルは、1匹500ルピー(約800円)だった。かなり安価だったのだが、飼われて(買われて)約一ヵ月後に、病気で死んでしまった。



ところでこのボテ・ククル、他の犬とはちょっと雰囲気が違う。何に対しても全くお構いナシというか、動じないとういうか、そういう性格の犬だ。飼い主にもなつかない事が多いらしい。そして、喧嘩好き。

子犬は、ふさふさしていて、見た目かわいいけれど、なつかないから物足りない。

以前、少しだけ接したことのあるボテククルの赤ちゃんは、食事を与えても嬉しそうな様子も見せずに、全く無表情だったから、目や耳が聞こえない犬かと思ってしまった。でも、それがこの種の犬たちの特色だと後になって知った。

2005年12月10日土曜日

本当のフライト時刻はどれ?

ネパール国内線のフライトスケジュールを調べると、いつも頭が痛くなる。

まず、航空会社のウェブサイトをみても、そこに書かれているフライトスケジュールはあてにならないことも多い。以前のものが、そのまま掲載されていたりすることもある。

航空会社に直接電話をしても、電話を受けるスタッフによって違った回答をすることがあるから、あまり当てにならない。

チケット販売を専門にする、代理店に問い合わせても、入手している情報が違うことが多い。

フライトスケジュール確認の電話を入れるたびに、こんな(以下のような)やり取りをしなくてはいけないのは、本当に面倒くさい。

たとえばこちらが、『○○航空の、10時台のカトマンズ発ポカラ行フライト時刻教えて』と聞くと、たいてい、『10時半頃』というような回答が返ってくる。

『ごろ、って、なに?航空会社が公式発表している時刻に、頃 ってあいまいな表記があるわけじゃないでしょ?』

というと、先方は、『でも、ほら、ネパールの国内線は、たいていスケジュールどおりに飛ばないじゃん。だから、10時半頃としか言いようがないんだよ』

という。

それはそうなのだが、私たちが知りたいのは、そういうあいまいな時刻じゃなくて、航空会社がフライトスケジュールとして発表している時刻。実際は、フライトスケジュール通り飛ばないことのほうが多いネパールの国内線だけれど、それでも、一応公式発表されている正確な時間が、あるはずではないか。

だから、そういうと、

『まあ、一応あることはあるけどねえ、正確な時刻に飛ぶはずないんだから、頃 としか言いようがないじゃん』と、相手もしつこい。

だからこちらも、しつこく聞く。

『そうだけど。ネパールの国内線がスケジュールどおり飛ばないことなんて考慮しなくていいから、Printed Scheduleだとどう書いてあるのか、それを教えてくれればいいのよ』

このような押し問答が続いてやっと、『一応』正式発表されているフライト時刻を教えてくれる。

でも、これも全然あてにならないから非常に困ってしまう。代理店によって、航空会社から得ているフライトスケジュール情報が、全然違うのだ。

航空会社に直接問い合わせても、電話を受けるスタッフによって教えてくれるスケジュールは違うし、代理店に問い合わせても、入手している情報(フライトスケジュール)は、それぞれ違う。

一体、どれを信用すればいいのか?

きっと、どれも信用しないほうがいいのだろう。どうせ、当日になれば、微妙な天候の影響や、突然の機体故障などが起きて、公式発表時刻どおりには飛ぶはずがない、ネパールの国内線だから。

2005年12月8日木曜日

湯たんぽ



寒くなったなあと思って温度計をみると、朝6時半頃の室温(北側の部屋)で、12℃だった。しばらく(15分ほど)温度計を外においていたら、8度ぐらいまで下がった。

日本にいるときも、自分の部屋ではどんなに寒くても暖房をつけず、着込んで過ごすことの多かった私(エアコンはあったにもかかわらず。人工的な乾燥する暖かさがニガテなので、どうしてもというときは、電気ストーブで足だけ暖めていた。頭寒足熱ってやつだ)。

こちらに暮らして1年目の冬は、暖房ナシで過ごしてみた。

本当に寒い時期(朝晩の室温が10℃を切る時期)は、2ヶ月もないから、着込んでいれば耐えられないこともないのだが、2年目に、古典的な形の石油ストーブを買った。

1週間だけの予定で、1月の一番寒い時期にカトマンズに遊びに来た在米の妹が、原始的な私の生活についていけず?体調を崩し、帰国(帰米)を延長しなければいけない、というハプニングが起きたからだ。病人に寒い部屋はつらいだろうということで、購入を決めた。(セントラルヒーティングでいつでもぬくぬく暖かい家に暮らしているから、カトマンズの暖房無の冬は、きつかったのかもしれない)

ということで、石油ストーブは家にはあるのだが、使用するのは本当に寒くなってからにしている。今年も、まだ使っていない。

が、昨日から『湯たんぽ』は使い始めた。

この湯たんぽ、ベビー用のものらしい。日本にいる知人が、私が帰国した時にプレゼントしてくれた。かわいい形と、色が気に入っている。

これに、やわらかい生地でできた、袋状の白いカバーをかけて、寝る前に、布団の中に入れておく。

そうすると、私が布団に入る頃には、ほかほか暖かくなっていて、なんだか、幸せな気分で眠りにつける。

2005年12月6日火曜日

アンナプルナ街道報告

以前からよく報告されていたことだが、今シーズンも、アンナプルナトレッキング街道には、マオイストが出没している。

外国人トレッカーに『通行料』と称して、金銭を要求するのだ。多少のディスカウント可。領収書まで発行してくれるというから、なんだかおかしいが、トレッカーの身になって考えると、笑い事では済まされないし、腹立たしい。

このエリアをトレッキングする外国人は、『アンナプルナ国立公園入域料』として2000ルピー(約3000円強)を、トレッキング前にすでに所定の機関に支払済みだ。にもかかわらず、なぜに、マオイストが勝手に決めた『通行料』を支払わなくてはいけないのか? しかも、なんでタダで金をあげなきゃいけないんだ、という気持ちがこみ上げるのも、当然。

でも、拒否するのはやはり危険だから、遭遇してしまったら、おとなしく要求額を支払うしかない。トレッカーの悔しい気持ちも、よくわかる。

最近の出没箇所は、ゴレパニ周辺と、チョムロン周辺。

アンナプルナ方面の数日トレッキング(プーンヒル方面等)を楽しむ場合に遭遇しやすいエリアが前者。アンナプルナベースキャンプへ行く時に必ず遭遇してしまうのが後者。

ゴレパニ方面での要求額は10~20USドルほど。先述したとおり、多少のディスカウント可能だが、たいていはみんな、15USドル程度は支払うハメになる。

チョムロン方面での要求額は、トレッキング日数に応じて、1日あたり100ルピーの計算。

どちらも、軍隊が巡回する時間帯になると、さっといなくなるようなので、運がよければ遭遇しない場合もある。でも、通行中に遭遇しなくても、夜、ロッジまで回収に来ることもあるようだから、油断がならない。

このように、ラクして金銭を自分たちのモノにする彼ら、卑怯すぎやしないか? せっかくの楽しいトレッキングが、台無しになる。

2005年12月5日月曜日

結婚迷惑話



ネパールでは、結婚式を挙げられる月とそうでない月が分かれている。

3月~4月にかけての1ヶ月(チャイト月)と、7月半ば~11月半ばの4ヶ月(サウン月~カルティック月)、12月半ば~1月半ばの1ヶ月(プース月)は、結婚式には適さないとされている。

ちょうど今の時期(11月半ば~12月半ば)は、結婚式に適さない時期が続く間の中の、束の間の結婚月間という感じだ。だからというわけではないが、この時期になると、待ってましたといわんばかりに、式を挙げる人が多い。

カトマンズなどの都会で見かける結婚一連の行事は、地味婚(死語?)慣れしている日本人の目から見ると、あっけに取られるほど派手なこともよくある。

花嫁を迎えに行き、花婿の家に連れてくる時によく利用するのが、紙テープや生花でダサダサに飾り付けた、写真のような車。

まだまだ、一般家庭の車普及率は低いので、車はレンタカー屋から借りる場合が多いのだが、このときの料金設定、通常よりも高めになっていることも多い。飾りつけは自分たちでするから、別にレンタカー屋の手間は取らせないのに、なぜ高いのか?

それは、車を元通りにして返してくれない人たちがけっこういるからだ。ベタベタにつけられたテープをはがすという、けっこう手間のいる作業を、レンタカー屋がしなければいけない。なかなかきれいにはがれなくて、跡が残ったりしてしまうこともある。だから、その手間兼迷惑料込みで、レンタル代が高くなるというわけだ。



他人の結婚式の迷惑がらみの話は、他にもある。

このダサダサ車と一緒に行動する、管楽器と打楽器で構成される写真のような楽隊。

どの楽隊も、どうにかしてくれ、と思うぐらい、演奏が下手。まず、チューニングからして、全くあっていない。

管楽器担当者はみんな、マウスピースから出来るだけたくさんの息を吹きいれ、大きな音を出せばいいと思っている。息を吹き込みすぎると音が割れるものだが、そんなことは、全く気にしていない様子。

打楽器も同じ。見ていると、これでもかといわんばかりに、バチを高く振り上げ、太鼓の表面に力いっぱい叩きつけているのがわかる。

遠い昔、ブラスバンド部でユーフォニウムという楽器を担当していた私。(ユーフォニウムというのは、チューバの小さい版。今回掲載した楽隊の写真の、向かって左側の銀色の楽器。)よい音楽を作るには、チューニングをしっかりして、力まず軽く吹く、ことだと思っていたけれど、こちらの結婚パレード用楽隊たちにしてみれば、とにかく力んでナンボの世界のようだ。

って、演奏会ではないのだから、しかたないのだけれど、通りにこういう演奏があふれているこの時期、けっこううるさい。

2005年12月3日土曜日

拭く、なでる、磨く、こする

机や床を『拭く』ことを期待して、こちらの人にその作業をさせると、『拭く』というよりは『なでる』だけでコトが済まされる。

『拭き掃除』ではなく『なで掃除』。

手拭や雑巾をあまり区別せず、その辺にある布を、手に取る。その布で、机や床を、人によって、からぶきで『なでる』こともあるし、布を水にぬらしたのはいいが、十分絞りもせずに、びちょびちょのまま『なでる』こともある。いずれにしても、布(雑巾)を、折り曲げたりせず、くしゃっと手に取った状態のまま、すべらせるだけ。

ちがうちがう、『なでる』(スムスミャウヌ)んじゃなくて、『拭く』(プチュヌ)の。

といっても、彼らには何が違うのかわからない。

私が言っている『拭く』って、『こする』(ゴトゥヌ)とか『磨く』(マジュヌ)とかのことなのよ。布を引きずるんじゃなくて、4つ折にして、片面ずつ使って、力いっぱい『こする』ことなのよ。ほら、こうすると、一枚の布で、何回もきれいに出来るでしょ?

と、実演してはじめて、私の『拭く』と彼らの『拭く』の違いに、気づいてくれる。

2005年11月29日火曜日

招待状を出すタイミング

ネパール人の知人が結婚することになった。

ネパールでは珍しく、両家族親戚公認で、約6年間付き合っていたカップル。

同世代の周りが、コソコソ彼女とナガルコットに婚前旅行にいったりする中、彼らは親公認で旅行に出かける、(ネパールでは)すすんだカップルだった。

そんな彼ら、二人そろって東欧に留学することになり、先日ビザがおりたとのこと。

向こうで2人一緒に暮らすなら、出発前に急きょ結婚式を挙げてしまえ、という話が、ビザがおりたと同時に家族からあがるのは当然のこと。

昨日の朝、当の本人とたまたま話しをしたら、『近々儀式を行うかもしれない』といっていた。

しかし、今日の朝突然電話で『結婚前の儀式が今日に決まったから、来てくれるよね?』という。

* ヒンドゥ教バフンの彼ら。結婚式の前に、結婚式とは別の儀式を行う。通常は、この儀式の時に、親が決めた結婚相手と、初めて顔を合わせることになることも多い。

昨日の会話の後、突然日取りが決まったとのこと。

急すぎて、私は出席できず、悪いけどお断り。

こちらではよくあることだけれど、あまりにも突然の誘い。それでも、招待された人はたいてい、どんなに急な誘いでも、都合をつけてしまうから、すごい。

そういえば以前、ポカラに嫁ぐことになったカトマンズ出身の花嫁の親戚から、結婚式の招待状をもらった。

招待状を渡されたのが、式が行われる前日の夜7時。式の日取りを見たら、明日と書いてある。場所はポカラ。

* ポカラとは、カトマンズから約200kmほど離れた場所にある地。距離的には近く、国内線だと30分で行けるが、陸路だと、山道を7~8時間かけて行くしか方法がない。

出席したかったけれど、前日の夜7時では、飛行機の予約も間に合わないし、翌日早朝出発して、陸路で行っても間に合わない。

義理で招待状は渡してくれたけど、結局は、来てくれるな、ってことだったのだろうか、と本気で思ってしまった。

2005年11月24日木曜日

絶対に口にしない地名

カトマンズ、タメル地区の南のはずれ(地図で言うと下の方)に、『ジャタ』という地名の場所がある。

このあたりに宿を取る旅行者も多いと思う。

『ジャタ』。私は、ネパール人の前では、この地名は絶対に口にしないことにしている。

・・・ほら、タメルの南のはずれにあるじゃない、タヒティ(地名)のそばで、アサン(地名)に抜けるちょっと前の辺のこと、タメルじゃない名前で呼ぶじゃない?ほら。

というと、たいていのネパール人は気づいてくれる。

・・・ああ、ジャタのこと?

・・・そうそう、その場所でね、、、

と、地名を口に出さなくても、会話は続けられる。

なぜ、ただの地名なのに、頑なに口を閉ざすのか。

私が意識しないで発音すると、ネパール語のもうひとつの単語に聞こえるらしいのだ。

それは、、、

、、、それは、陰毛!

あえてローマ字表記をすると、地名のジャタは『Jyatha』、陰毛のジャタは『Jatha』。地名のジャタは、『ジャ』というよりも『ジヤ』と、『ヤ』を強調させて発音する必要がある。が、カタカナにしてしまえばどちらも『ジャタ』であることには変わりない。

だから、日本人が地名の『ジャタ』を発音するのを意識しながら聞いていると、たいていの人は、『陰毛』の方の『ジャタ』の発音をしていることに気づく。

この人も。あの人も、、、。ああ、恥ずかしい。

そういえば、私が旅行者だった頃、『ジャタ』(地名の方)を探して、タメル地区を歩き回ったことがある。

『○○(←○には地名を入れる)はどこですか?』というセンテンスを練習して、ネパール語で聞き歩いた。

ジャタ カハン チャ? (ジャタはどこですか?)

私としては、、『ジャタ(だから、地名のジャタ!)はどこですか?』と聞いていたつもりだったが、発音的には『陰毛はどこにある?』となっていたに違いない。

ああ、恥ずかしい。

聞かれたネパール人としても、さぞかしびっくりしたことだろう。

2005年11月23日水曜日

鶏肉

日本人がネパールで鶏肉を食べると、身が引き締まっていて美味しい、と感じる場合が多いようだ。

ネパールの街を歩いていると、都市部でも、鶏が自由気ままに走り回っていたりするから、『ああいう風に育てられているから、こんなに身が引き締まって美味しいのね』と早とちりする人も多い。

しかし、通常、外国人が口にして美味しいと感じている鶏肉は、ブロイラーの肉。

でも、日本のブロイラーのように身動きできないほど密度高く飼われているわけではないらしいので、ブロイラー肉とは言えども、自然と身が引き締まるようだ。

例:日本のブロイラーが、10人に1畳が割り当てられているなら、こちらのブロイラーは、1人に1畳が割り当てられている、という感じだろうか。

さて、こちらのブロイラー(の鶏肉)程度で『身が引き締まって美味しい』と感じる人たち。ローカルチキンを食べたら、どう感じるのだろう。

あちこち走り回って、1年近く自由に育てられる『ローカルチキン』。都市部のローカルな肉屋にもブロイラーの肉とは別に、売られている。

地元の人は、こちらのほうが身が引き締まって美味しいという。

確かに美味しいのだが、生れてからずっと、自由に運動し続けた鶏の身は、想像以上に引き締まり過ぎている。日本人が『身がしまっていて美味しい』と感じる(ネパールの)ブロイラー肉など、比ではない。肉と肉がなかなか裂けず、食べるのに一苦労する程。味わう前に、疲れてしまう。

それが自然の味というものなのだろうけど、私にとっては、(ネパールの)ブロイラー肉程度が、ちょうどいいや、という感じだ。

2005年11月21日月曜日

岩塩入りレモンティ

ネパールティ(ネパール語で言うなら、ネパリ・チヤ。インド流に言うなら、チャイ)といえば、甘いミルクティだが、実際は色々なお茶が飲まれている。

最近おいしいと感じるのは、岩塩入りレモンティ。

地元民が買い物をするバザール(市場)などに行くと、量り売りされている岩塩。

200gで5ルピー(約8円)ほどから。

旅行者で、岩塩を大量に買い求めていく人も多い。

白いものや黒いものなどいくつかの種類があって、前者(白)は薬用、後者(黒)は調理用となっている。

調理用として使われる黒い岩塩(ビレヌン)は、レモンティにも入れられることがあって、これが、おいしい。スポーツドリンクのような味になる。

といっても、ビレヌンはもともと、硫黄臭さがあるので、これを入れたレモンティも、ほのかに硫黄臭さが漂う味となる。だから、好き嫌いは分かれる。

レモンのすっぱさと、砂糖の甘さと、岩塩のしょっぱさと、硫黄臭さが混ざって、なんだこの味!?、という印象を受けるが、のみなれるとけっこうハマる不思議な味のレモンティだ。

2005年11月20日日曜日

えさ

カトマンズでは時々、インコを売り歩く人の姿を見かける。

両手いっぱいにインコを一羽ずつ入れたかごを持ち、売り歩く。

先日、インコ売りがやってきて、スタッフが一羽購入したそうだ。

(私はまだ見ていないのだが、長期滞在しているゲストの話によると)

インコの餌には、タルカリ(カレー味のおかず)の残りと唐辛子が与えられているらしい。

って、そんなもの、喰うのか?

あるスタッフに言わせると、『唐辛子を喰わすと、早くしゃべるようになる』とのことだそうだが、他のスタッフは、そんな迷信知らん、といっている。

タルカリの残りはまあいいとして、唐辛子なんて、一歩間違えば、鳥類虐待になってしまいそうだ。

2005年11月17日木曜日

スマートにキレる方法

こちらの人は、みんなの前で人を叱ったり、大声で怒鳴ったりすることをあまりしない気がする。そういうことをするのは、恥ずかしい、という意識もあるようだ。

だから、私も、人前で感情をあらわにして、怒ったり、怒鳴ったりしないほうがいい、ということはわかっているのだが、どうしても、ネパール人相手にキレてしまうことがある。

そういえば、まだネパール語があまり出来なかった頃、ある人物とはじめて言い争いをした時に、ネパール語でのケンカが出来ずに悔しい思いをしたことがある。

ちなみに、ある人物とは、一番初めに住んだ家の大家だった。

5年の間に4回、引越しをした私だが、たいていは、大家との相性があわず、最終的に言い争いをして、捨てゼリフをはき、引越して行く、という、自分でもいつも後悔してしまうような、でも、そうしないとやってられないようなパターンが多いのだ。(引越しのたびに、言い争い術を身につけている、という感じだろうか)

当時、言い争いで、相手をギャフンと言わせるようなことを何一ついえなかった私は、その夜、ケンカで使えそうなセンテンスをたくさんノートに書き出し、ぶつぶつ口に出しながら、何度も練習したという、ネクラな思い出がある。(次回、誰かと言い争いをするのが、少し楽しみでもあった)

あれから時は流れ、今では、こちらの言葉(ネパール語)で口ゲンカをすると、日本語ではない、という無責任さも手伝って、相手を思い切り嫌な気分にさせるためのイヤミやら、侮蔑の言葉やらが、もう、出てくる出てくる。

(自分の性格の悪さに)自分でもびっくりしてしまう。

でも、私がキレて、大声で早口にまくし立てている姿を知っているネパール人に言わせると、そういうのって、あんまり効果ないかもよ、というコトだそうだ。

スマートにキレる方法を、身につけられたらいいのだが。

2005年11月15日火曜日

ネパールで結婚したのは誰(何)?



日本では紀宮さまの結婚の儀が行われた今日、ネパールで結婚の儀を行ったのは、薬草や聖なる草(木)として扱われているトゥラシ草!

お茶としても飲まれているし、儀式にもたびたび登場する、神聖な植物だ。

そのトゥラシが関係するヒンドゥの儀式がいくつかあるのだが、この時期の新月から満月までの間に、結婚式を行う習慣がある。

満月の今日、近所で行われていたトゥラシ草結婚の儀式の様子。

お坊さんがお経を読みながら、一日がかりで行われていた。

2005年11月12日土曜日

『気がきく』と言うのかどうなのか

気に入った生地で、大好きなスカートと同じ形のものを作ってもらうと、仕立て屋にいった。

イメージで形を伝えても、先方には伝わらなくて、とんでもない物が出来上がってくることは、明らかだ。

だから、私が持っているスカートをサンプルとして、仕立て屋に置いておくことにした。

全く同じ形を作ればいいのだから、間違える心配も無いだろうと、気軽に考えていた私がいけなかった。

仕上り日に取りにいくと、似ても似つかない形のスカートが出来上がっていた。

私がサンプルで持っていったスカートは、マーメイド型のタイトスカート。でも、出来上がっていたのは、フレアスカート。

この違いはなんなんだ?仕立て屋のお姉さんに聞いてみた。

「サンプルと全く同じ形で作ってって言ったじゃない。サンプルはタイトだったでしょ。でもこれ、フレアスカートになってるわよ。全然違わない?」

すると、お姉さんは、得意げにこう言った。

「うん、そうだけど。でもアナタ、いつも自転車に乗ってウチの店の前、通るじゃない? サンプルの形じゃ、タイト過ぎて、自転車こぐとき大変よ。だから、自転車に乗りやすい形に直してあげたの」

・・・大きなお世話。

「このスカートをはく時は、自転車に乗らないから、サンプルどおりタイトに作ってよ」

と、やり直してもらうことになったのだが、結局、作り直してもらった分も、

「・・・でも、やっぱり自転車に乗りやすいように少しゆとりがあったほうがいいでしょ」、ということで、タイトにはなっていなかった。

・・・余計な気は使わんでよい!

2005年11月10日木曜日

5本目の足と、6本目の指



ミニトラックの荷台に乗せられ、飾りつけられて、繁華街をゆっくりゆっくり連れまわされているこの牝牛。

近くを通りかかった人たちは、ご利益があるから、と、牝牛の額に手を当て、その手を自分の額に当てながら、お祈りをしていく。

この牝牛が、他の牛と違うのは、足が5本あるところ。5本といっても、一本は前足の肩の部分からぴょこっとでているだけ。簡単に言ってしまえば、単なる奇形の牛。

牝牛は、もともと神様として崇められているネパールだが、この牛は、他の牛と違う点が珍しいからか、さらに特別扱いされている。(5本も足がある特別な牛が神でないならなんだというのだ!というようなカンジだろうか)

しかも、この牛、最近子供を生んだらしく、話題を呼んでいる。

5本足の牛が珍しく特別扱いされるなら、6本指の人間も珍しがられ、うらやましがられることがある。

時々、人の手の親指の付根辺りから、6本目の指がでている赤ちゃんが生まれることがある。日本では赤ちゃんのうちに、すぐにこの指を切り取ってしまうと思うのだが、こちらでは、そのまま残しておくことも多い。

かの有名(?)な、ヒンディー映画のヒーロー、リティック・ローシャンにも、6本目の指がある。

彼が出ている映像を見ると、確かに、右手の親指付根辺りから、短めの指が、ちょろっと出ているのがわかる。

『なんで子供の時に手術しなかったのかしら?機能しない指なんて、じゃまなだけでしょうに、、、』と、以前ネパール人の前で言ったら、『6本目の指があるなんて、珍しいから残しておいたほうがいいじゃないか!なんで切ってしまう必要があるんだ!』と、いう返事をもらって、価値観の違いを感じたことがある。

そうそう、スンダラにあるネパールの中央郵便局・切手売りのカウンターに座っているおじさんの手にも、6本目の指があるよ。

2005年11月8日火曜日

ガソリンスタンドでの勝負

バイクにガソリンを入れようとガソリンスタンドに行くと、行列となっている時がある。

『効率よく列を作って待つ』ということが出来ない人たちが多い、この国。

他人に先を越されないように、前のバイクに接触してでも、自分のバイクの先を隙間に突っ込んでいかないと、いつまでたっても番がまわってこない。

隙間を横取りされないように、気を抜けないでいる私を横目に、何食わぬ顔して、スーッと後ろからやってきて、堂々と横入りを試みるヤツがいる。

ちょっと、信じられない! 私は黙っていられない。

『ちょっとあなた、後から来たんだから、私の後ろに並びなさい!』

正義感の強い女子学級委員のような態度で、横入りしようとするヤツを、注意する。

たいてい、女子学級委員(私)に叱られたオトコどもは、私の顔をにらみつけて、後ろに下がるのだが、中には、冷笑しながら、横入りを続行しようとするヤツもいる。

そんな時は、先生に言いつけるしかない!

警備のために立っている、ポリス(先生役?)に向かって、大声で私は訴える。

『サー(Sir)、この人、うしろにまわさなくていいんですか?私よりも後から来たのに、前に入ろうとしてるんです!』

ヒステリックに怒る女子学級委員を放っておくと面倒だからか、先生役のポリスは、すぐに、横入りしようとしていたヤツを制止してくれる。

先生役のポリスの言うことは、しぶしぶ聞く、悪生徒(横入り君)。ばつの悪い顔をしながら、列の後ろにさがっていく。

この勝負、女子学級委員の勝ち!

2005年11月5日土曜日

長距離バス利用時の注意

ゴレパニ、プーンヒルトレッキングへ行くゲストと一緒に、ヒマラヤン・アクティビティーズのガイドが、昨日4日、カトマンズからポカラ行きのツーリストバスに乗った。

7時にカトマンズを出発したバスは、途中何度か休憩たり、グループ客を降ろしたりして、定刻どおり14時頃ポカラ着。

ポカラのバスパークで、バスのスタッフが、乗客の荷物を、荷台から全ておろしきっても、ガイドが預けた荷物だけが出てこない。

よくよく確認すると、どうやら、途中で降ろしたグループ客の荷物と一緒に、間違って持って行かれてしまったらしいことが判明した。

貴重品は身につけていたからよいものの、着替えや防寒着、水筒など全部、なくなってしまった荷物の中に入っていたとのこと。つまり、着の身着のままで翌日からガイドとしてトレッキングを始めなくてはいけない!

初歩的な失態とはいえ、落ち込んでいるガイドの声を聞くと、かわいそうになってしまう。

しかたがないので、定宿にしているポカラのホテルのオーナーにお金を借り、とりあえずトレッキング中に必要になるであろう、最低限の荷物だけ買い揃えるように伝える。

そして、予定通り今日からトレッキングを開始した。

5日間という短い期間なので、最悪、ずっと同じ格好で過ごせばよいのだが、それにしても、何というトラブル。

バス利用時に、大きな荷物を、自分の身から離して預ける時は、途中、間違って持っていかれないよう気を配ったほうがよい。バス会社の間違いで、荷物がなくなっても、補償や弁償などしてくれない。

なくなったのがゲストの荷物でなくて、本当によかった。

2005年11月3日木曜日

ティハール最後の日



祭最終日、クライマックスの今日は、兄弟姉妹でティカをつけあう儀式をする日。

毎年、ボウダナート近くの家庭を訪れ、兄弟姉妹の契りを交わさせてもらう。

その後、(年甲斐もなく)広場に作られたブランコ(『ピン』という)で遊ぶのが、毎年恒例となっている。

青い空と、緑の山をバックに作られているこのブランコ。写真のように竹を組み合わせたり、大きな木の枝を利用したりして作られ、毎年、ダサインが始まると、広場に登場する。

ティハール最終日までの期間限定で、明日には取り壊されてしまう。

いつも、帰りには、裏の畑で取れた高菜と大根を、どっさり持たせてくれるこの家の人たち。今年も、喜んで、もらって帰る。

そういえば、昨年も、その前の年も、持たせてくれた大根の菜っ葉があまりにも見事で、捨てるのが惜しく、菜飯にしたことを思い出す。

バイティカの日の定番晩飯メニューとなってしまった。

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そんなこんなで、ダサイン、ティハールと、約1ヶ月間続いた、浮かれ気分も終わり、明日からはまた普通の日常が始まる。

2005年11月2日水曜日

牛もあきらめてる?



牝牛にプジャをする日。今年の暦は少しややこしくて、昨日すでに牝牛にプジャをしてしまった家々もあったようだったが、私が訪れた家庭では、本日プジャをしていた。

先日のブログでも書いたが、牝牛へのプジャ、豪快な方法が、かなりウケる。

まず、プジャをする際には、通常おでこに赤い粉をつける。人間の場合は、指先を赤い粉にちょこっとつけて、軽くおでこにタッチする程度で終るのだが、牛の場合は、違う。

何しろ、人間や、一昨日の犬と違って、牛の顔(頭?)はデカイ。だから、人間の指先で、牛のおでこに、ちょこっと赤い粉をつける程度では、すまないのだ。



ではどうするかというと、マリーゴールドの花(こちらのマリーゴールドは、日本で見るものよりも、花の形が大きい)に、赤い粉をどっさりつけ、はんこの要領で、おでこにポンとつける。たいてい、1回では終らないから、2~3回ポンポン、と、つける感じとなる。

その後、牛の体中に、同じ要領で、赤い粉をポンポンつけて行く。体を、きれいに飾ってあげているのだそうだが、どう見ても、牛、嫌がっているようにしか見えない。だって、モーモーないていたりもするもの。でも、まあ、いいか。

マリーゴールドの花輪を首にかけてあげることも、忘れてはいけない。でも、せっかくかけてあげても、花輪が長すぎると、むしゃむしゃ食べてしまうのだ!

プジャをしているネパール人たちは、皆、まじめな面持ちなのだが、私はいつも、笑いを止められない。

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この日に関連した、牝牛がらみの楽しい話が他にもいくつかある。

まず、プジャの後、牛のお腹の下をくぐると、幸運が訪れる、という話。

くぐってみたい気もするが、押しつぶされそうで怖い。

もうひとつは、約3ヶ月前にあった『ラクチャバンダン』という儀式にも関連している。

ラクチャバンダンで、腕に巻いてもらった聖なる紐が、今日の日まで切れずに残っていたら、プジャ後の牝牛のしっぽに結びつけると、幸運が訪れる、という話。

こちらは、以前試したことがあるが、後ろ足で蹴られやしないかと、ハラハラした思い出がある。

2005年11月1日火曜日

女神が来たよ



日没後、ラクシュミ女神を家に招き入れる儀式が終ると、楽しい余興が待っている。

女の子たちが、自分たちを女神に見立てて、歌を歌いながら、近所の家々を周るのだ。

♪ ラクシュミ女神があなたの家の軒先までやってきましたよ ♪

そして、おひねりをもらうまで、歌い続ける。

この日のために、前々から歌や踊りを練習するほどの、熱の入れよう。

今日は、習慣的には、女の子たちが家々を周る日。(『バイリ』という。男の子たちは、翌日同じパターンで『デウシ』を楽しむ)

小さい女の子たちが、衣装をそろえて一生懸命踊っているのを見るのは、とてもかわいい。

村だと、門も玄関もなく普段から近所の人が自由に出入りできるような家のつくりになっているし、子供たちの顔を見ただけで、どの家の子供かすぐにわかる素朴さがあって、のどかで楽しい。

でも、カトマンズ市内だと、強引に門を開けて入ってきて、なかなかおひねりをくれないと、玄関のチャイムを鳴らし続けて、『金よこせ』状態になる大きな男の子のグループもいるから、あまり風情はないように思える。

やっぱり、バイリやデウシを楽しむには、村が一番。

明かりをともす理由

むかしむかし、天に住む女神が、地上に遊びに行くことになりました。

でも、出かけたのが真夜中で、しかも、新月。地上は真っ暗。何も見えません。

地上に光りを探していると、やっと、一軒の家を見つけました。

その家を目指して降り立つと、そこにはとても貧しい老夫婦が住んでいました。

老夫婦は、食べるものもろくになく、お腹をすかせて眠ることも出来ずに、夜中だというのに明かりを灯して起きていたのでした。

女神は、この家で一晩過ごし、天に戻っていきました。


さて、あくる日。

老夫婦の庭先に、カラスが金のネックレスを落として去って行きました。

それは、この国のお妃様のものでした。

大事な金のネックレスがなくなってしまい、お妃様が探している、という知らせを聞いた老夫婦は、カラスが落としていったネックレスを持って、王宮を訪れました。

お妃様はたいそう喜び、王様と相談して、このまずしい老夫婦に何でも願い事を叶えてあげることにしました。

でも、老夫婦は、何も要求しませんでした。

その代わり、この国に、明るい平和が訪れますように、とお願いしました。

王様は、この願いを聞き入れ、国中を明かりで満たすことにしました。

その後、老夫婦も、幸せに過ごしたのでした。

===

というお話がある。

新月の今日、日没後、家々に明かりをともし、女神(ラクシュミ)を家に招き入れるためのプジャをして、幸せが訪れるように祈る儀式を行う。

2005年10月31日月曜日

街のあちこちで



こういう犬を見かけた今日。

プジャをされた後の、犬。

おでこにかすかに残る、赤いティカ。

やっぱり、なんか、笑えます。

ティハール



今日からティハールが始まった。

ダサインと続く、国民的祭だが、生け贄などの残酷的なところがない点が、割と、一般的にも大勢に好かれている祭だ。

通常5日続くこの祭の初日は、カラスにプジャをする日。今日がその日だった。

2日目(10月31日)は、犬にプジャをする日。犬は、人が死んだ後、天国へ導いてくれる存在として信じられている。だから、生きているうちに、かわいがっておき、死後の世界では、地獄じゃなくて、迷わず天国に導いてくれよ、という魂胆(願い)から、プジャをする。

おでこに赤いティカをつけられ、首から花輪をかけられて、戸惑っている犬たちを、多く見られる日。笑える日でもある。

その後、3日目(11月1日)には牝牛とラクシュミ女神ににプジャをする。牝牛へのプジャは、豪快で笑える。私的には非常に好きなプジャだ。

4日目(11月2日)は、牡牛にプジャもする。

5日目(11月3日)は、兄弟姉妹間で、健康と幸運を祈るための儀式を行う。

・・・と、盛りだくさんの5日間が続く。

さて、近くのスーパー(注)でも、ティハールに入った今日から、電飾によるライトアップが始まった。

ティハール前になると、『ジリミリ バッティ アヨ~』(チカチカ光る電気が来たよ~)などとと言いながら、電飾を持って売り歩く人たちも増える。

この電飾、海外ではクリスマス仕様で売られているものも多いようで、電源につなぐと、クリスマスソングが流れるものもある。

夜になるとどこか遠くから、かすかにクリスマスソングが聞こえてきたりする、ネパールの11月、ティハールでもある。

注:私の嫌いなスーパー。でも、最近、店内拡張工事が一段落して、客の密集度が減り、マナーの悪い客を間近で見なくてもすむようになったので、多少行きやすくはなった。レジも、込みあわなくなり、ヘイキで横入りする、太ったインド人のおばさんに悩まされることも少なくなったし。

2005年10月29日土曜日

無題

海外青年協力隊制度が、40周年を迎えたそうだ。

私は、医療技術系の免許を、一応持っている。日本では、一応、(この職を持っている人なら誰もがうらやましがる?一般職でいう『大手企業』的なイメージがある)大学病院勤務で、その専門職で、3年働いていた。

なぜ、『3年』働いたのかというと、実習に追われていた大学時代、やっと休みが取れると、アジアを旅行していて(まあ、よくあるパターンですね)、その時に、協力隊員に興味を持った時期があり、募集要項を読んだところ、私の技術の場合は、たいてい『実務経験3年』という条件が課されていたからだ。

だから、とりあえず3年は働こう(石の上にも3年というし)と思ったわけだ。

しかし、『実務経験を積んでいる』期間に、よく考えてみた。すると、私は、その技術を使うために、自分の意思とは関係なく割り当てられる見知らぬ国に行くよりも、技術を使えなくてもいいから、よく訪れていたネパールで、細々と役に立てたら、という気持ちのほうが強いことに気づいた。

それに、ここからは思い切り反感をかいそうな内容になるが、事前詰め込み学習で赴任地についての勉強をし、一度も訪れたことのない国に突然派遣され、指導するなんて横柄なことは、私には絶対にできないし、期間限定海外生活体験(しかもバックに大きな組織があって安心!)なんて条件で途上国に暮らして、自己満足を感じるなんて、その国の人に、失礼ではないか?、と、強く感じていた。

というわけで、自らの意思でこの国に入り、結局、今は、前職とは全く関係のない人生を送っている。

さて、日本で働いていた当時、同じ職場から、協力隊員として南米へ行った先輩がいる。

実務経験をつんだら、協力隊員として海外へ出たい、と言っていた大学時代の同級生も知っている。(結局その後どうなったのかは知らない)

だから、私が職場をやめたときは、同職の多くの人から『協力隊としてネパールへ行くんでしょ?』と言われたものだ。残念ながら、私の退職理由はそんな大それたものではなかったのだが。

NHKのニュースで、ちょこっとだけ、今日の式典の模様を流していた。

協力隊OBが、『つらいこともあったが、充実した2年間だった』といっていた。

限られたとても短い期間に、海外生活体験をし、充実して帰国できるって、ある意味、幸せでいいなあ、と思った。

2005年10月27日木曜日

ラミタとの会話

Ramita、18歳。

2ヶ月前に上京したばかりの、私たちのスタッフ。

カトマンズからバスで約10時間かけて、エベレスト街道トレッキングの始発地点『ジリ』まで行き、そこから徒歩で約5日かけて行った所に、彼女の村がある(らしい)。マオイスト問題で村に住みづらくなり、上京してきた。

村では、農作業の手伝いが彼女の仕事で、学校にはほとんど通ったことがない。だから、学校で学ぶようなことについての知識はあまりないが、自然のこと(花が咲く季節や、野菜が実る季節)についてはとても詳しく、話していて教えられることも多い。

素朴で明るい性格も手伝ってか、何も知らない、純粋な彼女と話していると、心が和む。

さて、その彼女の妹(17歳)が、12月頃結婚することになったという。

結婚式にあわせて、帰省するから、15日ほど休みがほしい、と言い出した。

彼女の代理がいないので、そんなに長く、休みをあげることは出来ない。

休暇日数短縮のために、特別に飛行機代はオフィスで負担してあげる、ということになった(それでも、最寄の空港から丸2日歩かなければいけないようだが)。

純粋な彼女を、他のスタッフが少しからかってみる。

スタッフ:村はカトマンズよりも高いところにあるんでしょ?カトマンズまでの道のりは、どんな感じだった?

ラミタ:ずっと下りだったわ。

スタッフ:じゃあ、村に行くときは、ずっと登りになるから、行きの飛行機代は高くなるねえ。

ラミタ:へえ、そうなの?

スタッフ:当たり前だよ。人間だって、下りより登りのほうが疲れるでしょ。ご飯もたくさん食べないと、登りは疲れて大変だよね?それと同じで、飛行機にも、たくさん燃料を与えないといけないから、高くなるんだよ。

ラミタ:そうかあ。

===

信じてしまうところが、かわいい。村出身の純粋な女の子だ。

2005年10月26日水曜日

少数民族が住む村はどこ?

はじめてネパールに来て、こういう質問をする人が、ときどきいる。

「民族衣装を着た人たちは、どこで見られますか?」という質問をする人もいる。

多分、タイ北部などにいる山岳少数民族などをイメージして、質問しているのだと思うが、『ネパールにおける少数民族』について、どう回答していいのか、とても困る。

ネパールは、日本の3/4程度の面積しかない小さな国だが、その中には、たくさんの民族が住んでいる。正確な数は忘れてしまったが、その数50以上で、それぞれが、他の民族とは違う言語、習慣、伝統儀式、民族衣装を持っている。

みんな、『ネパール人』である前に『○○族』であるアイデンティティを持っている(ように見える)。

そう考えると、ネパール国内、どこに行っても違った民族に出会えるわけで、旅行者が言う『少数民族』の意味が、私にはわからないのだ。(『少数民族』の定義とは?)

例えば、カトマンズ盆地内ではどこに行っても『ネワール族』を見ることができ、盆地のはずれ、北東部の丘陵地帯では、『タマン族』が多く住む村に出会える。

ポカラ周辺には『グルン族』が多く暮らしているし、エベレスト近くの山岳地へ行けば、『シェルパ族』だらけになる。その下や、ポカラのずっと下には『マガル族』が多く、ネパールの東の端には『ライ族』『リンブー族』が多い。

南ネパールに行けば、『タルー族』や、北インドの影響を強く受けている民族もいる。

『民族』に属さない、バフン・チェットリは、どこにでもいるし、それとは逆に、絶滅しかけている民族もいる(らしい)。

旅行中に接するネパール人は、一見みんな同じネパール人ではあるが、実は、習慣や言葉、冠婚葬祭に着る民族衣装など、異なった文化を持つ違った民族である可能性は高い。(まあ、民族間でそれほど大きく違わない場合もあるが)

ちなみに、ヒマラヤン・アクティビティーズのオフィスには、カトマンズ近郊に住む『バフン』、カトマンズの中心部で生まれ育った『ネワール族』、エベレスト方面から来た『シェルパ族』『マガル族』、カトマンズ盆地北東から来た『タマン族』などがいる。

以前は、ネパール東部出身の『リンブー族』などもいた。

それぞれの村の話や習慣を聞くと、民族色がよく出ていておもしろいのだが、ひとくくりにすれば、みんな『ネパール人』なわけなので、はじめて彼らと接しても、民族ごとの違いはよくわからないだろう。

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さて、特定の民族が住む村へ行けば、民族衣装をバッチリ着こなして生活している人たちの姿を見られるのか、というと、そうでもない。だからといって、日本人のように普段はみんな洋服を着て過ごしているわけでもない。

お年寄りは、それぞれの民族の衣装を少し着崩して、普段着にしている人も多い。民族ごとの衣装の違いが何となくわかる者にとっては、○○族の村だから、何となくそれっぽい着こなしだなあ、と、気づくし、おもしろいが、はじめて訪れる旅行者が見ても、多分、全部同じように見えてしまうのがオチだ。

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『民族衣装を着た少数民族』は、カトマンズ近くではどこで見られるのか?と質問する人に対して、しかたないので、私はこう答えている。

とりあえず、ボウダナート付近に行けば、『シェルパ』の民族衣装を着た『シェルパ族』を見ることができますよ、と。シェルパ族の衣装は、一目でわかるので、視覚的に満足できるだろう。

それから、パタンやバクタプルへ行くと、『ネワール族』の民族衣装を着ている人たちもたくさん見られますよ、と告げるが、果たして、見分けがつけられるか。

ネワール族の民族衣装は、黒地の裾に赤いラインの入った綿の布(サリー)を身にまとい、白い腹巻のような布をぐるぐるお腹に巻きつける感じ。ネワール族の多い、パタンやバクタプルに行くと、そういう民族衣装を着崩して普段着にしているお年寄りが多く見られる。しかし、『バッチリ民族衣装を着こなしている』わけではないし、『民族衣装を着ていること』を観光のウリ文句にしているわけでもないので、はじめてネパールにきて、民族衣装を探す旅行者には、多分全く見分けはつかないだろう。

2005年10月25日火曜日

おすそわけ



もうすっかり『秋』のカトマンズだが、いまだに、夏野菜&果物のおすそわけをもらう。

写真は、手前向かって左から、ハヤトウリ、グヮバ、ヘチマ。私が住む家の庭にできていて、よく、大家がたくさんくれるのだ。

畑には、既にこれからの季節(秋~冬)用に、菜っ葉類も植えられている。こちらのおすそわけも、実は密かに楽しみにしている。

2005年10月24日月曜日

トレッキング情報



エベレスト方面と、ランタン方面へ行っているガイドから、先日連絡が入った。

エベレスト方面は、大変込み合っているようだ。

毎年、この時期になると、とにかく混雑するルートなのだ。ロッジ確保も大変になる。(シーズン中は部屋が足りなくなり、代わりに用意されたテントに泊まらなくてはいけなくなる場合もある)

単独トレッキングを安易に計画する、ネパールトレッキング初心者も多いが、この時期はロッジ確保なども大変になることを肝に銘じていこう。

そうそう、先日カトマンズで季節外れの雨が降った時には、4000m以上ではかなり雪も降ったらしい。

まだ、そんなに寒くなる季節じゃないし、と油断していると、大変な目にあうこともある。気をつけよう。

さて、10月にエベレスト方面へ行く外国人トレッカー数は、他の月に比べると、ハンパじゃなく多い。

先日、私がナムチェまで行ったのは、7月だった。エベレスト方面7月の月間トレッカー数はどの年も、大体、50~150人ほどだ。年によっては、50名以下の場合もある。

しかし、シーズンに入る10月は、5000人を越えるトレッカーが、エベレスト方面を訪れる。

数だけ見ると、それほど多くもないのだが、他の月と比較すると、その差はかなり大きい。この時期のエベレスト方面トレッキングがどれだけ人気があるか、想像もつくだろう。

2005年10月22日土曜日

猫の仕事



今日は、ネパールとはあまり関係ない話。

ウチの飼い猫は、よく、外でネズミを捕まえては、家の中に持ってくる。

獲物のネズミは、体調20cmほどとかなり大きく、黒々とした毛がフサフサしているヤツが多い。日本でいうと『トブネズミ』になるのだろうか。

狩をして得た物をご主人様(私)に見せたい、という猫の習性だから、しかたないことなのだが、ズッシリ重いネズミの死骸を始末するのは私の役目で、いつも気が重い。

昨日は、私のスクーターの上に、見慣れない小動物の歯付頭蓋骨の一部が乗っていて、驚いた。

多分、ダサインの時に生け贄にされたヤギの頭(の一部)がどこかに転がっていて、それをウチの猫が拾ってきたのだろう。

片付けている姿を大家に見られ、言われてしまった。

ビーチャ(注1)はよく、庭にもネズミを持ってきてるよね。この前も、大きなネズミが2匹、死んでたよ。

そうか。室内に持ち込むだけでなく、庭にも死骸を残していたのか、と、はじめて気づく。そして、その始末をしてくれている大家に対して、少し申し訳なく思う。

ウチのビーちゃん(注1)が迷惑かけていたなんて、知らなかったわ。

と大家に言うと、

全然気にしてないよ。それが猫の仕事だからね。

と、好意的な返事(注2)を返してくれた。

確かに、ネズミを狩るのが猫の仕事であるし、そういう野性的な猫が、猫らしくていいと思うのだが、室内で、ネズミの死骸を片付けたり、正体不明の小動物の骨を見るのは、もうコリゴリだ。

・・・ということで、鈴付首輪(注3)をつけることにした。

これで、ウチの猫がネズミを捕まえる前に、ネズミが気づいて逃げてくれるはずだ。

『猫の仕事』を奪ってしまうのは、かわいそうな気もするが、こればかりは仕方ない。

注1:ネパール語で猫のことを『ビラロ』、ヒンディ語で『ビッリ』という。『ビラロ』『ビッリ』の『ビ』に『ちゃん』をつけたのが、ウチの猫の名前、ビーちゃん。でも、大家が呼ぶと『ビーチャ』となる。

注2:こういう返事をきくと、ここがネパールでよかったなあ、と思う。日本だと、ネチネチ言われてしまうのだろうか?

注3:ペット関連商品は、ネパールでは高い。だから、今年始めに帰国した時に、100均で、鈴付首輪を買ってきていた。

2005年10月20日木曜日

季節はずれの雨

カトマンズでは、ここ2日間、季節外れの雨が降っている。

それも、けっこう強い雨。

10月も後半になって、こんな強い雨を経験したのは、この6年間で、多分はじめてだ。気温も下がって、今日は寒い一日だった。セーターを着てもちょうどいいぐらい。

さて、季節外れのこの時期の雨について、聞いたところによると、先日のブログにも書いた、38年ぶりの行事(儀式というべき?)が成功したから、こうやって、雨が降ったのだという。

こんな時期に雨が降ることは珍しいので、かなり真実味もある。

まあそれはいいとして、

季節の変わり目になると、まとまった雨がふるカトマンズ。この雨を境に、また少しずつ寒くなっていくのだろうなあ、と思う。

2005年10月17日月曜日

38年ぶりの日



どこへ行っても、背中にリュックを背負って、すがすがしい表情で歩く人たちの行列を見かけた今日。

38年ぶりに、暦上で、次の条件(+その他いろいろ)が重なった日。

1.暦上での、新しい月の1日

2.月食

3.ネパール公式暦(太陰太陽暦)のアソジ月(6月)の満月

4.月曜日

5.その他色々(シロートには、わかりません)

これらの条件が重なる日、仏教徒は、108以上の寺院を歩いて周る習慣があるらしい。

熱心な人たちは、日の出前から、参拝を始めたそうだ。 (私の周りはヒンドゥ教徒ばかりなので、この習慣を重視する人たちはいなかった。だから、詳しいことは、よくわからん)

寺院前には、飲料水がふるまわれ、病人用のちょっとした救急所も設置されていた。

なんか、ウォークラリーみたい。

歩く人たちの行列は、夜になっても途切れることがなかった。

2005年10月16日日曜日

旅行者向けレストラン



ネパールのフォークダンスを見せてくれるレストラン。

名の知られている民族(シェルパ、タマン、グルン、ネワール)&タライ地方の民族の衣装を着た女性たちが、かわいい踊りを見せてくれる。




この手のレストランは、カトマンズに何軒かあるが、私が気に入っているのは、ここ

ネパールのフォークダンス、気取らない雰囲気が、楽しいね。

旅行で訪れたら、一度は訪れてみるのもいいかも。

2005年10月15日土曜日

蛇使い



今週に入って、旅行者が集まるタメル地区では毎日、インド人の蛇使いが、あちこちで笛を吹きながら、蛇を操っている。





小さな蛇から、大きな蛇まで、数をそろえて。

遠目から写真を撮ったら、心づけとして、少しお金を投げてあげよう。

蛇を首にかけてもらて、写真を撮ったなら、ケチらないで、少なくとも50ルピーぐらいは、渡したいね。

2005年10月13日木曜日

バフン宅訪問時の注意



儀式や祭りの際にはいつも、ヒンドゥの行事を大事にする、バフン(ヒンドゥ教最上カースト)の知人の家を訪れる。

パタン郊外の、ネワール族が多く住む地域を通り越した場所に、彼らが住む家がある。

カトマンズからスクーターで約1時間。カトマンズよりも300mほど標高が高い。だからだろうか、村に近づくにつれ、気温がぐっと下がるのを、いつも肌で感じる。森を抜け、ひんやりした空気を感じると、カトマンズから少し離れた場所に来た事を、実感する。

今でも、かまどで煮炊きをし、水も、近くの水場から汲んで来た水を使う生活が残る、彼らの村。カトマンズからたったの20kmほどしか離れていないが、素朴な暮らしが残るこの場所を訪れると、ほっとする。

都会育ちの私としては、1泊以上の滞在は億劫なのでゴメンなのだが、時々訪れる分には、とても楽しい村訪問。

しかし、バフンの家。異カースト(というよりカースト外)である身分の私は、いろいろ気をつけなくてはいけないこともあり、滞在中気を抜けないこともあるのが、実情だ。

例えば台所。本来、バフンは、『穢れる』という理由で、異カーストを台所には入れない。

外国人である私に対しては、それほど気にしていないようだ。しかし私はいつも、意識しながら、低カーストがするように、かまどから遠く離れた場所に座るようにしている。

しかし、『低カースト』と『カースト外』は違うから、さすがに、そこまで離れて座ることはないようで、いつも、かまど近くへ招き寄せてはくれる。

が、かまどまでの距離がある程度近くなると、そこから中には、絶対に近寄らせてくれない。まあ、私も、『カースト外』であることを自覚しているので、近寄るつもりもないが。(だから、かまど周辺の写真はズームを最大にきかせて撮るのだ)

それから、いつも、この家の女性は、私が訪れると、男性陣がいないところで、私にこっそりと、生理中でないことを確認する。生理中の女性も、穢れモノ扱いしなければいけないからだ。

生理中に、のこのこバフンの台所に入るなんて無神経なこと、しないわよ、と、いつも確認されるたびに思うのだが、信仰心の強い女性たちが神経質に毎回訊ねてくる気持ちも、わからなくもない。

さて、お邪魔させていただいている身としては、何か手伝いたい所だが、下手に色々なものに触ると、穢してしまうことになりかねない。だから、かまどから離れたところに座って、与えられたもの以外には触れず、ただ、じっとしているのみ。文章にするとミジメなガイジンだが、これはこれで、けっこう気楽で、楽しかったりする。

庭に植えてある植物なども、下手に触れられない。女性が摘んではいけない、神様としても崇められている植物などがあるからだ。

写真は、外にあるほこら。この上に、神様として崇められている植物(トゥラシ)が植わっている。『トゥラシ茶』のトゥラシだ。生葉のにおいをかごうとして、うっかり摘みそうになり、摘んじゃダメ!と注意されてしまう私。

こんな感じなので、いつも、とにかく、おとなしくしているのみである。これが、私にとっても、彼らにとっても、一番安心な滞在方法だからだ。

2005年10月12日水曜日

ココナッツ無プジャの結末



ダサイン祭9日目には、機械(モーター)類にもプジャをする。

数ヶ月前に買い換えた中古のスクーターにプジャをしてもらうために、ヒンドゥの司祭師を父に持つ知人の家を、1泊の予定で訪問する。

新車の場合は、乗り始める前にプジャをする必要があったのだが、私が買い換えたのは、中古品。中古なら、前の持ち主が、ちゃんとプジャをしていたはずだから、ダサインの時までプジャをしなくても、まあ、大丈夫でしょう、ということで、今日までプジャをしないまま乗り続けていた。

今回のプジャに備え、必要なグッズ、特に、ココナッツを忘れずに持ってくるよう言われていたのだが、用意するのをすっかり忘れていた。

今朝、プジャ直前になって、家の人に、ココナッツを探しに行ってもらったのだが、プジャグッズを売るどの店でも、売り切れ。

ということで、ココナッツなしでの、プジャが始まる。

ココナッツは、プジャ終盤に差し掛かった頃に、かち割られ、中から出てくる汁を、バイクにふりかける、という作業の際に、必要となる。

バチあたりかもしれないが、私は、この、『ココナッツジュースをバイクにふりかけられる』のが苦手。あとでベタベタするからイヤなのだ。 (ヒンドゥの儀式の中には、もっとすごいこと~牝牛のオシッコを飲む等~もあるので、『ココナッツジュースかけ』ぐらいでひるんでいてはやってられないのだが)

だから、内心、今日はココナッツが入手できずにほっとしていた。

いつもプジャをしてくれる、ヒンドゥ教司祭師のお父さんが、他でのプジャのため外出中で、お父さんから託されたプジャグッズをそろえて、嫁が代理でプジャを担当する。

・・・一通りプジャが終わる。

・・・その後、カトマンズに戻る時。

エンジンをかけようとオートスタートボタンを押したところ、うんともすんとも言わない。さっきまで、なんともなかったのに。

どうやら、プジャ前にスクーターを水洗いした際に、故障してしまったようだ。(キックを使えばエンジンはかかるが、非常に不便)

安全運転祈願のために、プジャをしたのに、なんとなく嫌な結末。

ココナッツがなかったからかしら? それとも、義父の代理で私がしたからかしら?と、嫁はひどく気にしながら、私を見送ってくれたのだった。

2005年10月11日火曜日

保存の知恵

生け贄のヤギは、解体されて、食用肉となる。

みんなで分け合い、各自、家に持ち帰る。

冷蔵庫のない家で暮らす現地の人たち。1回では食べ切れる量ではない肉類をどのように保存するのか。







腐りやすい内臓類は、その日のうちに調理して、お腹の中に入れる。

その日のうちに食べきれない肉類には、石(写真右)を使ってつぶしたニンニクやしょうが、マサラ(スパイス)類をなじませ、火を通す。こうすることで、腐りにくくなるのだ。

近くに住む親戚などにも分け、明日明後日頃までには食べ切る、という計算だ。




ネワール族や、他の民族ではこの日、水牛を生け贄にする事も多い。

解体後の大量の肉は、このようにして干し肉にする。(村のネワール族宅にて撮影。逆光のため、シルエットのみとなりました)

これもまた、おいしい。

2005年10月10日月曜日

ヤギの運命



生け贄は残酷で、この時期のヤギの鳴き声を聞くと悲しくなる、といいながらも、祭気分に乗せられて、スタッフ用に、ヤギを一頭確保した。

食用になるのはすべてオスだが、去勢をしているオス(ネパール語でカシ)と、去勢をしていないオス(ネパール語でボコ)の、2通りのヤギがこの時期市場で売られる。

私達は、去勢していないヤギ、『ボコ』を一頭購入することに。ボコは、生きている間はクサイのが難点なのだが、調理後はカシよりも、おいしい! 

だから、ボコを選んだ、という単純な理由のほかに、宗教的な意味も、実はあった。

ダサインは、ドゥルガ(女神)に関連する祭りで、生け贄は、ドゥルガにささげるために行うわけだが、生け贄用には、真っ黒な『ボコ』が良いとされている。

ということで、おいしいし、生け贄用にも適している、黒いボコを探しに、市場へスタッフを向かわせる。

スタッフは、バイク(二人乗り)で、市場まで買いに行った(買ったボコを、後部座席に乗っている者が抱えて運ぶため。結局大きすぎて、タクシーに乗せて運ぶことになったのだが)。

携帯電話を通じて、オフィスに残っているスタッフと、市場へ行ったスタッフとで、やり取りしながら、選別。

丸々太っていて、まだら模様のおいしそうなボコ発見、とのことで、連れてこられたのが、写真のこれ。

翌日は朝から解体作業に入る、とのことで、私も夜、ボコを見に行く。明日はみんなの胃の中に入ってしまう、彼。メエメエないていて、何となく情が移ってしまう。なんだかんだ言いながら、結局食べる私なのだが。

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村では、『生け贄用や、食用に連れてこられるヤギは、一日前に、自分が明日絞められる、ということを、知るから、メエメエ鳴き続けるのだ』と、言う。

明日の運命を知るヤギ。そんなこと聞くと、余計に情が移ってしまう。まあ結局は、知らない場所に連れて行かれて、不安な日々を過ごすことになるから、メエメエ鳴くのだろうけれど。

まさに、ドナドナの歌そのものの世界が、広がるのである。

2005年10月8日土曜日

カトマンズでの地震の恐怖

パキスタンで起きた地震で、死傷者もでている。

他国のこととは傍観できない現状が、ネパールにもある。

ここでも、地震の恐怖はある。1934年に大地震が起こり、たくさんの死傷者が出たという記録もあるらしい。

このときと同じ規模の大地震が近々起こる可能性は大いにあるそうだ。そして、もし起こると、カトマンズ盆地内でも、死者4万人以上、負傷者10万人以上、60%以上の建物が崩壊すると想定されているらしい。 (在ネパール日本大使館配布資料によるが、その元になった資料は、2005年1月14日付カトマンズポスト)

カトマンズの建築物は、レンガ造りが多い。最近建てられた建築物の中には、鉄筋が入っているものも多いようだが、昔の建物は、ただ、レンガを積み重ねただけ、という方法が取られているものも、多いらしい。地震がきたら、すぐに崩れてしまうだろう。

こちらの人たちは、地震が来ると、真っ先に外に逃げ出す。レンガ造りの家が、崩れやすいことを知っているのだろう。

日本では、避難訓練のたびに、『地震がきたらまず机の下にもぐりましょう。そして、揺れが収まったら、安全を確認して、外に逃げましょう』と教えられてきた。

だから、揺れると、今でも、まず、机の下にもぐってしまう習慣が抜けないが、こちらの民家でそんな悠長なことをしていたら、まず、命は助からないだろう。

とにかく、揺れを感じたら、外に逃げ出すこと。現地人の誰もが、そういう。

しかし、逃げるにしても、出口が限られてしまうのが、こちらの家の構造だ。

日本の家だったら、1階にいれば、玄関や勝手口までいかなくても、その辺の窓を開けて外に逃げ出すことが可能だが、こちらでは、そう簡単には事が運ばない。

1階の窓には、たいてい泥棒よけの鉄格子がはめられているから、出口が限定されてしまうのだ。

近くに窓があっても、そこからは逃げられない。

もし、カトマンズにも大地震が来たら、きっと、大変な被害が出るに違いない。

ネパールを訪れる旅行者は、治安のことをとても心配してくる人が多い。が、私個人的には、そのうち起こる可能性の高い(といわれている)大地震に対してのほうが、身に迫る恐怖を感じる。

2005年10月6日木曜日

ルクラ空港滑走路にまつわる話



ネパール、エベレスト街道トレッキングの始発地点となることの多い、ルクラ(Lukla:標高約2800m)。

ここにある空港は、とても怖い。写真は、カトマンズからルクラに向かい、着陸する直前の様子。滑走路が見えてきたところ。この滑走路、舗装されたのはつい最近のこと。

山の緩やかな斜面を利用して、一本の滑走路が作られているのだが、全長おそらく500mもなく、非常に短い。着陸するときは上り斜面を利用することで、自然と速度が落ち、離陸するときは下り斜面を利用することで、自然と加速度がつくよう、滑走路の距離が長くなくても間に合うように、工夫されている。



滑走路が切れたところは、もう崖。先は山。一歩間違ったら、谷底に落ちるか、山に激突するか、どちらかの運命をたどることになり、恐ろしい。

このため、霧や雲の影響で先が見えないときは、すぐに欠航となる。雨期中などには、一週間ずっと欠航が続くことも、めずらしくない。カトマンズ発ルクラ行きのフライトが、ルクラ間近まで飛んだものの、視界不良のためカトマンズに引き返す、というようなことも、よくある話。



さて、先日、テレビで、フライト欠航時のルクラ空港の様子を流していた。視界不良の影響で、ルクラ発着便全便欠航となったある日のこと。空港職員や地元の人が、滑走路でサッカーをしながら、楽しんでいる様子だった。

フライト欠航になり、トレッキングに出発できない外国人トレッカーたちがカトマンズで残念がっているとき、ルクラでは、そんなことをしていたのだな!

山腹のこの地域に、平坦な広い場所などあるはずがない。そこで、滑走路がグラウンドに早代わりする、というわけのようだ。なんとものどかな光景。

ボールを思いきり蹴ったら、滑走路先の崖下に消えていきそうで、少々心配だけれど。

2005年10月5日水曜日

残酷な日がやってくる

近所で、ヤギの鳴き声が聞こえ始めた。ダサイン祭8日目(アスタミの日。今年は10月11日)、生け贄として捧げるためのヤギを、近所の家で確保したようだ。

毎年この時期になると、近所で(生け贄用の)悲しいヤギの鳴き声が聞こえ始め憂鬱になる。

アスタミの日(10月11日)、女神を祭る寺院の地面は、生け贄により血だらけになる。広場や空き地でも、動物の首をはねて、解体する人たちの姿が見られる。

ヒンドゥ教バウン(ブラーマン)など、動物を絞めることのできないカーストでは、(食用)動物の代わりに『クビンド』と呼ばれる瓜系の植物を切る習慣もあるが、生け贄には、ニワトリやヤギが使われるのが一般的で、村では巨大な水牛を絞める場合もある。

5年前、タマン族の知人(女の子)が、ダサイン休みで村に帰省する際に、一緒に連れて行ってもらったことがある。

彼女の村では、村民総出で一頭の水牛を絞めるという。

ヤギを絞める(首が切り落とされる)シーンは見たことがあったのだが、水牛はヤギの何倍もでかい。ククリ(ネパールの刀)で、あんなに大きくて、太い首をどうやって切り落とすのか、ギモンだった。が、すぐにわかった。

広場には、生け贄シーンを見るために、見物人が大勢集まっている。

その中央に、頑丈なロープでつながれた水牛が、用意されている。そして、大きなククリや木槌を持った、男たちが周りを取り囲んでいる。

木槌?ヤギを絞める時には、そんなものは使わない。

木槌は、水牛の頭(前頭部)を思い切り殴るために使われるのだ。

水牛は巨大だ。だから、ククリで一気に首を切り落とすことができない。少しずつじわじわ殺すと、痛み水牛があばれまわり、手に負えなくなる。だから、首にククリを入れる前に、頭を何度も殴りつけ、感覚を麻痺させてしまうために、木槌が使われるのだ。

なんて残酷な!

でも、村人たちはみんな興奮気味で、歓声をあげている。広場には、あばれまわる水牛を取り囲み、白熱した熱気が漂っている。その熱気には、異様な狂気さえ感じられる。

頭を何度も殴られ、朦朧とし始めた水牛の首にククリを入れる。

もうだめだ。見ていられなくなって、私はその場を離れた。

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残酷に首を切られた水牛は、その後村人の手で解体され、全ての人に平等に分けられる。

絞めるシーンを見られなかった割には、村独特の調理法で出された水牛メニューを、おいしく食べてしまった、都合のいい私。

===

そういう日が、もうすぐやってくる。

===

ところで、日本では、子供の教育に悪い!といって、すぐに禁止されそうな習慣だ。あんなシーンを見せたら、子供がマネするからダメ、とか、言いそうだね。

でも、こちらでは、大人も子供も、当たり前のように毎年目にしている。が、子供の教育に悪影響を与えているとは、思えない。

まあ、そんなことはどうでもいいのだが。

2005年10月3日月曜日

不思議な休日

今日は、部分日食だった。それが理由で、ネパールでは、突然の休日となった。

以前は、日食の日はあらかじめカレンダーにも休日と記されていたようだ。しかし、最近休みが減らされているネパール。しかも、2月に政変もあって、いろいろシステムも変わった。

このため、今年(ネパールの今年2062年は西暦の4月半ばから始まった)は、日食を休日扱いとするかしないかビミョーなところで、平日扱いとなっていたようだ。でも、数日前になって、「やっぱり休日にしちゃえ!」ということになったようだ。絶句、、、。



この日食、『パットロ』(*注)と呼ばれるカレンダー(日常使うカレンダーとはちょっと違う)には、しっかり明記されている。

*注:パットロとは、簡単に言うと、主にヒンドゥ教の司祭に携わる人たちが携帯するカレンダー。月の満ち欠けから、占星術に関わることまで、掲載されている。

これによると、今年(というのは西暦の今年じゃなくて、ビクラム暦2062年のこと)は、今日を含めて日食/月食が合計3回あるらしい。



次回の月食は2005年10月17日17:17から始まる。重なる部分が大きくなるのは17:49、終了は18:20。

日食は2006年3月29日17:04から始まる。重なる部分が大きくなるのは17:43、終了は18:11。

上記時間はいずれもネパール時間。

また、突然の休みが発表されるかもしれない。注意しておこう。

さて、部分日食があった今日。日食が始まる12時間前から断食を始める人たちも大勢いた。

日食中は、騒いだり、性交渉を持つことも不可。寝たり、トイレに行ったりしてもいけない。 (短い時間だから、がまんできるよね)

日食終了後、沐浴をし体を清め、室内にある汲み置きの水(水道が引かれていない村の家などでは、朝、水汲みをし、室内の水がめに水を溜めます)を全て捨て、きれいな水を汲み直す、信心深い人たちも、いた。

水を汲み直す人の中には、『日食の光線に当たった水は縁起が悪い』と信じている人も、いるようだ。日本でも昔、日食は不吉なもの、としてとらえられていたことがあったようだから、何となく納得もいく。

ところで、日食というと、部分的なものであっても、見てみたくなるのが人間というもの。

でも、ちょっと待った!むやみやたらに、見てはいけないのだ!!(目が痛くなるからじゃないよ)



星座によって、見ていいか悪いかが決まっているのだ。日食を見ると、『いいことが起こる』『財産が増える』星座もあれば、『心配事が増える』『浪費しやすくなる』『病気になる』ので見てはいけない星座もある。

なんだそれ、と言いたいところだが、占星術に基づき記されているものだから、信じることにしよう。

ちなみに、私は、西暦の誕生日では『いて座』だが、こちらの占星術によると、『しし座』であることが判明している。『しし座』は、今日の日食は見てはいけない星座として記述されていた。

ネパール語がわかる方、写真を拡大して、自分の星座を調べてみよう。

それにしても、科学の進歩が進んでいる今なら、このような月の動きも簡単に把握することができるけれど、大昔の人は、どのようにして、星や月の周期を知っていたのだろう。本当に不思議だ。

2005年10月2日日曜日

ネズミにかじられた!



郵便局に3つ荷物が届いているという知らせがあったので、本日取りに行った。 (左の写真は、普通郵便で送られた荷物が置いてある倉庫)

3つのうち1つは、来週ネパールに到着し、長期トレッキングへ行かれる予定の、ゲストの私用物(主に食品)が入った荷物だった。



荷物を受け取ると、一角に破られたような跡がある。 (写真参照)

中のものを盗み出せる程度の穴(注1)ではあるが、それにしては、何となく中途半端な大きさだ。

注1:船便などの場合、時々、中味の一部が盗まれることもある。

さて、こちらの郵便局では、荷物を受け取る際に、局員の前で開封し、チェックを受けなくてはいけない。

上記の荷物を開封し、穴がある部分に入れられていた物を取り出すと、そこには海の香りのする『スルメ』が。外袋共に、明らかにかじられた跡がある。

・・・どうやら、『ネズミ』が『スルメ』のにおいを嗅ぎつけて、ダンボールの外からかじったら、こうなってしまったようだ。

私 「でも、ネズミが魚(注2)なんてかじる?猫じゃあるまいし」

注2:スルメでも貝でも、海のない国・ネパールの人に説明するには、『魚』と言ってしまうのが、わかりやすくていい。

局員1 「食べ物のにおいがするものなら、ネズミは何でもかじるよ」

局員2 「この前も、白人がクニから送られてきたソーセージを受け取った時に、半分かじられていたよ(ハハハ)」

・・・何事もないように、笑って言うな、という感じだ。

確かに、倉庫の中にネズミがいるのは不思議ではないから、ネズミが食べ物の入った箱をかじってしまうことはしょうがない。でも、この状態を『ネズミの仕業』と簡単に片付けてしまう局員は、あまりにも頼りない。

私 「しょっちゅうかじられるなら、薬まけばいいじゃないの」

局員 「薬はまいてるんだけどねえ。自然発生しちゃうからしょうがないんだよ」

私 (半分冗談で)「じゃ、猫飼えばいいじゃないの。ウチの飼い猫は、よくネズミ捕まえてくるわよ」

局員 (割と真剣に)「カトマンズには猫はあまりいないからねえ。それに、上が許してくれないよ」

私 (冗談で)「ネズミは飼ってるくせに?」

局員 (弁解気味に)「ネズミは勝手に入ってきちゃうから、しょうがないんだよ」

・・・話にならん。

ニオイの強い食品をカトマンズまで送る場合は、ネズミにかじられる覚悟をしておこう。