2006年8月21日月曜日

祭ではないけれど、祭のようなもの

19日、20日と実施されていた、石油製品値上げに抗議すると見せかけた憂さ晴らし行動は、とりあえず終結した。

市内のあちこちでタイヤを燃やしたり、罪のない一般市民が乗るテンプー(乗り合い三輪自動車)のガラスをレンガで割ったり、緊急事態で出動している救急車に投石したりすることのどこが、抗議行動なのだろう?と思ってしまう。日頃鬱憤を晴らす機会のない若者が、ここぞとばかりに暴れまくって、お祭り騒ぎで楽しんでいるだけ。

お祭り騒ぎといえば、カトマンズ市外に住む知人が住む村では昨日、隣人たちが集まって、ヤギを一頭絞めたそうだ。(食用動物を絞め、みんなで分けて食べる、という行為は、祭り気分のときにすることが多い)

もうダサイン(祭)気分なわけ?と聞くと、まあそんなものだね、と、知人は答えた。(もうすぐ、生贄のために生き物をささげる儀式も行われる、ヒンドゥ教最大の祭り『ダサイン』祭が始まる)

以前は、季節行事なのかと錯覚するぐらいに定期的に実施されていたバンダ(スト)なのだが、今年4月の政情混乱終結以降、実施されていなかった。バンダによる臨時休暇慣れしてしまった一般市民たちには、バンダ無し(臨時休暇無し)の生活こたえる。

それが、今回の抗議(とかこつけた憂さ晴らし)行動で、街の機能が麻痺し、久しぶりの休暇となったのだから、これを祭り扱いとしないでどうする。そういうわけで、村人が集まって、ヤギを一頭絞めたそうなのだ。

抗議行動といいながら、憂さ晴らしでタイヤに火をつけ、他人に迷惑をかけて楽しむネパール人もネパール人だが、こうやってできた臨時休暇をいいことに、祭り気分でのんびりヤギを絞めるネパール人もネパール人だ。まあ、私もこの休暇をいいことに、家でのんびりくつろいだのだが。

所詮、この国の(最近の)バンダ(スト)なんて、この程度のもの。

うわーなんだか大変らしいぞ、と、現地で大慌てし、ネパールの治安は悪い、とすぐに決めてしまうのは、状況を正しく入手するのが難しい旅行者だけかもしれない。

政変による暴動と、憂さ晴らし的お楽しみ暴動は違う。そこのところをよく理解していれば、ネパールは危ないんだろうか?などと心配するだけ無駄にさえ思えてくる。でも、自己責任で注意はしなくちゃいけないけれど。

2006年8月20日日曜日

久しぶりの1日

昨晩遅く、「石油価格高騰への抗議が20日も繰り広げられる予定なので、外出は控えるように」という日本大使館発の地区別緊急連絡網が入ってきていた。特に出かけなくてはいけない用事もなかったので、1日家で過ごすことに昨日から決めていた。(ネパールでは日曜日は休日ではないため、通常は普通の平日となる)

一応朝、街の様子を確認しようと、リングロード(カトマンズ市、パタン市を囲む周囲約20kmほどの環状道路)外に住む知人と、リングロード内の街の中心部に住む知人に、現在の外の様子を教えてもらう。各地でタイヤが燃やされていて、車両の通行はやめたほうがよさそうだ(場所によってはバイクでの通行は無理)、と聞いたので、家で過ごすことを再決定する。

昼過ぎまでいい天気だったので、洗濯物と、家中の布団を干す。それだけでは強い日差しの有効利用には物足りなく、先日買ってあくを抜いておいたぜんまいも干す(干しぜんまい作り)。ビンに入れて太陽の下に置いて作る大根の発酵アチャール(漬物的ご飯の友)も仕掛け、照り焼きまんを食べたくなったので作って蒸し、典型的なバンダ(ゼネスト)の日の、のんびりした休日を過ごす。4月の連日カフュー(外出禁止令)の日々を思い出してしまう。あのときも、なぜか照り焼きまんを食べたくなって作った。

一段楽していると、なんとなく雲行きが怪しくなってきた(昨日も書いたのだが、雨期終盤の今日この頃、午後になると天気が急変し、短時間のスコールが降ることが多い)。そろそろぱらつくかな、と思いながら室内で他の作業をしていると、「雨が降ってきたぞ~(パニパリョ~)」という、隣人が近所に知らせる叫び声が聞こえ、あわてて庭に駆け下りる。叫び声の主(隣の家のおばさん)もあわてて洗濯物を取り込んでいて、顔を見合わせ苦笑いをしてしまう。洗濯物と布団とぜんまいとアチャールのビンを家の中に取り込む。

夕方前、寝転がりながら本を読む。知らないうちに寝てしまったようだ。寝ていた時間は1時間ほどだったのだが、夢を見る。携帯で電話をかけようとすると、変なエラーが出てつながらないのだ。何度も何度も番号を押しても、エラーが出て埒が明かない。おかしいなあ、と思っていると、周りの携帯も同じ状態になっていることがわかる。

つまりこの夢、つい最近までネパールの政変時によく起きていた、通信を遮断される状態を連想させるものだったのだ。外で抗議行動がおきている今日、やっぱり(電話が)とめられたか、などと、夢の中の登場人物たちと話しながら、電話をかけるのをあきらめる。

・・・と、突然、現実世界の電話がなって、眠りから覚める。通信遮断されていたのは、夢の中だけだとわかり、ほっとする。

その後、夕方過ぎ、大使館発地区別緊急連絡網が入る。石油製品の値上げはとりあえず延期になったとのこと。明日から市内は通常に戻るだろう。

ほっとしながら、夕飯の準備に取り掛かる。

2006年8月19日土曜日

抗議熱は雨と共に消える

日中、カトマンズ(パタン含)市内は大変なことになっていたらしい。

石油価格高騰に対する抗議デモが、あちこちで繰り広げられていたらしいのだ。(20日も抗議行動は引き続き行われるようなので注意)

リッターあたり67ルピー(約110円)だったガソリンが、84ルピー(約130円)に値上がりすることに伴う抗議デモ。値上がり後も日本のガソリン価格よりは多少安いが、平均月収が日本の20~40分の1であるネパール。ガソリンがこの価格になるのは、現地人にとっては非常に痛い。

そこで、路上でタイヤを燃やし交通を妨げる、通行している車両に投石し、ボコボコにする、という大人気ない行為をみんなでして、価格高騰に抗議するわけ。

そんなことをしても、世界的に高騰している石油価格を下げることはできない。でも、こちらの人は 抗議行動という名ばかりの憂さ晴らし を、機会を見つけては繰り広げ、お祭り同様に楽しむ。

本日私は、自宅から割と遠い出先にいて、市内が大変なことになっている、という情報を日中耳にした。話によると、各地の路上でタイヤが燃やされていて、通行している車両は抗議隊によって止められているという。市内移動は徒歩でならできるが、車両ではかなり危険そうだ、という。

私は普段スクーターで移動している。最悪、この抗議行動が長引けば、スクーターは出先において、徒歩で家に帰らなければいけないかもしれない、と覚悟した。

でも、熱しやすく冷めやすいネパール人のこと。抗議行動がそんなに長時間続くはずもない。夕方近くなって雨が降り始めれば (雨期終盤に差し掛かり、午後にスコールが降る日が続いている)、もうボク、タイヤ燃やすのも飽きたし、雨も降ってきたから、家に帰ろーっと、というノリで、本日の抗議行動はすぐに終結になるだろう、と読んでいた。

実際、この国の抗議行動は、雨が降り始めたとたんに、笑えるほどあっけなく終了する。それはそれで嬉しいことなのだが、その程度の意思だったの?と半ばあきれてしまうことも多い。

たとえば、一昨年前、政党による抗議行動が1ヶ月以上連日起こっていたとき。雨が降り始める季節に入ったとたん、抗議行動の時間帯を雨が降らない時間帯に変える、という、手段をとっていたことがあった。(他の理由があったのかもしれないが、日差しが強かったり、雨が降ったりするたびに、それを避けるかのごとく抗議の時間帯がずれていた)

また、連日外出禁止令が続いていた今年4月にも、似たようなことがあった。外出禁止令発令区域にもかかわらず、国王に抗議する大群衆が何万人単位で終結し、王宮を目指したことがあった。あと1時間もしないうちに、王宮は大群衆に取り囲まれ、大変なことになるのではないか、と、誰もが心配したそのとき、突然大雨が降り始めた。

すると、シュプレヒコールを飛ばし、白熱しまくっていた大群衆は、それまでの熱をすっかり雨に冷まされたかのごとく、みんなさっさと家路につきはじめたのだ。つまり、抗議行動に参加していた大群衆のほとんどは、抗議の意味もわからずお祭り気分で抗議デモに参加してみた、という、安易な目的でしかなかったということなのだろう。

余談で長くなったが、今回のデモも、夕方雨が降り始めれば、とりあえず解散になるに違いない。徒歩での帰宅を覚悟した私も、すぐに、考えをあらためた。雨が降れば、余裕で車両移動できるだろう。

そして、15時過ぎ、予測どおり小雨が降り始めた。ここぞとばかりにスクーターを出し家路についた。つい1時間ほど前まではタイヤが燃やされて大変なことになっていたという通り道には、案の定、抗議している人の姿も見えず、普通の街に戻っていた。タイヤが燃やされた痕跡は、あちこちで見かけたのだが。

抗議行動とかこつけて、日頃の憂さを晴らせればそれで大半の人の目的は果たせる。抗議熱など雨と共に一瞬にして消えてしまう、所詮その程度のものなのだ。

でも、また明日(20日)の日中も、抗議行動は続くというので、注意はしたい。

2006年8月16日水曜日

カトマンズダルバール広場のクリシュナ寺院

クリシュナ寺院
 
今日はヒンドゥ教の神・クリシュナの誕生日(クリシュナアスタミ)で祭日。

旅行者エリアのタメル地区から南下し、アサンやインドラチョークを過ぎ、旧王宮広場内に入ると、向かって左手側に怖い顔をした、でも、どこかかわいい、カラフルなカラ・バイラブ像が見えてくる。

クリシュナ寺院はこの少し先の右手側に位置する八角形の珍しい建物。

本日は、赤いサリーを着た女性の参拝客でにぎわっていた。


2006年8月13日日曜日

ダラハラ(ビムセンタワー)の話

ダラハラ
 

 
カトマンズ市、中央郵便局のすぐ横に、ダラハラ(Dharhara)と呼ばれる高さ約52mの白い塔が建っている。
 
1832年に当時のビムセン・タパ首相によって建てられたため、ビムセンタワーとも呼ばれている。現在の塔は、1934年のカトマンズ地震で被害を受けたあとに再建されたものであるらしい。
 
以前、塔の内部には特定日しか入れなかったのだが、2~3年前からは、一般公開され、内部に入れるようになった。要入場料。
 
つい先日、この塔から飛び降り自殺をはかった人(現地人)がいたそうだ。
 
飛び降りるには少々低すぎる気がする。しかし、ネパールには、首都カトマンズとは言えども、高い建物は無い。あってせいぜい5~6階程度。たかが50m程度の塔ではあるが、周りの建築物よりかははるかに高い。だから、この塔を選んだのだろうか。

2006年8月6日日曜日

臨月の食べ物(ヨーグルトと乾し米)

ガイドの妻が臨月を迎えた。もう、いつ生まれてもおかしくない状態に入ったらしい。

こちらの習慣で、臨月を迎えた女性にダヒ(Dahi:ヨーグルト)とチウラ(Chiura:乾し米)を食べさせる、というものがある(民族や住む場所によっても習慣は異なる)。以前から、赤ちゃんが生まれる前に一度お邪魔する話があったのだが、延び延びになっていて、大変なこんな時期に強引に押しかけることになってしまった。重いおなかを抱えながら、夕飯までご馳走してくれた。

ちなみに、持参したヨーグルトと乾し米を食べてもらった後にわかったのだが、ガイド夫妻の習慣としては、臨月時にこれらのものを食べる習慣は特にないとのこと。タダの迷惑な客だったかしら、私。

ヒンドゥ教マガル族+グルン族のカップルなのだが、同じ民族でも、この習慣がある人たちもいるが、彼らのように特に意識しない人たちもいる。一筋縄ではいかないネパールなのだ。

よく登場する食べ物、ダヒとチウラ。アサール月15日(毎年6月末頃)には、田植えの息抜きとしてこの2つをたべる習慣もある。

体力を使う大事な仕事(田植え)の合間に、または仕事(出産)を間近に控え、精力をつけるために食べるもの、といったところだろうか。

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ちなみに、市販の『ダヒ』はバクタプル産がおいしいことで有名。500mlが20ルピー(約35円)。最近少し値上がりしたのだが、それでもこの値段。味は、日本のものよりかなり濃厚。

私は、納豆を育てる要領で、ヨーグルトも育てている。日本の実家にかなり旧タイプのヨーグルトメーカーがあり、それを使って作っている母を見ていて、殺菌や温度調整など面倒だな、と思っていた記憶があるのだが、ずぼらな私流の作り方は非常に簡単。

一度沸かした牛乳が人肌に冷めたら(温度は適当)、熱湯殺菌した容器に移して、その中に種ヨーグルトをスプーン一杯放り込んで混ぜ、そのままおいておくだけ。数時間後ドロドロになったら、冷蔵庫に移す、という、ただそれだけの作業。

『チウラ』は、稲ごと軽く炊いて(蒸して)、その上からつぶして乾かすとできる保存食。日本米に似た米(タイチン米と呼ばれている)を使って作ることが多い。作る工程が同じかどうかは知らないが、これは、日本にもあるようだ。以前、大分出身の知人が『乾し米』を食べさせてくれたことがあるのだが、まさにこれはチウラと同じものだった。

2006年8月3日木曜日

秋を感じる

前回まで3回に渡って、祭日程を掲載した。8月からは祭が増え始める季節で、先日からは、凧も空を舞い始めている。

毎年、ヒンドゥ教最大の祭、秋のダサイン祭には、たくさんの凧が空を舞う。正月に、日本人が凧あげをして遊ぶのと似ているかもしれない。季節限定の遊び。

でも、まだ8月。凧あげにはまだちょっと気が早いんじゃない?などと思っていたのだが、空を見上げると、もう秋空が広がっていることに驚く。明け方の風も涼しさを通り越して時に肌寒さも感じるほど。もう秋は始まりつつあるのかもしれない。先日7月30日(ナグパンチャミ:蛇の神様にプジャをする日)が立秋にあたる日でもあった。暦の上ではもう秋なのだ。

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カトマンズに住み始めた当初、私は、ここで流れる季節の移り変わりが、よくわからなかった。

ダサイン前のある日、知人(ネパール人)が空を見上げ「もうすぐダサインだねえ」と何気なく言った言葉に、へえ、と感じた思い出がある。日中は蒸し暑く、雨季も明けておらず、まだ夏だと思っていた私だったのだが、知人に言わせると、空の色がもう夏のそれではない、というのだ。

何年も過ごしてきた日本での季節の移り変わりは、空などからもわかる。でも、ネパールで季節を越したことがなかった私には、違いを実感できなかった。

その後、こちらでいくつかの年を過ごしてきて、今では空を見上げて季節の流れを感じられるようになった。祭前の浮かれ具合や、街の賑わいなどからも、季節を体感できるようになった。

少し色が薄めになった青空と、そこに舞う凧、入道雲が途切れて広がるひつじ雲。まだまだ日中は暑いカトマンズだが、秋はもうそこまで近づいているようだ。