2007年12月31日月曜日

カトマンズ中央郵便局にて



毎年、ネパールから年賀状を出している。切手の横に『○○年元旦/年賀』と目立つように書いておけば、外国からの年賀状も、日本では元日に配達してくれる。

郵便局によっては、年末は忙しいためか、『年賀』印をまったく無視され、3年連続で元日前に配達されてしまった地域もあった。しかし、たいていは元日に配達してもらえているようで、普通の賀状にまぎれて、ネパールからの賀状も元旦に届くことを喜んで下さる方も多く、準備する側としても賀状製作は楽しい作業だ。

今年も賀状を作ったのだが、郵便局に行くのが遅くなり、とうとう本日になってしまった。元旦配達を期待して、『年賀』印を目立つように書いたのだが、意味がなくなってしまった。

ところで、ネパール(カトマンズ)では、郵便物を出す際、市内のポストに投函してはいけない。ポスト経由の郵便物は、回収されているかもわからず、まず先方に届くことはない。

私も、10年以上前、カトマンズ市内のポストから、日本の実家(自分)あてに手紙を送ったことがあるが、いまだに届いていない。もしかすると、まだポストの中に残っているのかもしれないが、それはそれで夢があって楽しい。

(なるべく)確実に宛先に郵便物が届くべく送付するには、郵便局に送付物を直接持って行き、自分の目の前で、切手に消印を押してもらう必要がある。それでも、郵便物が行方不明になることは稀にあるが、確率的には少ないといえる。

消印を押してくれる場所は、郵便局内1階カウンターにある。送付物が少ないときは、この一般的なカウンターに持っていけばいいのだが、枚数が多くなる場合は、郵便局の内部に入り、配達前の手紙が山積みになっている倉庫のようなところで、まとめて消印を押してもらうと手っ取り早い。

前置きが長くなったが、本日の写真は、局員の男性が見事な手さばきで消印を押してくれているところ。

~ ~ ~

このブログをご覧くださっている方のお手元にも、この賀状が届くかもしれません。元日配達は無理となってしまいましたが、正月明け頃までには無事に届きますように。

2007年12月30日日曜日

ネパールの長距離移動は目的地に着けるだけでラッキー?

ここ連日、朝霧発生は続いている。一昨日、夜空がきれいに見えているから翌日の早朝便は順調に飛ぶか?などと書いたのだが、まったくアテにならなかった。

今の時期よくあるのだが、朝霧のために午前中運航できないと、1日に決まっている便数を消化できないまま日没近くなってしまい、午後発便が欠航となるような事態になることがよくある。

昨日も、午前中の濃霧の影響で午後のフライトが消化できず、欠航になっている便があった。

この影響を、私たち(のゲスト)もポカラ路線でもろに受けた。

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正午過ぎぐらいまでにカトマンズに到着できる便にてネパール入国する場合、同日中にポカラ行き国内線に乗り継ぐことができる。

12月20日過ぎからほぼ毎日、このようなパターンでポカラへ行くゲストを扱ってきた。大幅遅延はあったにしろ、同日移動はできていたのだが、ついに昨日、午後発の予約便が欠航となる事態に巻き込まれてしまった。他のフライトを当たったが、同日中にポカラに到着する他のフライトも満席か欠航。

急遽車をチャーターすることになった。夕方4時頃カトマンズを出発しポカラへ向かうという、強行手段。ポカラに到着したのは夜11時近く。

ネパール入りした直後の、数時間の陸路移動。快適な(?)空の旅を予定していたのに、突然予定外の陸路移動を余儀なくされるという、これほど納得できないことはない。

日中の移動であれば、遠くに見える白いヒマラヤと田園風景に心癒され、不安と怒りを鎮める効果も多少期待できるが、日没後の移動では景色はまったく見えず、不安を掻き立てるばかり。

不幸中の幸いだったのは、道中、道路封鎖に巻き込まれなかったこと。

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話し変わって、本日。

本日も、ネパール入国してすぐ、カトマンズを出発し、カトマンズから100kmほど離れた『マナカマナ』という場所まで車で陸路移動する予定があった。

『マナカマナ』はカトマンズ~ポカラを結ぶルートの途中にある。

昨日とほぼ同じ時刻、同じルートを通って、カトマンズを夕方4時ごろ出発したところ、その約2時間後、カトマンズから約40kmほど行った場所『ガジュリ』にて道路封鎖に巻き込まれた、という連絡がガイドから入った。これ以上進めそうにないため、仕方なく『ガジュリ』にて宿を探しているという。





『ガジュリ』はツーリストが訪れるような場所ではないため、外国人が快適に過ごせるような宿は、まず見つからない。タメルの安宿よりも劣悪な、長距離ドライバーが利用するような汚い宿に泊まることになるのだろうか、と考えていると、再びガイドから連絡があった。

こういう状況のためか、付近の宿はどこもいっぱいで、一行は車で夜を明かすこことにしたという。22時現在、封鎖は解除されたが、移動は翌朝早くすることにしたそうだ。初日からこのような状態に巻き込まれ、ゲストの方に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

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もし、今日の道路封鎖が昨日実施されていたら、と思うとぞっとした。ポカラ行きフライトの欠航に巻き込まれ、陸路移動に変更したはいいが、今度は道路封鎖に遭い、結果、ツーリスト用の宿などないような辺鄙な場所にて1泊する/または、宿も取れずに狭い車内泊、という羽目になっていたら、最悪だった。あぶないところだった。昨日が今日ではなくて本当によかった。

・・・と、こんなことを書いても、いったい何を言っているかまったくわからない読者の方も多いと思うが、まとめると、

ネパールの国内移動は、空路/陸路のどちらを利用する場合でも、その日のうちに、目的地につけるだけで、とてもラッキーなのだ

ということだ。

特にこの時期、空路利用の場合は数時間の遅延や欠航に遭遇する可能性大。陸路はといえば、先日も書いたが、最近、道路封鎖に巻き込まれないほうが運がよい、といえるぐらいの遭遇率。

予定通りの時間に、予定通りの方法で移動できなくても、目的地にその日のうちに到着できるだけで、ネパールの旅は『ついている』のだ。

随分次元の低い話で申し訳ないが、長距離移動(空路/陸路移動どちらでも)を予定している旅行者の方にはよくご理解いただきたい。

(地図は、ガイドブック『地球の歩き方』巻頭頁のものを撮影借用)

2007年12月28日金曜日

カトマンズの朝霧発生と国内線遅延




今週に入って、冬の名物・カトマンズの濃い朝霧が発生するようになった。

午前10時過ぎになってやっと太陽の日が差し始めることもある。

この影響で、ネパール国内線は朝から大幅遅延となっている便も多い。

早朝(6:30)発のマウンテンフライトやルクラ行きは、連日、午前10時を過ぎてやっと飛び始めている状態。ポカラ路線においても、大幅な遅延を確認している。

今の季節、国内線を利用する場合、最大数時間の遅延は避けられない。空港内(特に国内線)待合室は非常に寒いので(15度以下?)厚着をすることを忘れずに、そして、飲食料&暇つぶし用品(本など)持参で臨んでいただきたい。

ちなみに、本日は、今週の夜空の中では、星空が比較的はっきり見えている。こういう日の翌朝は、霧も発生せず、早朝発便でも1時間ほどの遅延で順調に飛ぶことが多いのだが(ネパール国内線では、1時間程度の遅れは遅れのうちに入らない)、明日の早朝便はどうなるだろう?

2007年12月26日水曜日

ガソリン代再び値上げ

今年10月後半に値上げとなったばかりだが、12月27日より、さらにガソリン代が値上げされることとなった。

10月前の価格、1リットル67ルピー(約120円)から比べると、13ルピーの値上げで1リットル80ルピー(約145円)となる。

日本のガソリン代よりは多少安いかもしれないが、こちらの現地人の一般的な収入が、日本の何10分かの1であることを考えると、驚くべき高額なガソリン代となる。しかし、こればかりは仕方がない。

今年に入ってからまともにガソリンが手に入ったことはなく、以前よく利用していたガソリンスタンドは、いつ行っても閉まっていた。営業していた日数のほうが少なかったといってもいいぐらいだ。

営業しているときにはたいてい長蛇の列ができていて、給油まで何時間も待つのが当たり前となっていた。

帰宅が遅くなった日の夜、ガソリンスタンドの横を通ると、翌朝から給油を始めるという情報を聞きつけて、すでに列を作って待っている車などを見かけることもあった。

こんな状況も、いよいよ改善されるのだろうか。

2007年12月24日月曜日

クリスマスイブのちょっとしたサプライズとがっかり

暮らしの中のささいな出来事を。

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本日、帰宅が少し遅くなり、20時を過ぎていた。

庭に洗濯物を干しっぱなしにしていたことを思い出し、帰宅するなり、台所から外に出た。一軒家の1階部分を借りて暮らしており、玄関とは別に、台所にも戸がある。そこから洗濯物を干すスペースに出ることが出来る。

戸をあけてびっくり驚いた。見慣れない大きな家具が、暗闇に鎮座していたからだ。

そういえば、5日ほど前に、台所に置く食器棚をオーダーしていたことを思い出した。完成まで1週間ほどかかる、と言われていたので、心の中で、早くて10日後、年内いっぱいぐらいにできれば御の字、と思っていた。しかし、ネパール人には珍しく、納期を守るどころか早い仕上がりとなったようだ。

設置には事前準備が必要だから、持ってくる前に私の在宅を確認してくれるよう強く念を押していたのに、無駄だったようだ。アポを取ることをしないこちらの人たち。出来上がり次第運んで来たのはいいが、依頼人(私)が留守だとわかって、そのまま庭に置きっぱなしにして帰ってしまったらしい。やることが大雑把。

でも、よしとすることにした。暗闇の中で確認すると、予想以上によい出来だったから。それに、このサプライズ、なんとなく、クリスマスの朝起きたら枕元にプレゼントが置いてあったときの、驚きと嬉しさが混ざった感じに似ている。

今から台所の模様替えをするには時間が遅すぎるので、とりあえず、そのまま庭に置きっぱなしにし、明日の朝作業をすることにした。今の時期、夜間雨に降られることもないし、こんな重くて目立つもの、泥棒が盗んでいくこともないだろう。

しかしひとつ気がかりなことに思い当たった。それは、大家が庭で放し飼いにしている犬のマーキング。半年前、新しいスクーターを購入した際にも、乗って帰るなりタイヤの前後に、おしっこを引っ掛けられた記憶がある。

嫌な予感がして月明かりの下よく見ると、四隅が濡れていた。すでにおしっこを引っ掛けられてしまったらしい。食器棚なのに。こんなオチはいらなかった、という感じだ。

2007年12月23日日曜日

ネパールトレッキング:新許可証TIMS、2008年1月1日より実施

半年ほど前に少し触れたことのある、トレッキングの新許可証制度TIMS

いよいよ、2008年1月1日より実施されるようだ。

概要については、以前記載した通りなので、以前の記事(上記下線部)をクリックして、ご確認いただきたい。訂正、詳細事項については、追って掲載したい。

TIMS、すでに、『ティムス』という通称も確立している。

2007年12月22日土曜日

ネパール長距離陸路移動の不確実性

ネパールの長距離陸路移動は、『道路封鎖』により、順調に行かないことが多い。

少し前までは、政治的な理由による『道路封鎖』が多かったのだが、最近は政治的な理由以外での道路封鎖が多発しており、不便な状況に巻き込まれることが多くなっている。

『ひき逃げ事故被害者家族による道路の封鎖』が、それはもう頻繁に、あちこちで実施されまくっているのだ。

ネパールの法律では、ひき逃げ事故に対する補償制度が整っていないらしい。

ひき逃げ事故で、被害者に下手に傷害を負わせてしまうと、加害者は、被害者に対し、長い間治療費を払い続けなくてはならない。これは、加害者にとって大きな負担となる。

しかし、いっそのこと被害者が死んでしまえば、加害者は短い間牢屋に入って、小額の補償金を支払めばすむらしく、負担は少なくてすむらしい。

よって、ひき逃げ事故では、被害者が死んでいなければ、一度走り去った加害者がわざわざ引き殺しに戻ってくる、というケースも、よくあるとのことだ。

こうなると、困るのは被害者一家で、身内の殺され損でしかなくなる。なんの補償も受けられない。以前は、泣き寝入りする被害者家族も多かったようだが、最近では、被害者家族や親戚知人が結束し、加害者に対して、多額の補償を要求するための抗議行動を起こすのが一般的となっているようだ。

しかし、この抗議方法に問題がある。

被害者と加害者の間で交渉がうまくまとまるまで、事故現場周辺の一般道をすべて封鎖し続けることによって抗議をするのが主流で、事故にはまったく関係のない一般車両までもが、長時間の立ち往生を余儀なくされる状態になるのだ。

交渉がすぐにまとまれば、短時間だけの封鎖で終わるが、交渉が長引く場合は、日中ずっと道路封鎖が実施されることもある。

・・・このような、痴話げんかの延長のような理由での道路封鎖が、最近、ネパール各地で、3日に1度は実施されているのではないかというぐらい、頻繁に、堂々と起きている。

旅行者の利用が多いカトマンズ~ポカラ間、カトマンズ~チトワン間、ポカラ~チトワン間の陸路でも、頻繁に実施されているような印象を受ける。ちなみに本日も、チトワン~ポカラ間の一部で、まさに上記による理由での道路封鎖が起きていた模様。

ネパールの長距離道路は、たいてい1本道だ。迂回路はない。日本のように、高速道路が封鎖されたら下の一般道を迂回する、という選択肢はない。

よって、狭い地区だけの封鎖であっても、どこか一箇所が封鎖されると、先には進めず、引き返したところでどうにもならず、にっちもさっちも行かなくなってしまう、ということになる。

以前、政治的理由で道路封鎖が起きたり、車両通行が出来なくなっていたときは、あらかじめ予告されていたことも多かったから、多少回避のしようもあった。

しかし、ひき逃げ死亡事故関連の道路封鎖の場合、いつ、どこで事故が起きるかなどわかるはずもない。遭遇してしまった場合は、封鎖解除となるまで、とにかく待つしか方法はない、という最悪な状況になっている。

空路の定期便が飛んでいる区間については、あらかじめ国内線を利用すればすむことだが、本日影響を受けた、チトワン~ポカラ間には空路の定期便はなく、一般的には陸路移動をするしか方法はないため、道路封鎖に巻き込まれる可能性は回避できないということになる。

2007年12月20日木曜日

カトマンズ周辺に降りる霜




今冬はまだ、早朝濃霧が発生し一寸先も見えない、というような状態になった日は数えるほどしかない。このため、今の時期、朝霧の発生で遅延がつき物の、午前発着便のネパール国内線も、霧の影響を受けることなく、比較的順調に飛んでいる。

昨年は、12月前半から朝霧に包また日が多く、国内線は連日大幅遅延していた。

さて、霧が発生しない代わりに(?)、カトマンズ市内よりも200~300mほど標高が高くなっている周辺の村々では、朝、連日霜が降りているようだ。

写真は、朝7時頃のカトマンズ周辺の村。霜の様子は写真ではわかりづらいが、畑や草むらなど、地面一面に白い粉を降りかけたような光景が、見えているらしい。

2007年12月18日火曜日

カトマンズの計画停電

停電がらみのコメントを何個かいただいたので、こちらに回答もかねて停電情報を掲載したい。

本日から、カトマンズの停電が拡大した模様。ニュースからの情報によれば、1週間に2日、17時~20時までと、今までより前後30分ずつ伸びたようだ。今までは17時半~19時半まで2時間停電だった。

停電曜日は、地区によって異なる。

旅行者の利用が多いタメル地区では、毎水・木曜日が計画停電日。

安宿では自家発電は期待できないし、中級レベルのホテルでも、停電中は、フロントなどの共有スペースのみ発電機による電気供給をし、部屋には電気が来ないところも多い。

トレッキングに行かない旅行者でも、懐中電灯があると役立つ。

2007年12月17日月曜日

最近のこと

1週間以上更新を怠ってしまいました。

快晴が続いているカトマンズです。

夜の星もきれいです。

まだ、(カトマンズに限っては)、深い朝霧が連日発生する、というような時期には入っておらず、午前中の国内線も、比較的順調に飛んでいます。

2007年12月7日金曜日

ネパール国内線値上げ:07年12月8日発券分より

燃油料の値上げに伴い、ネパール国内線運賃が、今年8月に続き、再び値上げされることとなりました。

値上げ価格については、 ヒマラヤン・アクティビティーズのサイトに近日中に掲載しますが、目安として、各路線2~10USドル程度の値上げとなっています。(例:カトマンズ~ポカラ路線は片道2ドル値上げで、81USドル→83USドルへ。燃油料、保険料込)

12月8日発券分より適用とのことで、現時点でヒマラヤン・アクティビティーズに正式なお申し込みをいただいている方の航空券に関しては、すべて本日付で発券しました。(通常は、お客様の急なキャンセルにも対応できるよう、ネパール入り直前に発券していますが、今回は特別な措置として)

よって、お知らせしている代金をお支払いいただければけっこうです。

正式なお申し込みをされていない方に関しては、値上げ後の運賃を適用させていただきますが、ご了承ください。

航空会社や、旅行会社(他社)のサイトでは、いまだに1年以上前の安い運賃が掲載されていたり、燃油料込みではなかったりして紛らわしいことがありますので、ご注意を。

2007年12月6日木曜日

寒いときは頭から温める

今週に入って、寒さが増してきた。

飼い猫も死んでしまい、心も体も寒い毎日。

今年も、暖房(灯油ストーブ)は出来るだけ使わないでがんばろう、と思っていたのだが、寒さに打ち勝つ気力もなくなり、月曜日に早々と出してしまった。

石油製品価格の値上げ前に、冬用に灯油20リットル分を買いだめしておいたので、しばらくは不自由しないのだ。

しかし、5年近くストーブの芯を変えていなかったためか、ぼろぼろになっていて使えず、結局まだ、いつも通りの厚着でしのいでいる。

こちらの人は、足元は裸足にサンダル履きで見るからに寒そうでも、頭を冷やしてはいけないといって、寒くなり始めると早々と帽子をかぶったり、ショールを巻きつけたりする。熱は穴から逃げる、とのことで、『頭』というよりも『耳』を覆うことに意義がある。

もともと、私には帽子をかぶる習慣もなく、また、寒いときには足元から温めるもの(頭寒足熱)、と信じきっていたので、頭ばかり温める人たちを半ば馬鹿にしていた。

しかし、どうしても寒いので、試しに毛糸の帽子を耳まで覆うようにしてかぶってみると、体全体が温かくなる感じがして、なかなかよい。

郷に入らば郷に従え、いままで、ネパール流・体の温め方を馬鹿にしていて悪かった、という感じだ。

2007年12月2日日曜日

猫のこと

またまた私事で申し訳ありませんが、

飼っていた猫が、本日息を引き取りました。何度かこのブログでも写真を載せたことのある、流し台に丸くなって寝るのが好きだった、あの雄猫です。3歳半の短い命でした。

室内と屋外を自由に行き来していたため、室内飼いの猫に比べれると長くは生きないことは予想していましたが、寿命が長いからよいとも限らない、ねずみを獲りながら猫らしく生きてほしいと好き勝手にさせていた無責任な飼い主でした。

この1ヶ月、皮膚病が目立つようになっていましたが、注射をしてもらい少しよくなったところでした。

金曜日には、久しぶりに念入りなブラッシングをしてあげ、その後、表情もすっきりし、少々元気になったように見えていました。

しかし今朝、突然状態が悪化し、死んでしまいました。朝用意して、食べられなかった餌が、まだ容器に残ったままです。

体調が悪くなってからも、日の当たる玄関での日向ぼっこは続けており、最近では、大家の犬と寄り添いながら寝ていました。

しかし、これは、以前のように元気にシャーっと追い払う気力がなかったからなのでしょう。3日前に撮ったのが最後の写真となりました。







ネパールでは、カトマンズ周辺に限った習慣かもしれませんが、家畜やペットの死骸を焼く習慣はなく、埋葬するのが一般的だそうです。大きな飼い牛が死んだときなども、大きな穴を掘って、埋めるそうです。

明日、うちの猫も、木の下に埋めてやる予定です。

2007年11月28日水曜日

最近のこと

朝夕は、だいぶ冷えるようになってた。

家も事務所も、日中でも室温は18度ぐらいまでしかあがらない。日中は、日向ぼっこをしに外に出たほうが、断然暖かい季節になった。

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ところで、話は突然変わって私事になりますが、

12月1日(土)17時頃からNHKラジオ第一放送で放送される番組『地球ラジオ』に電話出演させていただく予定です。よろしければお聞きください。(ラジオからはもちろん、番組のHPからインターネット上でも聞けるようです)

2007年11月26日月曜日

ゴミを燃やす




夜のカトマンズ市内。

街角に放置されたゴミが目立つようになると、こうやって、火を放って燃やすことが多い。

プラスチックもビニール袋も、何もかもお構いなく燃やしてしまう。

2007年11月20日火曜日

サツマイモと本日のヒマラヤ




明日は、蒸かしたサツマイモやサトイモを食べる習慣のある日。市場などでは、いつもよりも目立つように芋類が並べられていた。1kg30ルピー(約60円)。





今が旬の芋類。一般的に出回っているサツマイモは、日本のものと比べると甘みが少ない。サトイモは日本のと同じ。長いもは驚くほど粘りがあって、とろろご飯にすると何杯でも食が進む。





中央郵便局付近からの風景。ここのところずっと、カトマンズ市内からもヒマラヤの白い峰が見えている。

2007年11月18日日曜日

カトマンズの何気ない風景




街でみかん売りを見かけるようになると、冬が近づいていることを実感する。

カトマンズの東、仏教寺院ボダナート(目玉寺院)近くにあるChabahil Stupa(*)にて。

日中の気温は20度を越え、刺すような強い日差しのため、外にいるとまだまだ暑いのだが、朝晩はだいぶ冷えるようになり、室温は20度を切っている。

先週からずっと秋晴れも続き、カトマンズ市内からでも、比較的はっきりとヒマラヤが見えている日が多い。





空港近くにあるヒンドゥ寺院・パシュパティナートのそばの橋から見えるヒマラヤ。

今の時期、ネパールに来る際、日中に入国できるフライトを利用すると、カトマンズ・トリブバン空港に到着する30分程前から、北方向にヒマラヤ山脈がきれいに見渡せる。

カトマンズ空港到着後も、近くの丘の向こうからちらっと顔を出すヒマラヤが見られる。そして、市内に移動する途中でも、北方向に注意していると、ところどころ、建物の合間から白い峰を見つけることが出来るのだ。

(*) Chabahil Stupa:ボダナートから見ると、カトマンズ市街寄り約2km程の場所にある。余談だが、初めてボダナートを訪れた11年前、このストゥーパの横を通りかかり、ボダナートと間違えそうになったことがある。

2007年11月17日土曜日

ネパールの薬原料屋で売られる自然の石鹸『リタ』




街中にある、ごく普通の商店。店の外におかれた白い袋の中には、木の枝や木の実のようなもの、茶色い粉類などが入っている。

看板もなく、似たような店が周りにたくさんあるから、何度行っても、迷いそうになる。次のものを買うために、時々訪れる。





ほぼ実物大の写真。Ritha(リタ)と呼ばれるもので、砕いて1日ほど水につけておくと、泡が出てきて、液体せっけん代わりになるのだ。木の実で、中には直径1.5cm程の球状の種がある。

~ ~ ~

私事になるが、幼少の頃から、日本の実家では合成界面活性剤が含まれる洗剤は使わない生活を送っていた。

子供の頃は、石鹸シャンプーで洗髪したあとは、レモン汁や酢をリンス代わりに使用していたこともある。さすがに、年頃になってから友達と話が合わなくなり、私と妹は市販のシャンプー(合成界面活性剤入)を使うようになってしまったのだが。

話を戻すが、ネパールでは、市販の合成洗剤を使って洗濯をしていたのだが、衣類に残る残留洗剤によるものであろうと思われる皮膚のかぶれに悩まされるようになった。

洗剤を変えてみようと思ったのだが、日本で使っていたような洗剤は、ネパールでは入手が難しい。しかし、ネパールではアユルヴェーダの影響で、薬効成分のある植物が普通に街で売られている。そこで見つけたのが、リタだった。激しい汚れは落ちないのだが、埃や汗を落とすのが目的である普通の洗濯には特に支障もなく使える。使用後のふやけたリタの残骸は、庭に穴を掘って捨てられるのもいい。

現在、カトマンズ市内に住む庶民たちで、この木の実を洗剤(石鹸)代わりに使う人はほとんどいないようだ。途上国であるネパールでは、体や環境に害があろうがなかろうが、新しいもの(汚れがよくおちる合成洗剤)を使用することに対する憧れは強く、昔から使われてきた自然の洗剤(リタ)を使うことなど、時代遅れ、という発想を持つ人のほうが多いからであろう。

しかし、女性たちがヘアケア用に使うことはよくある。この木の実を原料とした石鹸やシャンプーなどの製品などは使われている。

ちなみに、冒頭の商店で売られている木の枝や茶色い粉類、すべて、薬効成分のある植物で、挽いたり煎じたりして、薬(服用)として使用できるもの。つまりこの店は、薬の原料屋(中国で言うところの漢方薬屋?)というわけだ。

2007年11月14日水曜日

ヒマラヤと、聖なる牝牛とゴミ




本日は、朝からきれいなヒマラヤが見えていた。

朝7時頃、カトマンズ郊外にて。





さて、先日、ゴミの話題を掲載したが、少しずつ回収が始まっている。しかし、まだ、アサン市場にはゴミが散乱していて、先日見たときよりも、ゴミの量が増えていた。





先日も写真を掲載したが、アサンの通りにある寺院の前のゴミの量も、いっそう増えていた。そしてそのゴミの山には、2頭の牝牛がゴミを貪り喰っていた。

いわずもがな、牝牛というのは、ヒンドゥ教にとって聖なる生き物。母のような存在。





そして、この寺院のすぐ横にある商店の看板に、誰にでも目に付くように、大きく書かれている言葉がこれ。

寺院の周りをきれいに保ちましょう

何たる皮肉な組み合わせ。

道行く人が、このいずれにもまったく無関心な点も、ある意味、感嘆に値する。

2007年11月13日火曜日

ネパールトレッキング:マオイスト強制寄付金領収証




先日から何度か話題に出しているが、主流トレッキングルート上で、マオイストによる強制寄付金徴収がされている。

寄付金を支払うと、上記のような領収書を渡される。

アンナプルナ方面では、ほぼどのルートを歩くにしても、遭遇してしまう。

上記領収書は、11月初旬、ティプリャン(ベニの少し上)で徴収された際、発行されたもの。5日間で500ルピー。トレッキングの最終日に遭遇してしまい、支払う羽目になった。

2007年11月12日月曜日

祭明けに待っていたカトマンズの現実




きれいな光の祭『ティハール』も昨日終わり、また日常が戻ってきた。

ここのところまた、ゴミ収集がされておらず、あちこちでゴミの山を見かける。道行く人(現地人)は、ほとんど気にならない様子。

マリーゴールド売りの目の前のゴミの山に、使用済みマリーゴールドが無造作に捨てられている。こんな光景を見て心を痛めるのは外国人(私)だけかもしれない。





ゴミの山を背に、野菜を売る人もいる。これぐらいたくましくないと、商売などやっていけないのかもしれない。





寺院の前にも、ゴミは捨てられ山となる。ネパールの人たちは皆、信仰心が深いはずなのだが、宗教上の建物の前にゴミを捨てることに関しては特に気にしない。

カトマンズ市内に、バグマティ川が流れている。ヒンドゥ教徒の聖地・インドのガンジス川の支流とされる聖なる川。通り過ぎるとき川に対して祈りを捧げる人が多いのだが、それと同時に、家庭ゴミを堂々と投げ捨てる人も多い。汚染がひどく、実際に見ると、ヘドロがたまったドブ川でしかない。拝みもし、ゴミも捨てる、という、矛盾した行為には理解に苦しむが、これが彼らの自然な発想。

「いくらなんでも、寺院の前にこれだけのゴミを捨てて、恥ずかしくないのかしら?」と、地元の店主に聞くと「どうするもこうするも、これがネパールだからねえ。あと1~2日すれば、またもとの道戻るから、それでいいんじゃないの」という無関心な答えが返ってきた。

昨日までの祭気分は一気に醒め、またしたたかな日常が始まった。

2007年11月11日日曜日

ティハール祭:バイティカの日に欠かせない千日草の首飾り




バイティカの日は、毎年、私もカトマンズ郊外・仏教寺院ボダナートの奥にある知人の家を訪ずれ、ティカの儀式に参加させてもらう。

大通りをそれ、奥のほうに入っていくにつれ、収穫前の稗(ひえ)と、満開の菜の花が育つ田畑がたくさん見られるようになる。

そんな田畑を背景に、バイティカの儀式を終えた人々(おでこに色とりどりのティカをつけ、千日草(千日紅)で作った花輪(*)を首からかけた人々)が幸せそうに、そして、なんとなく誇らしげな顔をしながら歩いているのを見ると、毎年、とても平和な気分になる。

(*) 千日たっても枯れないといわれる千日草(ネパール語ではマカマリの花)。普段、花輪といえばマリーゴールドであるネパールだが、兄弟姉妹の末永い幸せと健康を願って行うバイティカの儀式には、縁起のよい千日草の花輪が必需品。

ダサイン・ティハールと、祭りに浮かれた秋の1ヶ月もこれで終わり、明日からまた普通の日々が始まる。そして、秋も深まり、少しずつ寒くなっていくカトマンズなのだ。

冒頭の写真は、今朝の野菜市場にて。千日草が庭に生えている知人の家では、バイティカ用の花輪はすべて手作りだが、自分で手作りの花輪を準備できない場合は、こうやって売られる花輪を購入することになる。

2007年11月10日土曜日

ティハール祭:早朝のヒマラヤと、牝牛のプジャ




昨日午後、季節はずれの雨が降ったおかげで、本日早朝は、朝もやの向こうにヒマラヤが見えていた。カトマンズ郊外の村にて。





さて本日は、牝牛にプジャをする日でもあった(写真は2年前のもの)。

2007年11月9日金曜日

ティハール祭:ラクシュミ女神にプジャをする日




ティハールがはじまって、町のミタイ屋(ネパール、インドの甘いお菓子屋)は、色とりどりの菓子を並べ始めた。

神棚にお供えするために購入していく人たちも多かったようだ。

原材料に牛乳、砂糖、ココナッツ、米粉などが使われるのこの菓子類、驚くほどの激甘。そして、驚くほどの着色が施される。ハエやハチが常にたかり、すごい状態で売られていることが多い。

~ ~ ~

ところで、この時期には珍しく、午後から雨が降った。『バイリ』(*)はどうなってしまうんだろうね、とネパール人たちは話していたが、雨は夜には止んだので、影響はでなかったようだ。

(*) (主に)子供たちが近所を回り、歌や踊りを見せながらおひねりをもらい歩く習慣。この日は主に女の子たちが主役となり、家々を周るので、『バイリ』と呼ばれる。(男の子も参加する場合は『バイロ』と呼び名が変わるが、本来、男の子の出番『デウシ』は明日)。バイリ(またはデウシ)の様子は 昨年の記事 をご参照ください。





村のとある家庭にて。この家庭では、ラクシュミプジャの際、必ずクチョ(ネパールの柄無ほうき。『アムリサ』と呼ばれる植物から作られる)を傍らに置きプジャをする。

『夜、掃き掃除をしてはいけない。(日没後、家の中から外に何かを掃くと、同時に、家の中の富・財・幸(=ラクシュミ女神)が一緒に逃げてしまうから』という俗信がネパールにはあるのだが、ここから由来し、ラクシュミが逃げないよう、ほうきもラクシュミ神の横に備え、一緒にプジャをするのだそうだ。

2007年11月8日木曜日

ティハール祭:かわいい犬が見られる日




ティハール祭2日目は、犬にプジャ(供養)をする日(ククル・ティハール)で、おでこに赤いティカ(供養後につけるしるし)やマリーゴールドの首飾りをかけてあげる日。

毎年、あちこちで、かわいい(滑稽な?)姿の犬が見られる。

私の家の大家が飼っている犬(雄2歳)もプジャをしてもらっていて、きりりとキマッていた。

余談だが、この犬、私の飼い猫(雄3歳)には、いつまでたっても近づけない、つれない関係。








家の敷地内で、猫が日向ぼっこをしていると、そろりそろりと近づいて、少し距離を置いて腰を下ろす。









ときどきかまってほしくなるようで、調子に乗って近づくと、








この通り。シャーっとやられてしまい、鼻の頭をひっかかれて、うっすら血をにじませながら、すごすご退散していく羽目になるのだ。

ネパールトレッキング:マオイストによる寄付徴収情報追加

10月28日に、私たちのガイド(とお客様)が実際に遭遇したマオイストの寄付徴収ケースを書いたのだが、その追加。

≪エベレスト方面≫
10月初めには遭遇したルクラ空港周辺での徴収だが、その後10月半ば頃には遭遇しなくなっていた。しかし、10月末の時点での徴収は、再び空港周辺であった模様。外国人トレッカー1人当たり100ルピー。

なお、ルクラより先の『ガート』では、ガイド、ポーター分の徴収もされたとのこと。こちらも、1人当たり100ルピー。

状況によって徴収されたりされなかったりであるようだが、遭遇してしまったら支払うしかない。

≪アンナプルナ方面≫
ナヤプル~ゴレパニの途中『ビレタンティ』にて、トレッキング日数1日あたり×100ルピーの徴収あり。10月末時点での状況。

それより少し前の報告だと、1人当たり100ルピーで大丈夫だったと聞いていたのだが、以前のように日数制になっているようだ。

ガイドからの報告が入るのにタイムラグが生じてしまうため、2週間ほど前の情報となってしまうのだが、今後も、実際の遭遇例を掲載していきたい。

2007年11月6日火曜日

ティハール祭:光の儀式ももうすぐ



昨日も少し触れたのだが、手前にあるのが、この時期の新月の日の日没後、富の女神ラクシュミを家に招き入れる儀式で使う、素焼きの器。

こにギウ(バター)や菜種油と芯をいれ、108個のオイルランプに火をともし、家の外から中まで続くよう並べる。この明かりを道しるべに、ラクシュミが天から舞い降りてきてくれるのだ。

祭りや儀式は、たいてい面白い物語と結びついている。

この儀式にも、『辺りが真っ暗になる新月の夜、貧しい老夫婦が、食べ物もなく夜も眠れず明かりをつけて家の中にいたところ、その明かりを目印に空から舞い降りてきたラクシュミ神が、その後、その老夫婦に富と豊財を与えてくれた』という話がある。




ライトアップ用のろうそくも、大量に市場に並ぶ。

このほか、電飾など出回る。クリスマス仕様のものを、外国から輸入しているのだろう。電気をつけるとクリスマスソングも一緒に流れているものがあって、季節はずれ感がおかしい。しかし、クリスマスの習慣がないネパールでは、流れてくるその音楽がクリスマスソングであることなど、まったく知らない人も多い。




商店などでは、すでに光の装飾を始めているところも多い。写真は、カトマンズ市内にある大きなスーパーマーケット。

この程度の電飾は、日本や先進諸国では、ライトアップのうちにも入らないかもしれない。しかし、カトマンズで、夜、たくさんの電飾が一度に見られるのはこの時期だけで、わくわくしてくるのだ。

さて、この店では、先日から、店内BGMにティハールの歌も流すようになった。

♪ 聖なる牝牛の糞で土間も塗り替えて/ラクシュミ女神を家に迎え入れることができました/新月の夜、幸運があなたの家にもやってきましたよ ♪

ティハールのときだけに聴くことができるこの歌は、わくわく気分を盛り上げる。先日から、無意識のうちに口ずさんでいる私なのだ。

2007年11月5日月曜日

ティハール祭:バザールに並ぶ鮮やかな色粉とダカトピー



いよいよ今週半ばからは、ダサイン後の、ヒンドゥ教徒にとっての大きな祭り、ティハールがはじまる。

市場にはティハールに欠かせないグッズが並び始めた。

ティハール最終日、姉妹⇔兄弟間で、お互いのおでこに付け合う鮮やかな色粉。




必要な分量だけをすくって、新聞紙に包んでくれる。




新月の日(今年は11月9日)の日没後、ラクシュミ女神を家に招き入れる儀式をする際、オイルランプをともすために使う素焼きの器や、ティハール祭の最終日、姉妹から兄弟に渡すための新しいダカトピー(*)なども並んでいる。

(*) ダカ・トピー:ネパール伝統のダカ織布で作られた、男性の正装に必要な帽子。




ラクシュミ神のポスターも、よりどりみどり。

2007年11月2日金曜日

大使館からのお知らせ転載:爆発事件の発生について

11月2日付け『大使館からのお知らせ』転載です。

~ ~ ~ 転載ここから ~ ~ ~

爆弾事件の発生について

当館に入った情報によれば、昨日の木曜日(11月1日)、カトマンズから南方インド国境付近のビルガンジ市内、ネパールテレコムという政府機関の事務所付近路上において爆弾事件が発生し、1名が死亡、5名が負傷したとのことです。なお、同爆弾事件の犯人については、現在捜査中です。幸い、邦人は含まれていませんでした。

ビルガンジ市内については、ここ数ヶ月間で何件かの爆弾事件が発生していますので、今後同市に訪問する際は、十分に気をつけて下さい。

~ ~ ~ 転載ここまで ~ ~ ~

参考までに、ビルガンジ(ビールガンジ)は、カトマンズから直線距離で約100km弱ほどの場所にあります。

日本のように、高速道路の設備が整っていれば車で約1時間ほどで到着できてしまいそうな距離ですが、ここは山国のネパール。カトマンズから陸路車両移動する場合、幹線道路を利用しても、順調にいって6時間~10時間(場合によってはそれ以上)はかかります。

このため、カトマンズでこのニュースを知っても、非常に遠い地域での出来事のように感じてしまう、というのが実情です。

2007年11月1日木曜日

平然と存在する障害物、油断するとこうなる

ネパールでは、思いもよらない場所に、考えられないような障害物が存在することがよくある。バリアフリーとは程遠い世界だ。

車道に突如として現れる大きな穴、意味のない段差。これらは、当たり前すぎて障害物のうちに入らないかもしれない。

カトマンズ市内の大きなスーパーマーケットでも、ずっと気になっている障害物があった。

パン売り場の壁に、トレー置き場が設置されていたのだが、地面から140cmほどの高さに取り付けられていて、棚の部分が壁から50cmほど出っ張っており、ちょうど、子供が頭をぶつけそうな位置具合だったのだ。店内で落ち着きなく走り回っている子供など、棚の角に頭を激打した事例もあるのではないだろうか。

大人の私でも、無意識に歩いていて思わずぶつかりそうになったことしばしば。日本であれば、即刻大問題になりそうな設置法でずっと気になっていたのだが、最近設置場所が変わり、比較的まともな位置になった。(それでも、出っ張っていることには変わりないが)  

いスーパーマーケットだから、もしかすると苦情があったのかもしれない、などと思っている。

追記:棚の設置位置が変わったと思ったのは私の勘違いで、相変わらず危ない位置に設置されたままだった。その棚は、ちょうど、私の首から下の高さにあるため、一瞬視界には入らない。このため、ホント、ぶつかりそうになって怖いのだ。

さて、前置きが長くなったが、昨晩、夕飯をご馳走になりに、スタッフの1人の家を訪れた。家は、大通りから少し中に入った場所にあり、家までの50mほど、畑の間のあぜ道と段差のある未舗装道を歩かされた。

すでに日は暮れており、あたりは薄暗くなっていた。歩き慣れているスタッフ(女性)は、かかとの高いサンダル履きで、ぬかるんだ歩きにくい道をすいすい進んでいくのだが、私にとっては初めての道で、なおかつ薄暗くなっていたため、転ばないように足元に注意しつつ、前かがみになりながら慎重に進んで行った。

そして、やっと家の敷地内に到着。地面もコンクリートで固められており、もう足元に注意を払う必要もない。ほっとして、前かがみの姿勢から普通の姿勢に戻した直後、事件は起こった。

左頭部を、何かに思い切りぶつけたのだ。

激痛が走り、思わずその場にしゃがみこんでしまった。左目からは、泣いてもいないのに涙が自然に出てくる。

初め何が起きたのかわからなかったのだが、そこは屋外の水場になっており、地上150cmほどの場所に、水道の蛇口が飛び出ていたのだ。前方に注意を払っていなかったことと、すでに薄暗く蛇口がほとんど見えなかったこともあり、姿勢を伸ばしたとたんに、その細い鉄製の蛇口に、頭を激打したのだった。

頭が切れていてもおかしくないような突起物の形状だったが、幸い血は出ていないようだった。が、頭の傷は、血が出たほうがよいというから、こぶができただけでよかったのか悪かったのか。今でも少し痛むが、それ以外の症状はないので、たいした影響はないことを信じたい。

それはそうと、私が頭をぶつけてから、スタッフは一言。「あ、ぶつけちゃいました?そこ水場で、蛇口が出てるんですよ」

・・・今更遅い。そして、気配りゼロ! 

家までのメイン通路に、ぐっさりぶつけてください、といわんばかりの絶妙な高さで、飛び出ている蛇口。

少しでも気を抜くとこういうことになるから、ネパール生活での油断は禁物だ。

2007年10月29日月曜日

カトマンズ近くを震源とした地震発生

本日15時35分頃、カトマンズ市内で地震があった。体感的に、震度3ぐらいで、横揺れだっただろうか。

揺れ自体は、10秒程度だったと思うのだが、子供の頃から身についた習慣というのはあなどれない。部屋のドア(*)を全開にし、机の下にもぐるという一連の作業を、無意識のうちにしていた。そんな私を見て、周りのネパール人たちは呆気にとられていたようだ。

(*) ネパールの家の造りはかなり雑。地震の被害を受けたわけでもないのに、立て付けが悪くて開かない窓などもある。少々の揺れでドアが開かなくなる確率はかなり高いので、今回もとっさにドアを開けていた。

そういえば、2000年~2001年にかけての冬に、体感できるほどの揺れをカトマンズで感じたことがあった。このときは、確か、インドのグジャラート州で大地震が発生し、その揺れがカトマンズにも伝わってきたのだったと記憶している。

このときも、カトマンズの揺れ自体は震度2~3(体感震度)だったので、日本人にとってみればたいしたことのない揺れではあったのだが、揺れに驚きパニックになっているネパール人を横目に、一人冷静に机の下にもぐった記憶がある。(実際には、ネパールでは机の下にもぐるより、屋外に逃げたほうが安全そうなのだが)

今回も、インドあたりで大地震が起きて、それが伝わってきたのかも、と話していたのだが、ネパール国内(カトマンズ北部、ヌワコット郡とラスワ郡の郡境あたり)が震源だったようだ。

ネパールにおける地震の恐怖については 過去記事 をどうぞ。

20万ヒット御礼

昨日(10月28日)、当ブログ訪問者数が20万を越えたようです。

いつもご覧くださっている読者の皆様、これからもよろしくお願いいたします。

2007年10月28日日曜日

ネパールトレッキング情報:マオイストによる寄付金強要復活(2007年秋~)

以前、ネパールの主流トレッキングルート(特にアンナプルナ方面)において、マオイストによる『通行料』と称した強制寄付金徴収が、外国人トレッカーを対象に行われていたのだが、2007年1月末あたりから、どのルートでも、このような行為は見かけなくなっていた。

しかし、2007年10月初め頃より、また復活している。

以前は、トレッカー1人当たり1000ルピーの強要であったり、トレッキング日数×100ルピーの強要であったりしたのだが、現時点では、どのルートでも一貫して、1人当たり100ルピー以上の寄付を強要されている模様。支払い後は、以前と同様に律儀に領収書を発行してくれるので、2度徴収されることはない。

私たちのガイド(とお客様)が実際に遭遇したのは以下の通り。いずれも、2007年10月中の出来事。

≪エベレスト方面≫
10月初旬、ルクラにて遭遇。ただし、その後、ルクラ周辺の組合のような組織が団結し、廃止に追いやった(?)とのことで、10月半ばには遭遇しなかったとのこと。

≪アンナプルナ方面≫
1) ベシサハールからトロンパスを越えるルートの途中のチャーメ手前で遭遇。

2) ゴレパニの少し手前で遭遇。

その他のルート、または、10月半ば以降の状況については未確認だが、現在トレッキングに出ているガイドたちの報告を待ちたい。

なお、マオイストは山賊とは違うので、支払うものを支払えば、危害を加えられる等の心配は、今のところはない。

別件だが、トレッキングに関する別情報をひとつ。

2006年秋に一時的に実施されていたTRC許可証制度(ガイドorポーター無ではトレッキングにいけないという制度だが、施行後すぐに休止となった幻の制度)について、いまだに問い合わせをいただくことがあるのだが、本日現在、この制度に代わるものは復活していないので、個人トレッキングも問題なく可能。

2007年10月26日金曜日

満月の夜のスワヤンブナート寺院



カトマンズ市街の西、小高い丘の上にある、仏教寺院スワヤンブナート。

満月の夜には、いつも以上に、灯明に火がともされる。




日中、青空の下のストゥーパ(仏塔)もすばらしいが、夜は神秘的で、また美しい。




カトマンズ市街も、満月の光に照らされていた。

2007年10月24日水曜日

ネパールの石油製品値上げ

現在、ガソリン1リットル67ルピー(約120円)。これが、6ルピー(約10円)値上げとなることが決まったそうだ。


日本と比べれば、まだやや安いが、(一概には言えないが)一般的に給料が日本の20分の1以下程度であることを考えると、ネパール人にとってガソリン代はかなりの負担だ。

それでも、バイクや車所有者は著しく増え続けているのだが。

ところで、ガソリン代値上げを見越してか、10月から値上げしたツーリストバスなどもある。

ガソリンだけではなく、灯油や調理用ガスも値上げとなっているから、今後、旅行者も、食事代の値上げなどで影響を受けることがあるかもしれない。

2007年10月21日日曜日

カトマンズ郊外に実る稲穂



カトマンズ郊外の田んぼには、収穫前の黄金色の稲穂が広がっている。

田植え後のみずみずしい青田もすばらしいが、稲穂がゆれるこの季節も、なんとも豊かな気分にさせられる。

ところで、『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という日本のことわざがあるが、ネパールにも、同じ内容のものがある。こういう稲穂の風景を見て育ったこちらの人たちは、その言葉の意味をよくわかっている。

しかし実際はそうは振舞えないもので、えらくなったり、少し裕福になったりすると、頭を垂れるどころか、態度だけではなく姿勢までもが逆反り体勢なる人が多いのは、気のせいだろうか。・・・話がそれたが、

すでに稲刈りが済んだ田んぼも。





夕刻時。

古典は得意ではなかったが、そんな私でも、思わず、「秋は夕暮れ・・・」(枕草子)を思い出してしまうような、そんな風景。

2007年10月20日土曜日

ダサイン祭:竹のブランコ



ダサイン~ティハールまでの約1ヶ月、期間限定で広場に作られるのが、竹製ブランコ。ネパール語では『ピン』。

今年も、大型連休に入った18日頃から組み立てが始まり、あちこちで見られるようになった。

冒頭のピン(ブランコ)は、カトマンズ市内、トリブバン国際空港近くにある広場に組み立てられたもの。




こちらは、カトマンズ郊外にある村の、広場にて。

秋の澄み切った空に向かってこぐのは、とっても気持ちいい。

2007年10月19日金曜日

ダサイン祭:肉を食べるために

ダサイン祭8日目の19日は、この祭の主役ドゥルガ女神に生贄を捧げる日。カトマンズなどでは、ヤギを生贄にする場合が多い。

そして、私の家の近所では、いつも早々と生贄用のヤギを確保し、本来の生贄の日の前日には殺して食べてしまう。

・・・ということを、前回書いた。

しかし、いつも不思議でおかしく思うのは、私の家の近所には、普段はチベット仏教への信仰心を強く示す民族が多く住んでいるということだ。

仏教徒の彼らにとって、ヒンドゥ教の祭であるダサイン祭はあまり関係がない。普段は、自分たちはチベット仏教徒であり、ヒンドゥ教徒は違う、という誇りを見せてくれたりもする。

しかし、ダサイン祭アスタミの日(生贄を捧げる日)には、誇りも見栄もすべて忘れて、生贄を口実に、早々とヤギを殺して食べるのだ。

宗教の違いなど関係なく、肉をたらふく食べる、という点においては、ダサイン祭は多くの人たちが楽しみにしている祭りなのだ。

日本で、クリスマスはケーキを食べる日、というような都合のよい習慣ができあがっているのと、少し似ているか、な?

ところで、本来ダサイン祭を祝うべき、ヒンドゥ教を熱心に信仰する司祭カーストに属する者たちは、この日、熱心にプジャはしても、生き物を生贄とする(殺す)ことはしない。代わりに、植物を切ることで、生贄を捧げたこととしたりする。

2007年10月18日木曜日

ダサイン祭:カトマンズ市内で売られていくヤギたち



明日はダサイン祭8日目。この祭の主役、ドゥルガ女神に生贄を捧げる日でもある。生贄としては、カトマンズ市内などでは、ヤギを捧げるのが一般的。

カトマンズ中心部にあるヤギ市場は、まだヤギを購入していない人たちと、まだ買い手が決まっていないヤギたちでごった返していた。




ヤギは道路にまでも並べられ、大きな秤に載せられ、量り売りされる。

そして、タクシーに無理やり乗せられたり、バイクの二人乗りで後部座席の者に抱きかかえられたりしながら、家まで運ばれる。






タクシーに乗るヤギ、バイクに乗るヤギ、どちらも滑稽!




人と家畜がごった返す中、チャングラ(羊の一種)が一頭、脱走に成功!

でもすぐ羊飼いたちに追いかけられ、捕まえられてしまったのだが、、、。

ところで、私が住む家の近隣では、毎年、生贄用のヤギを確保するのが早い。今年も、数日前からヤギの鳴き声が聞こえてきていた。

特に昨日の夜は、一晩中、両隣の家のヤギが鳴き続けていてうるさく、夜中に何度も目が覚めてしまった。

本当かどうかは知らないが、ヤギは、自分が絞められる日が近づいているのがわかるという。昨晩の尋常でない泣き声は、自分の命もあとわずかとわかっての、最後の叫びだったのかもしれない。

その証拠に、今日はもう泣き声が聞こえない。たぶん、隣家の人たちは、明日(生贄を捧げる日)まで待ちきれずに(早く肉を食べたくて)、昼間に絞めてしまったに違いない。