2015年8月29日土曜日

スワヤンブナートでの地震追悼イベント(4か月目)

 
ビクラム暦で考えると、ネパール大地震からちょうど4か月目にあたる今日(地震発生が2072年1月12日、本日4月12日)。 あの日と同じ土曜日。
 
スワヤンブナートでは、日没後から地元コミュニティによるイベントが行われていた。最初の地震(西暦4月25日M7.8とM6.6)、その後の大きな2回の余震(4月26日M6.7、5月12日M7.3)の被害者を追悼するための「キャンドルライトプログラム」。
 
 
ネワール族の若者たちによる伝統楽器による祈りの音楽も奏でられる中、たくさんの人たちがろうそくを手にし、仏塔の周りを歩き祈っていた。
 
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ここへは、地震から6日後、一般立ち入り禁止となっていた時に訪れて以来の再訪。
 
5月1日訪問時の様子:
 
あの日、前日に120時間ぶりに瓦礫の中から救出された2名の現地人が、スワヤンブナート近くのネパール軍施設内に設営されたイスラエルのメディカルキャンプに運ばれてきているということで、取材を試みるためしばらくキャンプに待機していた。
 
重傷患者も運ばれてくるような現場だったが、そこからはスワヤンブナートがよく見えていて、落ち着かない中にも、見守られているという安堵感を覚えたことが忘れられない。
 
スワヤンブナートの取材予定はなかったが、立ち寄ることに決まった時には、地震後ずっと感じていた緊張の糸がふっととけた。
 
地震後の非日常をたくさん目にしてきた中で、スワヤンブナートは何も変わっていないように見え、気を張らないで会いに行ける、と力が抜けたのだ。
 
でも、実際に訪れると大きな被害が目につき、ここもか、、、と愕然としたのだが、この場所のもつ優しくて不思議な雰囲気に自然と心が落ち着いたことを思い出す。
 
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ところで今日は満月。
 
 
 
東の空に月が出始めたころ、月のあたりから西の空にかけて、二本の放射状の筋が。




灯明や満月同様、この不思議な夕焼けもまた、幻想的な雰囲気をかもし出していた。

2015年8月28日金曜日

ボダナート「取り壊し」作業の様子


ネパール地震から4か月経ったボダナートを本日訪問。

地震後訪れたときには、他所の被害の印象が強すぎたためか、大きな被害に気づかないでいたが、仏塔全体に亀裂が入り、相当なダメージを受けていたことを後になって知った。

ドームより上の部分での修復が必要とのことで、本来顔のあった部分に足場が組まれ、取り壊し作業が進められている。

話を聞いた地元の開発委員会の方に、「修復作業が進められてるんですね」と言ったら、「修復ではなく、今はまだ取り壊しの段階です。修復が始まるのは、取り壊しが終わってからのこと。まだ先です」と言われてしまったが、確かにその通り。他所もそうであるように、本当の「修復」に取り掛かれるのは、まだ先のこと。




高い場所から眺めていて気づいた。足場からドーム下の台座に向け、長い管がいくつか置かれているのだ。(写真中央にも見えている)

取り壊したレンガを、この管の中を滑らせて台座まで下ろすためのもので、私が眺めている間にも、するするとレンガが管を通って流されてくる様子が何度も見られた。

レンガは、損傷が激しくなければ再利用されるとのこと。

四方を見下ろす目は見えず、ドームの色もあせ、祈祷旗も取り払われてしまった姿が痛々しい。

元の姿に戻るには、約1年半かかるそうだ。

2015年8月27日木曜日

今日のカトマンズダルバール広場と、地震直後のこと

 
約3か月ぶりにカトマンズダルバール広場をゆっくり周った。

4月の地震後、発生から約36時間後にここを訪れた時見た光景がよみがえる。古い建物は崩れ、瓦礫が山となり、いつもは土産物屋が並ぶバサンタプル広場には所狭しとビニールシートが張られ、言葉を失った。

≪4月27日朝7時過ぎに見た光景≫


その後8日間、ほぼ毎日この場所を訪れた。地震直後の混乱と団結、この場所で見たいろいろなシーンが思い出されて、今でも胸が熱くなる。

今は、観光客も戻り、瓦礫も撤去され、避難者も撤退し、一見日常が戻ったかのように見える。

・・・

被害の大きかったバサンタプルダルバールの建物。足場のようなものが組まれているが、これは修復作業のためのものではなく、建物を支えこれ以上の倒壊を防ぐ目的のもの。

地震前までは、建物の近くを歩くこともできたが、今は倒壊の恐れがあり危険であるため、進入禁止となっており近づくことはできない。


建物近くに、崩れたレンガが少し散乱していて、その間から、とうもろこしが数本育っているのを見つけた。なんでこんなところに。野鳥が運んできて、人に踏まれることもないから、そのまま芽を出してしまったのだろうか。

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地震直後この場所は、たくさんのボランティアであふれていた。

思い出すのは4月30日、日本の夕方のニュースで生中継するため、1時間半ほど前からナウタレダルバールの向かいあたりで待機し準備を進めていたときのこと。

この時、瓦礫撤去のボランティアたちは、全壊し土台だけになったナラヤン寺院とシバ寺院周辺で作業をしていて、その周辺には被害の様子を一目見ようと野次馬たちもたくさん集まっていた。

そんな中、瓦礫撤去を指揮している地元の団体が「手伝ってくれる人はいませんか!」と野次馬たちに呼びかけると、潔く次々と志願し、ボランティアの列に加わっていく若者たち。

その数はどんどん増え、私たちが待機していた1時間半ほどの間で、列は私たちの前を通り越していった。

お出かけ用のきれいな恰好をしている若い女の子が友達同士で志願していたり、中には年輩の人たちや、外国人観光客もいたり。
 
その場にたまたま居合わせ偶然作業に関わり始めた見知らぬ人たちの集団であるにもかかわらず、地元民の指揮のもと、列も乱さず黙々と、レンガをバケツリレー方式で手順よく次の人に渡し、最後の人がきれいに並べていく。
 
そんな光景を見続けながら、普段、ネパールの人たちの手順や要領の悪さばかりに目が行きがちだったことを深く反省し、この国の人たちの熱い想いと団結力に、感動しっぱなしだった
 
ボランティアたちがきびきび作業する様子が、4月30日の生中継動画にも映っていたのだが、残念ながらすでに映像は見えなくなっているようだ。
http://www.news24.jp/articles/2015/04/30/10274107.html

2015年8月26日水曜日

ハロ/白虹貫日



出勤前にプールでひと泳ぎ(というか、ひと浮かび)するのが最近の日課。

いつも利用者はいなくて、貸し切り状態のプールの真ん中で、仰向けに大の字になり、空高く気持ちよさそうに舞う鷹のような鳥とか、すいすい飛んでいくトンボとかを眺めながらぷかぷかするのが、もう最高に気持ちいい。(日焼けは開きおなることにした)

今日も背泳ぎしながら目を開けたら、太陽の周りにきれいな虹の輪が。

わーこれ、きっと気づいている人少ないだろうなあ、と、独り占めの気分で、水に浮かびながら眺めていた。

雲に隠れたり、また出てきたりしながら、かなり長いこと見えていて、写真は水泳後に撮ったもの。

2015年8月25日火曜日

I am in Nepal now



ネパール地震後広がり始めた「I am in Nepal now」キャンペーン。

こう書いた紙を掲げ、写真を撮ってFBやツイッターで発信し、観光客を呼び戻そう、というもの。

カトマンズの、とある旅行会社が呼びかけたのがきっかけらしい。

最近用がありほぼ毎日通っている市内のホテル。ここには独自のバナーが入口に掲げられている。宿泊客にこの前で写真を撮って発信し、シェアしてもらうのが目的だそうだ。

いつも反対側の道を利用していて、気にも留めていなかった。本日、何気なく近づいてよく見て、 ああ、そういうことだったのか!と、今更ながら発見。

地震後しばらくは、ネパール入りする目的が調査や取材という人たちが多かった気がするが、秋からの旅行シーズンを前に、少しずつまた、純粋な旅行者も増え始めてきている。

ネパール入りしたら是非、「I am in Nepal now」と発信してみてください!

2015年8月24日月曜日

バンダ続き


最近また、各種団体の反政府抗議行動による、バンダ(Banda=ストライキ)が頻発している。
 
先週の日・月曜日(16日・17日)に引き続き、今週も同じ曜日(23日・24日)に2日間の連続バンダが実施された。
 
ネパールでは、日本の日曜にあたる日(公休日)が土曜日で、日曜は平日。職場も学校も、日曜~金曜までとなる。先週も今週も、休日直後の日・月曜日がバンダとなっていて、いろいろ萎えた。
 
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バンダといっても、最近では、観光用の車(緑色ナンバープレート)は通常走行できるし、長距離ツーリストバスも運休にはならない。(もっとも、地震後旅行者が減っているので、バンダ当日も、バンダ関係なく「利用者が少ない」ために運休しているツーリストバス会社は多かったが)
 
なので、計画的な旅行なら、それほど影響はないのだが、「スト」ときいて、なんとなく危ないイメージを持つ旅行者も多いのが、マイナス。
 
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バンダ続きで一般市民も開き直ってきたのか、今週のバンダでは、一般車両の走行もけっこうみられた。
 
写真は、本日午前中の、日本大使館横の坂道の様子。バンダの日、走行車両がほとんどないこの坂道を下り抜けるのが気持ちいいのだが、今日はそんなこともなく。
 
一週間のうち、バンダでもう2日過ぎてしまって、3日目の明日やっと、本当の週明けが始まる気分。

2015年8月19日水曜日

ナーグパンチャミのことと、、、

 
太陰暦によって祭や儀式のほとんどが決まるネパール。昨年は8月1日にあったナーグパンチャミが、今年は8月19日にあたっていた。
 
毎年、オフィスでも簡単なプジャをし、蛇の神様の絵を入口に貼る。一番色が鮮明なのが、今年貼ったもの。
 
 

カトマンズ市内、蛇の神様をまつる池・ナーグポカリには毎年この日、ゴムボートが浮かべられる。参拝客を乗せ周遊し、けっこうな人気。

周辺には露店も出て、お祭り気分で盛り上がる。今年も、風船売りや、パニプリ売りがいくつか出ていたのだが、その背景には地震で崩れた古い建物の瓦礫が。


このあたりにあったレンガ造りの古い建物も、地震後いくつか崩壊していたのだ。

また、ナーグポカリ近くに、地震前にきれいに整備された広場があって、4月25日の地震直後、不安そうに避難してきた人たちであふれていたことも思い出す。

 

上の写真は、地震から約1時間半後に通りがかった時に撮影した写真。この写真他2枚、当日の朝日新聞記事で使われた。
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20150425003469.html

地震後もしばらくこの広場には、たくさんのテント(ビニールシート)が張られていた。

・・・と、今年は、何を見ても、地震のことを思い出してしまう。

話がそれたが、市内、蛇の神様をまつる祠にも、新しい神様の絵がたくさん貼られていた。




2015年8月7日金曜日

マタティルタから見えた廃止されたゴンドラ

 
先日、カトマンズ西の郊外を訪れた。同エリアからは、今は使われていないロープウェイがよく見える。
 
資料によれば、1927年~1992年までの約65年間、南のヘタウダからカトマンズまで物資を運ぶため利用されてたそうだ。
 
稼働しなくなって何年も経つ今も、ゴンドラはぶら下がったまま。

2015年8月5日水曜日

ナガルコットへの道、拡幅工事中

 
ナガルコットへの道、現在拡幅工事中。各所で道脇の崖を削っている。
 
 

 


広くなるのは嬉しいけれど、カーブの多い山道。ついついスピードが出すぎて、曲がり角で事故が増えませんように。

(写真2枚、8月2日撮影)

2015年8月4日火曜日

隆起/沈下したバクタプルへの道

 
4月25日の地震で、部分的に隆起/沈下し、波打ったり段差ができてしまったりしていたバクタプルへの道。
 
一昨日、約2か月ぶりに通ると、修復作業中でとりあえず段差はなくなっていた。
 

 
日本の援助で、きれいで快適な道が2011年に完成していたのだが、今はまた一時的に、砂埃が舞う以前のような状態になっている。(以上2枚、8月2日撮影)
 
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地震の影響は、こんな感じで出ていた。

 
 
地震後何度か通ったのにずっと写真に収める気が起きず、6月に通った時、記録に残しておこう、と、慌ててカメラを取り出した時の写真が、下2枚。



2015年8月3日月曜日

カトマンズを都会だと感じる瞬間


ナガルコットからカトマンズに戻ってくると、いつも頭が重くだるくなる。

ポカラから陸路で戻り、タンコットからカトマンズに入るときは、そういうことはないのに。

松林の山道をくだり、レンガ造りの家が多いバクタプルあたりを通過し、数年前完成したカトマンズ~バクタプルをつなぐきれいな道を走り出して、見え始めるカトマンズの風景。

色とりどりの建物群。その上にうっすらかかる、灰色のスモッグ。

他国ほどの首都観はないけれど、でもやっぱり都会だなあと感じる瞬間。

ナガルコットから見えた雨期中のヒマラヤ

 ≪8月3日朝5時半頃≫
 
 
4月25日の地震直後から閉鎖していて、7月31日より営業再開したナガルコットのクラブヒマラヤに、昨晩一泊してきた。

地震当日の(ゲストの)宿泊手配をしていたのだが、夕方ホテルに付いたら門が閉鎖され全ての宿泊客を締め出していたことを、当日夜、担当ガイドから聞いていた。

地震後ネットで見かけたホテル内の写真は、被害がかなり大きそうなものばかり。5月に現地を訪れて遠目から見ても、ダメージが分かる。

毎年、5月と7月に泊まりに行くことが多いのだが、今年はどちらもダメで、営業再開を心待ちにしていたのだ。

今のところ宿泊は新館のみ可。 旧館は未だ修復中だが、レセプションやレストランなど、以前と変わらない雰囲気で、ホッとする。

旧館の排水の問題あり、とのことで、室内プールは水が抜かれたままだったが、スパにはお湯が張られていて、利用可と。プールも近いうちに利用できる予定とのこと。

前日まで雨続きだったし、雨季中でもあるので、ヒマラヤ眺望は全く期待していなかった。しかし、運よく昨晩から今朝にかけては天候にも恵まれ、視察ついでに、夜景から日の出まで素晴らしい景色も満喫してしまった。

以下、ホテルの部屋から撮った東側の展望を、時系列で。スマホとデジカメで撮った素人写真なので、迫力には欠けるが。
 

 
 ≪8月2日18時過ぎ≫
雲がかかっていたが、これはこれでしっとりと、素晴らしい。北方面では、雲の合間から一瞬ヒマラヤものぞいていた。
 
山の展望に気を取られていたのだが、ふと西側の窓のカーテンをあけたら、木々の隙間から燃えるような赤い夕焼けが。夕日もきれいに見えていたようだ。


≪8月2日22時半頃≫ 
私が滞在するときはたいてい、夜はもやがかってしまう事が多いのだが、昨晩は空気が澄み、山肌の家々の優しい灯りがはっきり見えていた。満月の2日後ということもあり、月明かりに照らされ、丘の色の濃淡まで分かるほどだった。
 
東の果ての丘の上の方に、車のライトなのか、時折、強いオレンジ色の明かりが光っては消える。先日訪れたムデやカリドゥンガあたりの車道かもしれない、と思いながら、眺めていた。
 
 
≪8月3日朝4時55分≫


≪8月3日5時25分≫


≪8月3日5時30分≫


≪8月3日5時45分≫
 
 
≪8月3日6時15分≫

未明から日の出にかけては、雲海とヒマラヤがはっきりと分かれ、くっきりと景色が見えていたが、この後、だんだん雲がのぼりはじめ、ヒマラヤも近くの村々も、隠されてしまった。

2015年8月2日日曜日

ソルティモードにもあったインドラチョウクの有名ラッシー店

 
先日外出先で立ち寄ったラッシー屋。

大-1グラス 60ルピー。


本店は、インドラチョウクにある有名店とのこと。

濃厚で、ナッツ類やクワ(牛乳を煮詰めてできる塊)がトッピングされていて、小腹が満たされる。

冷え具合も程よく、暑い日の外出中には、思わずラッシー屋を探してしまう。