2005年11月29日火曜日

招待状を出すタイミング

ネパール人の知人が結婚することになった。

ネパールでは珍しく、両家族親戚公認で、約6年間付き合っていたカップル。

同世代の周りが、コソコソ彼女とナガルコットに婚前旅行にいったりする中、彼らは親公認で旅行に出かける、(ネパールでは)すすんだカップルだった。

そんな彼ら、二人そろって東欧に留学することになり、先日ビザがおりたとのこと。

向こうで2人一緒に暮らすなら、出発前に急きょ結婚式を挙げてしまえ、という話が、ビザがおりたと同時に家族からあがるのは当然のこと。

昨日の朝、当の本人とたまたま話しをしたら、『近々儀式を行うかもしれない』といっていた。

しかし、今日の朝突然電話で『結婚前の儀式が今日に決まったから、来てくれるよね?』という。

* ヒンドゥ教バフンの彼ら。結婚式の前に、結婚式とは別の儀式を行う。通常は、この儀式の時に、親が決めた結婚相手と、初めて顔を合わせることになることも多い。

昨日の会話の後、突然日取りが決まったとのこと。

急すぎて、私は出席できず、悪いけどお断り。

こちらではよくあることだけれど、あまりにも突然の誘い。それでも、招待された人はたいてい、どんなに急な誘いでも、都合をつけてしまうから、すごい。

そういえば以前、ポカラに嫁ぐことになったカトマンズ出身の花嫁の親戚から、結婚式の招待状をもらった。

招待状を渡されたのが、式が行われる前日の夜7時。式の日取りを見たら、明日と書いてある。場所はポカラ。

* ポカラとは、カトマンズから約200kmほど離れた場所にある地。距離的には近く、国内線だと30分で行けるが、陸路だと、山道を7~8時間かけて行くしか方法がない。

出席したかったけれど、前日の夜7時では、飛行機の予約も間に合わないし、翌日早朝出発して、陸路で行っても間に合わない。

義理で招待状は渡してくれたけど、結局は、来てくれるな、ってことだったのだろうか、と本気で思ってしまった。

2005年11月24日木曜日

絶対に口にしない地名

カトマンズ、タメル地区の南のはずれ(地図で言うと下の方)に、『ジャタ』という地名の場所がある。

このあたりに宿を取る旅行者も多いと思う。

『ジャタ』。私は、ネパール人の前では、この地名は絶対に口にしないことにしている。

・・・ほら、タメルの南のはずれにあるじゃない、タヒティ(地名)のそばで、アサン(地名)に抜けるちょっと前の辺のこと、タメルじゃない名前で呼ぶじゃない?ほら。

というと、たいていのネパール人は気づいてくれる。

・・・ああ、ジャタのこと?

・・・そうそう、その場所でね、、、

と、地名を口に出さなくても、会話は続けられる。

なぜ、ただの地名なのに、頑なに口を閉ざすのか。

私が意識しないで発音すると、ネパール語のもうひとつの単語に聞こえるらしいのだ。

それは、、、

、、、それは、陰毛!

あえてローマ字表記をすると、地名のジャタは『Jyatha』、陰毛のジャタは『Jatha』。地名のジャタは、『ジャ』というよりも『ジヤ』と、『ヤ』を強調させて発音する必要がある。が、カタカナにしてしまえばどちらも『ジャタ』であることには変わりない。

だから、日本人が地名の『ジャタ』を発音するのを意識しながら聞いていると、たいていの人は、『陰毛』の方の『ジャタ』の発音をしていることに気づく。

この人も。あの人も、、、。ああ、恥ずかしい。

そういえば、私が旅行者だった頃、『ジャタ』(地名の方)を探して、タメル地区を歩き回ったことがある。

『○○(←○には地名を入れる)はどこですか?』というセンテンスを練習して、ネパール語で聞き歩いた。

ジャタ カハン チャ? (ジャタはどこですか?)

私としては、、『ジャタ(だから、地名のジャタ!)はどこですか?』と聞いていたつもりだったが、発音的には『陰毛はどこにある?』となっていたに違いない。

ああ、恥ずかしい。

聞かれたネパール人としても、さぞかしびっくりしたことだろう。

2005年11月23日水曜日

鶏肉

日本人がネパールで鶏肉を食べると、身が引き締まっていて美味しい、と感じる場合が多いようだ。

ネパールの街を歩いていると、都市部でも、鶏が自由気ままに走り回っていたりするから、『ああいう風に育てられているから、こんなに身が引き締まって美味しいのね』と早とちりする人も多い。

しかし、通常、外国人が口にして美味しいと感じている鶏肉は、ブロイラーの肉。

でも、日本のブロイラーのように身動きできないほど密度高く飼われているわけではないらしいので、ブロイラー肉とは言えども、自然と身が引き締まるようだ。

例:日本のブロイラーが、10人に1畳が割り当てられているなら、こちらのブロイラーは、1人に1畳が割り当てられている、という感じだろうか。

さて、こちらのブロイラー(の鶏肉)程度で『身が引き締まって美味しい』と感じる人たち。ローカルチキンを食べたら、どう感じるのだろう。

あちこち走り回って、1年近く自由に育てられる『ローカルチキン』。都市部のローカルな肉屋にもブロイラーの肉とは別に、売られている。

地元の人は、こちらのほうが身が引き締まって美味しいという。

確かに美味しいのだが、生れてからずっと、自由に運動し続けた鶏の身は、想像以上に引き締まり過ぎている。日本人が『身がしまっていて美味しい』と感じる(ネパールの)ブロイラー肉など、比ではない。肉と肉がなかなか裂けず、食べるのに一苦労する程。味わう前に、疲れてしまう。

それが自然の味というものなのだろうけど、私にとっては、(ネパールの)ブロイラー肉程度が、ちょうどいいや、という感じだ。

2005年11月21日月曜日

岩塩入りレモンティ

ネパールティ(ネパール語で言うなら、ネパリ・チヤ。インド流に言うなら、チャイ)といえば、甘いミルクティだが、実際は色々なお茶が飲まれている。

最近おいしいと感じるのは、岩塩入りレモンティ。

地元民が買い物をするバザール(市場)などに行くと、量り売りされている岩塩。

200gで5ルピー(約8円)ほどから。

旅行者で、岩塩を大量に買い求めていく人も多い。

白いものや黒いものなどいくつかの種類があって、前者(白)は薬用、後者(黒)は調理用となっている。

調理用として使われる黒い岩塩(ビレヌン)は、レモンティにも入れられることがあって、これが、おいしい。スポーツドリンクのような味になる。

といっても、ビレヌンはもともと、硫黄臭さがあるので、これを入れたレモンティも、ほのかに硫黄臭さが漂う味となる。だから、好き嫌いは分かれる。

レモンのすっぱさと、砂糖の甘さと、岩塩のしょっぱさと、硫黄臭さが混ざって、なんだこの味!?、という印象を受けるが、のみなれるとけっこうハマる不思議な味のレモンティだ。

2005年11月20日日曜日

えさ

カトマンズでは時々、インコを売り歩く人の姿を見かける。

両手いっぱいにインコを一羽ずつ入れたかごを持ち、売り歩く。

先日、インコ売りがやってきて、スタッフが一羽購入したそうだ。

(私はまだ見ていないのだが、長期滞在しているゲストの話によると)

インコの餌には、タルカリ(カレー味のおかず)の残りと唐辛子が与えられているらしい。

って、そんなもの、喰うのか?

あるスタッフに言わせると、『唐辛子を喰わすと、早くしゃべるようになる』とのことだそうだが、他のスタッフは、そんな迷信知らん、といっている。

タルカリの残りはまあいいとして、唐辛子なんて、一歩間違えば、鳥類虐待になってしまいそうだ。

2005年11月17日木曜日

スマートにキレる方法

こちらの人は、みんなの前で人を叱ったり、大声で怒鳴ったりすることをあまりしない気がする。そういうことをするのは、恥ずかしい、という意識もあるようだ。

だから、私も、人前で感情をあらわにして、怒ったり、怒鳴ったりしないほうがいい、ということはわかっているのだが、どうしても、ネパール人相手にキレてしまうことがある。

そういえば、まだネパール語があまり出来なかった頃、ある人物とはじめて言い争いをした時に、ネパール語でのケンカが出来ずに悔しい思いをしたことがある。

ちなみに、ある人物とは、一番初めに住んだ家の大家だった。

5年の間に4回、引越しをした私だが、たいていは、大家との相性があわず、最終的に言い争いをして、捨てゼリフをはき、引越して行く、という、自分でもいつも後悔してしまうような、でも、そうしないとやってられないようなパターンが多いのだ。(引越しのたびに、言い争い術を身につけている、という感じだろうか)

当時、言い争いで、相手をギャフンと言わせるようなことを何一ついえなかった私は、その夜、ケンカで使えそうなセンテンスをたくさんノートに書き出し、ぶつぶつ口に出しながら、何度も練習したという、ネクラな思い出がある。(次回、誰かと言い争いをするのが、少し楽しみでもあった)

あれから時は流れ、今では、こちらの言葉(ネパール語)で口ゲンカをすると、日本語ではない、という無責任さも手伝って、相手を思い切り嫌な気分にさせるためのイヤミやら、侮蔑の言葉やらが、もう、出てくる出てくる。

(自分の性格の悪さに)自分でもびっくりしてしまう。

でも、私がキレて、大声で早口にまくし立てている姿を知っているネパール人に言わせると、そういうのって、あんまり効果ないかもよ、というコトだそうだ。

スマートにキレる方法を、身につけられたらいいのだが。

2005年11月15日火曜日

ネパールで結婚したのは誰(何)?



日本では紀宮さまの結婚の儀が行われた今日、ネパールで結婚の儀を行ったのは、薬草や聖なる草(木)として扱われているトゥラシ草!

お茶としても飲まれているし、儀式にもたびたび登場する、神聖な植物だ。

そのトゥラシが関係するヒンドゥの儀式がいくつかあるのだが、この時期の新月から満月までの間に、結婚式を行う習慣がある。

満月の今日、近所で行われていたトゥラシ草結婚の儀式の様子。

お坊さんがお経を読みながら、一日がかりで行われていた。

2005年11月12日土曜日

『気がきく』と言うのかどうなのか

気に入った生地で、大好きなスカートと同じ形のものを作ってもらうと、仕立て屋にいった。

イメージで形を伝えても、先方には伝わらなくて、とんでもない物が出来上がってくることは、明らかだ。

だから、私が持っているスカートをサンプルとして、仕立て屋に置いておくことにした。

全く同じ形を作ればいいのだから、間違える心配も無いだろうと、気軽に考えていた私がいけなかった。

仕上り日に取りにいくと、似ても似つかない形のスカートが出来上がっていた。

私がサンプルで持っていったスカートは、マーメイド型のタイトスカート。でも、出来上がっていたのは、フレアスカート。

この違いはなんなんだ?仕立て屋のお姉さんに聞いてみた。

「サンプルと全く同じ形で作ってって言ったじゃない。サンプルはタイトだったでしょ。でもこれ、フレアスカートになってるわよ。全然違わない?」

すると、お姉さんは、得意げにこう言った。

「うん、そうだけど。でもアナタ、いつも自転車に乗ってウチの店の前、通るじゃない? サンプルの形じゃ、タイト過ぎて、自転車こぐとき大変よ。だから、自転車に乗りやすい形に直してあげたの」

・・・大きなお世話。

「このスカートをはく時は、自転車に乗らないから、サンプルどおりタイトに作ってよ」

と、やり直してもらうことになったのだが、結局、作り直してもらった分も、

「・・・でも、やっぱり自転車に乗りやすいように少しゆとりがあったほうがいいでしょ」、ということで、タイトにはなっていなかった。

・・・余計な気は使わんでよい!

2005年11月10日木曜日

5本目の足と、6本目の指



ミニトラックの荷台に乗せられ、飾りつけられて、繁華街をゆっくりゆっくり連れまわされているこの牝牛。

近くを通りかかった人たちは、ご利益があるから、と、牝牛の額に手を当て、その手を自分の額に当てながら、お祈りをしていく。

この牝牛が、他の牛と違うのは、足が5本あるところ。5本といっても、一本は前足の肩の部分からぴょこっとでているだけ。簡単に言ってしまえば、単なる奇形の牛。

牝牛は、もともと神様として崇められているネパールだが、この牛は、他の牛と違う点が珍しいからか、さらに特別扱いされている。(5本も足がある特別な牛が神でないならなんだというのだ!というようなカンジだろうか)

しかも、この牛、最近子供を生んだらしく、話題を呼んでいる。

5本足の牛が珍しく特別扱いされるなら、6本指の人間も珍しがられ、うらやましがられることがある。

時々、人の手の親指の付根辺りから、6本目の指がでている赤ちゃんが生まれることがある。日本では赤ちゃんのうちに、すぐにこの指を切り取ってしまうと思うのだが、こちらでは、そのまま残しておくことも多い。

かの有名(?)な、ヒンディー映画のヒーロー、リティック・ローシャンにも、6本目の指がある。

彼が出ている映像を見ると、確かに、右手の親指付根辺りから、短めの指が、ちょろっと出ているのがわかる。

『なんで子供の時に手術しなかったのかしら?機能しない指なんて、じゃまなだけでしょうに、、、』と、以前ネパール人の前で言ったら、『6本目の指があるなんて、珍しいから残しておいたほうがいいじゃないか!なんで切ってしまう必要があるんだ!』と、いう返事をもらって、価値観の違いを感じたことがある。

そうそう、スンダラにあるネパールの中央郵便局・切手売りのカウンターに座っているおじさんの手にも、6本目の指があるよ。

2005年11月8日火曜日

ガソリンスタンドでの勝負

バイクにガソリンを入れようとガソリンスタンドに行くと、行列となっている時がある。

『効率よく列を作って待つ』ということが出来ない人たちが多い、この国。

他人に先を越されないように、前のバイクに接触してでも、自分のバイクの先を隙間に突っ込んでいかないと、いつまでたっても番がまわってこない。

隙間を横取りされないように、気を抜けないでいる私を横目に、何食わぬ顔して、スーッと後ろからやってきて、堂々と横入りを試みるヤツがいる。

ちょっと、信じられない! 私は黙っていられない。

『ちょっとあなた、後から来たんだから、私の後ろに並びなさい!』

正義感の強い女子学級委員のような態度で、横入りしようとするヤツを、注意する。

たいてい、女子学級委員(私)に叱られたオトコどもは、私の顔をにらみつけて、後ろに下がるのだが、中には、冷笑しながら、横入りを続行しようとするヤツもいる。

そんな時は、先生に言いつけるしかない!

警備のために立っている、ポリス(先生役?)に向かって、大声で私は訴える。

『サー(Sir)、この人、うしろにまわさなくていいんですか?私よりも後から来たのに、前に入ろうとしてるんです!』

ヒステリックに怒る女子学級委員を放っておくと面倒だからか、先生役のポリスは、すぐに、横入りしようとしていたヤツを制止してくれる。

先生役のポリスの言うことは、しぶしぶ聞く、悪生徒(横入り君)。ばつの悪い顔をしながら、列の後ろにさがっていく。

この勝負、女子学級委員の勝ち!

2005年11月5日土曜日

長距離バス利用時の注意

ゴレパニ、プーンヒルトレッキングへ行くゲストと一緒に、ヒマラヤン・アクティビティーズのガイドが、昨日4日、カトマンズからポカラ行きのツーリストバスに乗った。

7時にカトマンズを出発したバスは、途中何度か休憩たり、グループ客を降ろしたりして、定刻どおり14時頃ポカラ着。

ポカラのバスパークで、バスのスタッフが、乗客の荷物を、荷台から全ておろしきっても、ガイドが預けた荷物だけが出てこない。

よくよく確認すると、どうやら、途中で降ろしたグループ客の荷物と一緒に、間違って持って行かれてしまったらしいことが判明した。

貴重品は身につけていたからよいものの、着替えや防寒着、水筒など全部、なくなってしまった荷物の中に入っていたとのこと。つまり、着の身着のままで翌日からガイドとしてトレッキングを始めなくてはいけない!

初歩的な失態とはいえ、落ち込んでいるガイドの声を聞くと、かわいそうになってしまう。

しかたがないので、定宿にしているポカラのホテルのオーナーにお金を借り、とりあえずトレッキング中に必要になるであろう、最低限の荷物だけ買い揃えるように伝える。

そして、予定通り今日からトレッキングを開始した。

5日間という短い期間なので、最悪、ずっと同じ格好で過ごせばよいのだが、それにしても、何というトラブル。

バス利用時に、大きな荷物を、自分の身から離して預ける時は、途中、間違って持っていかれないよう気を配ったほうがよい。バス会社の間違いで、荷物がなくなっても、補償や弁償などしてくれない。

なくなったのがゲストの荷物でなくて、本当によかった。

2005年11月3日木曜日

ティハール最後の日



祭最終日、クライマックスの今日は、兄弟姉妹でティカをつけあう儀式をする日。

毎年、ボウダナート近くの家庭を訪れ、兄弟姉妹の契りを交わさせてもらう。

その後、(年甲斐もなく)広場に作られたブランコ(『ピン』という)で遊ぶのが、毎年恒例となっている。

青い空と、緑の山をバックに作られているこのブランコ。写真のように竹を組み合わせたり、大きな木の枝を利用したりして作られ、毎年、ダサインが始まると、広場に登場する。

ティハール最終日までの期間限定で、明日には取り壊されてしまう。

いつも、帰りには、裏の畑で取れた高菜と大根を、どっさり持たせてくれるこの家の人たち。今年も、喜んで、もらって帰る。

そういえば、昨年も、その前の年も、持たせてくれた大根の菜っ葉があまりにも見事で、捨てるのが惜しく、菜飯にしたことを思い出す。

バイティカの日の定番晩飯メニューとなってしまった。

===

そんなこんなで、ダサイン、ティハールと、約1ヶ月間続いた、浮かれ気分も終わり、明日からはまた普通の日常が始まる。

2005年11月2日水曜日

牛もあきらめてる?



牝牛にプジャをする日。今年の暦は少しややこしくて、昨日すでに牝牛にプジャをしてしまった家々もあったようだったが、私が訪れた家庭では、本日プジャをしていた。

先日のブログでも書いたが、牝牛へのプジャ、豪快な方法が、かなりウケる。

まず、プジャをする際には、通常おでこに赤い粉をつける。人間の場合は、指先を赤い粉にちょこっとつけて、軽くおでこにタッチする程度で終るのだが、牛の場合は、違う。

何しろ、人間や、一昨日の犬と違って、牛の顔(頭?)はデカイ。だから、人間の指先で、牛のおでこに、ちょこっと赤い粉をつける程度では、すまないのだ。



ではどうするかというと、マリーゴールドの花(こちらのマリーゴールドは、日本で見るものよりも、花の形が大きい)に、赤い粉をどっさりつけ、はんこの要領で、おでこにポンとつける。たいてい、1回では終らないから、2~3回ポンポン、と、つける感じとなる。

その後、牛の体中に、同じ要領で、赤い粉をポンポンつけて行く。体を、きれいに飾ってあげているのだそうだが、どう見ても、牛、嫌がっているようにしか見えない。だって、モーモーないていたりもするもの。でも、まあ、いいか。

マリーゴールドの花輪を首にかけてあげることも、忘れてはいけない。でも、せっかくかけてあげても、花輪が長すぎると、むしゃむしゃ食べてしまうのだ!

プジャをしているネパール人たちは、皆、まじめな面持ちなのだが、私はいつも、笑いを止められない。

===

この日に関連した、牝牛がらみの楽しい話が他にもいくつかある。

まず、プジャの後、牛のお腹の下をくぐると、幸運が訪れる、という話。

くぐってみたい気もするが、押しつぶされそうで怖い。

もうひとつは、約3ヶ月前にあった『ラクチャバンダン』という儀式にも関連している。

ラクチャバンダンで、腕に巻いてもらった聖なる紐が、今日の日まで切れずに残っていたら、プジャ後の牝牛のしっぽに結びつけると、幸運が訪れる、という話。

こちらは、以前試したことがあるが、後ろ足で蹴られやしないかと、ハラハラした思い出がある。

2005年11月1日火曜日

女神が来たよ



日没後、ラクシュミ女神を家に招き入れる儀式が終ると、楽しい余興が待っている。

女の子たちが、自分たちを女神に見立てて、歌を歌いながら、近所の家々を周るのだ。

♪ ラクシュミ女神があなたの家の軒先までやってきましたよ ♪

そして、おひねりをもらうまで、歌い続ける。

この日のために、前々から歌や踊りを練習するほどの、熱の入れよう。

今日は、習慣的には、女の子たちが家々を周る日。(『バイリ』という。男の子たちは、翌日同じパターンで『デウシ』を楽しむ)

小さい女の子たちが、衣装をそろえて一生懸命踊っているのを見るのは、とてもかわいい。

村だと、門も玄関もなく普段から近所の人が自由に出入りできるような家のつくりになっているし、子供たちの顔を見ただけで、どの家の子供かすぐにわかる素朴さがあって、のどかで楽しい。

でも、カトマンズ市内だと、強引に門を開けて入ってきて、なかなかおひねりをくれないと、玄関のチャイムを鳴らし続けて、『金よこせ』状態になる大きな男の子のグループもいるから、あまり風情はないように思える。

やっぱり、バイリやデウシを楽しむには、村が一番。

明かりをともす理由

むかしむかし、天に住む女神が、地上に遊びに行くことになりました。

でも、出かけたのが真夜中で、しかも、新月。地上は真っ暗。何も見えません。

地上に光りを探していると、やっと、一軒の家を見つけました。

その家を目指して降り立つと、そこにはとても貧しい老夫婦が住んでいました。

老夫婦は、食べるものもろくになく、お腹をすかせて眠ることも出来ずに、夜中だというのに明かりを灯して起きていたのでした。

女神は、この家で一晩過ごし、天に戻っていきました。


さて、あくる日。

老夫婦の庭先に、カラスが金のネックレスを落として去って行きました。

それは、この国のお妃様のものでした。

大事な金のネックレスがなくなってしまい、お妃様が探している、という知らせを聞いた老夫婦は、カラスが落としていったネックレスを持って、王宮を訪れました。

お妃様はたいそう喜び、王様と相談して、このまずしい老夫婦に何でも願い事を叶えてあげることにしました。

でも、老夫婦は、何も要求しませんでした。

その代わり、この国に、明るい平和が訪れますように、とお願いしました。

王様は、この願いを聞き入れ、国中を明かりで満たすことにしました。

その後、老夫婦も、幸せに過ごしたのでした。

===

というお話がある。

新月の今日、日没後、家々に明かりをともし、女神(ラクシュミ)を家に招き入れるためのプジャをして、幸せが訪れるように祈る儀式を行う。