2007年10月29日月曜日

カトマンズ近くを震源とした地震発生

本日15時35分頃、カトマンズ市内で地震があった。体感的に、震度3ぐらいで、横揺れだっただろうか。

揺れ自体は、10秒程度だったと思うのだが、子供の頃から身についた習慣というのはあなどれない。部屋のドア(*)を全開にし、机の下にもぐるという一連の作業を、無意識のうちにしていた。そんな私を見て、周りのネパール人たちは呆気にとられていたようだ。

(*) ネパールの家の造りはかなり雑。地震の被害を受けたわけでもないのに、立て付けが悪くて開かない窓などもある。少々の揺れでドアが開かなくなる確率はかなり高いので、今回もとっさにドアを開けていた。

そういえば、2000年~2001年にかけての冬に、体感できるほどの揺れをカトマンズで感じたことがあった。このときは、確か、インドのグジャラート州で大地震が発生し、その揺れがカトマンズにも伝わってきたのだったと記憶している。

このときも、カトマンズの揺れ自体は震度2~3(体感震度)だったので、日本人にとってみればたいしたことのない揺れではあったのだが、揺れに驚きパニックになっているネパール人を横目に、一人冷静に机の下にもぐった記憶がある。(実際には、ネパールでは机の下にもぐるより、屋外に逃げたほうが安全そうなのだが)

今回も、インドあたりで大地震が起きて、それが伝わってきたのかも、と話していたのだが、ネパール国内(カトマンズ北部、ヌワコット郡とラスワ郡の郡境あたり)が震源だったようだ。

ネパールにおける地震の恐怖については 過去記事 をどうぞ。

20万ヒット御礼

昨日(10月28日)、当ブログ訪問者数が20万を越えたようです。

いつもご覧くださっている読者の皆様、これからもよろしくお願いいたします。

2007年10月28日日曜日

ネパールトレッキング情報:マオイストによる寄付金強要復活(2007年秋~)

以前、ネパールの主流トレッキングルート(特にアンナプルナ方面)において、マオイストによる『通行料』と称した強制寄付金徴収が、外国人トレッカーを対象に行われていたのだが、2007年1月末あたりから、どのルートでも、このような行為は見かけなくなっていた。

しかし、2007年10月初め頃より、また復活している。

以前は、トレッカー1人当たり1000ルピーの強要であったり、トレッキング日数×100ルピーの強要であったりしたのだが、現時点では、どのルートでも一貫して、1人当たり100ルピー以上の寄付を強要されている模様。支払い後は、以前と同様に律儀に領収書を発行してくれるので、2度徴収されることはない。

私たちのガイド(とお客様)が実際に遭遇したのは以下の通り。いずれも、2007年10月中の出来事。

≪エベレスト方面≫
10月初旬、ルクラにて遭遇。ただし、その後、ルクラ周辺の組合のような組織が団結し、廃止に追いやった(?)とのことで、10月半ばには遭遇しなかったとのこと。

≪アンナプルナ方面≫
1) ベシサハールからトロンパスを越えるルートの途中のチャーメ手前で遭遇。

2) ゴレパニの少し手前で遭遇。

その他のルート、または、10月半ば以降の状況については未確認だが、現在トレッキングに出ているガイドたちの報告を待ちたい。

なお、マオイストは山賊とは違うので、支払うものを支払えば、危害を加えられる等の心配は、今のところはない。

別件だが、トレッキングに関する別情報をひとつ。

2006年秋に一時的に実施されていたTRC許可証制度(ガイドorポーター無ではトレッキングにいけないという制度だが、施行後すぐに休止となった幻の制度)について、いまだに問い合わせをいただくことがあるのだが、本日現在、この制度に代わるものは復活していないので、個人トレッキングも問題なく可能。

2007年10月26日金曜日

満月の夜のスワヤンブナート寺院



カトマンズ市街の西、小高い丘の上にある、仏教寺院スワヤンブナート。

満月の夜には、いつも以上に、灯明に火がともされる。




日中、青空の下のストゥーパ(仏塔)もすばらしいが、夜は神秘的で、また美しい。




カトマンズ市街も、満月の光に照らされていた。

2007年10月24日水曜日

ネパールの石油製品値上げ

現在、ガソリン1リットル67ルピー(約120円)。これが、6ルピー(約10円)値上げとなることが決まったそうだ。


日本と比べれば、まだやや安いが、(一概には言えないが)一般的に給料が日本の20分の1以下程度であることを考えると、ネパール人にとってガソリン代はかなりの負担だ。

それでも、バイクや車所有者は著しく増え続けているのだが。

ところで、ガソリン代値上げを見越してか、10月から値上げしたツーリストバスなどもある。

ガソリンだけではなく、灯油や調理用ガスも値上げとなっているから、今後、旅行者も、食事代の値上げなどで影響を受けることがあるかもしれない。

2007年10月21日日曜日

カトマンズ郊外に実る稲穂



カトマンズ郊外の田んぼには、収穫前の黄金色の稲穂が広がっている。

田植え後のみずみずしい青田もすばらしいが、稲穂がゆれるこの季節も、なんとも豊かな気分にさせられる。

ところで、『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という日本のことわざがあるが、ネパールにも、同じ内容のものがある。こういう稲穂の風景を見て育ったこちらの人たちは、その言葉の意味をよくわかっている。

しかし実際はそうは振舞えないもので、えらくなったり、少し裕福になったりすると、頭を垂れるどころか、態度だけではなく姿勢までもが逆反り体勢なる人が多いのは、気のせいだろうか。・・・話がそれたが、

すでに稲刈りが済んだ田んぼも。





夕刻時。

古典は得意ではなかったが、そんな私でも、思わず、「秋は夕暮れ・・・」(枕草子)を思い出してしまうような、そんな風景。

2007年10月20日土曜日

ダサイン祭:竹のブランコ



ダサイン~ティハールまでの約1ヶ月、期間限定で広場に作られるのが、竹製ブランコ。ネパール語では『ピン』。

今年も、大型連休に入った18日頃から組み立てが始まり、あちこちで見られるようになった。

冒頭のピン(ブランコ)は、カトマンズ市内、トリブバン国際空港近くにある広場に組み立てられたもの。




こちらは、カトマンズ郊外にある村の、広場にて。

秋の澄み切った空に向かってこぐのは、とっても気持ちいい。

2007年10月19日金曜日

ダサイン祭:肉を食べるために

ダサイン祭8日目の19日は、この祭の主役ドゥルガ女神に生贄を捧げる日。カトマンズなどでは、ヤギを生贄にする場合が多い。

そして、私の家の近所では、いつも早々と生贄用のヤギを確保し、本来の生贄の日の前日には殺して食べてしまう。

・・・ということを、前回書いた。

しかし、いつも不思議でおかしく思うのは、私の家の近所には、普段はチベット仏教への信仰心を強く示す民族が多く住んでいるということだ。

仏教徒の彼らにとって、ヒンドゥ教の祭であるダサイン祭はあまり関係がない。普段は、自分たちはチベット仏教徒であり、ヒンドゥ教徒は違う、という誇りを見せてくれたりもする。

しかし、ダサイン祭アスタミの日(生贄を捧げる日)には、誇りも見栄もすべて忘れて、生贄を口実に、早々とヤギを殺して食べるのだ。

宗教の違いなど関係なく、肉をたらふく食べる、という点においては、ダサイン祭は多くの人たちが楽しみにしている祭りなのだ。

日本で、クリスマスはケーキを食べる日、というような都合のよい習慣ができあがっているのと、少し似ているか、な?

ところで、本来ダサイン祭を祝うべき、ヒンドゥ教を熱心に信仰する司祭カーストに属する者たちは、この日、熱心にプジャはしても、生き物を生贄とする(殺す)ことはしない。代わりに、植物を切ることで、生贄を捧げたこととしたりする。

2007年10月18日木曜日

ダサイン祭:カトマンズ市内で売られていくヤギたち



明日はダサイン祭8日目。この祭の主役、ドゥルガ女神に生贄を捧げる日でもある。生贄としては、カトマンズ市内などでは、ヤギを捧げるのが一般的。

カトマンズ中心部にあるヤギ市場は、まだヤギを購入していない人たちと、まだ買い手が決まっていないヤギたちでごった返していた。




ヤギは道路にまでも並べられ、大きな秤に載せられ、量り売りされる。

そして、タクシーに無理やり乗せられたり、バイクの二人乗りで後部座席の者に抱きかかえられたりしながら、家まで運ばれる。






タクシーに乗るヤギ、バイクに乗るヤギ、どちらも滑稽!




人と家畜がごった返す中、チャングラ(羊の一種)が一頭、脱走に成功!

でもすぐ羊飼いたちに追いかけられ、捕まえられてしまったのだが、、、。

ところで、私が住む家の近隣では、毎年、生贄用のヤギを確保するのが早い。今年も、数日前からヤギの鳴き声が聞こえてきていた。

特に昨日の夜は、一晩中、両隣の家のヤギが鳴き続けていてうるさく、夜中に何度も目が覚めてしまった。

本当かどうかは知らないが、ヤギは、自分が絞められる日が近づいているのがわかるという。昨晩の尋常でない泣き声は、自分の命もあとわずかとわかっての、最後の叫びだったのかもしれない。

その証拠に、今日はもう泣き声が聞こえない。たぶん、隣家の人たちは、明日(生贄を捧げる日)まで待ちきれずに(早く肉を食べたくて)、昼間に絞めてしまったに違いない。

2007年10月17日水曜日

ダサイン祭:ガイドの本音



去る12日よりはじまった、ヒンドゥ教徒にとって最大の祭『ダサイン』は、いよいよ明日から佳境に入る。

今年のビクラム暦(ネパール公暦)カレンダーを見ても、明日から10日間はずっと祭日扱いで真っ赤。

カトマンズ近郊の村から上京している者たちにとっては、今日や明日が帰省ラッシュとなる。

トレッキングシーズンが始まっているこの時期、ガイドの仕事をしている者は、ダサインにあわせて帰省することはなかなか難しい。それでも、「僕は1人息子だから、ティカの日(*)だけは家に帰らないと両親に申し訳ない」と、入っていた仕事を他のガイドにまわし、村に帰省する予定の者もいる。

(*)ティカの日:ダサイン祭メインの日で、今年は10月21日に当たる。家族や年上のものから、祝福のティカをおでこに付けてもらう。ヒンドゥ教徒にとって、とても大事な儀式。年中無休をうたっているレストランなどでも、『ティカの日』には休業となるところも多い。

ダサインは久々に実家で過ごすと楽しみにしていたガイドに突然の仕事が入って、「今年もまた家族からのティカを受けられないのか、、、」とがっかりしながら、トレッキングに出発して行った者もいる。

ダサイン祭を家族と共に過ごしたい、という彼らの気持ちは、大晦日から正月三賀日ぐらいは実家で過ごしたい、という、日本人の感覚と共通するものがあるから、仕事とはいえ、実家で過ごせないことを残念がる気持ちはよくわかる。

しかし、遠くの村から出稼ぎに出てきているガイドの中には、「ダサイン祭は、なるべくカトマンズにはいたくない」という者も多い。

浮かれるカトマンズの街や、人々の様子は、大家族で過ごした、村での楽しいダサイン祭の思い出を嫌でも呼び起こさせて、切ないのかもしれない。

先週、突然の長期トレッキングが入り、ガイドを1人見送った。例年、ダサイン祭もティハール祭も、トレッキング中に迎えている彼。今年もまたダサインはゆっくり祝えないね、と言葉をかけると、この時期、どうせカトマンズにいてもつまらないだけだから、仕事が入ってよかったよ、という返事が返ってきた。でも、その言葉の裏には、なんとなく哀愁が漂っている気もした。

2007年10月16日火曜日

この時期雨が降ると

本日は朝からしとしと雨が降り続き、肌寒い1日だった。

今の時期、標高約1400mのカトマンズで雨が降ると、トレッキングルート上では、雪となっていることが多い。

場合によっては、降り積もった新雪により、先へ進めなくなることもある。

話は変わるが、9月末にエベレスト方面のチョラパス(チョラ・ラ峠:5680m)を終えてカトマンズに戻ってきたガイドの話によると、今年はいつものこの時期に比べると、非常に雪が多かったそうだ。

まだ、特別な装備がなくても峠越えはできたそうだが、本日の雨(山の上では雪)で、さらに積雪が増えたに違いない。

2007年10月14日日曜日

日没後のカトマンズ



ガネシュを祀る道端の祠にて。

最近日が暮れるのが早くなり(18時頃には暗くなる)、帰宅途中にこういう風景を目にすることが多くなった。

10月12日からダサイン祭が始まった。この日から9日間、女神を祀る寺院でも、日没後、オイルランプに欠かさず火をともす習慣がある。

下の写真は、近所のトゥ(ン)ダール寺院にて。


2007年10月11日木曜日

乾季でもルクラ便は順調に飛ぶとは限らない

まだ、局所的に雨がぱらつくことはあるが、天候的にはすっかり乾季の空模様となってきている。

カトマンズも、連日おおむね晴れ。トレッキングシーズンにも入っている。

天候に左右されやすいネパール国内線。その中でも、天候の影響を大いに受ける、カトマンズ~ルクラ間を結ぶフライト。

雨季と違って、乾季は比較的順調に飛ぶ、と信じている人は多いが、実際はそうでもない。もちろん、雨が少ない、という点においては乾季は飛びやすいが、なかなか期待通りには飛んでくれない。

昨日も今日も、カトマンズの天候はまあまあであったにもかかわらず、遅延の末欠航、という状況となっていた。

昨日は、始発便は少しの遅延で飛んだようだが、その後の便は飛ばなかった。ルクラの天候がよくなかったためだ。

本日も、カトマンズは晴れていたが、ルクラでは雨が降っていたそうで、ルクラ線はほぼ全便欠航。

昨日も今日も、カトマンズの天候がよかったこともあり、どの航空会社も、午後過ぎまでルクラの天候回復を待ち、スタンバイ状態で飛ぶチャンスを狙っていた。しかし結局、午後になっても天候は回復せず、14時過ぎになって欠航との判断が下される運びとなった。

乾季でも、こういうことはよくあるから、ルクラ便を利用するときは注意しないといけない。日程に余裕がない旅行者の場合、今回のようにルクラ線が2日飛ばないだけで、帰国便に乗れなくなる恐れも出て来てハラハラさせられるのだ。

2007年10月10日水曜日

ネパールの新500ルピー札



上から順に、新デザイン、前デザイン、前々デザインのもの。

新デザインには、国王の肖像画の変わりに、エベレストが描かれている。そして、ネパールの国花ラリグラス(石楠花)の赤い花も。




かけ上はこれだけの図柄なのだが、このラリグラスをすかすと、現国王がなぜか隠れて居座っており、うっすら見える、というのが話題になっている。

初めてこの札を手にすると、誰でも必ず札を掲げ、確かめる姿が見られて、おかしい。

2007年10月9日火曜日

マオイスト等による集会デモの実施

10月9日付け『大使館からのお知らせ』の転載です。

~ ~ ~ 転載ここから ~ ~ ~

マオイスト等による集会デモの実施

1. マオイストは特別国会初日となる10月11日(木)に、制憲議会選挙において同グループの提案である共和国布告及び比例代表方式が承認されるよう、他政党へ圧力をかける目的で、全国的な集会デモを実施するとしています。

マオイストは本計画には国内各地からかなりの人員を動員してその力を見せつけようとしています。

従って、市内各地で交通が混乱するおそれがありますので、不要不急の外出は避けると共に、外出する際は周囲に充分な注意を払い、トラブルに巻き込まれないようにして下さい。

2.これとは別に、同日ラストリヤ・プラジャタントラ党(RPP)が制憲議会選挙の延期に抗議して、シンハ・ダルバールにて座り込みを予定している由ですので、こちらにもご注意下さい。

~ ~ ~ 転載ここまで ~ ~ ~

2007年10月8日月曜日

カトマンズ郊外の田園風景



カトマンズ郊外の田んぼでは、収穫目前の稲が金色に色づいている。

稲の種類によっては、すでに稲刈りが終わったものもあるそうだ。

この日は、曇り空ながら、白いヒマラヤの峰も顔を出していた。この写真では、少々わかりづらいのだが。

2007年10月5日金曜日

近況

10月になってからは、よい天気の日が続いている。

気候的にも、これからがよいシーズンのネパール。

9月の爆発事件なんてなんのその、という感じで、旅行者はどんどんネパール入りしている。

夕方、庶民の共同水場を囲う、レンガの壁を朱色のペンキで塗りなおしている光景を見かけた。ダサインに向けて、きれいにしていたのだ。

いよいよ秋が始まった、という感じだ。

2007年10月3日水曜日

制憲議会選挙に向けて治安が悪化が予想される地域への注意喚起について

本日も、10月3日付『大使館からのお知らせ』転載するのですが、その前に注意。

以下の転載内容にある『渡航自粛要請』が出ているのは、『ネパール国内すべて』ではなく、ごく一部の限定エリアですので、早合点のなきようお願いします。

~ ~ ~ 転載ここから ~ ~ ~

1.治安悪化が予想される郡への渡航自粛要請

(1)先月後半、ネパール警察から制憲議会選挙に向けて治安が最も悪化すると予想される8郡が公表されました。これらの郡については、すべて東タライ地域であり、以前から過激グループ同士の衝突で、死傷者を多数出している地域でもあり、また、同選挙開催に反対するグループも未だにいくつかあることから、今後の政局の動き次第で、これらの地域で過激な抗議活動あるいは、テロ活動等を選挙前及び選挙当日に実施する可能性も十分に考えられます。 

(2)従って、制憲議会選挙が終了までの間、下記地域への渡航は避けることをお勧めいたします。また、やむを得ず渡航した場合は政治集会、行進など興味本位で近づくのは危険ですので避けて下さい。また、下記地域から更に付近へ拡大するおそれもあるので、最新情報の入手に努めて下さい。

2.対象地域

(1)パルサ郡
(2)バラ郡
(3)ラウタハート郡
(4)サルラヒ郡
(5)マハッタリ郡
(6)ダヌーシャ郡
(7)シラハ郡
(8)サプタリ郡

3.非常時の連絡先

(1)大使館 電話 (代表) 442ー6680
(2)領事担当 98510-20158
(3)警備担当 98510-20150

~ ~ ~ 転載ここまで ~ ~ ~

普通の旅行者(空路でネパール入りし、カトマンズやポカラを中心に周り、主流トレッキングコースを歩く予定の旅行者)にとっては、おそらく、まったく縁のないエリアだと思いますので、過度の心配は不要と思われます。

が、インドから陸路入りをしようと思っている方々、気をつけましょう。

いずれにしても、旅行中の情報収集は忘れずに。

2007年10月1日月曜日

爆発事件の発生について

10月1日付『大使館からのお知らせ』の転載です。(が、原文に日付のミスがあったので、一部訂正しています)

~ ~ ~ 転載ここから ~ ~ ~

当館に入った情報によれば、本日(10月1日)午後1時頃、日本大使館付近の民家前で手製爆弾が爆発しました。この爆弾については、爆発音のみの閃光弾ようなものでしたので、死者、被害者及び被害箇所はありませんでした。このような状況がいつ発生するかわからないので、市内等に外出する際は、周りの状況に十分注意してお出掛け下さい。

~ ~ ~ 転載ここまで ~ ~ ~