2005年4月30日土曜日

国家非常事態宣言解除

インドネシアのジャカルタで行われていたアジア・アフリカ会議から、昨日、ギャネンドラ国王がネパールに帰ってきた。

帰国後の会見で、2月1日から出されていた『国家非常事態宣言』を解除することを発表。

別に、非常事態宣言中も、解除された今日も、ここで暮らす一住人にとっては、何も変わりなどないのだけれど、旅行者の間でなぜか高まっている『危険』なイメージが多少消え去るのなら、嬉しい。

2005年4月29日金曜日

美容院での脱毛法

もう、十何年も昔のことだが、テレビのクイズ番組(フジ系『なるほど・ザ・ワールド』だったか、TBS系『世界不思議発見』だったかどちらか)で、どこかの国の脱毛事情がクイズになっていたことがあり、なぜかそのシーンをとてもよく覚えている。

『女性は、美容院でどのようにしてムダ毛を処理してもらうか?』というような内容だった。

正解は、『糸をこよらせて、その間に毛をからませ、引っ張って抜く』というようなものだったのだが、ネパールの美容院でも、この脱毛法がごく一般的だ。

美容院のディディ(お姉さん)が、どこにでもある木綿糸を、両指と歯に引っ掛けて、上手にこよらせながら、みるみるうちに抜いてくれる。

毛抜きで一本一本抜くよりも明らかに早く仕上がるし、糸脱毛法のほうが、仕上がりもきれい。

両まゆ毛周りを抜いて、料金は20~30ルピー(約35円前後)。

抜き終わると、おでこからまゆ毛にかけて軽くマッサージもしてくれ、なかなか気持ちいい。

女性で興味のある方、ネパール訪問の際には一度お試しを。

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注:どの美容院(ビューティーパーラー)でも、上手にやってくれるとは限りません。場合によっては、とてもふぞろいな仕上がりとなってしまいますので注意。また、美容師のディディ(お姉さん)好みのまゆ毛の形となってしまうこともあります。

2005年4月27日水曜日

時間の観念

ネパールの国内線航空券。予約時に知らされていた時刻と、発券時に航空券に記載される時刻が異なることがよくある。

今日も、あるゲストのために、マウンテンフライト航空券を発券したところ、予約時に知らされた出発時刻よりも、5分遅くなっていた。

たいした違いではないが、念のためスタッフに、『航空券をゲストに渡す時に、5分の違いが生じていることを説明するように』と告げると、スタッフは『説明なんて必要ないでしょ。たった5分の違いだもの。こんなの誤差範囲』という。

確かに、『5分の差』なんて、差のうちに入らないと、私も思う。でも、こう思うのは、私の時間の感覚が、ネパール人化してきてからなのか、それとも、本当にたいしたことのない時差だからなのか?

電車が1分遅れただけで、駅構内でお詫びのアナウンスが入る日本。朝の通勤時間帯に、いつも乗る電車がたった1分遅れただけで、イライラしていた日本の生活を思い出す。当時、私の中では1分の遅れは大きかった。

ネパールでは、数時間国内線が遅延したところで、たいした説明もない。1~2時間の遅延は日常茶飯事。

『ちょっと待ってて』の『ちょっと』や、『今すぐいくから』との『今すぐ』が数時間後だったりすることもざら。

こんな国で暮らしていると、時間にルーズになってくる。5分の遅れなんて許容範囲。遅れのうちに入らない。

いやでもまてよ。JR福知山線の電車事故は、『1分半の遅れ』を取り戻そうと速度を出しすぎていたのも原因のひとつだっていうじゃないか。『1秒単位』で遅れを報告させていた、とも書いてあったぞ。

そういう国から来る日本人には、やっぱり、たかが5分の遅れであっても、ちゃんと説明しないといけない。日本人に対しては、時間に几帳面でなければいけない、とスタッフたちにもよくよく教えた。

2005年4月26日火曜日

ジャカランダとマンゴー

この季節、カトマンズのいたるところで、巨木に満開になる薄紫色の花を見かける。

ジャカランダ、という花。

『ノウゼンカズラ科』に属する高木。辞書によると、『熱帯地方で街路樹などにされる』そうだが、まさにその通りで、街路樹として植えられている。

日本で春に咲く、薄桃色の桜もきれいだが、ネパールでこの季節に咲く、薄紫色のジャカランダも、とてもきれい。

ああ、もうこんな季節かあ、と思いながら、朝スクーターを飛ばしていた。

昼。何気なく、果物売りのインド人が運んでいるかごをみると、みかん、りんご、バナナ、など、年中見かける果物の中に、『マンゴー』が入っていた。

ああ、もうマンゴーの季節かあ。

まだ出始めたばかりのマンゴーで、あまり熟れていなかったが、これからマンゴーが美味しい季節になっていく。

ジャカランダとマンゴーに夏の始まりを感じた1日だった。

2005年4月25日月曜日

とうもろこしの雨

ベトナムやタイなどで、マンゴーの季節に降る霧雨のことを マンゴー・シャワー と呼ぶそうだ。

ネパールにも似たような雨の呼び方がある。

ネパール月チャイト~バイサク(3月半ば~5月半ば)にかけて降る、スコールのような雨は、とうもろこしを植えるために重要な意味を持ち、『とうもろこしの雨』と呼ばれる。

2005年4月23日土曜日

初めて稼いだお金

先週から、ヒマラヤンアクティビティーズの経営者の甥っ子・プラメシュが、オフィスの手伝いに来ている。

17歳の彼は、SLC(高校卒業同等資格が与えられる全国共通試験)を終え、休みの真っ最中だ。3ヶ月後ぐらいからキャンパスに通う予定でいるらしいが、それまでの間、家にいても特にすることもないため、オフィスに来て仕事を覚えている。

本日、TG便にて2組のゲストがカトマンズに到着した。トレッキングの説明などをオフィスでした後、ゲストをホテルまで送っていくとき。

どんな仕事でも、嫌がることなくしてほしい、と、プラメシュに荷物を運ばせることに。人目が気になる年頃の17歳だが、プラメシュは嫌がることなく荷物を背負い、近くのホテルまで運んでいった。ホテルに到着すると、ゲストが、チップとして1ドルを彼にくれたらしい。

オフィスに戻ってきて、1ドルをもらったことを、嬉しそうに話すプラメシュ。

『ネパールルピーに換えたかったら、すぐに換えてあげるよ』というと、『初めてボクが仕事をして稼いだお金。使わないでずっと取っておきたい』とのこと。

外国人相手に仕事をしていると、簡単にお金を稼ぐことを覚え、悪い意味で外国人慣れしてきてしまうネパール人も多いが、そうならずに、成長していってほしい。

===余談===

プラメシュには、母親がいない。彼が生後1年に満たないうちに、白血病で死んでしまったそうだ。だから、彼には母親の記憶は全く残っていない。

母親の死後、父親が再婚してしまったため、彼は小さい時から母親の兄弟姉妹(おじやおば)の家庭を転々としながら成長してきた。

話を聞いていると、日本だったらグレてもおかしくないような環境で育った彼だが、おじ、おばの愛に恵まれて、素直で優しい青年に成長した。

彼の母親は、死ぬ間際に、まだ生れたばかりの自分の息子に、手紙を残したそうだ。プラメシュが25歳になったら、この手紙を渡してほしい、と言って。

まだ言葉も発しない、歩き回ることもできない、生後1年にも満たない長男を残して、この世を去らなければいけなかった母親は、どんなに無念だっただろう。

なんだか泣けてくる話である。

ロウソクの明かりで過ごす夜

午後から、なんとなく雲行きがあやしくなり、夕方頃から雨が降り始めた。

その後、強く降ったり、小雨になったりを繰り返し、今も降り続いている。

ここのところ、晴れの日が続いており、空気も乾燥しきっていた。久々の雨は、埃っぽい街に湿り気を与えてくれる点ではいいのだが、困るのは雨が降ると、必ず停電になること。

今日も夕刻、3時間ほど停電が続いた。その後夜になってまた停電。明るいうちは、読書でも楽しめるのだが、日が落ちた後の停電は、何もできずに困る。

家の数ヶ所に常時置いてあるロウソクに火をつけ、ぼんやりとした明かりの中で過ごす。

日本だったら、たまにロウソクの明かりだけで過ごすのも、風情があっていいかもしれないが、停電が日常茶飯事のここでは、そんなのんきな感情さえわかなくなってくる。

と、イライラしてもしょうがないので、停電を楽しもうと、少しオシャレなロウソクを買ってはみたが、実用的でない。結局、白くて太いロウソクを、持ち運び可能なスタンドに乗せるのが適当、ということで、ツナの空き缶に、飾り気のないロウソクを立て、風情のない停電の日の夜を過ごすのであった。

2005年4月22日金曜日

ネパール人(バフン)の結婚観

ネパールでは、恋愛結婚は少ない。

民族によっては、駆け落ち婚、略奪婚、なんでもOK、のような場合もあるが、一般的に親が決める取り決め婚が普通だ。

ヒマラヤンアクティビティーズの男性ガイド(23歳)の1人が、近々結婚するらしい。

28歳のお兄さんとともに、カトマンズで働いている彼だが、最近頻繁に村(カトマンズからバスで4時間、その後歩いて2時間ほどの場所にある)に帰っていた。

村の両親が、結婚適齢期の息子のために、花嫁探しをしているため、彼も経過を見に帰省したようだ。

本日、久しぶりにオフィスに現れた彼に、他のガイドたちが、「おまえ、近々結婚するんだって?」と、興味深げに訊ねると、当の本人はまるで他人事の結婚のようにこう答えた。

「たぶんね。今月か来月には、花嫁探しが終るみたいだから、そしたら結婚することになるんじゃないの?」

彼は、昔ながらの習慣を重んじる、村出身のバフン(ブラーマン。ヒンドゥ教最上位カーストに当たるため、色々な決まりも多い)。結婚については、彼自身の意志はほとんど尊重されない。

『親が決めた相手と、親が決めた日取りに、伝統的な儀式を執り行いながら、いつの間にか結婚させられる感じ』『自分の奥さんとは、ほとんど初対面で結婚した』というのが、結婚経験者の談。

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ある40歳代独身日本人女性が、この話を聞いて、『いいなあ、適齢期になったら勝手に親が結婚相手捜してくれるんだもんなあ。ラクでいいなあ』とうらやましそうに言っていたことがあったが、婚期を逃した者にしてみれば、確かにそうかもしれない!?

2005年4月21日木曜日

深刻なカトマンズの水不足



毎年、乾期が終わりになるこの時期になると、カトマンズ市内の水が不足し始める。

蛇口をひねれば水がいくらでも出てくる日本の生活からは考えられないことだが、都市部では、水は配給制。

1日1回~2日に1回、朝や夕方の決められた時間帯に、水が配給されるので、家にあるタンクに水を引く作業をしなくてはいけない。

水を引き忘れると、家で使える水がなくなってしまうから、水を引く仕事は重要だ。

大体どの家も、地下にあらかじめ作ってある、容量数千リットルのタンクに水を貯める。その後、屋上にあるタンクに、機械を使って水を上げる。

家の中で使う水は、屋上のタンクから流れる水なので、屋上にあるタンクの水がカラになると、蛇口をひねっても水は出てこない。(ときたま、シャワーを浴びている時に水が1滴も出てこなくなることがあるが、こういうときはかなり気が滅入る)

乾期になると、水の配給が減らされ、3日に一度、弱い水圧で、1時間にも満たない短時間だけになることがある。この間、停電になったりすると、水を引く機械が動かなくなり、まったく水を引けないことになる。

以前、住人が多いアパートに住んでいた時のこと。水の消費量が早く、地下にあるタンクにも、屋上にあるタンクにも、水が1滴もなくなってしまったことがあった。トイレも流せず、調理もできず、始めの2日位は、何とか耐えたが、不衛生だし、精神状態にもよくないので、住人でお金を出し合い、水を買った。

6000~10000リットルの水が、大きなタンカーで運ばれ、消防車の放水ホースのような太いホースで、家にあるタンクにすごい勢いでためられていく。

停電が多いネパールでは、一晩中電気が来ないことなども時々あるが、電気がなくても人は生活できる。でも、水がないと、人は生きていけない。

写真は、水の配給時間に合わせて、水がめを持って、配給場所に並ぶ人たち。

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日本人は、飲料水、お風呂、トイレの水などをすべて含めて、1日に300リットルほどの水を使うと聞いたことがある。

ネパール人の水の使用量は、日本人の使用量の2分の1~3分の1程度だろう。少ない水を上手に使って生活している。

2005年4月17日日曜日

初潮の儀式

4月14日付けブログに登場した、初潮を迎えた女の子を訪問してきた。

私は女性なので、彼女の部屋に入れてもらうことができる。太陽の当たらない部屋に閉じ込められて4日目になる彼女は、退屈で仕方がないとのことだった。

彼女の場合、3畳ほどの部屋にこもっている。寝室なのでベッドもあるが、このような時にベッド寝てはいけないという習慣があるため、土で塗られた床の上にむしろを敷き、その上に布団を敷いて、その上に座り時間が経つのを待つ毎日。

この間、学校は休まなければいけないが、部屋で教科書を開いて勉強をすることも許されない。この時期の彼女が触ったものすべてが汚れてしまうため、鉛筆、ノート、本なども、部屋には入れられない。

『編み物さえ許してもらえれば、時間つぶせるんだけど、せっかく編んでも部屋の外に出られる12日目には捨てなくてはいけないから、、、』

カトマンズなどの都会では、部屋にテレビを置いてあげたりして、『カタチだけ』11日間部屋に閉じ込めることで、儀式を済ます家庭も多い。

しかし、カトマンズ郊外に住む純ヒンドゥ教最上位カーストの彼女の場合、布団しかない部屋で、おばあさんやお母さんがしてきた時と同じように、昔ながらのしきたりを守っている。

2005年4月16日土曜日

交通ルール

最近信号が急激に増えたカトマンズ。

しかし、ルールがなっていない。

待ち合わせの時間なんて気にしない時間にルーズな人が多いのに、なぜか車やバイクを運転するネパール人は、一刻一秒を競って先に進もうとする。

赤信号が青に変わる時。信号がまだ赤のうちから、後ろの車は前の車をクラクションでせかし始める。一台がせかし始めると、他の車もそろってブーブー鳴らし始めるからたまったもんじゃない。

オフィスの始業時間や、待ち合わせ時間には、15分や30分遅れても全く気にしないくせに。

そんなにあせって、一体どこに行く?

2005年4月14日木曜日

ネパール新年&女の子の儀式

『新年』とはいっても、それほど盛大なお祝いはしない。朝、いつもよりもしっかりお寺にお参りをし、美味しい物を食べる、程度の祭日。

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知人の長女13歳(以下『彼女』と表記)の新年。

今朝、近くに住む親戚のお姉さんが、彼女に「新年のお参りに行きましょう」と誘うと、彼女はちょっと困ったように言った。「う、うん、でも、私、行けないかもしれない」

「なんで?新年なんだから、行きましょうよ」とお姉さんが誘っても、彼女は、理由をはっきり言わず、ただ、「行けないかも、、、」というばかり。

『女性がお寺参りにいけない』ということ=『生理中』であるということ。

* ヒンドゥ教の女性は、生理4日目まで穢れたものとして扱われ、寺院へ立ち入ることを禁じられる。また、台所にも入ることも許されない。

最近、少しずつ女の子らしくなってきた彼女。ははあ、と思ったお姉さんが「もしかして、始まったの?」と聞くと、彼女は突然泣き始めてしまった。「わからないけど、もしかしたら、そうかも、、、」

新年の今日、初潮を迎えた彼女。

初潮を迎えたヒンドゥ教の女の子は、太陽の当たらない部屋に11日間閉じ込められる。この間、部屋の外に出られるのは、日没後だけ。村の家では、トイレは外の別棟にある場合が多いので、日中はトイレにも行かれないことになる。この間、男性に見られてもいけないし、男性を見てもいけない。父親、血のつながった兄弟であっても、見る/見られることは許されない。

男性に声を聞かれてもいけないので、部屋の中に閉じ込められた女の子は、ひそひそ声で話さなければならない。いろいろな理由があるようだが、1つには、この決まりを破ってしまうと、男性が長生きできなくなる、というのもあるようだ。(かぐや姫とか、鶴の恩返しとか、そういう世界を連想してしまう)

彼女が太陽が照る屋外に出ることができるのは、12日目の朝。お清めをした後に、ヒンドゥ教のお坊さんを呼んで儀式が行われる。

このような習慣を『児童虐待』だとか『性差別』ととり、廃止させようとする先進国の人権保護団体などもあるようだが、ヒンドゥ教の女の子たちは、この習慣を静かに受け入れる。そして、大人になっていく。

余談。

お赤飯を炊いてお祝いする日本の習慣に、ヒンドゥ教の女性たちは「お父さんも一緒に食事するんでしょ?生理になったことが分かっちゃうじゃない。恥ずかしくないの?」と驚く。

11日間部屋に閉じ込められて、「あら、そういえば最近あそこのお嬢さん見ないわね」「そうそう、初潮を迎えたんですって。今日で3日目みたいよ」などと村中に具体的に知れ渡るほうが、恥ずかしくないか?

2005年4月6日水曜日

乾物食材:マショウラ



ベジタリアンも多いネパールでは、豆製品からたんぱく質を摂る人たちもたくさんいます。

写真は、『マショウラ』と呼ばれる、大豆から作る乾物食材。直径1~2cmの、ふぞろいな球状形で、すかすかしています。乾物なので、水でもどしてから、調理をします。

通常は、多めの油でこのマショウラを炒めた後に他の野菜などを加え、『タルカリ』(カレー味のおかず)として食べるのですが、私はこれを、油揚げの代わりによく使います。

小さめに切って、ひじきに入れると、まさに、油揚げを加えた時と同じ味になるのです。

この『マショウラ』、写真のものは大豆が原料となっていますが、自家製のものだと、大豆以外の豆と山芋が原料となっていたり、それにカリフラワが混ざっていたり、と、家庭によって味も中味も違い、おもしろいものです。