2005年2月27日日曜日

道路封鎖解除となりましたが

道路封鎖が解除された。これで、一応、陸路移動も安心して(?)できるようになる。チベットへの陸路移動も一応可能だ。

本日、オフィスに日本人男性ツーリストが訪れた。

私たちのオフィス利用者の90%は、事前にメールでコンタクトしてくれ、計画をしっかり立ててネパールへいらっしゃる方や、ネパール入りする前に、私たちのホームページを熟読してくださって、カトマンズ到着後、地図を頼りにオフィスを探して訪れてくださる方だ。

みんな、初めてオフィスを訪れるにもかかわらず、懐かしい場所を訪れるように、訪問してくれる。

しかし、ネパール入り後、タメルのネットカフェなどで旅行関係の情報サイトなどを見、たまたまヒマラヤン・アクティビティーズを知り、リンクをたどって、冷やかしついでに訪れるバックパッカー君は、警戒心ムンムンな姿が共通しているから不思議だ。そして、オフィスに入るなり、なぜか、アラ探しをはじめ、スタッフたちのちょっとした言動に難癖をつけたがる。(過去2名、共通してこのような人がいた。日本人が多く泊まる宿に泊まり、日本人バックパッカーを対象にした旅行社などを利用する際にはおとなしいという情報もある)

本日訪れたツーリストは、チベットツアーの問合せに来た。近日中に陸路でチベット入りする予定とのこと。

しかし、実質今日から長距離移動の通常運行が始まったばかりだし、しばらく様子を見たほうがいい、と女性スタッフが説明すると、

『しばらく様子を見たら、状況が変わるとでも言うのか』

と、反発。

それは誰にもなんともいえないが、道路封鎖解除直後の移動は、何が起こるかわからないし、やめたほうがいいのでは、と、女性スタッフがアドバイスすると、

『何でそんなことわかるんだ?ここは、マオイストの会社なのか?お前たちはマオイストか?』

と、かかってきた。

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たまたま私がオフィスを不在にしており、彼が去った10分後にオフィスに到着したところ、女性スタッフから、上記の話を聞かされた。

そういうわけの分からない旅行者に用はないから、今度来たら追っ払っていいから、と女性スタッフに言うと、『追っ払うことは出来なかったけど、大きい声で反論してやったわ』と、頼もしい返事。

もし私が対応していても、彼は、『お前たちの会社はマオイストの会社なのか!』と、難癖つけていただろうか?案外、現地に在住している日本人(私なんかはまだ未熟者だが)が相手だと、コロっと態度が変わることが多い。

===

話しがそれたが、陸路移動は実質上今日から可能となっている。が、長距離移動にはなるべくなら空路を使うことをおすすめするし、どうしても今すぐ長距離移動をしなければいけない人を除いて、しばらく様子を見ることをおすすめする。(すすめるだけで、今すぐ移動するな、とは言っていないので、移動は、自己判断と自己責任でどうぞ)

===余談===

なぜか難癖をつけたがる旅行者の話。

先日久しぶりに日本食レストランを利用した際に、ハッパでもやってるんじゃないか、というような妙にハイテンションのパッカー君に話しかけられた。たまたま店に私と彼と、もう1人しか客がいなかったので、話しかけられやすい状態ではあった。

政権交代後、通信が使えなかったときでもあり、話題が日本語での情報収集の仕方へうつったので、『ここでも情報見れますよ』と思わずヒマラヤンアクティビティーズのパンフを渡してしまった。(旅費の安さと、旅行期間の長さを重視して旅をしている旅行者は個人的には嫌いなので、なるべく関わらないようにしているのだが、うかつだった)

翌日、彼は私の不在中にオフィスを訪れてきた。

スタッフたちが集まり、彼を迎えると、彼は、集まってきたスタッフを見ながら、うざったそうに言ったそうだ。

『1人の客に、5人も集まってくる必要ないだろ』

と。

・・・話を進めていくうちに、彼は分かった顔をして語り始めたそうだ。

『オレはネパールのことはよく知ってるんだ。ネパールの男はみんな、日本行きのビザを取るために、日本人の女を引っ掛けて、日本へ行って逃げるんだ。べらべらべら・・・』

『旅行業界に関わるネパール人はみんな、日本人はいいカモだと思ってることだって、オレはよく知ってるんだ。べらべらべら・・・』

・・・スタッフが、へえ、君はよくネパール人のことを知っているねえ、どこでそんな役立つ情報が手に入るの?とおだてながら聞くと、

『ryokojinのホームぺージ』と、彼は答えたそうだ。

彼が漢字で『旅行人』と書いた直筆の紙も、オフィスに残されていた。

その後も何回か、オフィスに来てはなぜかアラを探し難癖をつけていたらしいが、最終的には、決定的な(ささやかな)アラを見つけ、捨てゼリフをはいていってしまったらしい。

どうでもいい内容に難癖をつけようとする彼らは、旅行に疲れているのだろうか?

それとも、一人旅に寂しさを感じ、誰かにかまってもらいたいばかりに、思わずつっかかってしまうのだろうか。

2005年2月24日木曜日

楽しいイラスト



昨年10月に、ホームページ掲載の地図を頼りに、オフィスを訪ねてくれた日本人女性一人旅のAさん。

ダサイン(ネパール最大の祭り)をスタッフの村で一緒に過ごしたり、時間がある時には、オフィスにフラッと立ち寄ってくれたりしました。

その後インドへ行き、またネパールに戻って、日本へ帰国。しばらくしてから、写真とともに素敵なイラストを送ってくれました。

しまっておくのがもったいなく、オフィスの机に飾ってあります。

とっても楽しくなるイラスト。ネパールが、何の不安も感じることなく旅行できる国になるといいなあと、このイラストを見ながら思っています。

2005年2月23日水曜日

続・ネコはネコを呼ぶ?



うちの飼い猫が、近所の野良猫を引き寄せた話の続編。

昨日夕方、うちの猫がまた落ち着きのない様子で外を見ていた。

またこの前の野良猫が来たな、と思い外を見ると、今度はまた違った猫を連れてやってきていた。(しかも、新しい野良猫は、発情期のメスらしい。ウォーンウォーン恐ろしい声を上げながら、うちの猫を見ている。今日の野良猫2匹は、色も形も、うちの飼い猫とそっくり)

今回は、写真を撮る事ができた。撮ってどうなるものでもないが、記念に1枚。(家の隅々、掃除が行き届いていないなあ)

プーケットエア就航記念の特典

2005年3月9日より、カトマンズ~バンコク間をタイのプーケットエアが就航開始する。就航後1ヶ月間キャンペーンを実施するらしい。ここ何日か、毎日のようにキャンペーン広告が英字新聞に掲載されている。

『BUY 2 GET 1 FREE』
カトマンズ~バンコク間を2往復分購入すると、1往復分は無料となるようだ。(3人でタイへ行く場合、1人分のチケットはタダということ)

2005年2月22日火曜日

不安定な天気

例年と比べると、不安定な天気が続いているような気がする、この2月。

今日も、なんとなくさえない天気で、昼からはどんよりとした空が広がり、雨も降った。

明日からカラパタール15日間のトレッキングへ行く予定のゲストが、夕方頃から、露天風呂(日本人経営の『ロイヤル華ガーデン』というレストランの庭に、露天風呂があります)へ行くという。

「さっき雨が降っていたけど、また降りますかね?」
と聞くゲストに、スタッフと口をそろえて、
「もう降らないでしょう。青空も見えているし」
と答えた。確かに、雲の合間に青空が見えていた。

しかし、その約1時間後から、また雨が降り始めた。にわか雨程度かと思ったが、夜までしとしと降り続いた。かみなりも響き、2月にしては珍しい天気。

ここの所、曇りの日も多く、先日は早朝のマウンテンフライトもキャンセルになった。

2005年2月21日月曜日

ネパールの中では

『危険』なイメージを高めている2月1日以降のネパール。

カトマンズに限って言えば、表向きにはそれほど以前と変わりはありませんが、地方のことは、あまりよくないいろいろな情報も入っています。

このような状況の中、ネパール在留邦人に対しては、次のような作業が進められています。

===以下大使館からのメール一部抜粋===

大使館では、地域別連絡体制を作るべく、作業を開始しました。今後どのように作業を進めていくのかを簡単にご説明し、ご協力をお願いしたいと存じます。

地域別連絡体制は、日頃から活用するために、電話連絡網を兼ねるものを作成します。また、平日、週末、夜間を問わず、連絡を行き届くように、居住地と勤務先を網羅します。

まず、在留届により、カトマンズのどの地区に邦人の方々が住んでいるか、勤務先はどこであるか、地図の上での分布状況を調べ、何地域かに区分けをおこないます。

各地域には、拠点邦人及び準拠点邦人をおき、その傘下に、連絡をすべく邦人(6-7名程度)を決めます。

これにより、各地区の連絡体制名簿を作成します。この各地域の名簿には、邦人名、家族数(災害時の安否調査のため)、電話番号、携帯番号、メールアドレスなどを掲載します。

各拠点邦人または、準拠点邦人が交代する際、傘下邦人の居住地の居住地、勤務地の位置がわかるように、在留邦人より地図を提出していただきます。この地図は、拠点邦人及び大使館で管理します。

===抜粋終わり===

電話が使えなくなったとき、そして、今後、治安がますます悪化した時の緊急事態に備え、動き始めています。

今後、情勢が急変するかどうかはわかりませんが、ネパールを旅行予定の方々も、安易な気持ちでフラッと訪れるのではなく、緊急時の日本の家族との連絡方法などを、旅行前によく確認しておくことをお勧めします。

===余談===

そういえば、以前ガールスカウト活動をしていた時に『そなえよつねに』というスローガンを覚えさせられました。

活動を始めたばかりの小学校低学年の頃は、意味もわからず覚えたこの言葉ですが、海外を旅行をしたり、海外で生活するようになってから、『そなえよつねに』に重要性を強く感じるようになりました。

2005年2月19日土曜日

ネコはネコをよぶ?

今回は、旅行にはまったく関係のないネタを。

アジア全般で言えることかもしれないが、ネパールにも野良犬が多い。

が、野良猫を見かけることはほとんどない。ネパール生活も6年目に入ろうとしているが、街で野良猫を見かけたことは、数えるほどしかない。ネパール人で猫を飼っている人も珍しい。

そんな中、昨日、一度に2匹の野良猫と出会ってしまった。

一昨日、うちの飼い猫がじっと窓の外を見ているので、猫が見ている方向を見ると、窓の外では、野良猫がうちの猫を見ていた。

そして昨日、今度は、前日の野良猫が、他の野良猫を連れて、また庭に現れていた。

一度に2匹の野良猫を見られるとは。記念に写真でも、と思いカメラを構えると、気配を察したのか2匹ともダッシュで逃げてしまった。

残念。

~ ~ ~

猫に関する話題をひとつ。

うちの猫は、スタッフの1人につれられて、私のところにやってきた。

彼の近所に、ネパール人では珍しく猫を飼っている家があり、子猫が生れて引き取り先に困っている、という話を私に知らせてくれたのだ。

だったら私が一匹もらおう、ということで、翌日猫を持ってきてくれることになった。

が、持ってきてくれるはずの翌日、彼は猫を持ってこなかった。

その翌日になっても、持ってきてくれなかった。

なぜ、持ってきてくれなかったのか?それは、子猫を入れた箱を持って、川を渡るのが怖かったから。

ネパールにある猫にまつわる話には、あまりいいものはなく『川を渡っている時に猫が鳴くと悪いことが起こる』という俗信もある。

・・・ついに意を決して(?)橋を渡るときには、迷わず急ぎ足になったらしい。

2005年2月18日金曜日

電話不通、ふたたび

デモクラシー記念日の今日。

朝、メールチェックしようとすると、つながらない。
もしや、と思い、電話のトーンを確認すると、先日通信遮断が行われていたときと同じ音がする。

2月1日から、国王が政権を握ることになった現在、(一時的に)民主主義国家ではなくなったネパール。

デモクラシー記念日のこの日、政党による抗議行動やデモも予定されていた。

そういうゴタゴタが起こるのを防ぐため、今日も通信遮断したな。

その後、夕方頃まで電話は使えず、特に大きな混乱もなかったためか、夕方からは正常どおりの通信状態に戻った。

今後も容易に通信が遮断されることが予想される。

今できることは、今しておくことにしないと、ダメだな。

2005年2月16日水曜日

なぜかみんなが使うセコイ手段

ネパールの旅行業界、他社の悪口を言って客を自分のモノにしよう、というセコイ人がけっこういるのには、いつもウンザリする。

本日、はるばるアメリカからやってきてくださったお客様がカトマンズに到着した。

カトマンズに着き、ゲストハウスにつくやいなや、私たちのオフィスを訪ねようとすると、ゲストハウスのスタッフに『どこにいくのか?』と聞かれたらしい。

正直に、『メールでコンタクトしていたヒマラヤン・アクティビティーズに行く』と告げると、ゲストハウスのスタッフに言われたとの事。『そこはよくないから、ボクが紹介する旅行会社を使った方がいいよ』と。

っていうか、そこのゲストハウスのスタッフは、ヒマラヤン・アクティビティーズのことなんて、知らないはず。なのに、どうして『そこはよくない』といえるのか不思議。

他人のことを悪く言えば言うだけ、自分の評判が悪くなるということに、どうして気づかないのだろう。

正々堂々と勝負した方が、カッコイイと思うけど。

2005年2月15日火曜日

ナムチェバザールからのメール

2月5日から日本人ゲストのガイドとしてカラパタール(5545m)方面へのトレッキングへ行っていたガイドから、14日メールが来ました。

トレッキングを無事終えて、ナムチェバザール(3440m)へ戻ってきたとの事。ナムチェバザールには、ネットカフェもあり、英語メールはもちろん、日本語でのメールもできます(日本語フォントがあるネットカフェもあるのです)

ガイドのメール(日本語訳)は次の通りでした。

=====
今日、ナムチェに着きました。ゲストはあまり体調がよくありません。風邪気味です。明日、パグディン~ルクラへ移動します。

すべて順調に行っています。ナムチェには今、ツーリストがいません。店も閉まっているように見えるし、ホテルも閑散としています。
=====

(ガイドからのメール。原文のまま)
Sent: Monday, February 14, 2005 1:13 PM
Subject: namaste from Namche

> aja namche ma aipugeko chhu.guest ali sancho china.rugha lageko
> cha.bholi phakding ani lukla .
> sabai kura thikai cha namche ma ahile tourist china sabai pasal haru
> banda dekhincha hotel haru sunya cha.

2005年2月14日月曜日

ストが予定されていましたが

2月14日、15日は、ネパール国内にて全国規模のバンダ(ストライキ)が実施されると言われていました。

しかし、カトマンズ市内に限って言えば、バンダの影響はまったくない一日が過ぎました。マオイストが呼びかけたストの1日とは思えないほどの普通の一日でした。

2005年2月13日日曜日

春の日



今日は『バサンタ・パンチャミ』『シュリ・パンチャミ』『サラスワティ・プジャ』といろいろ呼び名のある日。

簡単に言うと、ネパールの暦の上で今日から春になる日であり、また、学問の神であるサラスワティ女神にプジャをする日でもあります。

写真は、カトマンズ王宮近くにあるサラスワティ寺院の入口です。旅行者にはまったく知られていませんが、地元の人が日常的にお参りにいく寺院です。



学問の神様、サラスワティ女神にプジャをするため、児童生徒学生たちや親たちは、サラスワティ女神をまつってある寺院にお参りに行ったり、家に飾ってある絵にプジャをしたりします。

また、この日から新しい事や、習い事などを始めると身に付く、とも言われています。小さな子供がいる家庭では、この日に子供にアルファベット(ネパールのKa/Kha/Ga等)を教えるといい、とも言われています。

来年のこの時期に訪ネ予定の方、サラスワティ寺院へお参りに行き、新しいことを始めませんか?



毎年、この日はスワヤンブナート奥にある寺院に、この日にだけ聞けるお坊さんの説法のようなもの(とも違いますが、思い切り噛み砕いて簡単に言うとそんな感じ)を聞きにたくさんの人が集まります。

『春が始まる日』にふさわしく、快晴が広がった今日。珍しく強い風もふきました。(カトマンズ盆地内では、4月頃の季節の変わり目に突風がふきあれる他は、強い風がふく事はあまりありません)

これから、いっきに暖かくなるカトマンズ。いい季節です。

写真は、王宮近くにあるサラスワティ寺院へ続く道です。今日の日のために道に飾られた旗が強い風にはためく様子と、高く青い空が、春らしさを感じさせてくれます。

2005年2月12日土曜日

小さなパレード




タメルの街を、音楽を鳴らしながら通り過ぎる人たち。

ネパールには、いろいろな民族が存在し、把握できないほどの祭りや祝い事があります。

2005年2月11日金曜日

カトマンズの内と外

ネパール国外で報道されているほど、危なくはないネパール。

しかし、危なくはないのは『ネパール』ではなく『カトマンズ』であって、『カトマンズの外』ではかなりいろいろなことが起きている、との情報も入っています。

情報が規制されている今、『カトマンズの中』にいると、『いつもと変わらずのどかで平穏な風景』しか見えませんが、ネパールはカトマンズだけではありません。

この時期旅行される方は、安全で楽しい旅をするために、正しい情報を見極めてほしいものです。

男性の長髪、ピアスに注意!?

若い男性ガイド。夜9時過ぎ、バイクで家に変える途中、検問でひっかかり、警察に連れて行かれ1時間釈放してくれなかったとのこと。

免許不携帯だったのかと聞くと、「耳にピアスをしていたから」とのこと。

国王が政権を掌握してから、「男性の長髪」「男性のピアス」は許されなくなっており、長髪の男性が、警察に髪の毛を切られた、ということも実際起きている。

日中は通行量も多いため、長髪であろうがピアスをしていようが、まったく問題ないが、通行量の少なくなった深夜(ネパールでは21時以降は深夜同然)は、いちいち調べられる可能性もかなり高い。

日本人の中には、ネパール人そっくりな顔の人も多いため、長髪&ピアスの男性の、夜間歩きには要注意。

2005年2月10日木曜日

携帯電話はいつ再開するのか?

電話はほぼ正常に戻ったが、いまだに携帯電話は使えない。プリペイド携帯にいたっては、当分の間再開の見込みはないだろう。

今朝の朝刊の風刺画には笑った。

===

カトマンズの住宅街では、よくインド人が果物や野菜を売りに歩く姿を見かける。

『エ~、エクキロ ダスルピヤン』(『え~、1キロ10ルピーだよ』というような売り声)などと大声で言いながら、売り歩く。

風刺画では、売られる品物が、果物や野菜ではなく携帯電話に変わっていた。

つまり、果物や野菜のように、今は、何キロいくら、の世界で携帯が売れてしまうぐらい価値が下がっている=持っていても意味がない、ということ。

なかなか笑わせてくれる風刺画だったが、携帯電話連絡が日常となっている市内では、携帯復活の見込がはっきりしないことは、笑い事ではない。

2005年2月8日火曜日

通信手段がないと?

2月1日、今後3年間、国王が政権を握るという会見がテレビであり、その会見終了後から、ネパール国内の通信システム(電話、携帯電話、ネット等)が、すべて使えない状態となりました。国内外との連絡を遮断するためです。

遮断後100時間すれば、元に戻るという情報がありましたが、100時間経っても復活する気配なし。

ネパール人の中には、ネットをするためにインドへ行った人たちもいるほど。(日本人がインドへ行くためには、まずビザを取得しなければいけませんが、ネパール人はビザ無でインドへいけるため、メールチェックをするために、すぐインドへ行くことが出来ました)

国外と通信できず、みんなイライラしているのかと思えば、実はそうでもありません。現地の人は、割とのんびり構えていました。

それもそのはず、国内で日常的に電話やネットを使っているのは、都市部に住む人たちだけ。その中でも、各家庭に電話が引かれているのは、ごく一部の人たちだけです。

山奥の村ともなれば、村に1つ電話があるかないかという状態。普段から電話のない暮らしをしていれば、通信手段が遮断させられたところで、それほど不便さは感じません。

都市部では、電話がなければ仕事にならないオフィスもたくさんあるのですが、それをいいことに、電話がない=仕事にならない=休業!という公式を成り立たせ、休んでいたオフィスも。

一日のうち、不規則に国内通話のみできるようになる時間帯がありましたが、その間に重要連絡をしまくり、ふと一息つく頃には、また発信音がなくなり、通信が遮断されている状態。

今まで、ネパールにて、数日続く外出禁止令や、連日のストライキを体験したことはありましたが、通信手段がなくなるということは外出禁止令よりもツラく、不便なことだと実感した一週間でした。

今後に備えて、伝書鳩でも仕込もうか、と、ヒマラヤン・アクティビティーズのスタッフたちと冗談を言ったりもしていたのでした。

通信遮断1週間

2月1日より1週間、ネパール政府により、電話、ファックス、メール、ネット等、すべての通信機能が遮断され、国内外との通信規制がされていました。

このため、ホームページ更新、日本への電話、ファックス、メール等、ネパールからは出来ない状態でした。

またいつこのような状況になるかわかりませんが、とりあえず、一時開通しました。