2005年7月31日日曜日

エカダシ

今日はエカダシだった。

エカダシと言うのは、簡単に言ってしまうと、新月の11日目に当たる日で、この日は朝から断食をしたり、菜食にしたりする。

エカダシの日は、普段ヤギの頭がグロテスクに並んでいるローカルな肉屋も、閉まっていたりする。

2005年7月30日土曜日

キールを食べる日

サウン・パンドラガテ(サウン月15日)の今日は、『キール』を食べる習慣のある日。

『キール』とは、甘い、牛乳粥のようなもので、レーズンや、ココナッツ、その他スパイス類が入っている。

ヒンドゥ教徒のプジャ(礼拝)などに欠かせない食べ物でもある。

2005年7月28日木曜日

ダクシンカリ名物



牛乳から作った甘いお菓子、クロウニ(Kurouni)。

牛乳を沸かし続け、固形物として残ったもの。

クリームキャラメルのような味、といったところだろうか。

ダクシンカリに続く参道には、この、クロウニを売る露店がたくさん並ぶ。天秤ばかりを使っての、量り売り。

お土産に1kg分購入。

ダクシンカリ参拝

サウン月の今月。一度ぐらいは、しっかり寺院をお参りしようと、早朝5時起きで、ダクシンカリに行ってきた。

『ダクシンカリ』とは、カトマンズから南(ネパール語でダクシン)方面に20km弱の所にある、カーリー女神を祭った寺院。

毎週火曜日(カーリーをお参りする習慣のある曜日)には、たくさんの信者がニワトリやヤギなどを生け贄にし、生き血を捧げながら、参拝する光景が見られる。(生け贄シーンを見られることで、外国人にとっての観光スポットともなっている)

しかし、今日は火曜日ではないことと、殺生を好まないサウン月であるため、生け贄をする人の姿は、あまり見られなかった。

寺院に続く表参道には、土産物屋や、供物を売る店が並ぶ。

線香、ココナッツ、花、ネパール菓子、アビル(お祈りに欠かせないティカ用の赤い粉)などが入った供物セットを1つ買い、参拝の列へ。

寺院内には、ニワトリの血などが滴っていて、少し残酷。

順番を待てないネパール人たちにもみくちゃにされながら、何とか参拝を終える。

帰路、ふと気がついた。

もしかして、ここも『パシュパティナート寺院』と同じく、ヒンドゥ教徒以外は寺院内立ち入りが禁止されていたのではなかったか?

そんな気がするが、もう遅い。

無理やり入ったわけではないし、入口で止めてくれなかった係員も悪い。牛肉も食べないし、生理中でもないから、多めに見てください、と、心の中で謝りながらカトマンズに戻ってきた。

2005年7月27日水曜日

スーパーマーケット

旅行をして、その土地の人が利用する店に入るのは楽しい。

国外、国内旅行問わず、旅行先でスーパーなどに入るのを楽しみにしている人も、いると思う。

カトマンズにも、最近スーパーマーケットが増えてきた。中でも、食料品から衣類、貴金属、電化製品まで、(ネパールの中では)豊富な品をそろえているのが、Bhat Bhateni(バート・バテニ)スーパーマーケット。

(旅行者が集まる『タメル』地区からは、徒歩で30分ほど)

ココに行けば、とりあえずそろわない品はない。

便利でいいのだが、私はこのスーパーにいくのが嫌い。割と近くに住んでいるにもかかわらず、特別な用がない限り、絶対に行かない。多少高くても、遠くても、他の店に行って買い物をする。

なぜ嫌いか。客の質が悪いから。カネモチのインド人やネパール人客が多いのだが、いつも他人に指図することになれているせいか、外出先でもそういう態度をちらつかせる。

スーパーで品物を物色している時も、他人の迷惑顧みない。

とにかく、マナーが悪い。見ていて悲しくなる。

キャットフードが、いつも行っているスーパーでは品切れで、しかたなく今日、久々にバートバテニへ行ってきた。夕方行くと、マナーの悪い客で込み合って、ストレスがたまるので、昼間のすいている時間帯を狙っていってきたのだが、目的だけ済ませて、とっとと帰ってきた。

ちなみにココは、なぜかインド人に有名。

インドから旅行や避暑に来るインド人たちが、国際線でカトマンズ空港に着いてすぐに、空港タクシーの運転手に言うセリフが、『バートバテニへ行ってちょうだい』であるとかないとか。そんなジョークもあるぐらいだ。

2005年7月26日火曜日

ヘナ



ヘナ(Henna)とは、ネパールやインドに自生する植物のこと。辞書によると、『指甲科(しこうか)』の植物になるようだ。

このヘナの葉や実から出る色素を利用して、女性たちは髪の毛を染めたり、肌に模様を描いたりする。色をのせた部分は赤く染まる。(日が経つと、色素は落ちて、もとの肌の色に戻る)

このヘナ(メンディともいう)、乾燥粉末状の物が市販されているので、粉を水で溶いて使用する事が多いのだが、実は、ヘナと同じ役目をする植物が、そこら辺の空き地に普通に育っていたりするのだ。

それは、ホウセンカ。ネパール語では『トュリ(Tyuri)』という。

* 注意! 間違えても「トゥリ」と発音しないように。悪い意味のネパール語です。

庭を少し手入れしていたら、すみのほうに育っているのを発見した。(写真参照)

葉を乳鉢のようなものに入れすりつぶすと、汁が出てくる。この汁を爪楊枝などの先につけて手のひらに模様を描いたり、髪の毛に乗せたりして、肌や髪を染める。

雨期中の今。雨が降って、室内にいる時間がたっぷりある時に、のんびりと、ヘナのオシャレを楽しむのもオツなもの。

でも本当は、髪にヘナを乗せたら、日光に当てたほうが発色がよくなるんだけどね。

2005年7月25日月曜日

セキュリティーチェック

夜になると、市内のあちこちで検問が始まる。

夜9時前、スクーターで家に帰る途中、自宅近くで検問に出くわした。

免許証も、パスポートも、今日は家に忘れてきてしまっている。こういうときは、笑顔で日本人であることをアピールするのが一番だ。

そうすると、いつの間にか世間話(「日本人なのに、ネパール語が話せるのか」、とか、「何年ここに住んでいるんだ」、とか、毎回お決まりの内容)が始まり、免許証があろうがなかろうが、いつのまにか通行を許可してくれてしまう。

大きな荷物を抱えていようが、怪しい身なりをしていようが、街を警戒しているポリスやアーミーに呼び止められたら、「私、ネパール人じゃないわよ」と言えば、ノーチェックで通してくれる。

諸外国では、「外国人」というだけでテロ実行犯と間違えられ射殺されることだってあるというのに。

ネパールでのセキュリティーチェック、こんなんでいいのか? と思ってしまう。

2005年7月24日日曜日

温かいビール?

ビールは、冷たくして飲む飲み物、と、私たち日本人は思っている。

でも、こちらのレストランで頼むと、ウェイターに、真顔でこう聞かれることがある。

「チソ キ タト?」(冷たいやつ? それとも、温かいやつ?)

は? 温かいビールとは? と、日本人だったら思ってしまうだろう。

でも、こちらの人たちは、真顔で「じゃあ、タト(温かい)ビール1つ!」と答える場合がある。

温かいビール、とは、冷蔵庫に入れていない、つまり、常温のビール、ということなのだ。別に、温めているわけではないのだが、「タト」=直訳すると「温かい」ということになり、なんだかおかしな表現となってしまうのだ。

2005年7月23日土曜日

来館の目的は?

用事で時々、日本大使館へ行く。

門の外で働く現地人警備スタッフは、定期的に変わるので、私の顔を覚えていてくれない。

スクーターを館内の駐車場に入れさせてくれずに、

(ネパール語で)『駐車場ないんだから、あっち(近くの空き地)に止めてきて』

と、冷たく言われてしまう。

(ネパール語で)『ちょっとで終る用事だから、ここ(道端)に止めちゃだめかしら?』

とたずねると、

(ネパール語で)『ダメダメ』
(ネパール語で)『ビザ申請の時間はもう終ってるよ。何しにきたの?』

とぶっきらぼうに質問される。

日本行きのビザ申請に来たネパール人と、間違えられているのだ。

ちゃんと、館員の方とのアポがあって訪れても、この調子だ。

(英語で)『ちがうちがう。私、ネパリじゃないわよ。ジャパニよ』

と答えると、『ソーリー、マダム』などと、とたんに丁重に扱ってもらえるようになるのだが、なんだかいつも、むなしさが残る。

この国では、『外国人』は優遇される傾向があるので、優遇されたい時はネパール語を使ってはいけない。

2005年7月22日金曜日

ナムチェの女の子



先日のトレッキングで撮った写真の整理をしている。

シェルパ族の女の子、12歳。

彼女の村では、マオイストの問題が深刻で、親戚が経営するナムチェのロッジに預けられたのだ。

ナムチェよりも、もっともっと山奥の村で育ってきたという彼女。

モーター(車のこと)、見たことある?、と聞いてみると、恥ずかしそうに首を横にふって、『見たことない』と答えていた。

2005年7月21日木曜日

グル・プルニマ

日本でも、とある新興宗教団体が使っている(いた?)ので、知っている人は知っているかもしれない。『グル』とは、『恩師』のこと。

『プルニマ』は満月。

『グル・プルニマ』の満月の今日は、学校の先生や、人生の恩師、だんなや妻の父親に、プジャ(日本語だと、祝福の祈り、とでもいうのか?)をする習慣がある。

ミタイ(あまいネパール/インド菓子)や果物を捧げ、尊敬の意味を込めて、恩師の足に自分の頭をつける。

恩師からも、自分のおでこにティカ(赤い印)をつけてもらえる。

2005年7月20日水曜日

訪問者



ときどき、家の敷地の中に、見知らぬ人がやってくる。

ただの乞食(という言い方をしていいのだろうか?)だったり、ヒンドゥの修行僧だったり、楽器を演奏しながらお金をもらっている人(日本語でなんといえばいいのか?)だったり、いろいろだ。

今日の訪問者は、ガイネと呼ばれる、楽器を演奏しながら家々を回り、お金や食べ物をもらっているおじさんだった。

2005年7月19日火曜日

涼しい夜

が続いている。

本格的な雨季に入り、曇りや雨の日が続いているため。

日中も、家の中にじっとしていると、半袖では少し肌寒さを感じて、薄手の長袖シャツを羽織ってしまう。

夜は、薄手の掛け布団がないと、寒いぐらい。

ウチの猫も、つい1ヶ月前までは、30度を越す暑さのためにお腹をだらしなく伸ばして寝ていたのに、最近は涼しくて、丸まって寝ている。

同じネパール国内でも、ポカラやチトワンなどでは、蒸し暑い毎日が続くのだが、標高約1400mのカトマンズの雨期は、涼しい(肌寒い)日がけっこう多かったりするのだ。

2005年7月18日月曜日

サウン月

西暦7月16日より、サウン月(ビクラム暦の4月)が始まった。

サウン月は、ヒンドゥ教徒にとって神聖なる月。普段から信仰心の強いネパール人だが、この月はいつもに増して、寺院を参拝する回数も増える。

本当は、肉や酒を口にすることは厳禁のヒンドゥ教徒だが、『自宅以外』では、時々、こっそり口にする人たちもいる。こういう人たちも、この月だけはこれらのものを一切口にしなかったり、毎週月曜日(シバ神に祈りを捧げる日)には、朝から断食をしたりと、気合が入る。

今日はサウン月最初の月曜日。シバ神が祭られるパシュパティナート寺院では、早朝から参拝客の行列ができていたようだ。

2005年7月15日金曜日

ナムチェ行きの目的



ナムチェに行ったのは、『ちょっとしたお仕事』があったから。

私たち、ピンバッジの販売もしている。観光の記念に世界各国で売られているピンバッジ。このブログをご覧のみなさんも、ひとつやふたつ、必ず持っていることと思う。

2003年10月、一組の50代日本人ご夫妻(Mご夫妻)が、私たちのガイド&ポーターと共に、カラパタールトレッキングへ行かれた。

世界各国でトレッキングを楽しまれ、その記念にバッジを集めているM氏。ネパールでも、エベレストトレッキングの記念にバッジを探されたそうなのだが、これ!といったものがなかったそうだ。

『だったら、私が投資するから、君たちがバッジを作ってトレッキングルートで売りなさい』という話になり、実施することに。(実施までにはいろいろ紆余曲折あったのだが、そこは割愛)

バッジの図案は、M氏が考えてくだり、それをネパールで作ることになった。

実は、ネパールにも土産用ピンバッジがないわけではない。タメルの書店などには、何種類かのバッジが売られている。しかし、これらは全てインド製。

ネパールにもバッジを作る技術はあるのだが、インド製のように精密な技法は施せない。見るからに『手作りそのもの』、の出来となってしまう。はっきり言って、雑。色がはみ出てしまったり、中心がずれていたりと、『なんで、こうなるかなあ(絶句)』というような出来のものがほとんどで、インド製と比べると、がっかりしてしまうほど、質は落ちる。よく言えば、『同じデザインなのに、ひとつひとつ出来が違って個性がある』のだが。

(* ネパール国内で、ネパール人が使用するピンバッジは、ネパール製が多いようだ)

私がツーリストの立場で、土産にピンバッジを買う場合、やっぱり、質がよくて価格も安い、いインド製に手が伸びるよなあ、と思いつつも、私たちは『ネパールでの製作』にこだわった。(だって、ネパールの土産がインド製だなんて、おかしいじゃないですか)

試行錯誤を重ねて、念願の、(がんばった甲斐ある、割と質のいい)ネパール製バッジを作ることに成功した。

前置きが長くなったが、エベレストが描かれたバッジは、2種類ある。

1つは、夕陽に染まる紅いエベレスト。もう1つは、深い青色の空にそびえる、白いエベレスト。

これらは、エベレストトレッキングルート限定で、販売している。バッジの発案者であるM氏のこだわりでもある。エベレストがデザインされたバッジを、カトマンズで手軽に手に入れられたら、つまらない。エベレストトレッキングルートを歩き、エベレストを生で見て初めて、バッジを手にする意義と価値があるのだ。

2004年3月から、ルクラとナムチェのロッジ計3件に、バッジを置かせてもらっている。今回ナムチェまで行ったのは、その売り上げ回収と、バッジを置いてくれるロッジを新しく開拓することが目的だった。

地道な交渉の結果、ルクラ2軒、ナムチェ4軒の、計6軒のロッジでバッジを売ってくれることになった。

1個250ルピー。ディスカウント不可。ネパール製なので、質がいいとはいえないが、一個一個違う顔をもつ、味のあるバッジ。

エベレスト方面へトレッキングへ行かれる際には、是非買ってください!

ちなみに、『アンナプルナ方面トレッキング関連バッジ』『カトマンズにある寺院関連バッジ』なども、私たちのオフィスに置いてある。こちらは1個200ルピー(ディスカウント不可)。

バリエーション豊富で、他では入手不可能なバッジ。

ネパールの記念に、いかがですか?

2005年7月14日木曜日

ナムチェ往復トレッキング



7月11日~14日まで、カトマンズ発ルクラ~ナムチェバザール往復トレッキング(+ちょっとお仕事)をしてきた。

ナムチェバザール往復トレッキングは、最低でも4泊5日かけるのが普通だが、あまり長い間カトマンズを不在にできないので、3泊4日のやや強行トレッキング。

[行程]
7月10日(日):カトマンズ発予定がルクラ行きフライトキャンセルのため翌日出発に延期。

7月11日(月):ほぼオンタイムでカトマンズ発ルクラ(標高約2800m)着。17時半ナムチェバザール(標高約3440m)着。(ナムチェ泊)

7月12日(火):ナムチェバザール→シャンボチェ(約3800m)→クムジュン(約3790m)→エベレストビューホテル(約3850m)→ナムチェバザール(約3440m)。(ナムチェ泊)

7月13日(水):ナムチェバザール→ルクラ。(ルクラ泊)

7月14日(木):ルクラ→(国内線移動)→カトマンズ。

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信頼度が落ちるのを覚悟で書くと、実は私、ネパールでのトレッキングはこれが初めて。

ヒマラヤン・アクティビティーズのお客様には、トレッキング行程案のアドバイスをしているのだが、ベテランガイドたちから得ている情報で、私の実体験に基づいているものではない。

主流トレッキングルートの所要時間、ルートの特徴、気温、ルート上から見える有名な山やその高さなどの情報は、ガイドよりも把握している(と思うが、そんなワケないか)のだが、実体験に基づかないアドバイスは、説得力に欠ける。

今回、ルクラとナムチェに用事(この用事の話はまた後日)もあり、これを機に、出かけてきた。

さらに、信頼度が落ちるのを覚悟で書くと、日本でも登山経験のない私。記憶にあるのは今から約15年強前、中学2年生の時遠足で行った、大山登山と、高校2年頃に行った、高尾山ハイキング程度。

大学では登山部に入ろうと思っていたのだが、山とは全く逆の釣サークルに、何を血迷ったのか入ってしまい(半年でやめたが)、若かりし頃登山をしていた父親にひどくがっかりされた記憶もある。

話がそれたが、標高2200m(ナガルコットのおよその標高)以上には上がったこともない。標高約1400mのカトマンズから、2000m以上高いナムチェバザールまで一気に登ると高度障害が出るのではないかと心配していたが、空気の薄さを感じることもなく、元気にナムチェへ到着。

翌日、富士山よりも標高がやや高い、シャンボチェやクムジュンを周ったが、ここでも体調に変化なし。むしろ、おいしい空気を吸いながら、カトマンズにいるときよりも、体の軽さを感じた。

以前は、かなりハードなネパールダンスを毎日習っていたので、足腰鍛えられていたが、ダンスをやめて2年以上経つ。しかも、最近は歩いて行ける距離の移動にも、スクーターを使ってしまっているので、ほとんど歩くことのない暮らしをしている。

こんな運動不足の生活ぶりなので、絶対に、2日目には体を動かせないほどの筋肉痛になるだろうと覚悟していたのだが、筋肉痛を感じることもなく、久々に流す汗に心地よさを感じながら、トレッキングを終えた。



雨期中のトレッキング。シャンボチェ、クムジュンを周った2日目は、一日中、前も見えないような霧の中を歩くことになったが、これがまた幻想的だった。



3日目の朝には、期待していなかったエベレストも見えた。(タンボチェに続く道の途中にて撮影)



本日、カトマンズに戻ってきて、ガイドに、雨にぬれ、緑輝くトレッキングルートやナムチェの画像を見せた。すると、ガイドの1人が、タメイキをつきながらこういった。

『こんなにきれいな緑の山々を、このルート上では見たことがない!』と。

ヒマラヤがよく見えるシーズン中には、毎月最低一回はナムチェ方面に行くガイドの彼だが、乾期の山は茶色一色。緑色の木々はほとんどない。見慣れた茶色い風景とは全く違う、緑一色の山々をパソコンのスクリーン上で見、『僕の知っているエベレスト街道ではないみたいだ』と、繰り返していた。

雨期中のトレッキングでは、ヒマラヤの眺めはあまり期待できない。何日間もフライトキャンセルに見舞われる心配もある。が、トレッカーがほとんどいない(私が今回出会った外国人トレッカーは道中2組だけ)ため、雨にぬれる鮮やかな、そして静かな景色を独り占めできる、という特典もある。

2005年7月10日日曜日

フライトキャンセル



ちょっとした遠足気分で楽しみにしていた久々のカトマンズ脱出日。

朝6時30分カトマンズ発ルクラ行きのフライトに乗るため、5時45分に自宅を出発。

昨晩から強い雨が降り出し、朝になっても弱い雨が降り続いている。

他の路線は運航するにしても、ルクラ行きは間違いなくフライトキャンセルだろう、と思いながらも、とりあえず空港へ向かう。

空港で待たされること2時間半。案の定、悪天候のため、本日のルクラ行きフライトは全便キャンセルとなった。ということで、9時に家に戻ってきた。

天候に左右されやすいカトマンズ~ルクラ間のフライト。雨期中の今は、しょっちゅうキャンセルとなる。昨日も全便キャンセルだった。1週間飛ばないこともざらなので、9月末頃までのルクラ方面トレッキングを予定している方は、十分余裕を見ることをお勧めする。昨年は、1週間ほぼ全便キャンセルだったことが何度かあった。

明日、飛ぶか飛ばないか。こればかりは運(天候?)に任せるしかない。とりあえず、てるてる坊主でも作っておくか(写真参照)。

飛ぶことを願いながら、また早朝家を出る予定。

===余談===

『待たされる』ことが当たり前のネパール生活。いつも単行本を一冊持ち歩くことにしている。

待たされ続ける間に、単行本一冊読み終えてしまうこともよくある。今回も、空港での待ち時間に完読してしまった。明日持っていく本を用意しないと。

2005年7月7日木曜日

直径10km内からの脱出

こちらに暮らして数年間、ほとんどをカトマンズを中心とする直径約8km以内のエリアだけで生活している。

カトマンズ市とパタン市をぐるりと一周する、リングロードと呼ばれる環状道路(一周約20km)があるのだが、その外に出るのでさえ、年に数える程度。

ときどき、ポカラやチトワンなどの、観光地に出かけることもあるが、2年に1~2回程度。

あらためて考えると、随分狭い世界で生きているものだ。

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もともと私は、1つの狭い場所にじっとしていても、飽きない体質のようだ。

私がまだ2~3歳ぐらいの頃、2つのコップを持たせて砂場に座らせると、ひたすら1人で遊び続ける、手のかからない子供だったらしい。1つのコップで砂をすくい、もう1つのコップに移しかえる、という単純な遊びを、飽きずにひたすら続けていたそうだ。

また、最近(といってももう8年前のことになるが)では、ネパールの旅を終えて日本に帰国後、パラチフスが発症し1ヶ月間隔離病棟に入院しなければいけなかったことがあったのだが、1人で楽しい隔離病室ライフを堪能できた。

1ヶ月もの間隔離されると、ノイローゼ気味になる患者もいるそうだが、私は、看護師さんに病室の外に出ることを許可されても、畳六畳ほどの個室にこもっているほうが楽しくて、あきれられたほどだ。

話しはそれたが、こんな感じで、私は1つのところにじっとしていることに、特に苦痛を感じない体質である。だから、ネパールでの生活を、直径約8kmの狭い範囲だけで過ごしていても、それ自体にストレスを感じることはない。

が、こんな生活を続けていると、自分が少しずつ狭い人間になっていくのがよく分かる。時々、広い空気を吸わないと、ものすごく偏った人間になりそうで、怖くなる。

ということで、来週から少し広い空気を吸いに行くことにした。

行き先はネパール国内。でも、カトマンズとは全く違った地。報告はまた後日。

2005年7月5日火曜日

指紋押印後



ちょっとした用事で、お役所へ行ってきた。

必要な書類を作る際、署名のほかに、やたらと指紋押印が必要なネパール。

両親指にインクをつけ、とにかく書類のあちこちに指紋を押さなくてはいけない。

今日は指紋を押さなくてはいけないだろうな、という日、私はあらかじめぬれタオルを用意して出かける。親指のインクをきれいにふき取るため。

でも、ネパール人には、そんな準備は必要ナシ!
自分の頭と、適当な壁があればOK!

ネパール人たちはどうやって親指のインクをきれいにするのかというと、、、

● まず始めに、両親指を髪の毛になすりつける。

→ ネパール人の髪の毛も、日本人同様黒い。黒い髪に、黒いインクをなすりつけても分からないし、残インク効果で髪がつややかに見える(!?)という理由で、みんな決まって、親指を髪になすりつけるのだ。

みんなが無心で親指を髪の毛になすりつけている光景、かなり笑えます。

● 次に、指にまだ残っているインクを、その辺の壁になすりつける。

→ 写真参照。本来クリーム色の壁であっただろうこの部屋の壁、指紋をなすりつけた跡でいっぱい。どの役所にいっても、書類に指紋押印をしなければいけない部屋などに入ると、壁は『指紋マーク』でいっぱい。



役所の壁には、ちゃんと貼り紙がしてある。

『指紋を壁に擦り付けないで下さい』

でも、その貼り紙の効果なし。貼り紙の上にまで、指紋をふいた後がある。そしてこの、ぼろぼろの貼り紙。なんだか(貼り紙が)気の毒。

それにしても、随分上まで、つけたもんだね。

2005年7月3日日曜日

狐の嫁入り

お天気雨のことを、ネパールでも『狐の嫁入り(shaal ko bihe)』という。

では、なんでお天気雨のことを『狐の嫁入り』というのか?とネパール人にたずねてみても、物語からきているんじゃないの?とあいまいな答えしか返ってこない。

それにしても、日本でもネパールでも、お天気雨のことを『狐の嫁入り』というのはおもしろい。

2005年7月2日土曜日

ローカル飲み屋



ローカルな飲み屋(のような場所)には、ゲテモノ好きにはたまらないメニューがたくさんあって面白い。

お酒を飲まない私だが、飲み屋(のような場所)にしかないメニューが好きで、時々知人に連れて行ってもらう。

そこには、ヤギや水牛の舌をスライスしてカリカリに焼いたものとか、耳や目を焼いたもの、脳みそを炒めたもの、内臓類を炒めたもの、骨髄を腸に詰めソーセージのようにして揚げたもの、などあって、時々無性に食べたくなるのだ。そうそう、ヤギの太い骨をじっくり煮込んだスープなどもあり、これもまたおいしい。

きっと、これらをつまみにしてお酒を飲んだら、格別にいい気分になるんだろうなあ、と思いながら、つまみだけ食べる私。

写真は、ローカルレストランで食べた『ポレコ・マス』類(ポレコ・マス=焼いた・肉)。

上から時計回りに、

カレジョ(肝臓:レバー)
カーン(耳)
ジブロ(舌)
セクワ(焼き鳥のようなもの)

全てヤギ肉。

カガティ(レモン)
ヌン(塩)
クルサニ(唐辛子)
ティムール(山椒) 

も付いている。

===

初めてネパールを訪れる人には、衛生面ではあまりお勧めできないローカルな食べ物屋だが、お腹の丈夫さに自信があって、お酒+ゲテモノ好きの旅行者の方は、是非一度、ローカル飲み屋をお試しあれ。

===余談===

ネパールはベジタリアンが多い国、と思っている人もいるようだが、民族によって食習慣はかなり違う。

ヒンドゥ教を強く信仰している高いカーストの人たちは、牛肉だけでなく(ヒンドゥ教徒にとって牛は神様。神様を食べることはタブー)、肉類を一切口にしない人もたくさんいる。(外食時に限り、ヤギ肉なら口にする人もいるが、家の台所には絶対に肉は持ち込まない、という人も多い)

そうかと思えば、ネワール族は、ヤギや水牛の肉を少しも無駄にせず、色々な調理法で調理し、食す。内臓、脳みそなども、捨てたりはしない。(でも、牛肉は食べない)

シェルパ族やタマン族などは、牛肉を食べることに抵抗がない人も多い。