カトマンズなどの都市部では、ネパール人同士、ネパール語を使った会話の中にも、英単語が使われることがよくある。もう、その単語自体が、ネパール語になってしまっているように、使われる。
たとえば、相手に迷惑をかけてしまって、謝るときなどに、
「ごめんなさいね。ディスターブ(disturb)だったでしょう?」
などと使ったりする。
以前、上記のセリフを、村出身で、学校に一度も通ったことのない女性に、言われたことがあった。彼女はネパール語の読み書きもままならず、英語はもちろん一度も習ったことはないのだが、ディスターブ(disturb)という単語は、いつも当たり前のように使っていた。ディスターブに相当するネパール語の単語が、ちゃんとあるにもかかわらず。
私たちが運営する宿で働いている女性スタッフ19歳と会話をしていても、英単語がらみで面白いシーンに遭遇することがよくある。
彼女もまた、村出身で、生まれてからこれまで一度も学校には通ったことのない子だ。ネパール語の読み書きは、農作業の合間に独学で覚えたらしいのだが、英語においては、英語の『え』の字も知らない女の子だった。だから、カトマンズに出てきたばかりの頃は、彼女と会話をするときは、純ネパール語を用いなければならず、単語選びに気を使った。
たとえば、部屋の掃除を教えるとき。カトマンズでは普通に使われる英単語を交えながら説明しても、彼女は何も分からなかった。たとえば、
「トイレット(toilet)はこうやって掃除するのよ」
といっても、『???』 という顔をするので、『トイレット(toilet)』という単語を『バスルーム(bathroom)』と置き換えてみても、やっぱり彼女には通じない。普段めったに遣うことのない、該当ネパール語を使って、説明をしなおしたりもした。
また、
「トイレットペーパー(toilet paper)、ちゃんと用意した?」「これからそっちにいくから、外のゲート(gate)を開けておいてね」「今日はこれからゲスト(Guest)がくるから、ビジー(busy)になるわよ」
などといっても、やっぱり通じなかった。ちなみに、これらの英単語は、カトマンズでは多くの人が、英語と意識することなく普通に使う単語である。それが、彼女と話すときには全く通じないので、とにかくすべて純ネパール語で話さなければいけなかった。
大体どの単語にも同意味のネパール語があるから困らないのだが、さすがに、『トイレットペーパー』を伝えるのは大変だった。ネパール人は基本的に、用を足した後、トイレットペーパーは使わない。水がある場所では水、山奥の村などでは、石や葉っぱ、太い枝などを使って、お尻をぬぐう。(汚い話で恐縮だが、私も以前、村を訪れたとき、用を足した後、葉っぱでぬぐって過ごした経験がある) このような実情もあり、村から出てきたばかりの彼女は、『トイレットペーパー』という存在自体を知らなかった。だから、用を足した後ガイジンは薄い紙でお尻をぬぐうのだ、という概念から、理解させる必要があったのだ。
さて、そんな彼女と先日話していたら、難しい英単語をさらっと口にしたので、びっくりしてしまった。
「明日、ゲストが来るかもしれないから、部屋の準備をしておいて。でも、宿泊しないかもしれないから、がっかりしないでね」
という私の言葉に、彼女はこう答えたのだ。
「わかったわ。泊まるか泊まらないかは、コンファーム(confirm)じゃないのね」
思わず私は、え、今なんて言ったの?と彼女に聞いてしまった。今、confirmって使った?
すると彼女は、当たり前の顔をして、そうだけど?(それが何か?)という感じで、不思議そうに返答した。confirmという単語が、英語とかネパール語だとか、そいうことは別に彼女には関係なく、こういう状況のときに使える単語、として、カトマンズに出てきて8ヶ月の間に習得しただけのことだった。
その後、ゲストから送られてきた、彼女宛のはがきの話に話題が移った。以前、宿に長期で滞在してくれたゲストが、ニューヨークに行ったときに、宿で働いていた彼女宛に、はがきを送ってくれていたのだ。(お礼が遅れましたが、無事に届いています。ありがとうございます)
1ヶ月ほど前に、無事にカトマンズまで到着していたのだが、英語で書かれた内容を、彼女が分かるはずもなく、スタッフの1人が、ネパール語に訳して読み聞かせることになった。
『今私はニューヨークにいます』 『ニューヨークは、世界でも大きな都市です』 ・・・ニューヨークって言うのは、アメリカの大きなシティ(city)のことだよ。
『ここは、夜景がとてもきれいです』 ・・・ニューヨークっていうシティ(city)はね、一年中ティハール(ネパールで11月頃行われる光の祭)みたいに、夜になるとたくさんの電気が光るんだって。
ふーん、といいながら、分かったような、分からないような顔をして聞いている彼女。そんな彼女の顔を見ていて、私は、もしや、と思った。彼女の、腑に落ちない顔。もしかして、シティ(city)という単語の意味が、分からないからではないのか? そう気づいて、彼女に聞いてみた。すると案の定、彼女はシティの意味を、分かっていなかった。
コンファーム(confirm)やディスターブ(disturb)という単語は分かるのに、シティ(city)という単語は分からなかった彼女。日本人が持っている、英単語習得順序の概念から考えると、なんだかおかしいギャップ。でも、ここではよくある話でもある。
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