ブログ移転のお知らせ

当ブログは、2021年12月より新ブログにて発信しています。新しい記事については 移転先→新日々のネパール情報 をご訪問ください!今後ともよろしくお願いいたします。

2015年5月11日月曜日

地震発生当日(4月25日)のガイドの状況(6) (パタン訪問中)

 
2年に一度改定されるガイドブック地球の歩き方。8年前より私も改訂前の最新調査取材のお手伝いをさせていただいている。けっこうな量があるので、スタッフたちにも手伝ってもらって。

次回は、今年7月改訂予定で、それに先駆け2月頃から調査が始まり、最終の調査を5月半ば頃までに終わらせるべく準備をしていたところだった。

4月末期限の調査依頼もいくつかあったのだが、電話確認だけだと十分把握しきれない内容がパタンにあり、25日(土)休日を利用してパタンへ行く用事がある、という女性事務スタッフのPに、調査をお願いしていた。

パタンダルバール広場に向かうべく、入口よりやや東側の、駐車場がある付近を歩いていたときに地震発生。

何が起きたかわからずしゃがみこむ。周りでは叫び声が聞こえる。そのうち、ダルバール広場方面から白い煙が上がるのが見えたと。

広場内の寺院がかなり倒壊しており、倒壊時に巻き起こった埃だったようだ。

・・・

私も、地震発生3日目の427日にパタンダルバール広場を訪れた。あちこち崩れた建物を見てきた後で、もう気持ちがいっぱいいっぱいで写真を撮ることができなかった。

その後、地震発生からちょうど2週間たった5月9日にも用事があり訪れたのだが、瓦礫はかなり整理され、整然とした様子に変わっていた。(写真2枚)

現在、一般観光客の立ち入りは制限されている。


・・・ 

ちなみに彼女の家はカトマンズ旧市街のアサンにある。レンガ造りの古い建物が密集する地区。家は全壊は免れたものの亀裂が入り一部崩れ、もう住めない状態になってしまった。
 
もともとアサン出身のため、帰れる場所がない。代々ここに住んでいて、早くに亡くなった父親との思い出もある家。地震発生から数日後、身の回りの物を取り出すため一時帰宅していたのだが、余震を恐れ長いできなかったと。戻ってきた後、泣いていた。

父親がいないから、彼女が家計を支えている。母親と、弟とその妻も同居していて、妻は地震後一週間後に出産。今は新生児含め5人で、親戚の家を転々としているそうだ。
 
いろいろとドラマが多すぎて、言葉にならない。

・・・ 

0 件のコメント:

コメントを投稿