ブログ移転のお知らせ

当ブログは、2021年12月より新ブログにて発信しています。新しい記事については 移転先→新日々のネパール情報 をご訪問ください!今後ともよろしくお願いいたします。

2016年2月26日金曜日

ネパール飛行機事故

2月24日ポカラ発ジョムソン行が墜落し乗員乗客23名が犠牲になったばかりだったが、本日また国内線事故が起きた。

昼過ぎネパールガンジを発ったジュムラ行カスタマンダップ航空機がエンジン故障(?)で緊急着陸し、乗員2名が無くなったというニュース。

約10年の間に起きた記憶に残っている国内の飛行機事故をあげても次の通り。外国人トレッカーの利用も多い山岳路線のジョムソン、ルクラ路線での事故が目立つ。また、ジュムラも、ララ湖方面への最寄空港。

2016年2月26日カスタマンダップエア ネパールガンジ発ジュムラ行
乗員乗客11名中2名死亡

2016年2月24日タラエア ポカラ発ジョムソン行
乗員乗客23名全員死亡
http://tokuhain.arukikata.co.jp/kathmandu/2016/02/post_215.html

2014年2月16日ネパールエア ポカラ発ジュムラ行
乗員乗客18名全員死亡

2013年5月16日ネパールエア ポカラ発ジョムソン行
乗員乗客21名全員生存(日本人8名含)
http://dailynepal.blogspot.com/2013/05/blog-post_16.html

2012年9月28日シタエア カトマンズ発ルクラ行
乗員乗客19名全員死亡
http://dailynepal.blogspot.com/2012/09/blog-post_28.html

2012年5月14日アグニエア ポカラ発ジョムソン行
乗員乗客21名中15名死亡
http://dailynepal.blogspot.com/2012/05/blog-post.html

2011年9月25日ブッダエア カトマンズ発マウンテンフライト
乗員乗客全員19人死亡(日本人1名含)
http://dailynepal.blogspot.com/2011/09/blog-post_25.html

2010年10月12日シタエア カトマンズ発ルクラ行 (オーバーラン)
乗員乗客全員生存

2010年8月24日アグニエア カトマンズ発ルクラ行
乗員乗客14名全員死亡(日本人1名含)
http://dailynepal.blogspot.com/2010/08/blog-post_24.html

2008年10月8日イエティエア カトマンズ発ルクラ行
乗員乗客19名中18名死亡、生存1名(機長)
http://dailynepal.blogspot.com/2008/10/blog-post_08.html


これ以外にも、ヘリコプターの事故、着陸に失敗した国内線事故など、いくつかあったように記憶している。

もう少し古い事故で記憶に残っているのは、2004年10月のカトマンズ発ルクラ行シタエア胴体着陸。ウチのガイドとゲストが乗っていて、今思い出してもぞっとする。

・・・ 

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

2016年2月19日金曜日

BS-TBS「世界の窓」タンボチェ僧院編 2月19日放送


BS TBS 世界の窓
http://www.bs-tbs.co.jp/journey/KDT0700400/

放送日
2016年2月12日22:54~23:00 バクタプルの窓
2016年2月19日22:54~23:00 タンボチェの窓
2016年3月11日22:54~23:00 クムジュンの窓
2016年3月18日22:54~23:00 パタンの窓

昨年撮影コーディネートさせていただいた分、19日はタンボチェの僧院の窓が放送されます。

是非ご覧ください!

・・・

2016年2月17日水曜日

ネパール国内線料金値下げ(2016年2月18日より)

2015年9月以降続いていたインドからの経済制裁により、一時的に値上がりしていた国内線料金ですが、2月18日発券分より、経済封鎖前とほぼ同料金に戻ることになりました!

旅行者の利用の多い主な路線の、2月18日以降発券分料金は、以下の通りです。

≪片道国内線料金(燃油料+空港利用料込)≫
 カトマンドゥ~ポカラ間 126USドル
 カトマンドゥ~ルクラ間 161USドル
 カトマンドゥ~バラトプル(チトワン)間 114USドル
 カトマンドゥ~バイラワ(ルンビニ)間 145USドル
 カトマンドゥ発マウンテンフライト 203USドル

他の主要ルートの新料金については、私の経営する旅行会社の国内線運賃のページに掲載していますのでご参照ください。

http://www.himalayanactivities.com/domesticflight.htm

・・・

2月16日までに国内線料金お問い合わせいただいた方には、旧料金(例:カトマンズ~ポカラ間の場合136USドルまたは147USドルなど)で回答しておりましたが、いずれも、上記新料金に変更になります。

燃油料自体は経済封鎖前よりも安くなっているというニュースもあり、今後さらに値下げになる可能性もあるため、2月後半以降の予約分についても発券はもう少し保留にしたいと思っています。

2016年2月14日日曜日

バレンタインデー



カトマンズでも若者たちは意識しているバレンタインデー。

大通りには、普段は見かけない、品揃え「赤いハートだけ」の風船売りがいて、苦笑。

朝見かけて思わず振り返り、夕方また同じ場所で見かけて、話を聞くついでに2つ購入。1つ25ルピー(約30円弱)。「ちょっと高すぎない~?」ととりあえず茶々を入れてみたが、地元民も同じ価格を払っていた。

聞くまでもなくバレンタイン向けのこの風船、1日でかなりの数が売れるとのこと。

購入した2つの風船は、しばらくは仲良く寄り添いながら自宅天井にくっついていたが、徐々にガスが抜け下がり始め、数時間後にはへなへなと床に落ちてしまった。

「浮ついた愛」の象徴のよう。せめて一晩ぐらいは持ってほしかったなあ。

・・・ 

ところで、この日ホテルやレストランではバレンタイン向け特別イベントが催されるところも多い。

高級ホテルで用意されている特別ディナーなど、カップル料金が日本円で税込1万円近くするところも。対象は現地人。

月給1万円行かない庶民も多い中、一晩のディナーで1万円以上惜しげもなく使える現地人がけっこういるのもネパールの現実。

2016年2月12日金曜日

一ヶ月29日ある月(ネパールの公暦ビクラム暦10番目のマーグ月)

今日はネパール公暦ビクラム暦だと、10月(マーグ月)の最終日。

今月は29日まであった。

西暦だとうるう年にしかない、一ヶ月29日の日だが、ビクラム暦ではたいてい毎年一回は、一ヶ月29日の月がある。

他にも、一ヶ月32日までの月もあったりて、不思議な感じがする方もいるかもしれない。

2016年2月11日木曜日

BS-TBS「世界の窓」バクタプル編 2月12日放送

BS TBS 世界の窓
http://www.bs-tbs.co.jp/journey/KDT0700400/

放送日
2016年2月12日22:54~23:00 バクタプルの窓
2016年2月19日22:54~23:00 タンボチェの窓
2016年3月11日22:54~23:00 パタンの窓
2016年3月18日22:54~23:00 クムジュンの窓

昨年12月の撮影の際、窓探しリサーチから許可証手配まで、全面的にコーディネートさせていただきました。

2008年にも同番組の撮影コーディネートさせていただき(放送は2009年4月~5月)、2回目となりました。

・・・ 

「世界の窓」は私たちにとって忘れられない番組です。

それまで、部分的に撮影に関わらせていただいたことはあったのですが、事前リサーチから許可証手配、現地コーディネート等、すべてをまとめて手配したのは、前回2008年のこの番組がはじめてだったのです。

あれから8年、今でこそネパール人スタッフたちの撮影同行経験も豊富になり、現場コーディネート・通訳等、すべてを任せられるようになりましたが、当時は初めてのことばかり。しかも私が産後4か月経たない時で、ネパール人スタッフの協力と、日本からの撮影スタッフの方々のご理解もあり、乳飲み子を抱えながら撮影に同行したのでした。今考えると無茶をしました(汗;)。

この番組あってこその私たちで、2回目の今回も撮影協力させていただけたことを、心から嬉しく思っています。

ひとつが5分と短いですが、品のよい素敵な番組です。是非ご覧ください。

2016年2月4日木曜日

チュチェパティの地震被災者テント村


世界遺産ボダナート近く、チュチェパティ地区にある地震被災者テント村。

昨年4月25日と5月12日の大地震で家を失って以来、10ヶ月近くここで生活し続けている人たちが、まだたくさんいる。

1月29日付けの当ブログで、偽被災者もいる、というような書き方をしてしまい、気になっていた。訂正の意味もかねて、現在の状況を書いてみたい。

住人によると、一時期よりもテント数は減ったが、それでもまだ500近い数は残っているのでは、と。

このあたりでアパート暮らしをしていた人たちが多いと思う、と住人。全壊は免れても、亀裂が入ったりして住む場所がなくなり、行く当てもなく、仕方なくこの場所で暮らし続けているのだと。

トイレと水については、支援があるとのこと。ユニセフの名入トイレが、何か所かに設置されていて、消毒薬の匂いが漂っている。


しかし、2月末頃までに完全撤去の噂が流れているようで、住人たちは不安を抱えていた。

食糧は、以前は定期的に配給があったが最近は減ってきていると。テント内にLPガスとコンロを置いたり、外にかまどを作ったりして、自炊している。


居住テントの近くに畑を作り野菜を栽培している人や、次の写真のように鶏を飼っている人もいて、「避難所」ではなくすでに生活の場として定着している光景に、たくましさを感じるとともに、複雑な思いも。



<竹籠の中に鶏がいる>


<写真中央に、放し飼いの鶏>


近く(ほぼ隣)には、高級ホテル・ハイアットや大手スーパーマーケットがある。すぐ横には交通量の多い通りも。周りは住宅地。

このような場所に、これだけの規模のテント村が残っていることが、衝撃的だ。



(実は、来週予定されている日本の某ニュース番組の被災地取材のため、事前リサーチで訪れました。テレビでは、「一度に衝撃的な様子が映せる被災地」が好まれることに釈然としない思いを感じつつも、、、)

2016年2月2日火曜日

薬に書かれた手書きの印


ネパールの薬局で薬を買うと、必ず ○_○_○ や ○‾○‾○ というような印を書いてくれる。

写真上は目薬で、薬剤師さんが使用方法を説明しながら、箱に ○○-○○-○○ と書き入れてくれた。

これ、「1日3回、2滴ずつさしなさい」という意味。

ネパールには都市部でも非識字者はいて、そのような人たちでも使用(服用)方法を間違えないように、という配慮から、わかりやすく手書きで書き入れてくれるのだ。




液体薬には「1日3回12mlずつ服用」の意味で「12ml ○‾○‾○」と。

非識字者の人たちにとっては「12ml」の意味が分からないかもしれないが、大丈夫。

服用の際使う付属軽量カップの12mlのところに、マジックで線を書き入れてくれるから。そこまで薬を入れればOK。

使用(服用)方法を忘れて説明書きを読まなくても、一目瞭然でわかるから、けっこうありがたい。

2016年1月29日金曜日

ボダナート(震災9ヶ月目)とテント村


昨日近くを通ったので今年初めて立ち寄ったボダナート。

修復工事が進められていて、最近は行くたびに違った外観となっている。

地震から一週間 2015年5月2日の様子


ボダナート近く、某高級ホテル隣の広場には未だ残るテント村。



住む場所を失った本当の被災者もいれば、偽被災者もいるとかいないとか。

テント暮らしとあまり変わらないような質素な部屋一室を安くで人に貸し賃貸料を現金収入に充て、本人はここでテント生活を続けている輩もいるよ。番号が書かれているテントに住んでいれば、ささやかながらも援助がうけられるからね、と、近づいてきたテントの住人が一方的にしゃべって去っていった。

2016年1月26日火曜日

シャバレ


何度もツイートはしているのだが、ブログには初登場のオフィスのカジャ、シャバレ(Syabhale/स्याभाले)。

小麦粉を練った皮でジャガイモやグリーンピース、ネギ等を混ぜた具を包んだ、ピロシキにも似た一品。レストランのものは、ひき肉入りが多いようだ。





揚げるのが一般的なようだが、先日賄スタッフが作ってくれたものは蒸してあって、これはまたヘルシーな感じでよし。

アチャールはいつもトマト味のピリ辛。山椒が効いている。

2016年1月22日金曜日

TBS「世界遺産」生き神の少女がすむ古都 ~ カトマンズ盆地(ネパール)

TBS「世界遺産/生き神の少女がすむ古都 ~ カトマンズ盆地(ネパール)」
1月24日(日)18時~

公式HP http://www.tbs.co.jp/heritage/
公式FB https://www.facebook.com/heritage.TBS公式ツイッター https://twitter.com/heritage_TBS

昨年9月に撮影コーディネートさせていただきました。
昨年末にも放送20年スペシャルで一部放送されたのですが、24日は全編カトマンズ編となります。


撮影時から月日が経っていますが、現地の状況は変わっているような、ほとんど変わっていないような、、、。

是非ご覧ください。

ネパール国内線値下げ(2016年1月20日より)

2015年9月末以降続いているインドからの経済封鎖により、燃料危機に陥っているネパール。

その影響もあり、11月10日以降、国内線料金が大幅値上げとなっていましたが、1月20日発券分よりやや値下げとなりました。

当初に比べれば、燃料がやや入手しやすくなったことと、世界的に原油価格が値下がりしていることが理由のようです。

旅行者の利用の多い主な路線の代金は、以下の通りです。

≪片道国内線料金(燃油料+空港利用料込)≫
 カトマンドゥ~ポカラ間 136USドル
 カトマンドゥ~ルクラ間 168USドル
 カトマンドゥ~バラトプル(チトワン)間 122USドル
 カトマンドゥ~バイラワ(ルンビニ)間 157USドル
 カトマンドゥ発マウンテンフライト 224USドル

他の主要ルートの新料金については、私の経営する旅行会社の国内線運賃のページに掲載していますのでご参照ください。

http://www.himalayanactivities.com/domesticflight.htm

2016年1月18日月曜日

TV東京「日曜ビッグスペシャル・世界の秘境に嫁いだ日本人妻」1月17日放送

TV東京 日曜ビッグスペシャル「世界の秘境に嫁いだ日本人妻」密着!

昨日1月17日夜放送された分です。

11月に撮影協力させていただきました。

秘境(?)にお住まいの日本人妻さん、ちょうど1年前、別の番組の撮影協力で撮影を進めていた際たまたまお見かけし、当時撮影に同行していたスタッフたち「秘境(?)系で使える!」とチェックさせていただいておりました。

・・・

17日に一時帰国からネパールに戻ったのですが、帰途のばたばたで事前告知しそびれてしまいました。

撮影同行していた私たちのスタッフ(ラグ、パサン)も、ちらほら映っていたようです。

また、私たちのオフィスで撮影していただいた分も流れ、事務スタッフたち(ヒラ、パリサ)も映ったようです。

あ!と思ってくださった方もいらっしゃるかもしれませんね。

2015年12月31日木曜日

2015年のネパールを振り返る


今年2015年は、ネパールにとって激動の1年でした。

旅行業に携わる者としての視点から、大きな出来事3点を振り返ってみたいと思います。

・・・

3月4日早朝、トルコ航空機のカトマンズ空港着陸失敗事故。

この影響で3月7日午後までの3日半カトマンズ空港国際線が閉鎖。ネパール入りできない旅行者、ネパールから出国できない旅行者であふれました。

事故の瞬間、事故現場からも近いヘリポートと上空にスタッフが出ていて、現場の生々しい様子を報告してくれました。


私ごとですが、この事故のちょうど1か月前に祖母が亡くなりました。その10日前に一時帰国からネパールに戻ったばかりだったこともあり、両親にも帰国しなくてよいといわれ、私自身そのつもりで一晩明かしたのですが、祖母との思い出を思い出すとやはりいてもたってもいられず。

出棺の15分前に斎場に到着する、という緊急帰国をしたところでした。

しかし、もし事故が1か月早く起きていたら、空港閉鎖で帰国するすべはありませんでした。

いろいろな事を覚悟して生きていかないといけないなあ、などと思っていたその一か月半後、

・・・

4月25日、マグニチュード7を超える大地震発生。その後も大きな余震が続き、5月12日には再びM7越えの地震が。この間の事を思い出すと、言葉にできない感情が沸き起こります。

最初の地震から10日間、未明から夜まで記者の方に同行し各地周りました。たくさんの光景を見、その都度現場からツイートさせていただきました。

忘れられない光景がたくさんある中で、地震のことを思い出すたびにかならず浮かぶ光景が、冒頭の写真です。4月28日18時半過ぎ、救援活動が行われていたカトマンズダルバール広場を後にする際、ふと振り返って目にした夕焼け。地震が起きて、今、自分が非日常の中にいるということを、一瞬忘れたきれいな夕焼けでした。

・・・ 

9月末から現在まで続いているのは、ネパールの新憲法に不満を持つインドからの経済封鎖。最初の1か月ぐらいは街を走る交通量も一気に減り、この先どうなってしまうのだろう、という不安に駆られました。

ガソリンスタンドは今もほとんど閉まっているままで、私自身、9月半ばに給油して以降、今日まで3か月以上一度もガソリンスタンドでは給油できていません。

しかし、一時期減っていた街を走る車の量も、今は平常時並みに戻っているのは、皆が闇ルートで燃料を入手するようになったから。闇で燃料を売り、平常時以上の儲けを得て、経済封鎖の恩恵を受けてほくそえんでいる人たちもいるのだなあと、実感させられます。

調理ガスがなくなり薪とかまどで調理する一般家庭やレストランも増え、風情を感じるものの首都カトマンズにとっては異常な光景は、今でもあちこちで見られます。

毎朝の通り道にある調理ガス販売店には、今朝(30日朝)もたくさんの人がガスを求めて群がっていました。


噂では、近日中に経済封鎖解除になるかも、ともささやかれていますが、どうなるのでしょうか?

・・・

他にも、いろいろな事があった1年でした。

2016年は、災害や危機の無い平穏な1年であってほしいと、切に願います。

今年もありがとうございました。

2015年12月27日日曜日

ネパール製の車椅子


4月25日の大地震で倒壊した家の下敷きになり、脊髄損傷し下半身不随となったガイドの義妹サパナ(20歳)。


地震で何らかの被害にあい、何かを失った知人は多いが、そのほとんどが人的被害はなかった中で、若い彼女が失ったものは大きく、当時から気になっていた。

夏ごろ、リハビリセンターを離れカトマンズに住む親戚宅(ガイドのアパート)で暮らし始めた。

その彼女のもとを、本日訪問。

幼い日の事故により下半身不随となり車いす生活を送っている14年来の知人(ネパール人女性)と、彼女の夫(理学療法士としてネパールで活躍されている日本人)のご厚意により、ネパールで作られたという初の車椅子をサパナに届けるため。

車いす利用歴の長い知人によると、ネパール製の車椅子はまだまだ改善の余地が大ありだとのことだが、利用者の声を反映しながら、作り変え、乗りやすい物を目指していくそうだ。

そしてなにより、ネパール製の車いすは、故障しても自国で部品を調達できすぐに修理できるのが強みらしい。

・・・

誰かに頼らなくては移動することもできず、また、外出する気持ちにもなれず、退院してからもずっとベッドの上で過ごすだけの日々だったというサパナ。

でも、この車いすで室内を動き始めることが、何かのきっかけになればいいなあと、心から思う。





ところで先日は、6月のブログを見て下さった読者の方が、彼女にお花のギフトを届けたい、とオフィスに相談に来てくださった。

日本で花に関わるお仕事をされているそうで、東日本大震災の際には、花を使った癒しのお手伝いもされていたとのこと。

親族を通して訪問の可否を打診。サパナ自身外出することにまだ抵抗があるが、訪問者がいると気分転換にもなるとのことで直接訪れていただいたところ、サパナもとても喜んでいたそうだ。ありがとうございました!

2015年12月19日土曜日

ささやかな手作り結婚パーティーと仲間たちの集い


数年継続で勤務してくれている、オフィスの女性事務スタッフ(ヒラ)が今月初めに結婚。

実家があるシンドゥパルチョウクの村(カトマンズから車で片道4時間)で結婚式と披露宴を行うとのことで、1か月前に招待状をもらっていたのだが、ちょうどオフィスが忙しく人手不足の時期とかさなってたこともあり、関係者誰も参列できず。

で、昨日、スタッフやガイドたちを集めオフィス屋上で手作りパーティー開催。



オフィス賄用の調理ガスも残りわずかで、近々かまど&薪調理に切り替えないとね、なんて話もしていたところだったので、これを機に準備も兼ねて、屋上に即席でこしらえたレンガのかまどで調理。


日本人だと、地べたの直置き配膳に抵抗を感じる人も多いかと思うが、これがこちら流。

パーティーとは言えども、勤務中の昼食時間を利用したささやかなものなので、ご馳走は簡素に、ヤギ肉、鶏肉のカレ―と、チウラ(乾し飯)、プラウンチップス、のみ。



参加したガイドたちに、お祝いの「カタ」をかけてもらい、カタに埋もれる新郎新婦。



今回はガイドたち20人ほどしか集まらなかったけれど、6月に実施した地震後の近況報告会ぶりに、にぎやかな時間を過ごす。

毎年1月に、こういう雰囲気で新年会を屋上で行い、その際、ささやかながらすべてのスタッフ・ガイドたちに「お年玉」を渡しているので、「まさかみんな、お年玉期待して集まってないよね?」「ご祝儀もらえるのは新郎新婦だけ!今日はキミたちが渡す役。お年玉は3週間後だから!」なんて冗談も出て、皆で沸いたりして。

2015年12月16日水曜日

続:I AM IN NEPAL NOW


一昨日(12月14日)、久々にスワヤンブナート寺院を訪れた。

入場カウンターで領収書と共に、I AM IN NEPAL NOW のステッカーも配布していた。

ガイドたちに確認すると、11月中は配っていなかったようだから、12月に入ってからの対応だろうか?



私が前回訪れたのは8月だったが、周辺の崩れた塔など、今も修復されることなく残っていた。仏塔は、台座のひび割れが相変わらず浮かび上がっていて、いびつな形が今も痛々しい。(写真の仏塔は一昨日撮影したもの)

・・・

ところで「I AM  IN NEPAL NOW」には、どういう意味があるのか、という質問をツイッターでいただいた。

前回同じタイトルで当ブログに記事にしたのは8月。


地震で途絶えた観光客を呼び戻そう!という趣旨で始められた企画だった。

その後、地震とは関係のない、深刻な燃料危機に陥り、二重の打撃を受けた旅行界。

航空券や車代も上がり、レストランなどでも、調理ガスを闇で入手したり、薪調理に代えたりしたことにより、値上がりしている店も増えている。

それでも、こういう不利な状況を理解した上で、年末年始にネパール入りを予定されている方も多く、私たちのところでは、地震後久々に、例年並、いや、それ以上の予約が入っている。

秋のトレッキングシーズンはぱっとせず、地震後の片づけもあり村に帰省し多くの時間を過ごしていたガイドも多いが、12月に入ってから続々とカトマンズに戻ってきて、またオフィスがにぎわい始めている。

毎冬恒例の長時間の停電に加え、今年は燃料危機の影響で、さらなる不便を強いられそうなネパール旅行ですが、計画してくださるすべての方に感謝です!

・・・ 

ところで1枚目の写真、背景を見て、スワヤンブナートではないことに気づいた方がいたら、かなりのネパール通かも。

スワヤンブナートを訪れた翌日、カトマンズ空港を訪れた際、空き時間に、駐車場で撮りました(笑)。

2015年12月12日土曜日

伝統服チョロを着せられた犬


寒くなってきているカトマンズ。

日中、日が差している中を動き回っていると汗ばむほどだが、日陰に入ったとたんに肌寒さを感じる。一日の中での気温差だけでなく、場所によっての気温差も激しい。

冬になり、服を着せられている犬を何回か見かけた。オシャレ着としてではなく、明らかに防寒用、といった感じで、どう見ても服は、犬用ではなく人間の幼児用。

先日オフィス近くで見かけたこの犬は、甚平に似たネパールの伝統服・チョロを着せられていて、思わず二度見し、立ち止まってしまった。

あたたかそうで似合っていてかわいすぎ!

2015年12月8日火曜日

薪でつくった揚げたてセルロテイ


自宅近所のチョウタラ(地元の人たちが集う、菩提樹がある休憩所)の脇にある掘っ建て小屋。

地元の小さなチヤ&セルロティ屋だが、いつも繁盛している。

しかし、ここでも燃料危機の影響をもろに受けていて、9月末以降調理ガスが尽き、セル作りを中止していた。



しかし昨日通りかかると、小屋の前にある空き地の隅にこしらえた小さなかまどで、セルを揚げる姿が。(右側にあるのは鶏小屋)

通勤途中に発見し、横目で見ながら50mほど通り過ぎたのだが、揚げたてのセルに惹かれ、道を引き返した。

聞くと、3日前から薪で再開したそう。普段でも美味しい、ここのセルロティ。薪で作ったのはさらにおいしいはず。食べないわけにはいかないでしょ!

ということで、オフィスの朝のお茶請け用に、購入。





セルロティとは、粗挽きの米粉が原料の、油の上にぐるっと液を垂らして揚げる、型抜きではない輪っかが素朴なドーナツ。

薪調理で苦労を強いられている飲食店には申し訳ないが、こうやって、平常時には食べられない、薪調理の美味しい食べ物を食べることができるのは、嬉しかったりして。

2015年12月4日金曜日

ネパール旅行関連団体の平和的ラリー



本日昼前からタメル周辺で行われた、旅行関連団体による平和的ラリー。

トレッキング協会、登山協会、観光協会、ホテル協会、ガイド組合・・・等々、他、多々ある旅行関連団体が団結し、観光業を盛り上げていくべく、カトマンズダルバール広場をめざしゆっくり行進した。




ホテル協会のバナーを掲げ歩いている人たちの中には、ホテル内レストランのシェフだろうか、シェフ帽をかぶり参加している人の姿も。



たくさんの人が、わきあいあいと、ダルバール広場を目指し歩く。




4月の地震と、9月末以降継続中の燃料危機で旅行者が激減しているネパール。

観光業・レストラン業に関わる人たちは、皆、口をそろえて言う。「地震の影響はそれほどでもなかった。今の燃料危機のほうがきつい。2001年王宮事件のあとも、その後マオイスト問題が勃発していた時も、ここまで客足は途絶えなかった。こんなことは初めてだ

でも考えようによっては、これら一度に起ってくれてよかったのかもしれない、と言う人たちも多い。

未曾有の出来事はすべて今年(※)降りかかってくればいい。地震、燃料危機、そして次に何が起きても、覚悟はできている。でも、すべて今年(※)で終わりにして、来年からはまた観光業に活気を取り戻したい、と。

・・・ 

最近、今の気持ちやメッセージを書いた紙を掲げ、誰かに静かに訴える行動を、あちこちで見かける。

一見、誰に向けて訴えているのかよくわからず、何の意味があるのか疑問に思えるものも多いが、それでいいのだ。今年(※)初めから皆がずっと抱えている不安な気持ちを共有し、結束力を高め、今を乗り切る活力が生まれる機会になるのだから。

現に私も、写真を撮るためだけに出かけたら、ホテル従業員、フリーランスのガイド、同業者、などたくさんの知り合いから「写真なんて撮ってないで、一緒に行こう!」と声をかけられた。こんな状況だけど皆楽しそうで、明るい気分になりながら、オフィスに戻った。

・・・

(※)今年というのは、ネパール公暦ビクラム暦の今年のこと。2015年4月半ば~2016年4月半ばまで。今年始まってすぐ(4月25日)に大地震が起きた。それ以降、皆、大なれ小なれ何かに不安を感じながら、日々過ごしている。