ブログ移転のお知らせ

当ブログは、2021年12月より新ブログにて発信しています。新しい記事については 移転先→新日々のネパール情報 をご訪問ください!今後ともよろしくお願いいたします。
ラベル 日本帰国中の話題 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日本帰国中の話題 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年1月24日火曜日

富士山


日本一高い山の標高が3776mしかないとネパール人に言うと「それ山じゃなくて丘じゃん」と失笑されるが、富士山はその姿が美しく見とれてしまう山。


写真上:中央自動車道移動中に見えた景色。
写真下:香港発羽田行機内から見えた景色。

ところで、帰国中、羽田→大分間を国内線移動する機会があり、富士山見たさに右側の席を取っていたのだが、下界に見えるのは一面雪景色。富士山は左側の窓から見えていた様子。

以前時々、羽田→宮崎間を移動した際には、右側の席から富士山が見えたので、同じ九州路線、どれも右側から見えるものと思っていったら、大分路線では内陸部を飛ぶんですね。それともたまたまかな?

関連記事:
↓4年前、富士登山をしたスタッフたちの感想
ネパール人の富士登山

2017年1月19日木曜日

神奈川県庁の看板に見たネパール語


一時帰国中の出来事。

神奈川県庁の横にあった「ようこそ、神奈川県庁へ」の看板。いろいろな国の言葉の中に、デバナガリ文字を見つけ、足を止める。


ヒンディ語だろうなあ、と思ってよくよく見ると、ヒンディ語(下から4番目)はもちろん、ネパール語(下から2番目)も。

私が生活の拠点を日本においていた1990年代頃までは、役所のチラシなどの外国語訳といえば、英語、中国語、韓国語他、時々ポルトガル語ぐらいだったように思うが、今やネパール語も入ってるのかー、と驚くとともに、日本在住ネパール人増えているみたいだからなあ、と納得も。

2017年1月12日木曜日

無印良品の広告にぎょっとする


一時帰国中の出来事。

横浜は関内近辺を歩いていて、バス停にあったこの広告が目をひく。一度は通り過ぎたものの、本能的に引き返し、二度見。アイアムムジだってー!すごいー!やばいー!おもしろすぎるー!と一人興奮しつつ、思わずパチリ。

ネパールの人たちと共有せずにはいられず、カトマンズにいる知人たちにその場で画像送信!

ムジって、とても下品な言葉で、うまい和訳が思いつかないのだけれど、以前の記事もご参照ください。

2015年2月25日水曜日

鳥の顔のような極楽鳥花(ストレリチア)


極楽鳥花(ストレリチア)、というのだろうか。鳥の顔にもみえる、この花。

庭に3本あって、一本は最近枯れてしまったのだが、残り二本は昨秋よりかれこれ4か月ぐらい咲き続けている。

先日の帰国時に立ち寄った宮崎空港の屋上でも、偶然見かけたこの花。

宮崎では、ブーゲンビリアの花が咲いているのも見かけたし、田園の風景も何となくカトマンズ郊外を思わせるものがあり、以前から共通点を感じていたのだが、今回この花も見かけて、うれしくなってしまった。

2012年7月29日日曜日

代々木公園ネパールフェスティバルと、道中のちょっといい話



そろそろネパールに戻る日が近づいてきましたが、私、今も一時帰国中でして、7月28日・29日に代々木公園で開催されていたネパールフェスティバルに、29日に冷やかしに行ってきました。暑さが厳しく早々に退散してしまいましたが。

現在訪日中のネパール人スタッフ2名と現地で合流。

また、数年前まで私の会社にいて、現在は日本に住んでいる元トレッキングガイド君に再会する機会もあり、短い時間でしたが、楽しくすごしてきました。

このブログや、ツイッターをご覧のみなさんの中でも、訪れていた方がいらっしゃるかもしれないですね。どこかですれ違っていたことでしょう。

===

さて、横浜の実家から代々木公園までの往復移動途中の出来事を少し。

以前、帰国中、1歳3か月の同行者と都内の電車に乗って、苦い思いをしたことがあり、それがトラウマで、日本での公共手段を使った子連れ移動は、スムーズにいきますように、と、ドキドキしてしまいます。

しかし、その同行者も4歳を過ぎ成長したためか、たまたま今日はいい人たちに巡り合えたためか、気持ちのいい移動になったのでした。

行きのことです。湘南新宿ラインのボックス席を利用し4歳の同行者と座っていると、50歳台の男性が「ここいいですか?」と向かいの席に腰かけてきました。この暑いのに背広姿です。しかも休日なのに。

4歳児は、ネパールにはない電車に気を高揚させながら、履き物を脱ぎ、窓ガラスに手を当てて夢中で外を眺めています。

新川崎駅を過ぎたころ、向かいの男性が、4歳児に話しかけてきました。

「新幹線見たことある?この横に新幹線の線路があるから、もしかするとすれ違うかもしれないよ」

ますます窓に張り付く4歳児。男性も、「もうすぐ来るはずなんだけどなあ」と4歳児の期待を高めます。・・・と、来たー!あっという間にすれ違ってしまった新幹線に、4歳児、ちょっと興奮。

すると男性、今度は「天気がいいと、向こうに富士山もみえるんだけどねえ」と嬉しそうに話しかけてきます。

そして「おじさん、先週の金曜日、富士山に登ってきたんだよ」と。

それまで、適当な相槌しか売っていなかった私ですが、思わず富士登山の話題に乗り出してしまいました。というのは、先週の木曜日、現在訪日中のネパール人スタッフ2人も、富士登山をしてきたからです。

「一日ずれていたら、どこかですれ違っていたかもしれないですね」

そこから富士登山のことで話が盛り上がり(私は登っていないのですが)、男性が撮っていた登山中の写真まで見せてもらってしまいました。

そうこうしているうちに、あっという間に下車駅の渋谷に到着。

たまたま乗り合わせた見ず知らずの人と、こんな会話を楽しめるとは。日本の都会も捨てたもんじゃありませんね。「楽しい話をありがとうございました」とお礼を言って下車しました。

ちなみに、会話の節々からわかったことですが、休日なのに背広姿だった男性、勤務先の新宿の百貨店に向うところだったようです。

帰り道にも、車内で、見知らぬ乗客との気持ちいいやり取りがあり、ネパールに戻る直前の、楽しい外出になったのでした。

2012年4月22日日曜日

業務連絡

今年に入ってめっきり更新回数が減ってしまいました。

ツイッターでの発信がメインになりつつあり、、、。いつものぞいてくださる読者の皆様、申し訳ありません。

過去に比べ、顕著にアクセス数も減ってきており、何とかしなければ、と思いつつ、今に至っています。

さて、前回の記事でお知らせしたテレビ番組、たくさんの方々にご覧いただいたようで、ありがとうございます。

ところで、現在私一時帰国中でして、しばらく、また更新回数が減りそうな感じです。

日本滞在中の面白いネタはあるのですが、当ブログタイトルの「日々のネパール情報」とは関連性のない内容だと、更新するのをためらわれ。

ネパールがらみのネタなどあれば、更新してみたいと思います。

なお、私の一時帰国中も、カトマンズのオフィスとは常につながっており、スタッフたちがいつもと変わらず対応させていただいておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

そろそろGW休暇を利用してネパール入りされる方が増える季節で、日本にいながら私も常に落ち着かない日々です。

GWが明けるとしばらくオフシーズンに入るため、日本滞在満喫できるかなあ、と思っているところです。

日本での問い合わせ先(日本の携帯番号)については、ホームページご参照ください。

2011年10月27日木曜日

久々に

久々の更新です。

10月中一時帰国をしており、今月末にネパールに戻ります。

とはいっても、なかなか日本滞在を満喫できず、日本にいてもスカイプでオフィスとつながり、日本にいる気がしない日も。

相変わらず、一日中メール対応に追われ、一昨日はとうとう1日の返信数100通突破してしまいました。それでもまだ残っている返信もあり、そんなこんなで一時帰国はあっという間に過ぎてしまった感じです。

でも、夕方、近所を歩いて、漂ってくる夕飯のにおいが醤油系で癒されたりと、ささやかなところで、日本滞在を楽しんでいます。

ネパールにいると、同じ状況で漂ってくるのは、マサラのニオイですので。それはそれで食欲そそりますが、そんなん嗅ぎたくない!と思うこともあるわけで。

最近は夕焼けもきれいです。

昔は、自宅(横浜)のベランダからきれいな富士山が見えたのですが、だいぶ前に、ちょうど富士山を遮るようにマンションが建ってしまい、残念ながら夕焼けと富士山観賞を楽しむことはできなくなってしまいましたが。

来週からはネパールからの更新となります。

2010年11月14日日曜日

羽田→バンコク→カトマンズ

もう一週間ほど経ってしまうが、約1ヶ月の帰国を終え、先週はじめにカトマンズに戻ってきた。

毎回利用するのはタイ国際航空(TG)便。

11月1日より、羽田~バンコク間が就航することになったので、復路は羽田発バンコク経由でカトマンズへ。

羽田空港出発カウンター↓



羽田の国際線ターミナルといえば、10年前、ネパールに来る際に、羽田→香港→ネパールという経路で利用したことがある。

当時、羽田の国内線は、改装(拡張?)からそれほど年月が経ってなく、とてもきれいで華やいでいたが、国際線は何もなく殺風景な場所だった。

しかし、今回は小規模ながらに設備も整い、新空港として生まれ変わっていた。

羽田まで、実家から家族に車で送ってもらったところ、20分で到着。APECのため道路規制がされており、通常よりも交通量が減っていたおかげということもあるのだが、成田まで片道約2時間近くかかることを考えると、私にとっては、羽田は近くて非常に便利。

羽田発バンコク行きTG661便は深夜0:20発。スーツ姿のサラリーマン風の人も多かったのは、早朝バンコク到着後、すぐに出張先へ出かけるためなのだろう。

バンコク空港で約5時間ほどトランジット後、バンコク10:30発TG319 便にてカトマンズへ。30分ほど遅延後、離陸。

バンコク空港出発ゲート付近↓



無事カトマンズに着陸すると、誰からともなく拍手が。

以前、何度かネパール航空(RA)便を利用した時に、カトマンズ着陸時に拍手がわいたことはあったが、最近のTG便ではこんなことはなかったので、久しぶりの体験が新鮮だった。

機内を降りたら、これぞカトマンズ、という感じの強烈な日差しと青い空が広がっていた。

2010年10月23日土曜日

代々木公園でのアースガーデンへ

引き続き一時帰国中。

代々木公園でのアースガーデンへ行ってきた。

http://earth-garden.jp/

ネパール関係で交流のある方たちも出店していて、のぞいてみた。いつもはカトマンズでしか会うことのない人たちと日本で再会するのは、なんとなく気恥ずかしいような不思議な気持ちになる。



↑ チベット関連の商品を取り扱うPhoo Chaのブース。




↑ Himalayan Material のブース。

2010年10月10日日曜日

一時帰国中



私事ですが、10月9日より一時帰国中です。

いつも、帰国中もカトマンズのスタッフから送られてくる情報をもとに、ネパールの話題を掲載するようにしていますが、ネパールとは関係のない帰国中の話題を掲載することもあります。ご了承ください。

写真は、10月8日カトマンズ→バンコク間移動の際に乗ったTG320便。カトマンズ空港搭乗前に撮影。

2009年11月4日水曜日

帰国中のこと:青春18きっぷのチラシ

久々の更新ですが、まだ帰国中のため、ネパールとは関係のない話題となります。ご了承ください。

===

長期休暇シーズンになると販売されるJRの特別切符、青春18きっぷの『チラシ』を見たことはありますか?

私が初めてこのチラシを手にしたのが十代最後の春。今でも実家にあるそのチラシを見ると、(歳がばれますが)『販売期間平成4年2月10日~3月31日まで』と書かれているので、もう、17年も前のもののようです。

チラシには、自然を背景に、のどかな単線や無人駅が映える写真が使われていて、のんびり鈍行に揺られ、遠くへ行ってみたくなるような衝動に駆られます。

写真の横には、少しせつなくなるような言葉も添えられています。

JR駅の隅に、たくさんのパンフレットと一緒に何気なく置かれているそんなチラシに惹きつけられ、季節ごとに変わる新しいチラシを、無意識のうちにもらうようになっていました。

私がネパールに住み始めてからも、このチラシのよさに共感してくれる(?)叔父が、律儀に季節ごとのチラシを集めてくれていて、会う時には必ず新作を渡してくれます。

今まで集めっぱなしになっていたため、今回の帰国中、クリアブックにまとめてみたところ、1992年からのチラシが34枚集まっていました。途中抜けているものもありますが、よくここまでたまったものです。

ファイルのページを繰りながら、写真に添えらた言葉を何気なく読んでいると、私と同世代の人たちの心の中を語っているような気がして、はっとしました。

一例ですが、こんな感じです。

1993年冬 「この街で育ったら、どんな私になってただろう。」

1994年春 「彼のこと、将来のこと、今日のごはんのこと。」

1995年夏 「青春18きっぷが教えてくれた。心の渇きには、旅がある。」

1997年冬 「どうして旅をするのかな・・・」

1998年冬 「駅に着いた列車から、高校生の私が降りてきた。」

1999年春 「学校を卒業すると、春は黙って行ってしまうようになる。」

2002年夏 「自分の部屋で、人生なんて考えられるか?」

2002年冬 「冒険が足りないと、いい大人になれないよ。」

2003年春 「この旅が、今の僕である。」

2007年冬 「冒険に、年齢制限はありません。」

2008年夏 「ゆっくり行くから、見えてくるもの」

2009年夏 「大人には、いい休暇を取る、という宿題があります。」


1990年代、まだ10~20代だった若者は、途中少し迷ったり、自信を持とうとしたりしながら、2000年代後半には、確実に大人になってしまったようです。

これからの作品(ただのチラシですが、作品と呼びたくなります)では、どんな変化が現れるのか、次回帰国の楽しみがひとつ増えました。

2009年10月13日火曜日

帰国中の話題

ご無沙汰してしまいました。毎日のぞきに来てくれる皆様、すみません。

一時帰国中ですので、ネパールとは関係あるような、ないような話を書いてみたいと思います。

先週は祖父の13回忌で、祖母の住む田舎に行っていました。12年前の1997年10月に祖父は亡くなったのですが、その前後、私も、ネパールがらみで大変な目にあっていました。

その年の8月末、3度目のネパール旅行を終え帰国していた私は、なんとなくお腹に違和感を感じ、毎日続く軟便と微熱を不思議に感じながらも、元気に生活していました。

しかし9月半ば過ぎのある日、熱がじわじわと上がり始め、その後、40度以上の熱が下がらず、激しい悪寒と、頭がかち割れそうなほどの痛みにもがき苦しむことになったのです。

数日の間は、解熱剤を飲み、近所のクリニックで点滴をしてもらいながら絶えていたのですが、限界に達し、大きな病院へ移されることに。そこでは、すぐに感染症が疑われ、着の身着のままの状態で、即、感染病棟に隔離されることになったのでした。

ちょうどそのころ、祖父の容態が悪化し始め、実家では、母が最悪の事態に備えて急遽帰省することに。私の入院翌日に、祖父が亡くなったと記憶しています。

検査の結果、私はパラチフスに感染していたのでした。

結局、祖父の葬式には参列できず、40度を超す熱にうなされながら、隔離病棟の個室のベッドでもうろうと寝ていた日々を思い出します。

そんな思い出のある、祖父の命日と、私のパラチフスなのです。

さて、入院中の話に戻して。

パラチフスのほかにも、よくあるジラルジア(ランブル鞭毛虫)や、このほか、イソスポーラという非常に珍しい寄生虫感染も分かり、のちに、感染症学会の題材にされた、という後日談があります。

(どうでもいい話ですが、自分の症例発表を聞きたく、その学会に行ってしまったという、恥ずかしげもない後日談の後日談も。私も、そういう学会に多少関係のある職種で働いていたため、それを口実に)

ところで、ネパールでは、チフス患者は隔離されることなく、普通の風邪同様に、普通に家にいたり、外出したりしています。

また、ネパールでチフスが流行する時期に高熱が出て病院へ行くと、感染菌の同定も済まないうちに、チフスの薬を飲まされることが多いため、検査結果が偽陰性と出て、原因を特定できず、症状が長引いてつらい目に逢うこともあるようです。

旅行でネパールに行かれる皆さん、感染症には注意してくださいね。

2009年9月21日月曜日

事務連絡

私事ですが、19日より一時帰国中です。

毎回帰国時には、カトマンズのスタッフより送られてくる写真や情報をもとに、日本からもネパール情報更新を絶やさないように心がけています。

今回もその予定ですが、ダサイン、ティハールを挟みネパール側もお休みモードに入ってしまうこともあり、少々タイムラグが生じる可能性があります。ご了承ください。

また、ネパール情報とは全く関係ない、私の個人的な日記もアップすることがあるかもしれませんが、読み流していただければと思います。

ところで、そろそろネパールでは、ダサイン祭アスタミ(今年は9月26日)用生贄を待つヤギたちの悲しい鳴き声が、あちこちで聞こえ始めていることでしょう。

2008年8月8日金曜日

意外なところでであった嬉しい『ナマステ』

久々の長期休暇で、しばらくカトマンズを離れている。

日本の夏は、実に8年ぶり。高温多湿の気候に、閉口気味。この暑さに比べると、今の時期のカトマンズは、なんて過ごしやすいんだろうと、実感する日々。

さて、話し変わって、ネパールを離れていると、意識していない限りネパールのニュースに触れる機会などない。ネパールとかかわりのない知人との会話の中では、ネパールのことなどほとんど出てこない。

しかし、意外なところでネパールの話題をすることが何度かあり、うれしくなったことがあった。

それは、いずれも病院での出来事だった。

日本に滞在している間、何回か病院(主に皮膚科)行く機会があった。

私がネパールから一時帰国していることを知ると、「懐かしいなあ、30年近く前、教授に連れられて何度か通ったことがあるよ。当時はよかったなあ」と言ってくれた医師がいたり(今もいいですよ、と、返答しておいた)、ネパールでの虫刺されの症状を相談すると、それに関係するネパールでの症例研究などを教えてくれた医師もいた。

「王様は今どうしているの?」と興味深く聞いてきた医師もいたし、以前からの政情をけっこうよく知っていて、今の情勢を気にかけてくれた医師もいた。

中でも、一番笑ったのは、ある看護師さんの一言。

知り合いがネパールで仕事をしていたことがあるとのことで、ネパールに行ったことはないが、彼女自身もネパールに興味を持っているという看護師さん。治療とは関係のないネパールのことを、いろいろ話しかけてくれた。

そして、治療を終えてわたしが去ろうとすると、彼女は手のひらを胸元であわせ(つまり合掌をして)、陽気に「ナマステ」と私を見送ってくれたのだ。

意外なところでであった『ナマステ』に、病院を出た後もしばらく顔がほころんでしまった。

2008年5月28日水曜日

アフリカ開発会議の広告を見て

今朝の新聞に、全面広告で、本日より開催されているアフリカ開発会議に関する、政府広報のこんな言葉が載っていた。

 蛇口をひねれば、飲める水が出てくる。
 使い終わった水は、当たり前のように流す。
 スイッチを入れれば、灯りがつく。
 ガタガタの道なんて、最近走ったこともない。
 24時間、便利なお店でな~んでも買えちゃう。
 これって全部当たり前?

ネパールでも、首都カトマンズとは言えども、水不足、長時間停電は当たり前。道は舗装はされていても、舗装状態は悪く穴と段差だらけ。

(考えようによっては、水も電気も引かれていて、舗装状態は悪くても車道が通っていること自体、すばらしいことではあるのだが)

程度の差はあるにしろ、アフリカに限らず、これらが当たり前ではない国は、世界にはたくさんあるだろう。

一時帰国すると、ちょっとしたことにもありがたく感じることが多いためか、たまたま見かけたこの言葉はとても印象に残った。

2008年5月26日月曜日

雑談

所用で、先週末より帰国中。

成田に到着し、早朝空港の外に出て、蒸し暑さに驚いた。

今の時期、カトマンズは一番暑い季節で、連日暑い暑いといいながら過ごしていたのだが、空港に到着したその日、朝7時の時点で、成田のほうが暑かったのだ。

5月の日本、こんなに暑かったっけ?という感じだったのだが(この季節の日本は8年ぶり)、家族に言わせると、その前日は、もっと蒸し暑かったという。

雨が降った昨日などは、比較的涼しくすごせたのだが、湿度は相変わらず高く、蒸し蒸し感には堪えた。

5月でこの調子だと、この先いったいどうなってしまうのだろうという感じだ。

2007年4月8日日曜日

選挙

統一地方選の今日。

海外でも投票できる在外選挙登録はしているが、日本国内での住民票は抜いている。

在外選挙の権利で投票できるのは、衆議院・参議院選挙に限られるため、一時帰国中でも本日の投票はできなかった。残念。

* 当ブログ発信者、現在一時帰国中です。

2007年4月7日土曜日

段取りのよさ

現在一時帰国中。

主な目的は、いとこの結婚披露宴参列のためだった。

本来感動すべきポイントではまったくないのだろうが、一秒たりとも無駄にしない進行で、段取りよく進められる式と披露宴に、一人で感心しっぱなしだった私。

年に一度は帰国しているので、浦島太郎状態になることは特にないのだが、あらゆる面での段取りのよさには、いつも感動させられる。

2007年4月5日木曜日

7年ぶりの春4



現在一時帰国中。

地元ベイブリッジから。

私が卒業した中学校からは、以前、建設途中で中央がまだくっついていないこの橋が、よく見えていたものでした。建設途中の大観覧車も。

意識しないとネパールのことなど忘れてしまいそうになる帰国生活です。

7年ぶりの春3



現在一時帰国中。

こういう場所の桜も、やっぱりきれい。



もう田植えが終わっている田んぼもありました。

南九州にて。