ブログ移転のお知らせ

当ブログは、2021年12月より新ブログにて発信しています。新しい記事については 移転先→新日々のネパール情報 をご訪問ください!今後ともよろしくお願いいたします。

2010年6月29日火曜日

雨期中のランタントレッキングで見つけた植物と風景後篇

前回のつづき。

6月22日23日の1泊2日で、シャブルベシ~キャンジンゴンパを往復してきたガイドが撮影した写真から。







↓ キャンジンリ(標高約4500m)からの景色。




↓ ネパールの国花、シャクナゲの花。3~4月にかけてが見ごろとなるが、まだ少し残っていたとのこと。


↓ シャブルベシを発ち、ドゥンチェへ向かう途中にて。


↓ 通学中の子供。ドゥンチェ周辺にて。

2010年6月28日月曜日

雨期中のランタントレッキングで見つけた植物と風景前篇

前回のつづき。

6月22日23日の1泊2日で、シャブルベシ~キャンジンゴンパを往復してきたガイドが撮影した写真から。



↓ 以下2点ランタンにて。














↓ キャンジンゴンパまでもう少し。


つづく。

2010年6月27日日曜日

W杯ネタ:アルゼンチン国旗の下を通りかかったメッシ



ネパールでは、アルゼンチンやブラジルを応援する人が多くて、外出先のボウダナート近辺の通りには、両国の大きな国旗がなびいていた。

本日の空に、アルゼンチンの国旗の色合いはマッチしているなあ、と思いながら見上げていると、偶然、ペプシ配達車が通りかかった。車体にはアルゼンチン選手のメッシが!










↑ボウダの少し先、ジョルパティの交差点には、大きなスクリーンも設置されていた。

ネパールでは本日深夜(28日0時過ぎ)から始まるアルゼンチン戦、この場所でも盛り上がることだろう。

サッカーワールドカップのネパールでの盛り上がりようは先日も記事にした通り。
先日の記事:
http://dailynepal.blogspot.com/2010/06/w.html

2010年6月26日土曜日

6月中旬ランタントレッキングで見えた光景

前回のつづき。

6月22日23日の1泊2日で、シャブルベシ~キャンジンゴンパを往復してきたガイドが撮影した写真から。




↑ シャブルベシに運ぶための食料や燃料で車内が一杯になっている、カトマンズ発シャブルベシ行きローカルバス。




↑ ドゥンチェからシャブルベシへの、つづら折り未舗装道路。




↑ パヒロ(標高約1640m)を臨む。パヒロ(Pahiro)とは、『地すべり』(または雪崩)という意味がある。この地区の英名は『Landslide』。地すべりが多いからそのものズバリの地名がついたわけだが、不吉な名前すぎない?







↑きれいな蝶。




↑ 野生動物。サルの一種?

まだまだつづく。

2010年6月25日金曜日

カトマンズ発着3泊4日、超特急のキャンジンゴンパ往復



ランタントレッキングの最終到着地、キャンジンゴンパへ用事で出かけていたガイドが、昨夕カトマンズに戻ってきた。

ランタントレッキングというと、通常は、最低でもカトマンズ発着6泊7日程度で設定する場合が多い。

参考ページ:
http://dailynepal.blogspot.com/2006/06/blog-post_23.html


この区間、カトマンズ~トレッキング発着地点のシャブルベシ間はバス移動にほぼ1日(往復で2日)かかるため、トレッキング日数は実質5日間となる。

しかし、今回ガイド1名で出かけたため、シャブルベシ~キャンジンゴンパ間、通常片道2~3日かけて歩くところを、片道1日で歩き、1泊2日で往復できてしまったそうだ。(カトマンズ発着バス移動も入れると全3泊4日)

しかも、キャンジンリ(約4500m)まで登頂して、1泊2日の行程。(上の写真はキャンジンリから撮影したもの)

現在トレッキングのオフシーズンであるネパール。なおかつ、もともとランタン方面はトレッカー数も少ないということもあり、外国人トレッカーは2人しか見かけなかったそうだ。歩いている現地人もほとんどいなかったとのこと。

私が4年前の同時期に同ルートを歩いた時も、同じような状況だった。

参考ページ:
http://dailynepal.blogspot.com/2006/06/blog-post_23.html


4月に、アメリカ人女性が1人でトレッキングをしていて、行方不明になり、現在も見つかっていないこのルート。至る所に、この女性の情報を求める張り紙を見かけたという。

(ちなみに、こんなことを書いていいのかどうかわからないが、アメリカ人女性が行方不明になった話、地元の人の話に寄れば、現地のアーミーが関与しているのではないか、という噂も出ているとか。とすると、不憫だがもうこの女性が出てくることはないかもしれない、、、)

野生の熊もよく出没するとのことで、シャブルベシの宿では、男性であっても1人で行かないほうがいい、道連れを連れて行け、といわれたそうだ。結局1人で歩いて、熊に襲われることもなく、無事カトマンズに帰還できたのだが。

ところで、ガイドが道中写真をたくさん撮ってきてくれた。雨季中ということもあり、高山植物の花がたくさん開花していたようだ。



つづく

2010年6月22日火曜日

ヒマラヤを鑑賞できる日本画展のお知らせ

2005年秋にヒマラヤンアクティビティーズを利用してトレッキングへ行かれた、日本画家・宮西東洋雄さんの新作展が、来る6月23日より各地の高島屋で開催されます。

約2ヶ月半のネパール滞在中、ランタンとアンナプルナ一周トレッキングに行かれ50日ほどを山の中で過ごし、たくさんのスケッチをされました。

当時、ネパール国内の新聞に掲載された内容を、当ブログでも記事にしました。
http://dailynepal.blogspot.com/2005/12/blog-post_27.html 

この時のスケッチが元になった絵もあるそうです。

日本画で観賞するヒマラヤも、きっと素晴らしいことでしょう!

お近くにお住まいの方は、足を運んでみてはいかがでしょうか?

(以下、ネパールへお送りいただいた案内状より一部抜粋)

旅への誘い 宮西東洋雄展〈日本画〉

・・・雄大で神々しい荘厳さに惹かれて述べ5ヶ月間の取材をしたヒマラヤの峰々や、日本各地の名山、滝、渓流などを書かれた新作の数々を、500号の大作から小品まで一同に展観いたします・・・

開催期間・店舗など
 ● 6月23日(水)→29日(火) 京都店6階美術画廊 

 ● 7月7日(水)→13日(火) 大阪店6階美術画廊
 ● 7月21日(水)→27日(火) 名古屋店10階美術画廊
 ● 9月1日(水)→7日(火) 岐阜店8階美術画廊 
 ● 9月15日(水)→21日(火) 岡山店7階美術画廊 
 ● 10月20日(水)→26日(火) 米子店4階美術サロン 

2010年6月18日金曜日

ピクニック2010




今年もピクニックの季節がやってきた。

毎年、この時期に社員日帰りピクニックに出かけて、今年で開催7年目。

日本人利用者の多い私たちの会社では、毎年、8月半ば頃~翌年のゴールデンウィークが明けるまで、途切れなく、何かと忙しい日々が続く。しかし、今の季節の約2ヶ月間はオフシーズンとなり、ぐっと暇になるため、毎年この時期の開催としている。

ピクニックの様子は、2005年にブログを開設して以降、ここでも報告をしている。

ひそかに毎年楽しみにしてくださる一部の読者(ヒマラヤンアクティビティーズ利用者)の方へ、今年も写真付きでお届けします。






開催地は、毎年恒例となった、タンコットのトリブバンメモリアルパーク。タメルから約10kmほど南へ行った場所。




ネパールのピクニックは、会場で朝ごはんを作るところから始まる。その後、お酒を飲み、ゲームをし、少しまったり休憩してから、お昼ご飯を作って食べ、またゲームをし、盛り上がって終わる、という流れが一般的。(2009年の記事より引用)




今年のメニューは、午前中の軽食が、ヤギのモツ炒め、川魚のフライ、乾し米。

午後の食事が、プラウ(ネパール風炊き込みご飯)、ヤギ肉のスパイス炒め、鶏肉のスパイス炒め、野菜(じゃがいも、にんじん、いんげん、その他いろいろ)のおかず、発芽させたメティ(フェネグリーク)のアチャール(和え物)、という感じ。







宴もたけなわとなってくると、誰からともなく踊りだす。






今年の参加は総勢20名。うち、0歳~2歳までの幼児が3名いて、アットホームな感じの開催となった。

ガイドやスタッフの入れ替わりが激しく、今年は特に、昨年までの面子とはかなり変わっているのだが、今年も皆で楽しく過ごせたことを嬉しく思う。

※ 写真は一部スタッフによる撮影。みんなが踊っている写真の隅に、私もちらっと写っていました。当ブログ、初登場です。

2010年6月15日火曜日

サッカーW杯カトマンズでも盛り上がり中



ワールドカップ、カトマンズでも非常に盛り上がっている。

昨日、ネパール時間では19:45から始まった日本VSカメルーン戦、多くのネパール人が応援したのはもちろん日本。



私は自宅でテレビ観戦したのだが(前半は計画停電中で見られなかったが)、ネパールの企業がパタン市街に設置した大型スクリーンで試合を観賞していたスタッフによると、終始白熱した雰囲気で、本田がゴールを決めた時は、かなり沸いたようだ。

ホンダといえば、インドに工場のある、インドの企業と日本の本田技研の合弁会社であるHERO HONDA(ヒーローホンダ)社のバイクが街にあふれている。ネパール人にもとてもなじみのある名前ということもあり、さらに共感を呼んだ模様。

1000ccの馬力で行け~!、など、HERO HONDAのバイクにかけた歓声も飛び交っていたとか。また、日本語を操る現地人も多い地域で、カメルーンが攻撃体勢に入ると、「バカ~!」という日本語も聞こえていたようだ。

それにしても、ネパールのチームが出るわけでもないのに、ここまで盛り上がるのはすごい。

外国人の利用があるホテルやレストランなどに大型スクリーンを設置する、というのは分かるが、少々お金を持っているネパール人などでは、W杯のために自宅の庭や屋上にスクリーンを設置した人もいると聞く。

先日見かけた新聞記事によると、W杯による経済効果も上がっているようだ。

※ 写真はスタッフによる撮影。

1か月32日ある月(ネパール、ビクラム暦アサール月)

ネパールの公暦ビクラム暦3番目の今月、アサール月(6月15日~7月16日)。

この月は結婚に適した月で、あちこちで派手な結婚パレードを見かけるカトマンズ。

ちなみに、今月は32日まである。

ビクラム暦、1年12か月あるのは西暦と同じだが、月によって一か月28日、29日、30日、31日、32日と、西暦にはない日数がある月もあるのだ。

2010年6月12日土曜日

22年前の掃除機、カトマンズで再活躍中

最近取り立てて書くような出来事もなく、ブログ更新を怠りがち。

小さい出来事はツイッターで更新しているため、なおさらブログはなおざりに。

日々のネパール情報Twitter版
http://twitter.com/infonepal

この一週間、ツイッターにどんなことを書いたのか見てみると、ほとんどが天候のこと。

雨がずっと降っておらず、気温が日に日に上昇しており、最近では連日30度越えの暑さが続いている。昨日(金曜日)午後雷が鳴り響いたので、これはひと雨来るか、と期待したのだが、一瞬降っただけで、気温低下にはつながらなかった。

暑さのせいか、昨日から頭痛と微熱が出て、どうも本調子でない私。乾燥しているせいか喉もやられて痛い。

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ツイッターに投稿した天候以外の記事の中からひとつ、本日のブログネタにしてみたい。

元記事はこれ:6月7日ツイッター投稿分↓

掃除機のスイッチをが壊れたので直してもらった。修理賃25ネパールルピー(約35円)。実はこの掃除機、日本の祖母の家に眠っていた20年ほど前の旧ナショナル制キャニスター。まだ使えるのに処分するのはもったいなく、家族に呆れられながら、こちらまで持ってきた。

電圧が日本仕様の100Vだったので、こちらの電気屋でネパール仕様の220Vに変えてもらった。使い捨てゴミパックも入手不可能なので、再利用可能な手製のものを作り、現役活躍中。


私の祖母は、13年前より南九州の田舎で1人暮らしをしている。現在93歳。室内のほとんどが畳敷きの、築100年以上経つ家に住んでいる。

普段掃除をする時は、はたきとほうきを使うことがほとんどのよう。

数年前の一時帰国時、祖母の家を訪問した際、昔から使っている掃除機(旧ナショナル1988年製キャニスター)を処分する話が出た。

古い掃除機では重くて大きく使いにくいだろうから、という理由で、家族が買ってあげた軽量の小型掃除機があり、これ一台あれば、昔の掃除機は不要だろう、ということで。

古いものを出してみると、あまり汚れておらず、きれいなまま。ゴミの吸い取り具合も、当時私がネパールで使用していたものより断然すぐれている。

捨てるにはもったいないが、日本での使い道はもうない。この時点で、すでに、私の中ではネパールに持って帰る気満々になっていた。このことを言うと、「またはじまった...」と家族には呆れられたのだが。

日本で不要になったものをよくネパールに持ってきて再活用しているので、「そんなものまで、、、」と呆れられていたのだが、最近では実家で何かを処分する前には必ず「これ処分するけどいる?」と声をかけてもらえるまでになった(笑)。

ネパールの最新のスーパーマーケットには、軽量小型のものもあることはあるが、祖母の家にあった古臭い昔風のものも多い。性能は悪いクセに高い(ネパールの電化製品の多くがそう)。ちょうど、掃除機を新しくしようと思っていたところだったので、捨てるという祖母の掃除機をもらうことにしたのだ。

宮崎の祖母の家から、横浜の私の実家まで運び(この間は車移動)、その後バンコクを経由しネパールまで。 大きなスーツケースの3分の2ぐらいを掃除機で占め、無事に運んできた。

その後、近所の電気屋で、日本仕様の100Vからネパール仕様の220Vへ電圧を変えてもらい、変圧器を通さなくても使用できるようにしてもらった。この料金が、確か100~200円ぐらい。

使い捨て紙製ゴミパックの在庫がなくなったときには、日本から取り寄せることも考えたのだが、それも馬鹿らしい。掃除機を扱っている電気屋に相談してみたところ、布製のものを作ってくれるというので頼んだ。

出来上がったゴミパックは、いかにも手製、という感じの愛着の湧くもの。これなら、洗って再利用可能なので、今後、ゴミパック入手の心配をすることもない。こちらの製作賃が1000円ぐらい。

一度は捨てられそうになったこの掃除機、カトマンズで再活躍の場を得て、今でも現役で働いてくれている。

2010年6月5日土曜日

コーヒー豆を石臼(सिलैाटो)で挽いてみた

どうでもいいことなのだが、、、。

先日、コーヒーが切れたので買いに行った。

うちにはコーヒーミルもグラインダーもないので、いつも挽いてあるものを買うのだが、うっかり未粉砕のものを買ってしまった。

帰宅後、コーヒーをいれようと袋を開けた時点で、しまった、と気づいたのだがもう遅い。私ののどと胃は、すでにコーヒー受け入れ態勢が整っており、今更違う飲み物を準備する気にもならないし、せっかく買った豆を、無駄にするわけにもいかない。

コーヒー豆を粉にできそうな調理器具というと、カル(Khal/खल)またはシラウト(Shilauto/सिलैाटो)と呼ばれる、平たい石臼しかない。

参考画像:次の記事の上から3番目の小さな画像参照
http://dailynepal.blogspot.com/2005/10/blog-post_11.html


この石臼、粒状のマサラ(スパイス)類や、ニンニク、ショウガをつぶすために利用されている、家庭に一つは必ずある、原始的な調理器具。

ネパール料理に限らず、食材を「つぶす/砕く」作業では大活躍する一品なのだ。

仕方ないので、コーヒー豆をこれで砕いてみたところ、思ったよりも簡単に粉状に。少々手間はかかるが、挽きたてを飲むこともでき、ただいれるより満足度の高いコーヒータイムとなった。

2010年5月27日木曜日

ゲリラ豪雨



昼前、私の住まい周辺では突然大雨が降り始めた。途中、雹(ひょう)も混ざり、雨脚が弱まることなく30分ほど降り続いた。



雨が上がったので外出すると、あちこちの道路が冠水していた。



川状態になった道路。



普段あまり水かさのない小さなどぶ川も氾濫し、道路に水があふれ出ていた。



家を出るときまだ小雨が降っていたので、レインコートを着て出かけたのだが、私の家からほんの3kmほどしか離れていない場所では、雨は降っていなかったらしく、道路も乾いていた。レインコートを着ている私、なんとなく間が抜けている。

スコールのときは、こういうことがよくある。自分はずぶぬれでバイクを走らせているのに、対向車両はまったく濡れていない、というようなことも。

2010年5月26日水曜日

最近のこととラジオ出演のお知らせ(5月30日放送)

10日ほどブログ更新怠っていました。取り立てて話題にするようなこともなく。

現実には、制憲議会の延長をめぐり、情勢不安定のネパール。5月28日以降どうなるのかわからない状況ですが、政治のことはよくわからないので、ただ成り行きを見守るだけです。

===

ところで、今週末頃掲載しようと思っていたのですが、こういう情勢の中、タイミングを逃しかねないので、少々早めですが、以下、お知らせです。

FMラジオJ-WAVE系列、アジア情報を発信する『ASIENCE SPIRIT OF ASIA』という番組に、5月30日に出演させていただく予定です。

~ 番組情報 ~
公式サイト: http://www.j-wave.co.jp/original/asia/
放送日:毎週日曜18:00-18:54
放送局:NORTHWAVE(北海道)、J-WAVE(東京)、ZIP-FM(愛知)、FM802(大阪)、CROSS FM(福岡)

番組内の『Asian Lounge』というコーナーへの出演となります。

この番組への出演は、去年2回に続き今回で3回目となるのですが、相変わらず緊張し、舌噛みまくりました(収録放送です)。

私の出演は正味5分ほどとなるかと思いますが、もしよろしければお聞きください。

2010年5月17日月曜日

お祓い

1ヶ月ほど前、うちに家事手伝いに来ている子(といっても既婚女性だが)が、「母病気」の知らせを受け、カトマンズ盆地の外にある村にあわてて帰っていったことがある。

10日ほど村に滞在し、母親の容態が回復したためカトマンズに戻ってきた。彼女の話によると、彼女が村に帰り着いた時、母親の意識はもうろうとしており、食事も食べられない状況で、関節が固くなっていて横になることもできず、1人で動くこともできず、壁に寄りかかり何日も膝を抱えたような状態で座ったままでいるしかなかったのだという。

私が、なんの病気だったのかと聞くと、病院には連れて行っていないからわからない、とのこと。

彼女の村には病院はないが、朝村を出発するバスに乗り、その後何度か乗り継げば、その日のうちには病院へたどり着くことができるのだと以前聞いたことがあった。(病院へ行くまでに何日も山道を歩かなくてはいけないような村もあるので、そういうところに比べれば、彼女の村は比較的恵まれているといえるかもしれない)

このため、当然病院へ連れて行ったのだろう、と思い訊ねたのだが、彼女いわく、母親が病気になったのは、「他人に呪いをかけられたため」なので、病院へ行く意味がなかったのだ、とのこと。

彼女だけでなく、彼女の父親はじめとする家族・親戚ともに、母親の病気は「呪い」が原因であると信じていたようで、彼女が帰省していた間に、大枚はたいて何日もお払いの儀式を執り行ったのだそうだ。その結果、母親の容態も回復したのだという。

お祓いの儀式に鶏を3羽生贄にしたそうなのだが、それを聞いた、カトマンズ出身中流階級のネパール人が少々冷やかに一言「お母さん、肉が不足してたんだね」。(生贄後、鶏は食用肉となり人々の胃の中に入る)。

そして先週末、この出来事から1ヶ月も経っていないのに、今度は「母危篤」の連絡が入り、再びあわてて村へ帰って行った。今回は、前回よりも大規模なお祓いをすべく、だんなまで引き連れて。

しかし、だんなが住み込みで働く、カトマンズの上流階級ネパール人主人に「お祓いはいいから、まず病院へ連れて行け!」とこっぴどく叱られ、治療費を強引に渡されたとのこと。(お祓いするしないは自由だが、そう頻繁に長期休暇を取られても、雇主としても困るのだ)。

そして、村到着翌日に、病院がある最寄りの村まで運んだそうだ。

病院から私宛にも連絡があったのだが、一通り検査をし、点滴をし、容態は落ち着いているとのこと。検査後、医師からの説明を受けた中で、母親が「極度な貧血状態にあった」ということは、彼女でもわかったらしい。

・・・

話はそれるが、カトマンズ市内にも、あちこちに「お祓い師(祈祷師)」のような人が存在し、病院に行くほどでもないが、体調がなんとなくすぐれないときに、お祓いをしてもらいに行く、という現地人もたくさんいる。

私自身も、そういう時、お祓いをしてもらいに行くことがある。お祓い後、不思議と気分がすぐれてくるのは、お祓い効果なのか、気持ちの持ちようか、単なる気分が晴れるタイミングなのかはわからないが。

医師のいない村では、今でも、病人がでるとまずはお祓い師に頼ることも多い。というか、頼らざるをえない、というのが実情かもしれない。お祓いで病状がよくなることもあれば、効果がないこともある。

話を戻すが、彼女の母親の病因は、はたして「他人からの呪い」によるものだったのかどうなのか。

今回の状況では、病名の付いている何らかの病気が原因だったのではないか、という気もするが、ネパールには、科学では証明できないようなことが多く存在するというのも、事実だ。

2010年5月14日金曜日

暑さと乾燥と

今週に入って、毎日暑い日が続いている。雨が降っていないので、日に日に暑さが増しているような気がする。

日中の気温は35度ぐらいまであがっているのではないかと思う。本当に暑い。

日中、外にいると、肌を突き刺す強い日差しに、じりじりこげそうになるが、救われるのは、湿度が低いということ。

一昨年の夏、一時帰国をし、実家のある横浜で8年ぶりに日本の夏を過ごした。

連日30度以上越えていて、しかも湿度が高く、室内でじっとしていても、滝のように流れ出る汗。一日に何度もシャワーを浴び、何度もTシャツを取り換えた。

それに比べると、カトマンズの暑さに限っては、湿度が低いため、じっとしていてもとめどなく汗が流れる、というような不快な暑さではない。

とはいっても、暑いことには変わりない。

どのぐらい暑くて乾燥しているかというと、『直射日光の当たらない日陰に干したジーパンが、1時間も経たないうちに、生地が重なっているポケットの部分までパリパリに乾いていた』、ほど。

暑さでいうと、こんな感じ。

・ インド人の果物売りが、炎天下の下自転車に乗せて売っている、今が旬のマンゴー。買いたては、ひとつひとつがホカホカに温かい。買ってすぐ皮をむくと、果肉もホカホカ、種まで温かいホットマンゴーになってしまっている。

余談だが、キンキンに冷えた食べ物が割と苦手なネパールの人。冷蔵庫で冷やしたマンゴーと、買いたてホットマンゴーがあるとすると、後者を選ぶ人も(私の周りには)多い。

・ 水がでてくるはずの蛇口からも、熱い(「温かい」というより「熱い」)お湯がでてくる。間違えてお湯の蛇口をひねったのかと確認しても、水の蛇口。屋上の黒いタンクに貯められた水が室内の蛇口から出てくる仕組みになっているのだが、この暑さで、太陽熱パネルを通さなくても、タンクの黒色効果で温まってしまうのだ。

2010年5月10日月曜日

先日の6日連続バンダ中のトレッキングのことなど


バンダ中、ジョムソン方面を歩いていたゲストが2組あった。

現在、ポカラ~ジョムソン~ムクティナート間は車道が出来ており、通常であれば乗合ジープやバスを利用して移動できる。(※ただし、現在タトパニ~ガーサ間は補修工事中で車両走行不可とのこと)

このため、車が捕まる場所では車を利用し、短期間でジョムソン~ムクティナート~タトパニ~ゴレパニ~プーンヒル~ナヤプルをまわる計画を立てていた。

しかし今回のバンダのため、ジョムソン方面でも車両走行を妨害され、徒歩移動を余儀なくされることに。かなり大変なトレッキングだったようだ。

上の写真は、ネパールバンダ初日の5月2日、ジョムソンの乗合ジープ乗り場周辺を歩くマオイストたち。

ひと組は、5月5日にナヤプルまで出てきた後、マオイストの通行妨害リスクが少ない深夜にフェディまでタクシーで移動し(5月5日の記事参照)、翌早朝フェディから雨の中を徒歩でポカラ空港へ向かった。

もうひと組は、バンダが継続されナヤプルからポカラまでの車両移動ができなくなるだろうという判断で、急きょ、ダンプスまで出てくることにした。

ナヤプル~ポカラまで歩くのはかなりきついが、ダンプスからであれば、ポカラまでは20kmほどの距離であるため、最悪歩きとおすことも可能だろう、ということで。

そして結局、その予測通り、5月7日、ダンプス~ポカラ空港まで約5時間かけて歩くことになった。以下2枚は、その時の写真。




フェディからポカラへ向かう途中の車道にて。車両通行がないため、道のど真ん中で、ゆうゆうとノートを広げて勉強する子供たち。

今回、マオイストがらみの一連の騒動で、4月半ば過ぎから教育機関のバンダ(スト)が実施されており、その後、ネパールバンダに突入してしまった。教育機関のストが実施される前は、ネパールの新年による長期休みだった学校も多く、実質、3月末頃~先週まで1ヶ月半ほどほとんど開校していない学校も多い。




救急車を取り囲むマオイストの集団。

普段のバンダだと、救急車の通行さえ妨害されることがある。バンダ中に病人を乗せて走っていた救急車が焼き討ちにあった、というニュースを以前聞いたこともある。

また、バンダの日に産気づき、なんとか村の救急車に頼んで、ハラハラしながら(迫り来る出産と、マオイストに通行妨害されるのではないか、という緊張からくる「ハラハラ」の両方)病院へ向かったという私の知人(ネパール人)もいる。

(余談だが、このとき生まれた男の子(現12歳)、自分自身の重要な儀式やイベント時には必ずネパールバンダと重なってしまう、という、バンダとは非常に縁の深い人生を送っているそうだ)

しかし、今回のバンダでは、救急車の走行はきちんと許可してくれていたとのこと。しかし、中に、病人以外の人がこっそり乗っている場合は、引きずり降ろして乗車妨害するため、救急車が本当に病人を運んでいるのかどうか、厳しくチェックしていた模様。




ところで、1ヶ月半ほど前、シャクナゲ満開の写真を掲載したのだが、同じルートでは現在、ほとんどが枯れ落ちてしまっていたそうだ。

地面を埋め尽くす花びら、これはこれできれいだけど。

※ 写真はすべてガイドによる撮影。