ブログ移転のお知らせ

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2005年6月30日木曜日

爆発?



シンハダルバールそば、政府が運営するバイディヤクリニックで薬を見ていたときのこと。

突然、地響きと共に爆発音がし、ガラスがバリバリ割れる音が、シンハダルバール方面から聞こえた。

一瞬、何が起こったのか分からなかったが、音がしたほうを見ると、黒い煙が上がっている。

思わず写真を撮ってしまったが、なんの爆発だったのだろう? 29日夜のニュースでも、特にそれらしいニュースは流していなかった。

2005年6月29日水曜日

ローカル医療



バイディヤのところへ行ってきた。

『バイディヤ』というのは、ネパール人の名字でもあり、職業名(ローカル医療に携わってきた人たちを指す名前)でもある。

中国の漢方、チベットのチベット医学、インドのアユルヴェダに相当するネパールの伝統医療専門の医師、という認識でよいと思う。

私が今日行ったのは、シンハダルバールそば、政府が運営するバイディヤクリニック。

特にどこが悪いというわけではないのだが、すぐに口内炎ができる体質を医師に伝えると、薬を処方してくれた。

小瓶に入っている薬草でできた小さなタブレット。さっそく口に入れてみると、始めは苦いようなスーッとするような味が口いっぱいに広がり、吐き出したくなるのだが、なめ終わった後の爽快感はたまらなかった。口臭予防にもなるらしい。やみ付になりそうな味だ。

そういえば、以前、口内炎ができやすいことをこちらの知人に言うと、『口内炎にはグローブがいいわよ』と教えてもらったことがあったが、処方してもらった薬も、グローブベースの味だった。

写真は、クリニックに併設する薬局。ケミカルを一切使用しない薬が並ぶ。

田植えの息抜き

田植えシーズンのネパール。

先週ぐらいから雨期に入ったカトマンズでは、田植えの真っ盛り。

親戚や村人総出で、田植えをする。

そしてアサール15(パンドラ)ガテ(ネパール月の3月15日)の今日は田植えの合間の息抜きをする日。

ダヒ(ヨーグルト)とチウラ(干し飯)を食べる習慣のある日。

2005年6月27日月曜日

危ない追い抜き

スクーターに乗って街を走る。

私が右折のウィンカーを出し、車線の右側に寄って走っているのに(つまり、左側のスペースには余裕があるのに)、わざわざ、私を右から追い越し、その直後に左折する車やバイクの多いこと。危なくてしょうがない。

左側のスペース、目に入らないのか、と不思議に思う。なにも、そんな危ない思いして、右から追い越さなくたって、素直に左のあいているスペースを走って、普通に左折すりゃいいんじゃないの?

日本だったら、嫌がらせ行為としか考えられない追い抜き法だが、こちらの場合、そうでもないから不思議だ。多分、『前のスクーターを抜かしてやるぞ!』と思い始めると、どの方法で追い抜くのが迷惑がかからなくて、危険じゃないか、ということを考える余裕がなくなってしまうんだろうな、と思う。

===余談===

運転していると、非常に腹が立つ場面に遭遇することがよくある。

サングラスとマスクをしている(こちらの面が割れない)ことをいいことに、運転マナーの悪いドライバーには、『どこ見てんだバカヤロー』などと日本語で罵声を浴びさせながら走っている。が、狭いカトマンズ、サングラスとマスクから、私であるということがばれる可能性もあるので、怒鳴りつけるのは自制したほうがいいかも、と思ったりもしている。

2005年6月26日日曜日

ピクニックにて



6月24日付けのブログで、ピクニックに行った話を書いた。そして、今年は、コックと雑用係を他から雇ったことも書いた。

雑用係は、ピクニック会場となった『トリブバン・メモリアルパーク』前に仕事を求めて座っていた女性に任せた。

彼女は、公園を訪れるピクニック客に声をかけ、日雇いで仕事をしているようだ。私たちが行ったときも、『1日200ルピー(約300円強)で水汲み、皿洗いをするよ』と、真っ先に声をかけてきた。

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私たちがピクニックをした日は朝から雨が降ったりやんだりしていた。途中、強い雨が振り出したのだが、雑用をしてくれている女性は、雨にぬれながら、皿洗いをしている。

私たちがいる場所には屋根がついているのだが、彼女は私たちから少し離れた屋根のない場所で、作業をしているのだ。

彼女は『仕事をする人』だから、『仕事を与える』立場である私たちがいる屋根の下に入れてはいけないのだろうか?

『仕事をする人』『仕事をさせる人』の区別がはっきりしているこの国のやり方に、私は時々戸惑いを感じる。

同行していたスタッフたちは、特に気になっていない様子だったが、私は、雨にぬれながら仕事をする女性が気になって仕方がなかった。

彼女を屋根の下に入れてはいけないのだろうか?彼女はもしかするとローカーストなのかもしれない。いやでも、彼女が汲んできた水で調理していることにたいしてスタッフたちは何も言わないということは(低いカーストが触った水や食べ物はけがれているとして、口にしない人たちもネパールにはいる)、別に彼女を屋根の下に入れてあげても、問題はないだろう。

みんながゲームに興じているのに、私1人、彼女のことが気になり、もんもんと考えていた。

雨はますます強くなるばかり。

とりあえず、スタッフたちの中で1番カーストの高い1人に許可を求めようと、聞いてみた。

『あの女性、屋根の下に入れてあげたらいけないのかしら?雨にぬれながら仕事してるけど』

すると、スタッフはいいんじゃないの、と一言。ただ単に、女性が雨にぬれながら仕事をしていることに、気づいていなかっただけのようだ。ちなみに、仕事をしている女性のカーストは、バフン(ヒンドゥ教で1番高いカースト)だった。

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ほっとしながら、彼女を屋根の下に招き入れてあげたのだが、その後も、よく働いてくれる姿が気になって、ジュースを注いであげたり、おかずをよそってあげたりしていたら、同行者のネパール人たちに言われてしまった。

『お金払って仕事してもらってるんだから、仕事はあのディディ(*)に任せて、君もリラックスしたら?』と。

* ディディ=年上の女性をこう呼ぶ。

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午後、片付けに入った頃、ディディの子供たちがやってきた。お母さんが仕事をしている間、小さな子供たちは、公園内で自分たちだけで遊んでいるようだ。

幼い上の子が、下の子の面倒を見る姿は、ネパールでは当たり前の光景だが、私はこういう状況に弱い。

仕事をするお母さんの横で、幼い姉妹の写真を1枚撮ってあげた。

その後、仕事が終ったお母さんと共に、親娘の写真も1枚パチリ。

いつになるか分からないけれど、焼いたら届けに来るからね、と約束して、公園を後にした。

===

帰りの車の中で、スタッフたちに言われてしまった。

オフィスにいるときは気づかないけれど、やっぱり君は外国人だね。ネパール人だったら、あんなこと(仕事をしてもらった人の写真を撮り、届けてあげる約束をすること)なんてしないよ、と。

2005年6月25日土曜日

エベレストを越えて

というタイトルの本を読んでいる。(植村直己著/文春文庫)

ヒマラヤンアクティビティーズ を利用してくれたゲストがオフィスに置いていってくれた本。

植村直己の本は、私の実家の、父の本棚に何冊かあった記憶があるのだが、今まで読んだことがなかった。

著者がエベレスト登頂の際に関わった、たくさんの日本人やネパール人の名前が出てくる中で、1名、個人的にも親しい知人の父親の名前が出てきてびっくり。(112ページ、後ろから6行目『ヒマラヤン・ソサイエティのパラジュリ氏』)

今でこそたくさんの旅行会社やトレッキング会社があるネパールだが、パラジュリ氏はネパールにおけるトレッキング会社設立の先駆者的存在となった人。

パラジュリ氏の息子たちからは、彼らの父親が、ウエムラやタベイ(田部井淳子氏)のエベレスト登頂時に、カトマンズにてサポートした、と聞いたことがあったが、たいして気にも留めていなかった。

が、当時の記録をつづった植村直己の本に、活字としてパラジュリ氏の名前が出てきて驚いた。あの話は本当だったのか。なんどか、お宅にお邪魔したこともあるが、そんな話を直接したこともなかった。

現在、当のパラジュリ氏は、息子たちがいるアメリカを周遊中。帰ってきたら当時の話を聞いてみたいものだ。

2005年6月24日金曜日

ピクニック2005



旅行オフシーズン&モンスーンのこの時期の恒例行事となった、ピクニック。今年は、少人数でこじんまりと行ってきた。

今週から雨期に入ったようで、今日も朝から小雨が降り続いていたが、雨天決行。

会場はタメルから約10km離れた『タンコット』という場所にある『トリブバン・メモリアルパーク』内のピクニック場。ここは、ネパールには少ない整備されている公園で、ピクニックができる屋根付の場所がいくつもある。

こちらのピクニックは、会場で朝ごはんを作るところから始まる。その後、お酒を飲み、ゲームをし、お昼ご飯を作って食べ、またゲームをし、終わり、という流れが一般的。

去年は、自分たちで食事を作ったのだが、これだとリラックスできない、とのことで、今年はコックと雑用係を他から雇っていった。しかし、自分で働かないと落ち着かないガイドたちもいて、自ら調理に加わる姿も。

カトマンズでは、電気、水道、ガスが通っている家もあるが、少し田舎へ行くと、電気や水道は家に引かれておらず、薪でご飯をたき、井戸から汲んだ水を少しずつ大切に使う生活がまだまだ一般的。

普通の生活そのものが、アウトドア、な、彼らたち。しかも、トレッキングガイドが本業ときているから、ピクニックなどでは手際よく作業をこなしてくれて、感心してしまう。

写真は、お酒も程よい具合に回ってきて、踊り始めるガイドたち。

2005年6月22日水曜日

カトマンズの卵には、あたりはずれがある。

肉屋など、回転の早い店の卵は、比較的新鮮な場合もあるが、そこら辺の小さな商店で新鮮な卵と出会う可能性は、低い。

新鮮な卵は、黄身がぷくっと盛り上がっていて、その周りを同じくぷくっと張りのある白身が囲む。が、カトマンズで売られている卵は、黄身にも白身にも張りがなく、器に割りいれると、その衝撃であっけなく黄身が割れてしまうことも、よくある(新鮮でない証拠)。

黄身が割れないまでも、白身と黄身がだらしなく一直線に並んでしまうようなものも多い。

卵を買う時、割って鮮度を確かめるわけにも行かないので、一応店主に口頭で確かめる事が多い。

『一番新鮮なタマゴをちょうだいね。この前のすごーく古かったわよ』と。

店主は、笑顔で『ウチのタマゴは全部新鮮!この前のはたまたま古かっただけだよ。心配しなさんな』と答える。

しかし、いつも、家に帰って割ってみると、黄身も白身も一体化した張りのない卵で、がっかりする。

小さな商店では、在庫管理などしていないのだろう。きっと店主自身も、いつ生れた卵なのか、とか、いつ仕入れたか、など、意識していないのだと思う。

久々に今日、卵を買った。今日こそは!、と期待しながら器に割りいれたが、ハズレだった。

2005年6月21日火曜日

ネパール単語の日本語化

『熟れる』というネパール語は『パクヌ(Paaknu)』。変化する時は、Paaknuの k の音から変わる。

そんなことはどうでもいいのだが、この『パクヌ』が、日本語化した単語があって、ネパール語を知っている日本人、または、日本語を知っているネパール人との会話内で、時々使われる。

熟れている、ということを、パケている、という使い方。

『このマンゴー、パケてないじゃん(熟れてないじゃん)』『このバナナ、パケ過ぎ(熟れすぎ)』等。

けっこうしっくり来る使い方で、日常的に使ってしまっている。

2005年6月18日土曜日

手作り麦茶

暑いこの季節、私は、いつも凍らせた麦茶を持ち歩いている(熱くてあまーい『チヤ』(ネパールのミルクティー)は飲む気がしないので)。

この麦茶、ネパール人の知人が、麦を炒って作ってくれたもの。

日本食材店に行けば、日本(バンコク?)から仕入れている麦茶パックも売られているが、値段が非常に高い。同じ店に、日本人向けに作られた、安いネパール製の麦茶もある。

以前、1度だけ安いほうのネパール製麦茶を買ったことがあったのだが、『炒る』ための専用鍋なら、どのネパール人家庭にもある。つまり、麦茶の元となる『炒り麦』なら、どの家庭でも作れるというわけで、試しに知人の田畑で取れた麦を、程よくこげ茶色になるまで、炒ってもらってみた。

出来上がったものを煮出してみると、当たり前だが、まさしく麦茶の味。

日本の麦茶と比べるとやや風味が落ちるが、普通に飲む分には、これでなんら問題はない。

というわけで、麦茶用の『炒り麦』は、いつも知人に作って(炒って)もらっている。

ちなみに、『炒り麦』、このまま食べてもとても美味しい。麦茶用だけではなく、私のおやつにもなっている。

===余談===

茶透明の冷たい麦茶を飲んでいる私を、奇妙なまなざしで眺めるネパール人は多い。

『それ、ジュース?』とよく聞かれる。

『ううん、チヤ(お茶)』というと、『温かいの?』という質問が必ずやってくる。

『冷たいよ』というと、みんな必ず口をそろえてこういう。

『冷たいチヤ(お茶)なんて、おいしい?』と。

いいえ、これはね、ガフン(麦)のお茶でね、あなたたちが飲む『チヤ』とはちがうのよ。日本人は夏にこうやって冷たくして飲むのよ、といっても、そんな説明は上の空だ。

冷たいチヤのどこがおいしいのかしらねえ、とネパール人同士で話し始めるから。

2005年6月16日木曜日

雨期入りはいつ?



早く雨期になってくれ、と思う毎日。日本ほどではないが、湿度もややあり、蒸し暑い。

外遊びを覚えたうちの猫も、外は暑いせいか、日中は室内でだらしなく体を伸ばし寝ていることが多い。お腹を、風が入ってくる窓側に向けて。

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日本では猫のトイレ用に、専用の砂を使うのが一般的らしいが、こちらにはそのようなものはない。(日本で猫を買った経験のない私は、日本での一般的な猫の飼い方を知らない)

以前は、新聞紙やいらない紙をちぎって、たらいの中に入れていたが、毎回ちぎった紙を準備するのはかなり面倒なので、近くの建築現場から砂をもらうことにした。

スクーターに乗せられる程度の量を、麻袋に入れて運ぶ。砂を袋に入れてくれたお礼に、毎回10ルピーほど現場の作業員に渡す。

この砂、屋外に山積みになって置かれている。今の時期のようにカンカン照りの毎日が続くと、砂もさらさらでいいのだが、雨が降ってしまうと、当たり前だが湿ってしまう。湿った砂だと、うちの猫は用を足したがらず、粗相をしてしまう。

雨が降り始める前に、乾燥した砂をたくさん用意しておこうと、ここの所毎日少しずつ砂をもらいに行っているのだが、雨が降る気配はない。砂のためにはありがたいけれど、いい加減降ってほしい。

雨期に入るのはいつ?

2005年6月15日水曜日

夏の野菜



日本では、あまり食べることのない夏の野菜がある。

かぼちゃのつるとヘチマ。

ネパール流に食べると、結局何でも、ジラ(クミンシード)、塩、唐辛子メインの味になってしまうのだが、かぼちゃのつるも、ヘチマも、おいしい。

つる系でいうと、日本語で『ハヤト瓜』(ネパール語でイスクス)といわれる瓜のつるも食べる。今住んでいる家の庭に、ハヤト瓜が育っているので、若くてやわらかそうなつるを時々こっそり摘んで食べている。

写真は、庭に茂っているイスクスのつる。

2005年6月14日火曜日

美容院の看板



よく通る道の隅においてある、美容院の看板。

この絵の女性、どう見ても(ネパール人の美意識から判断しても)、美しくないと思うんだけど。

毎回、通り過ぎるたびに気になる看板でした。

2005年6月13日月曜日

ネパール食はヘルシーか?

野菜たっぷりのネパール定食『ダルバート・タルカリ』のことを、『ネパール料理って、本当にヘルシーよね~』と絶賛する人がよくいる。

どこがっ、と、私は思う。

『野菜が多い=ヘルシー』と、まんまとだまされる人が多いが、肉類がない、ということで、ただ、動物性たんぱく質がないだけ。どのおかずにも油がたくさん使われているし、1回に盛られるゴハンの量もハンパでなく多いネパール定食は、アブラ、デンプンともに多い『成人病推進食』だと、私は思う。

(油とは直接関係ないが、毎日何杯もあまいミルクティーを飲むネパール人には糖尿病患者が非常に多い)

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カトマンズ・タメル近くに小さなゲストハウスをオープンして2ヶ月になる。現在ネパール旅行のオフシーズンということもあり、のんびりと、住み込みの男性スタッフ3人に、掃除や部屋の準備などをしてもらっている。

ネパール月の2月(5月半ば~6月半ば)もそろそろ終わりになるので、今月1ヶ月の出費を項目ごとにまとめさせた。その際、食費と、その内訳も明確にさせた。

その結果分かったこと。

スタッフ3人のまかない食に使った油、1ヶ月で5リットル。

ご、ごりっとる?という感じだ。別に、揚げ物をして、残り油を捨てたわけではない。すべて彼らの胃の中に入った量だ。信じられない。

ネパール人は1日に2回食事をとる。ということは、単純に計算しても、1人1食あたり約25ml強の油を摂っている事になる。

10代後半から20代前半の若い食べ盛りのスタッフたち、とはいっても、1食当たり25ml油を胃の中に入れるのは、日本人の食習慣からすると、尋常ではない。

朝と、一服時には、砂糖たっぷりのあまーい紅茶を飲み(甘党のネパール人は、砂糖の消費量も異常なほどに早い)、毎回の食事で大量の油を摂っていれば、そりゃ、成人病(生活習慣病)になるわな。

===余談===

日本で病院勤務だった私の職場では、長期休暇前と休暇後に、同僚に採血をしてもらい、趣味?として、検査比較する人が多かった。

『長いこと休んで血が活性化されたから、好酸球が増えた!』とか、『運動したから、乳酸値が高くなっている』とか、結果を見ては、喜んでいた。

当時ネパールをはじめアジア旅行によく出ていた私も、例にもれず、旅行前と後の血液検査は欠かさなかった。

ある年、ネパール滞在約10日間、泊まっていたゲストハウスのまかない食(ダルバート・タルカリ)を、ほとんど毎食食べ続けていたことがあったのだが、このときの旅行後の数値は、非常に分かりやすかった。コレステロール値が旅行前と比べて、異常なぐらいに上がっていたのだ。

自分の身をもって、ネパール料理は決してヘルシーではない、ということを証明したのであった。

そういえば、インド滞在中ローカルな飯屋ばかりで食事をとり、ひどい下痢になって帰国した時などは、肝機能を示す値が正常値を超えていたことがあり、驚いたこともあった。薬を飲んだわけでもないのに。

自分の健康のためにも、ムチャはいけませんね。

2005年6月11日土曜日

通り雨

明け方、強い雨の音に、目が覚めた。

窓を開けたまま寝ていたたので、家の中に振り込まないよう、閉めてまわる。

外を見ると、激しく地面を叩きつける、強い雨。でも、空は、思いのほか明るい。南の上空には、青空さえ見える。

きっと通り雨だな、と思いながら二度寝に入った。

この明け方の雨は、カトマンズ市内北側でのみ降った、局所的なものだったようだ。

このような、局所的な大雨が、雨期になるとよく降る。ニューロードで激しい通り雨が降っているのに、そこから2kmも離れていないタメル地区では、いい天気、ということもある。

スワヤンブナートのような高い場所から街と空を見ると、黒い雲がかかっている地域がよく分かり、その下では強い雨が降っているのだろうな、ということも、安易に想像できる。

2005年6月8日水曜日

そっくり

ネパールにいると、日本のどこかで見かけたことがあるような顔のネパール人によく出会う。でも、すぐには、どこで見かけたか思い出せない。

例1:
Hotel Tenki という中級ホテルがタメルにある。ヒマラヤン・アクティビティーズ の経営者が、数年前このホテルのマーケティング・マネージャーとして働いていたことがあって、当時、私も時々訪れることがあった。

ここのオーナーの顔が、誰かにそっくりで、でも誰か思い出せずに、いつも、もどかしい思いをしていた。

ある日、家に招待され、私のあまり好きではないバター茶をご馳走になりながら、世間話をしているときに、『あ!』。わかったのだ。彼は、愛川欽也そっくりだったのだ。

ちょうどその時、日本から大学時代の友人が来ていて、彼と一緒に家に招待されていたのだが、『愛川欽也』であることに気がついてからは、笑いをこらえるのに必死で、世間話どころではなくなってしまった。

例2:
以前、ネパールダンスを習っていた時のこと。毎日通う教室の近くで野菜を売っている女の子が、誰かに似ていた。

かわいいのだが、やる気があるのかないのか分からないような、今にも泣き出しそうな顔。

うーん誰に似ているのだろう?と見かけるたびに気になっていたのだが、ある日、彼女が道路のほうきがけをしている横顔を見て、気がついた。彼女は卓球の愛ちゃん似だったのだ。

例3:
昨年春にヒマラヤン・アクティビティーズを利用してくださったゲストが送ってくれた写真の中にも、芸能人似のネパール人がいた。

オフィスを訪れる日本人で、トレッキングに興味がある人に、上記ゲストが送ってくださったトレッキングの写真を見せることがある。

この中に、ガイドとポーターが写っている写真があるのだが、この写真を見た日本人が一言。『真木蔵人だ!』。

ルクラから雇ったポーターが、そういわれてみれば確かに真木蔵人似だった。

でも実際は、身長150cmぐらいしかない小柄なおじさんなのだが。

このほか、同級生や、元同僚に似ている顔の人など、たくさんいて、おかしい。

最近私が密かに会うのを楽しみにしているのは、チベットツアーを催行している会社のスタッフ。彼は、耳が大きくて、妖怪人間ベロにそっくりだ。

2005年6月7日火曜日

タクシー内の芝生



昨日の話になってしまうが、久々にタクシーに乗った。

助手席の前のダッシュボードに、なんと芝生が植えてあってびっくり。

ちょうど前日のNHKニュース10(リアルタイムでネパールでも見ることができる)で、『銀座のビルの一角に尾瀬を再現した』というニュースを見ていたのだが、その話を思い出してしまった。

何の目的で車内に芝生を植えようと思ったのかは聞きそびれたが、何となく涼しげで、思わず写真を撮ってしまった。

2005年6月4日土曜日

歯の話

ネパール人によく、『日本人の多くはメガネをしていて歯が悪い(歯並びの悪さ、虫歯の多さなど色々な面で)』といわれることがある。

確かに、そうかもしれない。が、私には虫歯が一本もない。治療したからとかではなく、虫歯そのものになったことがない。

特に、歯を大切にしようと努力しているわけでもない。面倒くさくて歯を磨かないまま寝てしまうこともよくある。どうやら、虫歯ができにくい体質のようだ。

日本では医療技術系の仕事が本職だった私は、大学4年間、毎日夜までいろいろな実習をした。その中で、1つよく覚えている実習がある。

免疫学の実習で、自分の唾液から血液型を調べる内容のもの。

実習の最初、試験管に20mlぐらいの唾液を集めさせられた。ぺぺぺっとあっという間に唾液を出し終わって周りを見ると、みんな、なかなか唾液を集めることができずに、苦労していた。(50人以上いる学生の中で、私が一番最初に唾液を集めることができたのだ!って、自慢するようなことでもないが)

唾液が多いから、私は虫歯になりにくいのだろう。『虫歯になりにくい体質』というのが、ひょんなことから証明されたのだった。

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管理栄養士の母に言わせると、私の虫歯ができにくいのは、『あなた(私のこと)が3歳になるまでチョコ類を一切食べさせず、よい食生活で育ててあげたからだ』という。確かにそれもあるかもしれないが、同じ条件で育った妹には虫歯があると言うことは、やはり体質なのだろう。

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最後に、歯磨きとネパールとに関する話題を1つ。

カトマンズでは歯磨きに『歯ブラシ』を使うのは一般的になっているが、地方では、木の枝などを噛み、歯を磨いている人たちもたくさんいる。

2005年6月3日金曜日

まゆ毛を整えに美容院に行ってきた。

美容院を切り盛りしている太目のディディは、私のまゆ毛を抜くときにはきまって、私の容姿について、店内にいる他のネパール人女性たちと評論をする。

色が白くていいとか、髪が長くていいとか、背も高くてうらやましいとか。(実際には、肌は浅黒く、髪も伸ばしっぱなしなだけなのだが。身長も160cmとごく平均的だし)

ほめてくれているのだから、とりあえずは、否定せずに聞いておこうといい気になっていると、いつも必ず最後にこう付け加える。

『彼女(私のこと)の欠点は、鼻ぺちゃなことなのよねえ。これで、バフン(アーリア系の民族)の高い鼻がついていたら、完璧なのにねえ』

毎回毎回、店にいる違うネパール人女性相手に、同じ評論を繰り返すのがおかしい。

鼻の低さに関連する話。

鼻の高いアーリア系民族(ネパールで言うと、インド人顔の人たち)に言わせると、私も含め、モンゴロイド系の鼻の低さが、不思議でしょうがないようだ。

君たちの鼻には、骨が入っていないのか、と。

以前、すらっと鼻筋の通ったかわいく美しい日本人女性に対して、知り合いのネパール人が、『あんな高い鼻をもつ日本人ははじめてみた!日本人にも、私たち(インド人顔の民族)と同じような鼻を持つ人もいるのか!骨がない人ばかりではないのか!』と、驚いていたことがあった。

日本人のみんながみんな、鼻ぺちゃというわけではないんですよ。

2005年6月2日木曜日

ホタル

室内飼いだったうちの飼い猫を、最近外へ出すようにしたのだが、どこへいくのか、夜になっても家に戻ってこなくて困る。

いつも寝る前に、庭へ出て、猫を室内に呼び寄せるのが日課になってしまった。

夜の庭。時々ホタルが飛んでいることがある。今日も見つけた。

環境汚染の激しいカトマンズ。聖なるバグマティ川もゴミだらけで、暑いこの時期は異臭がすごく、橋を渡るときは息を止めたくなるぐらい。

こんな街だが、この時期になると、いろいろな場所で、ホタルを見かける。

以前、ネパールの村へ行った時に、夜、トイレ(村にはトイレがないので、屋外の野原すべてがトイレ)に起きて、びっくりしたことがあった。星空が、目の前の林の中にあるのだ。しかも、無数の小さな光りが、ゆらゆらゆれている。

なんで、星がこんな低いところで、しかもゆらゆらゆれているのだろう? 寝ぼけているのだろうか、と、始めは状況がよくつかめなかった。

空を見上げると、そこには、プラネタリウム並の星が光っていた。こちらの星はゆれていない。

もう一度林に目を移すと、やっぱり星がゆらゆらゆれている。

そう、それは無数に飛ぶホタルだったのだ。

ホタルの事をあらわすネパール語はいくつかあるが、よく使われるのは『ジュン・キリ』という言葉。『ジュン=月』『キリ=虫』、つまり、『月の虫』ということになる。響きも意味も、きれいだなあと思う。

2005年6月1日水曜日

4年前の思い出

4年前、2001年6月1日~2日にかけての深夜、前国王一家全員が殺害される惨事が王宮でおきた。

深夜、ヘリコプターが飛び交う音がして、異変を知ったという知人もいたが、私は、何も知らずに翌朝を迎えた。当時、王宮から徒歩5分も離れていない場所に住んでいたのに。

2日早朝5時、家の電話がなった。ネパール人は朝が早く、朝っぱらから間違い電話をかけてくることがよくあるので、どうせ、間違い電話だろう、と出ないでいたのだが、ベルはなり続ける。

しぶしぶ布団から置きだして、電話に出ると、それは間違い電話ではなく、知人からの電話だった。この電話ではじめて、昨晩王宮内で起こった惨事を知らされたのだった。

あわててラジオをつけたが、どの局も暗い音楽を流すばかり。ネパールのテレビはすべて見られない状態になっていて、インドのニュースやBBC、CNNなど外国から発信されるニュースを通して、ネパール国内でおきていることを知った。

ネパールのことを、ペルーやモンゴルといつも勘違いする日本の知人も、これでネパールのことを知ったかな、と、ふと思った。

午後から外出禁止令が出された。

夜には、『水道に毒が入れられた』というウワサなども飛び交った。

色々な情報が錯綜し、何となく、精神的に落ち着かない日が続いた。

あれから4年たったが、6月2日になると、思い出す。