偶然の出来事シリーズ1、2に続き、最後の1件は、ちょうど2年前に起きた、私本人にかかわる再会体験について書いてみたい。
===
私たちの会社、基本的に事前予約者でないと手配は受け付けておらず、飛び込み客の利用はほとんどないのだが、ネパールに到着してからネットで検索し私たちの会社を見つけ、直接来店くださる方も時々いらっしゃる。
2009年春、私の外出中、一人の若い男性が、アポなしで来店して下さった。
私が外出先から戻り、ゲストに挨拶をした瞬間。
その方、ものすごい勢いで立ち上がり、私を指差し驚愕の表情で叫んだのだ。「あっー!!この人知ってる!!!」
予期せぬ突然の反応にびっくり。失礼ながら私、「ガンジャやっておかしくなっちゃったバックパッカー君?」と、内心恐怖を感じてしまった。身なりも崩れていなくて、礼儀正しそうな好青年なのが、逆にますます怪しい。
「どこかでお会いしましたっけ?」とひきつった笑顔で返答。
すると、相変わらず私を指差したまま「バラナシで会った!!!」というのだ。
バラナシという地名が、ますます胡散臭い。確かに私、バラナシには過去2度行ったことがあるが、最初は10年以上前、最近でも2003年の訪問となる。そのどちらかで会ったなんて。
変な人かもしれないから退散してもらおう、などとと思いつつ、6年前(当時)のバナラシ訪問時のことを思い出してみる。
8月だったこともあり、私が泊まったゲストハウスには日本人学生旅行者が何人かいて、一緒に夕飯を食べた記憶がよみがえる。そして、記念に写真を撮った記憶も。後日、メールでその写真を送ってもらい、何人かとは何度かメールのやり取りはしたが、すぐ途切れてしまったことなども。
頭がフル回転し、目の前にいるゲストが、その時一緒に写真を撮ったうちの一人だということに気付いた。大学で地震に関するゼミに入っていたという話を聞いたことも、鮮明に思い出す。当時、どこかで大きな地震があった直後で、地震関係のゼミということで、印象深かったのだ。
そう、彼は、6年前(当時)バラナシで会った学生君(当時)だったのだ。
聞くと、その後就職はしたが、退職。今(当時)は長期旅行の途中だという。ネパール入り後、現地の旅行会社をネット検索していて、たまたま私の会社を見つけたそうだ。
そして、その会社が私の経営だということは全く知らずに、アポなし訪問。→ 思いがけず、驚愕の再会!
しばらくは興奮から抜けきれなかった。あれから2年経っているが、今思い出しても鳥肌が立つ。
===
今回、偶然の出会いや再会にまつわる話題を3ケース書いてみた。これ以外にも、たくさんの出会いを体験している。これらは、偶然にみえるけれど、もしかしたら必然なのだろうか、などと、ふと思ってしまうこともある。
2011年3月25日金曜日
2011年3月23日水曜日
偶然の出来事 2
偶然の出来事1 のつづき。
昨年のことだが、やはり、びっくりするような偶然の出会いがあった。
このときのゲストも、定年退職後の男性。世界各地を個人で周って、リタイア後の生活を楽しまれている方。
ネパールには若い頃から訪れていて(新婚旅行もネパールだったとお聞きした記憶が)、少し前から、私の会社のホームページやブログもご覧くださっているとのこと。
2010年秋、2ヶ月程のネパール個人旅行の一部手配をご依頼下さり、ご来社いただくことになった。最近、ゲストの方に直接私が対応させていただくケースは少ないのだが、この方は、私の都合に合わせてお越しくださり、直接お目にかかることができた。
旅行や趣味のことなどを楽しくお聞きしていたのだが、ところどころ出てくる話題が、実家の父の定年前の勤務先と共通する部分があることに気になり始めた。
普段、プライベートな質問はしないようにしているのだが、この時はいてもたってもいられなくなり、不躾にも、ゲストに定年前の勤務先名をたずねてしまった。すると、返ってきた社名は案の定、私の父が長年勤め、定年退職した会社と同じだったのだ。
ゲストにもそのことは告げたのだが、すぐに他の話題へ移り、その後、オフィスをあとにされた。
同じ会社の社員だったとは言っても、2万人以上の従業員がいるところ。
また、私の名字は非常に珍しく、こちらのサイトによると、日本に9世帯(正確性は不明だが)しかないようなのだが、ゲストがネパール入りされる前、なんども手配内容に関するメールでのやり取りをさせていただいたにもかかわらず、私の名字を見ても父と結びつかなかった、ということは、おそらく現役時代も接点はなかったのだろう、などとと思っていた。
しかし、翌日、ゲストからお電話が。
「昨日の件ですが、もしかして、お父さんの下のお名前は▽▽さんではありませんか?」
聞くと、一時期同じ部署にいたこともあるという。父のこともよく覚えて下さっていた。名字の件は、そういえば珍しい名字ではあるが、とくに意識もせず、そこから父と結び付けるまでには至らなかった、とのこと。
それはそうだろう、たまたま見つけた現地の会社。そこを経営しているのが元同僚の娘だなんて、そこまで突飛な想像は普通しないだろう。
なにはともあれ、すぐに父にメールをしたところ、父もこの方のことはよく覚えていて、ネパールでの偶然の出会いにとても驚き、喜んでいた。
一ゲストだった方が、突然、古くからの知り合いのような近しい存在となり、嬉しいやら、気恥ずかしいやら。
こんなこともあるのだなあ、と、驚き感激した出来事だった。
===
偶然の出会いに関する話題。あと1ケース、次回につづきます。
昨年のことだが、やはり、びっくりするような偶然の出会いがあった。
このときのゲストも、定年退職後の男性。世界各地を個人で周って、リタイア後の生活を楽しまれている方。
ネパールには若い頃から訪れていて(新婚旅行もネパールだったとお聞きした記憶が)、少し前から、私の会社のホームページやブログもご覧くださっているとのこと。
2010年秋、2ヶ月程のネパール個人旅行の一部手配をご依頼下さり、ご来社いただくことになった。最近、ゲストの方に直接私が対応させていただくケースは少ないのだが、この方は、私の都合に合わせてお越しくださり、直接お目にかかることができた。
旅行や趣味のことなどを楽しくお聞きしていたのだが、ところどころ出てくる話題が、実家の父の定年前の勤務先と共通する部分があることに気になり始めた。
普段、プライベートな質問はしないようにしているのだが、この時はいてもたってもいられなくなり、不躾にも、ゲストに定年前の勤務先名をたずねてしまった。すると、返ってきた社名は案の定、私の父が長年勤め、定年退職した会社と同じだったのだ。
ゲストにもそのことは告げたのだが、すぐに他の話題へ移り、その後、オフィスをあとにされた。
同じ会社の社員だったとは言っても、2万人以上の従業員がいるところ。
また、私の名字は非常に珍しく、こちらのサイトによると、日本に9世帯(正確性は不明だが)しかないようなのだが、ゲストがネパール入りされる前、なんども手配内容に関するメールでのやり取りをさせていただいたにもかかわらず、私の名字を見ても父と結びつかなかった、ということは、おそらく現役時代も接点はなかったのだろう、などとと思っていた。
しかし、翌日、ゲストからお電話が。
「昨日の件ですが、もしかして、お父さんの下のお名前は▽▽さんではありませんか?」
聞くと、一時期同じ部署にいたこともあるという。父のこともよく覚えて下さっていた。名字の件は、そういえば珍しい名字ではあるが、とくに意識もせず、そこから父と結び付けるまでには至らなかった、とのこと。
それはそうだろう、たまたま見つけた現地の会社。そこを経営しているのが元同僚の娘だなんて、そこまで突飛な想像は普通しないだろう。
なにはともあれ、すぐに父にメールをしたところ、父もこの方のことはよく覚えていて、ネパールでの偶然の出会いにとても驚き、喜んでいた。
一ゲストだった方が、突然、古くからの知り合いのような近しい存在となり、嬉しいやら、気恥ずかしいやら。
こんなこともあるのだなあ、と、驚き感激した出来事だった。
===
偶然の出会いに関する話題。あと1ケース、次回につづきます。
2011年3月21日月曜日
偶然の出来事 1
偶然の出会いや再会に驚くことがよくある。先日も、世界の狭さを実感したところだった。
ここ1年ほどで体験した3ケースを書いてみたい。
===
先日、還暦を過ぎた男性ゲストの方々が、私のトレッキング会社を利用してくださった。
旅行開始前に何通ものメールのやり取りをし、最終の確認なども終え、ネパール入りまであと数日と迫ったある日のこと。今回のネパール旅行に対する思い入れが書かれたメールをいただいた。
それは、こんな内容だった。
学生時代の部活の後輩が、35年ほど前に10年ほど、ネパールの山村で暮らしていた。そういう縁で、当時、同じ部活の部員同士が結婚する際、その村に結婚式を挙げに行った者もいる(※)。
残念ながらその結婚式には参列できなかったが、今回、約35年越しでやっと念願のネパールトレッキングに出発できることになった。ネパール初訪問をとても楽しみにしている。
・・・とのことだった。
私事で恐縮だが、このゲストたちは私の父と同世代。父も、若かりし頃自転車での日本一周を計画、しかしすべて実現せず、残りの区間を定年後、35年以上越しで走りつなげた、ということがある。
参考記事:http://dailynepal.blogspot.com/2010/04/20.html
そんなこともあり、このゲストたちの思い入れに深く共感、胸が熱くなる思いがしたのだが、それよりも何よりも驚いたのは、ゲストたちの『大学の後輩』という方が、私も面識のある方だったのだ。縁あって2年前に知り合い、それ以降、私たちの会社のこともよく気にかけて下さる方。
このため、ゲストたちは、後輩氏から私たちの会社を紹介してもらったのかと思ったのだが、そうではないとのことだった。誰からの紹介でもなく、ネット検索でたまたま見つけ、利用を決めてくださったという。
今回、偶然にも、ゲストの後輩氏が、ゲストたちより1日遅れの便でネパール入りされる用事があり、その件でもメール連絡を取らせていただいている最中だったのだが、双方とも、同時期にネパール入りする予定があることなど、知る由もなかった。
双方とも、大学卒業後(後輩氏が部活を1年で辞め、それ以降とのことなので40年近く)連絡を取ったことはなく、近況も知らないというのだ。
しかもゲスト、実は複数社に問合せをしていたという。しかし、最終的に私の会社を選んで下さった。もし他の会社を選んでいたら、双方が同時期にネパール入りしていることを、共通して知る者もなく、ただのニアミスに終わっていただろう。
せんえつながら私が仲介役となり、双方へ連絡を取らせていただいた。ネパールでのスケジュールが合えば、40年近くぶりの再会の機会を、ここネパールで作っていただけるかもしれない、などと考えると、他人事とは思えず、気持ちが高ぶっていた。
残念ながらネパール滞在中のスケジュールは合わず、再会実現はならなかったのだが、電話で話しをすることができたとの連絡をいただき、自分のことのようにとても嬉しく、感動した。
いろいろな偶然が重なった今回の件。世界は広いようで狭いんだなあ、と、しみじみ実感した出来事だった。
(※)追記:
ゲストの後輩氏はネパールに関する著書をお持ちです。先述の『ネパールの山村で結婚式を挙げた部活の仲間』の話は、著書のひとつ『ヒマラヤの花嫁』の中におさめられています。
===
偶然の出会いに関する話題。あと2ケースつづきます。
→ 偶然の出来事2 へ
ここ1年ほどで体験した3ケースを書いてみたい。
===
先日、還暦を過ぎた男性ゲストの方々が、私のトレッキング会社を利用してくださった。
旅行開始前に何通ものメールのやり取りをし、最終の確認なども終え、ネパール入りまであと数日と迫ったある日のこと。今回のネパール旅行に対する思い入れが書かれたメールをいただいた。
それは、こんな内容だった。
学生時代の部活の後輩が、35年ほど前に10年ほど、ネパールの山村で暮らしていた。そういう縁で、当時、同じ部活の部員同士が結婚する際、その村に結婚式を挙げに行った者もいる(※)。
残念ながらその結婚式には参列できなかったが、今回、約35年越しでやっと念願のネパールトレッキングに出発できることになった。ネパール初訪問をとても楽しみにしている。
・・・とのことだった。
私事で恐縮だが、このゲストたちは私の父と同世代。父も、若かりし頃自転車での日本一周を計画、しかしすべて実現せず、残りの区間を定年後、35年以上越しで走りつなげた、ということがある。
参考記事:http://dailynepal.blogspot.com/2010/04/20.html
そんなこともあり、このゲストたちの思い入れに深く共感、胸が熱くなる思いがしたのだが、それよりも何よりも驚いたのは、ゲストたちの『大学の後輩』という方が、私も面識のある方だったのだ。縁あって2年前に知り合い、それ以降、私たちの会社のこともよく気にかけて下さる方。
このため、ゲストたちは、後輩氏から私たちの会社を紹介してもらったのかと思ったのだが、そうではないとのことだった。誰からの紹介でもなく、ネット検索でたまたま見つけ、利用を決めてくださったという。
今回、偶然にも、ゲストの後輩氏が、ゲストたちより1日遅れの便でネパール入りされる用事があり、その件でもメール連絡を取らせていただいている最中だったのだが、双方とも、同時期にネパール入りする予定があることなど、知る由もなかった。
双方とも、大学卒業後(後輩氏が部活を1年で辞め、それ以降とのことなので40年近く)連絡を取ったことはなく、近況も知らないというのだ。
しかもゲスト、実は複数社に問合せをしていたという。しかし、最終的に私の会社を選んで下さった。もし他の会社を選んでいたら、双方が同時期にネパール入りしていることを、共通して知る者もなく、ただのニアミスに終わっていただろう。
せんえつながら私が仲介役となり、双方へ連絡を取らせていただいた。ネパールでのスケジュールが合えば、40年近くぶりの再会の機会を、ここネパールで作っていただけるかもしれない、などと考えると、他人事とは思えず、気持ちが高ぶっていた。
残念ながらネパール滞在中のスケジュールは合わず、再会実現はならなかったのだが、電話で話しをすることができたとの連絡をいただき、自分のことのようにとても嬉しく、感動した。
いろいろな偶然が重なった今回の件。世界は広いようで狭いんだなあ、と、しみじみ実感した出来事だった。
(※)追記:
ゲストの後輩氏はネパールに関する著書をお持ちです。先述の『ネパールの山村で結婚式を挙げた部活の仲間』の話は、著書のひとつ『ヒマラヤの花嫁』の中におさめられています。
===
偶然の出会いに関する話題。あと2ケースつづきます。
→ 偶然の出来事2 へ
2011年3月13日日曜日
ホーリー祭もうすぐ(チールも建てられた!)

ホーリー祭(色水や色粉を無礼でかけあう祭)の6日前の本日、カトマンズ市内ダルバール広場に、色とりどりの布がぶら下がった、チール(चिर)建てられた。

このチール建立を目印に、水かけが解禁となる。
ホーリー当日(今年は3月19日)が近づくにつれ、仲間内での水かけが、見知らぬ通行人への狙い撃ちに変わることも。
水に濡れるのは一歩譲ってよいとして、至近距離から狙われ痛かったり、バイク運転中に流れ弾にあたってハンドルを取られそうになったりすることもあり、これからホーリーに向けては、外出したくなくなるのが正直なところ。
度の過ぎる水かけで逮捕者も出ていると聞くが、屋上などから隠れて狙われると、犯人を特定できないことも多く、悔しい思いをすることもよくある。
ホーリー前日・当日は水かけ合戦もかなり白熱するので、街歩きの際には不意打ちに遭わないよう注意しながら、濡れてもよい覚悟で出かけよう。
2011年3月10日木曜日
ネパールの国花シャクナゲ、徐々に満開中
3月初めから本日現在、プーンヒルトレッキングから帰ってきたガイドたちの話によると、ウレリ(2120m)付近で、ネパールの国花シャクナゲが満開となっていたとのこと。上の写真は3月1日、ウレリにてガイドが撮影。
ちなみに、同時期エベレスト方面のパグディン(2610m)でも、咲き始めていた模様。
ランタン方面では、ラマホテル(2340m)あたりで咲き始めていたとか。ドゥンチェ(1950m)では、行き(3月初旬)には満開だったが、帰り(本日)には散り始めていたそうだ。
以下、ガイドがウレリで撮影した満開のシャクナゲの様子。
遠方に見えるヒマラヤはアンナプルナサウス。
一方、ゴレパニ(2853m)付近では、3月初旬当時、まだつぼみの段階。
撮影時期から10日ほど経っているので、そろそろ咲き始めていることだろう。
シャクナゲの季節に合わせ、トレッキングを計画する方も多い。標高によって満開になる時期が異なるが、2500m以上の場所だと、3月半ば過ぎから後半にかけてが見ごろとなるかもしれない。
写真撮影:Mr. Tej Shrestha(ガイド)
2011年3月8日火曜日
郵便局で荷物をネズミにかじられた

先日のことだが、実家の母がひな祭り用に雛あられを送ってくれたというので、楽しみに待っていたところ、3日夕方、郵便局から、荷物到着の知らせが入った。
しかし、今から取りに来ても間に合わないから明日以降来るように、と局員が言うので、仕方なく、翌日、スタッフに取りに行ってもらった。
帰ってきたスタッフから「荷物、ネズミに食べられてたよ」との報告が。
以前、2度程ネズミ被害を体験しているため、また?と思ったのだが、今回は、到着から受け取りまで24時間も経過していない。まさか、と思って受け取ると、あらら、本当にかじられていた(涙)。なんと素早い行動。
荷物を詰め終わった後、最後におまけで、紙包装で密封されていない『雷おこし』を二包、ビニール袋に入った本包みの荷物とダンボール箱の隙間に突っ込んでくれていたのだが、まさにそれが狙われてしまったのだった。
スタッフ曰く、局員「食品が入っていると間違いなくかじられるね。特に魚系なんか入っていたら、アサン(郵便局からも近い庶民の市場)からニオイを嗅ぎ付けて走ってくるから」と、のんきに言っていたとか。
そういえば、同じようなことを、同じような態度で、数年前にも言われた覚えがある。
誠意のかけらもないこういう対応に、怒りと悔しさ倍増。だが、仕方ない。
ツイッター経由で、二重のビニール袋に入れることで被害が防げる(確率が高い)ことを教えていただいた。
郵便局の対策は期待できないから、今後は、送付側に頼み、念入りに対策を取ることにしよう。自分の身(食品)は、自分で守るしかない。
以前の、涙のかじられ体験記はこちら:
ネズミにかじられた(2005年10月)
郵便局にまつわる話:(ネズミは海苔が好き?)(2006年5月)
2011年3月5日土曜日
ロサールのおすそわけ
2011年3月2日水曜日
シバラトリの日の通せんぼと、大麻のこと

気付くと、ブログ更新しないで2週間程経っていました。記事にする程のこともなく、ついついツイッターばかり利用してしまいます。毎日訪問くださる読者の皆さま、申し訳ありません。
・・・
さて、今日はシバラトリ(シバ神生誕祭)で祝日。シバ神を祭る寺院、特に、カトマンズにあるパシュパティナート寺院には、毎年、ネパール国内からだけではなく、インドからもたくさんの修行者が集まる。周辺は通行規制も行われ、とても混雑する。
市内では、子供たちが道の端から端へ紐を引っ張り『通せんぼ』をする場面に、あちこちで遭遇する。通せんぼをして、通行人や通行車両から小銭をもらう習慣があるのだ。毎年、私も、前の日に1ルピーや2ルピー硬貨をたくさん準備して、通せんぼをされるたびに子供たちに渡すようにしている。
今日は車で移動したのだが、道路の真ん中にまで立ちはだかり通行を遮る子供たち(上の写真)。気合の入りように思わず苦笑。
そういえば以前、バイクで移動中、本当に小銭がなくて「ごめんね、午後も君たちここにいたら、帰りに通る時に必ずあげるから」と約束したら、賢い子供が「じゃあ、ナンバー控えておくよ!」と、メモし始めて焦ったことが。

===
ところで、この日は大麻を吸っても、比較的多目に見てもらえる日でもあるとのこと。
そこで思い出す話が。
数年前、シバラトリの翌日の出来事。ゲストの観光予定があったのだが、予定していたガイドから、朝、観光開始予定時刻の1時間を切ったころに連絡が入った。弱々しい声で「昨晩遅くに調子が悪くなって、救急車で病院に運ばれた。ドクターからまだ安静にしているよう言われているので、今日の仕事はできなくなってしまった」というのだ。
申し訳なさそうに何度も謝るし、声の調子から仮病ではないことも明らかだったので、怒る気も失せ、急きょ他のガイドを手配したのだが、その後、急病の真相が明らかになりあきれる羽目に。
彼、前夜(シバラトリの日の夜)、友人たちから「シバ神のプラサド(供物)だよ」と言われて、ミタイ(甘いネパール菓子)をすすめられたとのこと。断る理由もなく口に入れたところ、気分が悪くなり、救急車で病院に運ばれる事態となったらしいのだ。
「急性食中毒か何か?」と聞く私に、周りにいたネパール人スタッフがみなにやにや笑い出す。聞くと、誰が入れたのかは知らないが、ミタイの中にガンジャ(大麻)が入っていて、悪酔いしたのが原因らしいのだ。
「本当はガンジャ入りって知ってて、自分で好んで食べたんじゃないの?」と問われると、焦って否定はしていたが果たしてどうだったのか。
その翌年も、彼、シバラトリの翌日に観光の仕事が入った。前夜は「他人からすすめられても何も食べないこと」「早く家に帰って寝ること」を固く守らせ、翌日、無事ガイドの任務を遂行できた、ということが。
2011年2月17日木曜日
2月の雨と、その後のヒマラヤ

先週後半からスモッグ(春霞?)の影響で、晴れてはいるもののスカッとした青空は広がらず、弱い日差しの日が続いていた。そしてその後天気が崩れ、昨日まで連続2日程、雨のち曇りの悪天候に。
例年のことを振り返ってみると、毎年今ぐらいの季節に、1日中雨が降る日が必ずあるような気がする。季節の変わり目だからだろうか。
国内線にも影響が出ていた。ルクラ便も、2月12日ほぼ定刻通り飛んだあと、13日、14日と2日間全便欠航、15日悪天候の中何便か飛んだが、16日も全便欠航、というような状況だった。
ちょうど、私たちのゲストは、予定通り12日と15日の運航便でルクラへ飛べたので、送り出す側としてはホッとしていたのだが、その後の悪天候で、昨日まではヒマラヤは全く見えないという残念な日が続いていたようだ。
このまま悪天候が続き、ヒマラヤも見えないまま終わってしまうのだろうか、と心配していたのだが、昨晩、厚い雲の切れ間に、満月前の明るい月(18日が満月)がのぞいているのを確認し、天気の回復を期待。
今朝は、私の家の周辺、冬季にも見られなかった程の濃霧に覆われていたが、「濃霧が出る日は晴れる」ため、さらに期待していたところ、10時頃から青空が広がり始めた。
昨日の降雨中、カトマンズ周辺の丘(といっても3000mぐらいの山)では雪が降っていたようで、市内からは雪山がくっきり見えていた。写真は、午前中ダルバールマルグ(元王宮通り)から撮影したもの。雪山の前にある肌色の建物は元王宮。

ところで、ナムチェにいるガイドによると、雪が積もり、歩くのが大変な状態だそうだ。ちなみに、今日はよい天気でヒマラヤも見えている、とのこと。
しばらく残雪/氷結があるかもしれないので、これからルクラ入りするトレッカーは気をつけて。
なにはともあれ、天気が回復して安心した。
===
私事だが、ちょうど7年前、ネパールから、アラスカのフェアバンクスにオーロラを見に行った。
出現確率の高いという1月の訪問だったのだが、3夜中2夜とも出現せず、観賞できないまま終わってしまうのだろうか、とあきらめ始めていたところ、最終日に大ブレイクし感激。
ネパール旅行を手配していて、悪天候ののち回復して、最後にヒマラヤが顔を出してくれる、というパターンはよくあるのだが、そのたびに、オーロラのことを思い出す。
内容 :
ネパールトレッキング情報,
天気・天候・季節
2011年2月8日火曜日
カトマンズ・トリブバン空港前にできたエアポートホテルのこと

ネパールで唯一国際線が乗り入れているトリブバン国際空港。そこから市内までも5kmほどしか離れていないカトマンズ。
深夜到着でも、10分程車で走れば、ホテルが無数に立ち並ぶ旅行者エリアの「タメル地区」へ移動できるためか、今まで、エアポートホテルと銘打つホテルはなかった。
「空港近く」と紹介されるエベレストホテルは、徒歩圏内ではないし、空港近くパシュパティナート周辺にあるホテルは、インド人ビジネスマンやパシュパティナート巡礼用のインド人向けがほとんどだし。
しかし、2011年元旦より、空港ゲートの目の前に新ホテルがオープン。その名も、Airport Hotel Kathmandu。
空港ゲート付近から撮影↓

手元にあるホテルのパンフレットによると、シングル素泊まり124USドル(宿泊料100USドル+10%サービスチャージ+13%VAT)。
※ 私の経営する旅行会社では、ホテルへ直接予約するよりも値下げして予約承っています。
5つ星レベル並みの料金だが、予算が合う場合はお薦めかもしれない。ネパールバンダが予定されている前後の宿泊にも向いているかも。
2011年2月6日日曜日
計画停電延長へ(タメル地区スケジュール掲載)
明日2月7日よりまた計画停電時間が増えて、週98時間に増えるとのこと。つまり毎日平均14時間停電するという計算。
参考までに、旅行者の利用が多いタメル地区の計画停電時間は以下の通り。
日曜日 09:00-16:00, 20:00-03:00
月曜日 08:00-15:00, 18:00-01:00
火曜日 06:00-13:00, 17:00-24:00
水曜日 04:00-11:00, 16:00-23:00
木曜日 02:00-09:00, 15:00-22:00
金曜日 01:00-08:00, 13:00-20:00
土曜日 11:00-18:00, 22:00-05:00
※ 停電時間は、場所によって異なりますので、すべてのエリアがこのスケジュールで消えるわけではありません。また、ホテルなど外国人が利用する場所のみ停電するわけではありません(←よく質問を受けるもので)。
===
以前の長時間停電の時は、3~4時間に分け停電、その後2~3時間程度送電、そしてまた停電、を繰り返すようなスケジュールだった。
が、今回は、長時間一度の停電。
どちらが便利なのか。まあ、24時間中、14時間電気がないという時点で、どのようなローテーションで停電となろうが、不便なことには変わりないのだが。
送電時間が深夜の就寝中の時間帯に当たっている日など、実質給電される電気を拝める日は限られているといっていいかもしれない。自家発電などで補う電気は別として。
さて、半月後、さらに何時間まで停電時間延長するか、乞うご期待!
参考までに、旅行者の利用が多いタメル地区の計画停電時間は以下の通り。
日曜日 09:00-16:00, 20:00-03:00
月曜日 08:00-15:00, 18:00-01:00
火曜日 06:00-13:00, 17:00-24:00
水曜日 04:00-11:00, 16:00-23:00
木曜日 02:00-09:00, 15:00-22:00
金曜日 01:00-08:00, 13:00-20:00
土曜日 11:00-18:00, 22:00-05:00
※ 停電時間は、場所によって異なりますので、すべてのエリアがこのスケジュールで消えるわけではありません。また、ホテルなど外国人が利用する場所のみ停電するわけではありません(←よく質問を受けるもので)。
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以前の長時間停電の時は、3~4時間に分け停電、その後2~3時間程度送電、そしてまた停電、を繰り返すようなスケジュールだった。
が、今回は、長時間一度の停電。
どちらが便利なのか。まあ、24時間中、14時間電気がないという時点で、どのようなローテーションで停電となろうが、不便なことには変わりないのだが。
送電時間が深夜の就寝中の時間帯に当たっている日など、実質給電される電気を拝める日は限られているといっていいかもしれない。自家発電などで補う電気は別として。
さて、半月後、さらに何時間まで停電時間延長するか、乞うご期待!
2011年1月29日土曜日
ボダナートと今日の空
2011年1月28日金曜日
ネパール元国王が印刷されている紙幣が使えなくなる!(大使館からのお知らせ転載)
3月18日追記:ネパール中央銀行は、3月14日から使用中止とするとしていた国王の図柄のある紙幣ですが、ネパール中央銀行は、3月17日に、今後も以前と同じように使用できると発表したそうです。
===
1月28日付け大使館からのお知らせ転載です。
===
国王が印刷された紙幣の使用期限について
先日新聞でも報道されましたが,現在使用されている紙幣のうち,国王が印刷されたものについては,本年3月14日までしか使用できなくなります。旧紙幣につきましては,もよりの銀行にて交換してくれます。3月15日以降,旧紙幣は使用でなくなりますが交換はできるそうです。しかし,中央銀行が指定した銀行のみとなります。できるだけ,3月14日までに交換することをおすすめします。
===転載以上===
確認してみたところ、私の手持ちの中にも、数は少ないが元国王が印刷されている紙幣が混ざっていた。
これから、優先的にこれらを使って行かないと。こりゃ、まるでトランプのババ抜きだな。
旅行者の方も、気付かぬ間にババ札を混ぜられないよう、気をつけて。
ネパールリピーターの方で、日本に持ち帰ったネパール札の中に国王画のものが混ざっている場合は、次回銀行で交換しましょう。
===
1月28日付け大使館からのお知らせ転載です。
===
国王が印刷された紙幣の使用期限について
先日新聞でも報道されましたが,現在使用されている紙幣のうち,国王が印刷されたものについては,本年3月14日までしか使用できなくなります。旧紙幣につきましては,もよりの銀行にて交換してくれます。3月15日以降,旧紙幣は使用でなくなりますが交換はできるそうです。しかし,中央銀行が指定した銀行のみとなります。できるだけ,3月14日までに交換することをおすすめします。
===転載以上===
確認してみたところ、私の手持ちの中にも、数は少ないが元国王が印刷されている紙幣が混ざっていた。
これから、優先的にこれらを使って行かないと。こりゃ、まるでトランプのババ抜きだな。
旅行者の方も、気付かぬ間にババ札を混ぜられないよう、気をつけて。
ネパールリピーターの方で、日本に持ち帰ったネパール札の中に国王画のものが混ざっている場合は、次回銀行で交換しましょう。
内容 :
ネパール旅行関連・寺院紹介,
生活・暮らし
2011年1月24日月曜日
ルクラ便連日欠航とヘリコプターチャーターのこと
ツイッターには、最近このネタばかり書いているのだが、今日まで10日ほどすっきりしない空模様で、国際線や国内線に影響が出ていた。
晴れてはいるのだが、上空がガスっていて、日差しも弱い天候。
国際線では、日本人の利用も多いシンガポール発シルクエア便やバンコク発タイ航空便が、視界不良のためカトマンズ空港に着陸できず、インドのラクノウやカトマンズ上空で長時間待機後、やっと到着できた日も。
国内線では、旅行者の利用の多いマウンテンフライトは、この10日間で欠航と大幅遅延が半々ほど。ポカラ路線も、朝8時の始発便が正午過ぎになって飛び始めた日もあった。
そしてルクラ路線。1月17日、午後過ぎに2便程飛んだものの、その後天候不良が続き、本日午後過ぎまで6日間連日全便欠航していた。
今の季節、トレッキングはオフシーズンなので、6日連続ルクラ路線が飛ばなくても、昨年11月の連日欠航時のように何千人もの待機客でルクラがあふれるような事態にはなっていなかったようだが、それにしてもかなりのトレッカーが、カトマンズに戻れずルクラで待機している状況だとか。(現地で足止めを食っている私たちのガイド談)。
こういう状況では、帰国便が迫った外国人トレッカーたちは、ヘリコプターをチャーターしてカトマンズに戻る。チャーター費用は5人乗り1機約3,000USドル程度と高いが、シェアする仲間がいたり、物資を運んだヘリがルクラに駐機しているときなどは、1人500USドル前後で利用できることもある。
しかし現在はトレッキングオフシーズン中。チャーターヘリをシェアする仲間もすぐに見つからず、ルクラに駐機しているヘリもなく、安価でのヘリ探しにかなり難航していた模様。
しかも、ルクラの天候不良によりヘリコプターもルクラへは飛べず、ルクラから1時間程歩いた場所で離発着していたとのこと。
ちなみに、昨年11月に定期便連日欠航となった際には、チャーターヘリの予約を取るのも2~3日待ち、というような厳しい状況になっていた。
ところで、カトマンズに戻って来られず今日で4日が経過した私たちのガイド。本日午後過ぎになって、2便が飛んだようなのだが、外国人トレッカーが優先搭乗したため、ガイドは後回し。
一昨日、ゲストをチャーターヘリでカトマンズに送りだした時点で、すぐにバンダル(ジリより約15km程ルクラ寄りにある車道が通っている場所)まで徒歩移動に切り替えればよかったのだが、なかなか決断も難しい。
ガイドの足でルクラ→バンダルまで徒歩3日+バンダル→カトマンズまでバス移動1日の4日が必要。飛行機だとルクラ→カトマンズ間約30分。明日フライトが飛ぶかも、と期待してしまうと、徒歩移動にはなかなか切り替えられない。
いっそのこと、来週からのトレッキングまで、ルクラにいれば?なんて冗談でいっているのだが、彼自身は早くカトマンズに帰って来たいらしい。
晴れてはいるのだが、上空がガスっていて、日差しも弱い天候。
国際線では、日本人の利用も多いシンガポール発シルクエア便やバンコク発タイ航空便が、視界不良のためカトマンズ空港に着陸できず、インドのラクノウやカトマンズ上空で長時間待機後、やっと到着できた日も。
国内線では、旅行者の利用の多いマウンテンフライトは、この10日間で欠航と大幅遅延が半々ほど。ポカラ路線も、朝8時の始発便が正午過ぎになって飛び始めた日もあった。
そしてルクラ路線。1月17日、午後過ぎに2便程飛んだものの、その後天候不良が続き、本日午後過ぎまで6日間連日全便欠航していた。
今の季節、トレッキングはオフシーズンなので、6日連続ルクラ路線が飛ばなくても、昨年11月の連日欠航時のように何千人もの待機客でルクラがあふれるような事態にはなっていなかったようだが、それにしてもかなりのトレッカーが、カトマンズに戻れずルクラで待機している状況だとか。(現地で足止めを食っている私たちのガイド談)。
こういう状況では、帰国便が迫った外国人トレッカーたちは、ヘリコプターをチャーターしてカトマンズに戻る。チャーター費用は5人乗り1機約3,000USドル程度と高いが、シェアする仲間がいたり、物資を運んだヘリがルクラに駐機しているときなどは、1人500USドル前後で利用できることもある。
しかし現在はトレッキングオフシーズン中。チャーターヘリをシェアする仲間もすぐに見つからず、ルクラに駐機しているヘリもなく、安価でのヘリ探しにかなり難航していた模様。
しかも、ルクラの天候不良によりヘリコプターもルクラへは飛べず、ルクラから1時間程歩いた場所で離発着していたとのこと。
ちなみに、昨年11月に定期便連日欠航となった際には、チャーターヘリの予約を取るのも2~3日待ち、というような厳しい状況になっていた。
ところで、カトマンズに戻って来られず今日で4日が経過した私たちのガイド。本日午後過ぎになって、2便が飛んだようなのだが、外国人トレッカーが優先搭乗したため、ガイドは後回し。
一昨日、ゲストをチャーターヘリでカトマンズに送りだした時点で、すぐにバンダル(ジリより約15km程ルクラ寄りにある車道が通っている場所)まで徒歩移動に切り替えればよかったのだが、なかなか決断も難しい。
ガイドの足でルクラ→バンダルまで徒歩3日+バンダル→カトマンズまでバス移動1日の4日が必要。飛行機だとルクラ→カトマンズ間約30分。明日フライトが飛ぶかも、と期待してしまうと、徒歩移動にはなかなか切り替えられない。
いっそのこと、来週からのトレッキングまで、ルクラにいれば?なんて冗談でいっているのだが、彼自身は早くカトマンズに帰って来たいらしい。
2011年1月21日金曜日
ヤギのせいで
先日までの繁忙期。ガイドたちが「またプーンヒル?今度はナムチェに行きたい」とか、「いつもカラパタールで疲れた。今度はプーンヒル辺りでのんびりしたい」とか(この逆とか)、好き勝手(?)なことを言っていた時も、毎日オフィスから外に出ることなく、淡々とガイドの調整や管理をしていた事務スタッフ。
一時的に予約が減る今の時期に、冬休みを兼ねた国内旅行をボーナスとすることに。
ポカラへ行ったこともなければ、飛行機に乗ったこともないという女性スタッフ(独身)。彼女には、視察と経験のため、片道飛行機利用、ポカラの得意先ホテル2泊し、主要観光地を周ってくるよう指令を出した。
しかし、女性の一人旅はまだ一般的ではないネパール。誰と行くかが問題となった。女性の友達同士だと親が許さないだろうし、弟と行くのも楽しくない。父親との二人旅もちょっと、、、という彼女に、別のスタッフが提案、「田舎の母さん連れて行けばいいじゃない?」
聞くと、田舎に1人で住む(家族はみな通学通勤のためカトマンズ在住)母親もポカラには行ったことがないという。もちろん飛行機も未体験。
それなら、親孝行も兼ねて、母娘ポカラ珍道中を繰り広げてこい!ということで、母娘分会社もちで計画を立てることに。
期限は1月末まで。2月に入ると春節休暇の影響で、東南アジア各地に住んでいる邦人の方からの予約が入る。その後春休み、GWと続く。1月半ばの今の時期を逃すと、次に休みが取れるのはGW明けとなるのが例年のパターン。
母親に連絡を取って、今すぐにでも行って来い、といっているのに、なかなか出かけようとしない。そんなこんなで1週間以上経ってしまった。
渋る理由を聞くと、実は、、、と彼女。
実は、田舎で家畜として飼っているヤギが、もうすぐ出産予定なのだそうだ。母親は、今か今かと待っているそうなのだが、まだ生まれる気配がない。だからといって、この隙に旅行で家を空けるわけにもいかない。
ヤギの出産が無事に済まないことには、安心して旅行も出来ない、とのことなのだ。
なんとも心温まる素朴な理由で、他のスタッフともども笑ってしまった。
まあ、そういうことなら仕方がない。ヤギが無事出産を終え、都合がついたら、本格的に計画することにしよう。
一時的に予約が減る今の時期に、冬休みを兼ねた国内旅行をボーナスとすることに。
ポカラへ行ったこともなければ、飛行機に乗ったこともないという女性スタッフ(独身)。彼女には、視察と経験のため、片道飛行機利用、ポカラの得意先ホテル2泊し、主要観光地を周ってくるよう指令を出した。
しかし、女性の一人旅はまだ一般的ではないネパール。誰と行くかが問題となった。女性の友達同士だと親が許さないだろうし、弟と行くのも楽しくない。父親との二人旅もちょっと、、、という彼女に、別のスタッフが提案、「田舎の母さん連れて行けばいいじゃない?」
聞くと、田舎に1人で住む(家族はみな通学通勤のためカトマンズ在住)母親もポカラには行ったことがないという。もちろん飛行機も未体験。
それなら、親孝行も兼ねて、母娘ポカラ珍道中を繰り広げてこい!ということで、母娘分会社もちで計画を立てることに。
期限は1月末まで。2月に入ると春節休暇の影響で、東南アジア各地に住んでいる邦人の方からの予約が入る。その後春休み、GWと続く。1月半ばの今の時期を逃すと、次に休みが取れるのはGW明けとなるのが例年のパターン。
母親に連絡を取って、今すぐにでも行って来い、といっているのに、なかなか出かけようとしない。そんなこんなで1週間以上経ってしまった。
渋る理由を聞くと、実は、、、と彼女。
実は、田舎で家畜として飼っているヤギが、もうすぐ出産予定なのだそうだ。母親は、今か今かと待っているそうなのだが、まだ生まれる気配がない。だからといって、この隙に旅行で家を空けるわけにもいかない。
ヤギの出産が無事に済まないことには、安心して旅行も出来ない、とのことなのだ。
なんとも心温まる素朴な理由で、他のスタッフともども笑ってしまった。
まあ、そういうことなら仕方がない。ヤギが無事出産を終え、都合がついたら、本格的に計画することにしよう。
内容 :
ネパール人,
ヒマラヤンアクティビティーズ
2011年1月20日木曜日
大物歌手のライブがカトマンズでも
昨日19日、タメルにあるレストランで、在留邦人を対象にしたちょっとしたイベントがあった。
国連環境計画親善大使としてカトマンズを訪問されていた、歌手・加藤登紀子さんの、講話会と称したミニライブ。
至近距離で生の歌声と素敵なお話を聴き、握手もさせていただき、ツーショットで写真も撮らせていただき(せっかくなのでミーハー丸出し)、感動して帰宅。
そして今朝、タメルを歩かれている姿を拝見。ああ!と思ったのだが、スクーター運転中ですぐには止まれず、通過することに。
なにはともあれ、カトマンズでこんな機会に恵まれるなんて、感激。
そして、別件だが、2月19日には、カナダ人歌手・ブライアン・アダムスのライブが、カトマンズ市内のスタジアムで予定されており、大々的に宣伝されている。

チケットは2,000ルピー~とのこと。この時期ネパール滞在予定の方、記念にいかがですか?
参考記事:http://www.ekantipur.com/2011/01/13/entertainment/bryan-adamslive-in-kathmandu/327940/
国連環境計画親善大使としてカトマンズを訪問されていた、歌手・加藤登紀子さんの、講話会と称したミニライブ。
至近距離で生の歌声と素敵なお話を聴き、握手もさせていただき、ツーショットで写真も撮らせていただき(せっかくなのでミーハー丸出し)、感動して帰宅。
そして今朝、タメルを歩かれている姿を拝見。ああ!と思ったのだが、スクーター運転中ですぐには止まれず、通過することに。
なにはともあれ、カトマンズでこんな機会に恵まれるなんて、感激。
そして、別件だが、2月19日には、カナダ人歌手・ブライアン・アダムスのライブが、カトマンズ市内のスタジアムで予定されており、大々的に宣伝されている。

チケットは2,000ルピー~とのこと。この時期ネパール滞在予定の方、記念にいかがですか?
参考記事:http://www.ekantipur.com/2011/01/13/entertainment/bryan-adamslive-in-kathmandu/327940/
2011年1月17日月曜日
寒い日にはヤギ足のスープ

昨夕雨が降り、体感的に今冬一番の冷え込みだった本日。
いつも、朝10時頃のタメルの気温(オフィス前の電光温度計による)は8~10度程なのだが、本日は6度。室温も9度。
こんな日には、「ヤギの足のスープ」を作って食べる(飲む)のが、私のオフィスの習慣。毎冬1~2日、本当に寒い日があるのだが、そういう日は、「今日はヤギ足だよね?」と誰からともなく言い出して、スタッフがおいしそうなヤギの足を買いに走る。
オフィス近くの肉屋ではいいヤギ足が見つからず、スタッフ、市場のあるアサンまで「足」を求めて遠征。それでも、こんな寒いには庶民の考えることは同じなのか、なかなか良い足が見つからず、下処理のしていない毛つきの足2本を購入し、戻ってきた。
キッチン担当のスタッフが、直火であぶって毛と皮膚を焼き下準備。
たくさんの種類のスパイスと、ニンニク、ショウガを入れ、圧力鍋でじっくり煮込む。身体の芯から温かくなる、コラーゲンたっぷりのヤギ足スープ。
ところで、なんせ室温10度以下、ついだそばから冷めていって、スープの表面にはすぐに膜がはってしまい、写真ではおいしそうに見えないのが残念。
2011年1月15日土曜日
山芋とマーゲサンクランティ祭
2011年1月14日金曜日
計画停電延長へ(タメル地区スケジュール掲載)
1月16日よりまた計画停電時間が増えて、週84時間に増えるとのこと。つまり毎日12時間停電するという計算。
参考までに、旅行者の利用が多いタメル地区の計画停電時間は以下の通り。
日曜日 04:00-10:00, 15:00-21:00
月曜日 01:00-07:00, 13:00-19:00
火曜日 07:00-13:00, 19;00-01:00
水曜日 05:00-11:00, 17:00-23:00
木曜日 03:00-09:00, 14:00-20:00
金曜日 11:00-17:00, 23:00-05:00
土曜日 09:00-15:00, 20:00-02:00
停電時間は、場所によって異なります。詳しくは、在ネパール日本大使館のホームページにて確認を(本日現在未掲載ですが、休日明けにアップされることでしょう)
http://www.np.emb-japan.go.jp/jp/index.html
参考までに、旅行者の利用が多いタメル地区の計画停電時間は以下の通り。
日曜日 04:00-10:00, 15:00-21:00
月曜日 01:00-07:00, 13:00-19:00
火曜日 07:00-13:00, 19;00-01:00
水曜日 05:00-11:00, 17:00-23:00
木曜日 03:00-09:00, 14:00-20:00
金曜日 11:00-17:00, 23:00-05:00
土曜日 09:00-15:00, 20:00-02:00
停電時間は、場所によって異なります。詳しくは、在ネパール日本大使館のホームページにて確認を(本日現在未掲載ですが、休日明けにアップされることでしょう)
http://www.np.emb-japan.go.jp/jp/index.html
2011年1月9日日曜日
濃い朝霧はカトマンズの冬の風物詩
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