ブログ移転のお知らせ

当ブログは、2021年12月より新ブログにて発信しています。新しい記事については 移転先→新日々のネパール情報 をご訪問ください!今後ともよろしくお願いいたします。

2006年11月22日水曜日

ネパールに平和が戻ってきた



昨晩、政府とマオイストの間で和平協定調印式が行われた。約10年続いたマオイスト問題が、終結した。

そして本日は、急遽祝日となった。

夜には、平和を祝してオイルランプに火を灯し、静かに祝福する光景も見られた。

ここ数年、『危険』なイメージが強まってしまっていたネパール。

普通に生活している分には、外出禁止令が出されていたときも、ストライキが頻繁に実施されていたときも、特に危険を感じたことは一度も無かった。カトマンズ市内で一時期、小規模な爆発物騒ぎが頻発していたことがあったのも事実だが、危険だと感じたことは、正直一度も無かった。ネパールに住んでいながら、無責任かもしれないが、日本の新聞でネパールのことが騒がれていたときも、実際は、他人事のようでしかなかった。

しかし、旅行者の間ではイラク並みに危険な国、と勘違いされていることもあったようで、政情混乱の影響が、ネパールを訪れる旅行者数にも大きく影響していた。

そういう混乱も、終わった。これからは、以前のような平和なネパールが戻ってくることを信じたい。

* ただし、ネパール人の性質上、政情とはまったく関係のない自己本意の突発的なデモやストは、今後も行われることが予想されるので、そういう点では、ネパール入り後も現地情報はしっかり入手することをおすすめする。

2006年11月21日火曜日

漢字のサインはサインではないのか?

私は、ネパールの2つの銀行に個人口座を3つもっている。

預金を下ろすためには、チェック(小切手)を切るか、銀行のATMカードを使うことになる。

ATMは、故障している場合があり、お金が出てこないこともあるので、チェックを切ることが多い。チェックの前面、裏面には、私を識別するサインを書く必要がある。

1つの銀行では、漢字のサインを受け入れてくれているのだが、もう1つの銀行では、頑として漢字のサインを受け入れようとしない。外国人の利用も多い、大手銀行なのに。「漢字は行員が理解できないから、ローマ字でないとだめ。または、一部分にローマ字が入っていればOK」という、よくわからない理論が、銀行側の言い分。

初めて口座を作った際にこう言われ、仕方なくローマ字表記のサインを登録していた。しかし、いくつもサインがあると混乱するので、パスポートのサイン(漢字)に統一しようと、何度か銀行側に掛け合ったことがあるのだが、「漢字のサインはだめ」と相手にもしてもらえなかった。

しかし最近、その銀行に口座を持つ日本人で、漢字だけのサインを登録している人をみかけた。なんだ、漢字サインもOKしているんじゃないか。

銀行側に再度問い合わせてみた。すると、「漢字のサインでもかまわない」という。それどころか、その行員は「サインに使用する文字が英語であろうが日本語であろうが、関係あるはずがないではないか」と、理解のあることを言う。

ネパールでは、人によって言うことがバラバラで、そのために翻弄させられることが多いのだが、今回のこの行員のまともな発言を信じ、先日、サイン変更届を提出していた。しかし、やはり受理してくれていなかったことが本日判明した。前回とは違う行員にその理由を尋ねると、やはり「漢字のサインはだめ」とのこと。

「なぜ?漢字のみのサインをこの銀行で使っている日本人を、見たことがあるけれど?」とたずねても、「ネパール人が読み取れない漢字のサインなど、ネパールで通用するわけがない」と、相変わらずわけのわからない答えしか返ってこない。

「そもそも、サインというのは、他人にまねされないようなものを考えるのであって、それがどんな文字であろうがかまわないのではないか?極端な話、○や☆などの記号であっても、問題ないはずだ。それに、他の銀行では問題なく漢字のサインを使用できている。漢字のサインは読み取れない、というが、それでは、英語やネパール語のサインなら解読できるというのか?」 

と抗議し、近くにいた見知らぬネパール人の、英語だかネパール語だかわからないサインが書かれたチェックを奪い取り、行員に提示したところ、返答に困ってしまった様子。

しかし、最終的にはやはり、「漢字のサインは受け入れられません」の一点張りで頑として認めてはくれなかった。

2006年11月20日月曜日

ネパール国内線:9時間待ち後にキャンセル決定の悲劇

天候の影響を如実に受け、遅延、欠航が生じやすいカトマンズ~ルクラ間、ポカラ~ジョムソン間のフライト。この2区間は、この時期、外国人トレッカーの利用も多い。

後者の、ポカラ~ジョムソン区間については未確認なのだが、カトマンズ~ルクラ間は、昨日今日と、全便(カトマンズ発/ルクラ発便とも)欠航となっていた模様。

ここのところずっと、カトマンズ上空は晴れてはいるのだが、ルクラ付近の視界が開けていないらしい。昨日は雲が立ち込めており、本日は雨が降っていたとのこと。有視界飛行で、なおかつ、ルクラ空港は こんな にスリリングな空港であるたため、視界が開けないと全便欠航となってしまうのだ。

本日、ゲストとガイドが、午前6時15分カトマンズ発ルクラ行き始発便を利用し、ルクラへ向かう予定だった。カトマンズ市内のホテルを出発したのは、早朝5時15分。

普段は、予定していた便が飛んだかどうか、航空会社に確認を入れることにしているのだが、本日は昼過ぎまで確認するのを忘れていた。

本日、午前発のカトマンズ発ポカラ行き便を利用したゲストもいたのだが、こちらは、それほど遅延することなくポカラに到着したという知らせがガイドから入ってきていた。というわけで、ルクラ便も順調に飛んだものとばかり思い込んでいた。

しかし、14時半、ルクラへ飛んだものとばかり思っていたはずのガイドから、連絡が入った。聞くと、カトマンズの空港からだという。もう少し待てば、ルクラの視界が開け、飛べるようになるのではないか、と、今の今まで待たされ続けていたようだ。しかし、結局午後になって欠航が決まり、市内に引き返すハメになったという。

早朝5時半からカトマンズ空港で待機し始め、実に9時間も空港内にて待たされたというわけだ。ガイドもゲストも、朝食も昼食もとっていない状態。

欠航となった場合、自動的に翌日の同じ便に振り替えとなる。つまりまた明日、振り出しに戻って、早朝5時頃にはホテルを出発しなければいけない。明日は欠航とならないことを祈りたいが、天候が相手なので、運を天に任せるしかないというのが、実際のところなのだ。

2006年11月19日日曜日

10万ヒット御礼

2005年1月終わりから更新し始めたこのブログ。その約1ヶ月後に、なんとなくつけてみたカウンターが、昨日10万を超えました。

今年4月のネパール政変時に急激にアクセス数が増えて以来、毎日、いろいろな方に訪れていただいています。

どうでもいい内容の投稿もたくさんありますが、ネパールに住む一日本人女性(そう、私は女です。男だと思っている方も、時々いらっしゃるようですが)の目から見えてくる日々のことを、これからも書いてみたいと思います。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

2006年11月16日木曜日

エベレスト(ネパール名:サガルマータ)はどこにある?

新しく雇った女性スタッフが、かかってきた電話を受けた。

ナムチェバザール(エベレスト街道トレッキング拠点となる標高約3500mの山間の町)からの電話のようだ。会話の内容から、電話の主は私たちのガイドを探していて、今後のトレッキング予定を聞いているようだった。おそらく、ナムチェあたりに住み、ポーターで生計を立てている、私たちのガイドの知り合いに違いない。

エベレスト街道トレッキングでガイドが同行し、ポーターも必要となるとき、ルクラ(カトマンズから国内線で約30分の場所にあるトレッキング開始地点。標高約2800m)から雇用することが多い。ポーター採用の基準は、たいてい、そのあたりに住んでいるガイドの親戚関係にあたる者、いつも利用するロッジで紹介してもらった者、などとなる。

電話のやり取りを聞いていたのだが、電話の主と、女性スタッフとのかみ合わない会話に、思わず苦笑してしまう。女性スタッフの基本的知識不足が原因で、とんちんかんなやり取りとなっているのだ。思わず、貴女、ネパール人でしょ、と突っ込みたくなってしまうような返答ばかり。

たとえば、これ。

電話の主に「クーンブ地方のトレッキングは次回いつか?」と聞かれたのだろう。予定表を見ながら、さらっと答える彼女。

「え?クーンブ??次にあるのはエベレストベースキャンプまでのトレッキングで、クーンブの予定はないわ」

・・・おいっ!だからその、クーンブ地方の中に、EBC(エベレストベースキャンプの略。標高約5400m)も含まれるのだが、彼女はわかっていないようだ。日本版に直すと、『え?東京方面にいつ行くかって?新宿に行く予定はあるけれど、東京に行く予定はないわ』といっているようなもの。

ナムチェバザールからの電話だ。こんな埒の明かないやり取りをしていたら、先方の電話代ばかりが高くついてしまって気の毒だ。痺れを切らして、私が電話を替わった。

あなた、ウチのガイドの知り合いなのね?ポーターの仕事を探して電話してきたんでしょ?数日後にガイドがルクラ入りする予定だから、待っていれば仕事につけるわよ。

電話の主は、やっと話がついて安心したように電話を切った。

生まれ育った街の外には、なかなか出る機会の少ないネパールの人たち。特に女性は箱入り娘状態で、自分が住む地域以外のことはまったく知らないことも多い。そんな人たちのことを、なんとなく愛しくも感じはする。が、ネパール人として世界に誇るエベレストがある地域を知らないというのも、どうしたものかと思ってしまう。一般庶民にとっては、エベレストなどその程度のものなのかもしれないが。

2006年11月15日水曜日

KaとKhaの違い

日本語で「か」と表される音。人によって、ソフトに「か」と言う場合もあるだろうし、少し強めに「か」という場合もあるだろう。でも、ひらがなで表すと、どんな音でも「か」は「か」となる。

しかし、ネパール語では、「か」は4音に区別される。日本語同じ「か(Ka)」と、くちをすぼめて言う「か」、ちょっと強めに吐き出すようにいう「か(Kha)」と、吐き出しながらもくちをすぼめていう「か」。ネパール語表記が見えるかどうかわからないが、この4つの「か」の違いは、文字で表すと『का』『क』『खा』『ख』となる。

この「か」が引き起こした、笑い話をひとつ。でも、ネパール語の意味がわからないと笑えないので、あしからず。

最近銀行に用があり、何度か訪れている。

書類作成に、2枚の顔写真(証明写真)が必要になる。持参していた写真は、2枚とも同じ画像ではあるのだが、サイズがちがった。一枚は、周りを切り落とし小さくしてしまっていたのだ。サイズが違うものでも扱ってもらえるだろうか?

そういう意味をこめて、女性行員に尋ねた。「一枚は切ってあって、一枚は切ってないんだけど、大丈夫かしら?」

その瞬間、行員の手が止まった。そして、写真と私を見比べるようにして「???」という顔をした。周りにいた人たち(見知らぬ人たち)は、みんな、くすくす笑っている。

あれ?私、なんか変なこと言ったかしら?と、瞬時に自分が発した文章を頭でさらってみる。そして気づいた。

私の「か」の発音が微妙におかしかったせいで、まったく違う意味の、でも、意味の通じる笑える内容になってしまっていたのだ。

「一枚は Khate で、もう一枚は Khate じゃないんだけど、大丈夫かしら?」

Khate(カテ)という単語には、人を軽蔑するニュアンスが含まれる。

*ここから一部ネパール文字を含む: 『एउटा चाहिं खातेको, अर्को एउटा चाहिं खातेको छैन।』と言ってしまったからまったく違った意味になってしまった。 本当は『एउटा चाहिं काटेको, अर्को एउटा चाहिं काटेको छैन।』 と言ったつもりだったのだが。 『か』以外にも『て』の発音も異なる。

つまり、私は、自分の写真さしながら、自分に対して侮辱したことになる。意訳はこう。(自分の顔写真をさして)「一枚はしょうもなくて、もう一枚はまあまともなんだけど、大丈夫かしら?」 ・・・和訳しても、まったくおかしくないのが残念。

ネパール人に聞かせると、大爆笑でウケてくれるのだが。

2006年11月14日火曜日

1年のうちで28日あるのは何月?

日中、FMラジオをかけっぱなしにしていた。流れていたのは、女性DJが、電話をかけてきたリスナーにいくつかクイズを出し、その合間に曲を入れる、というような番組。

聞くともなしに聞いていたのだが、女性DJが次のクイズを口にしたとき、思わず手を止め、ラジオに集中してしまった。

少々気取った女性DJが出したクイズはこれ→1年のうち、28日ある月は何月でしょう?

間髪いれずに突っ込みたくなる。そんなの、2月に決まっているじゃないの!

しかし、回答者である男性リスナーは、答えられない。うーんと考えている。

はじめを聞き逃してしまったので、男性の年齢や職業はわからなかったのだが、声から判断すると、決して子供ではない。若くても、10代半ばはいっている声だ。

しかし、答えられない。

常識的なこんな簡単なことがわからないこの男は、アホなのか?と思いたくなるところだが、日常的にビクラム暦が使われているネパールでは、大の大人でも、グレゴリオ暦の月と日数を瞬時に答えられない人は多いのだ。(本日、2006年11月14日は、ビクラム歴では2063年7月28日)

実際、ネパールの役所を訪れると、グレゴリオ暦の月と日数(たとえば、January -31、Februay-28・・・)を記載した早見表が、恥ずかしげも無く戸棚に貼られている光景を、目にすることがよくある。

日数の移り変わりは、31日→30日→31日・・・と繰り返されるので、8月は30日までしかないと勘違いしてしまう人も多い。

2006年11月12日日曜日

署名

銀行に用事があり行ってきた。

私の作業をしてもらっているカウンターの近くに、どう見ても銀行とは縁のなさそうな、乳飲み子を連れた女性が、慣れない様子で立っていた。たった今、村から着の身着のままで出てきたようないでたちの女性。ショールで背中に赤ん坊をくくりつけ、足元はぞうり。

見ていると、口座開設手続きをしているようだった。ネパールでは、銀行口座など持っていない国民のほうがおそらく圧倒的に多く、持っていたとしても、都市部に暮らす男性の所持率のほうが、多い。統計から確認したわけではないが、おそらくそうだといえる。

それが、いかにも村の女性といった風貌の女性が、男性の付き添いも無く、乳飲み子を連れて口座開設に来ているのは珍しい。自分の意思できたのだろうか。それとも、何か理由があって開設することになったのか。気になってちらちら目をやってしまった。

女性が、必要な書類いくつかに署名をする段階になった。担当の女性行員が、心配そうにこう聞いている。「あなた、サインはかけるわね?」

ネパールでは、読み書きができない人も多い。都市部で働く人たちとばかり接していると、統計的にこの国では文盲の人のほうが多いことなど、忘れてしまう。しかし、実際には、読み書きできる文字は自分の名前だけ、という人はけっこういる。

しかし、女性は、「もちろん」(サインできます)というようにうなずき、行員から渡されたペンを受け取った。そして、署名箇所を確かめ、署名を始めた。

行員に何度も「ここに書いたサインと同じものを、お金をおろすときに書かなくてはいけないのよ。少しでも違った文字を書いたら、お金はおろせないのよ」と教えられている。女性は、その注意を聞きながら、時間をかけて、ぎこちない手つきで一生懸命つづっていた。横から覗き込むと、それは、誰にでもまねできてしまいそうな、大きな字体だった。

家で何度も練習してきたのだろうか。確かめるように、一文字一文字一生懸命つづる女性。精一杯の、そんな署名だった。

2006年11月11日土曜日

I have one wife.

TRCの関係で、ポーターのみ雇いたいというトレッカーが増えている。先日も、偶然事務所前を通りかかった日本人トレッカーがーポーターを探しにやってきた。

採用前に人柄チェックをしたいとのことで、各社まわって、ポーターの面接をして歩いているとのこと。私たちのポーターとも、いくつかの会話をしながら面接を始めた。

学校に一度も行ったことのない彼(ポーター)は、トレッキングをしながら覚えた英語を使って、もじもじしながら、ゲストの質問に答えている。名前は?とか、エベレスト街道には何回ぐらい行ったことがある?など、当たり障りのない質問に答えていたのだが、ふと一瞬、会話が止まってしまった。

横で見ていた私やスタッフが、ネパール語で助け舟を出す。

「自分の家族のこと話してみたら?独身なのか、妻子もちなのか、とか」

アイディアを得て、ポーターが英語で話し出す。

「ボクは24歳で、村には息子と、1人の妻がいます」

横で見ていた私たち、一同爆笑。ポーターはなぜ笑われているかいまいちわかっていない。すかさずスタッフが「Only one wife、ね。将来はわからないけど」とからかう。

そう、ここネパールでは、法律的には認められていないようだが、一夫多妻の習慣は、まだ残っている。浮気など絶対に許さない一般的な男女の価値観の持ち主から見れば、一夫多妻など理解できず、ドロドロの愛憎劇が繰り広げられそうなイメージかもしれないが、実際は、そんなことも無く、仲良く円満に過ごしている場合も多い。

スタッフがしつこく繰り返す。「彼には、1人の妻がいるだけだよ」。それを受けてポーターがもう一度繰り返す。「Yes, I have only one wife」。そして周りにまた笑われるのだが、彼はといえば、きょとんとしているだけだった。

2006年11月10日金曜日

父親の名前、祖父の名前

ネパールでは、公的書類作成時に、父親の名前が必要になることが多い。

私が外出時に持ち歩いているネパールの運転免許証には、しっかり父親名が記載されている。

新たな銀行口座開設をすることになり、本日手続きをしてきたのだが、そうだった、ここでも父親名が必要になるのだった。

ということで、本日も何箇所か父親名を書いてきた。

書類によっては、父親の父親、つまり、私の祖父の名前を記載する必要まであることがある。以前、そのような場に遭遇した際、20年近く前に他界した祖父の名前の一部を、すぐには思い出せなかったことがある。

そのとき、ふと思い出したのが、男性名としても使えそうな、カタカナ2文字の祖母の名前。ネパール人に日本の男女名を区別できるはずも無いから、祖母の名前が男性名に使用できようができまいが、関係ないのだが。

適当な名を書くよりかは、身内の名前を書いたほうが多少はマシだろう、と、祖父名欄に祖母名を記載したことのある、罪深い私なのだ。

2006年11月7日火曜日

11月10日カトマンズ中心部での集会中止に

(11月8日付追記)11月10日、カトマンズ中心部で予定されていたマオイストの大規模集会は中止になったとのことです。

以下、参考までに、中止前に掲載した記事を残しておきます。

~ ~ ~


この日、車での市内観光を予定している私たちのゲストがいるのだが、ひどい渋滞と混乱に巻き込まれる恐れがあり、観光は無理かもしれない、などと、残念だが考えている。厳密に言うと、過去の例から判断して、観光自体には支障は出ないが、観光の際の移動が困難になる恐れがあるのだ。

詳細は、次の通り。11月10日市内観光や移動を予定している人は、注意しよう。

===

以下、11月7日付、在ネパール日本国大使館からのお知らせ転載

マオイストの集会

1.マオイストの大規模集会
 マオイストは11月10日(金)、カトマンズ市のトゥンディケルにあるオープンシアターにおいて中央レベルの大規模集会を実施すると発表しています。当日は、プラチャンダが公の場でスピーチを行うことから、カトマンズ盆地外からも多数のマオイスト関係者が動員(強制的に動員されるものも含む)され、また、マオイストは集会開始前に市内をラリーすることを計画しているとの情報があります。従って、カトマンズ市内の交通に大きく影響が出る可能性があります。

(1)日程等(マオイストプレスリリースから抜粋)

●ラリー
日時:11月10日(金)午前10時から12時まで
場所:バラジュ、ゴンガブ、スワヤンブナート、チャバヒル、ドムバライ、ナヤンバ    ネショワール、シーフォール、ジャワラケル、マンガルバザールから集会会場に向けてラリーを実施します。

●集会
日時:同日午後0時から
場所:トゥンディケルにあるオープンシアター(ラトナパーク近く)

(2)注意事項

●当日は、車両での外出を控える

●ラリーが行われている周辺には近づかない

2.マオイストの宿舎要求行為

(1)宿舎要求行為

 マオイストは、地方から動員するマオイスト関係者に宿泊先を提供するためにカトマンズ盆地内の一般家庭に宿泊させることを要求する事案が発生しており、在留邦人の家庭にもそのような要求事案が発生しています。
 マオイストは公式的には強制ではなく、任意的な協力を求める旨表明していますが、下部レベルの活動家まで全て統制がとれ、紳士的に要求するとは限りませんので、慎重に対応することをお勧めします。

(2)対応要領

● 個人で対処することなく、近隣等と相談して意思統一を図り、地域又は集団で対処 する。

● 相手をできるだけ刺激しない。特に拒否する場合はより丁重に断る。
 例:日本人はネパールで参政権も有しておらず、日本人一個人としてネパールの政治に関与できないこと等を明確に説明する。

● 相手に譲歩し、要求を受け入れる場合でも必要最小限度の協力に止める。
 例:宿泊はさせず、食物、毛布などの提供に止める

● 具体的な案件については、大使館領事・警備班に相談して下さい。
 
※ 大使館 電話(代表) 4426680
  領事担当      98510-20-158
  警備担当 98510-20-150

転載以上

2006年11月6日月曜日

ネパール国内線値上げ2006年11月7日より適用

先日、ネパール国内線値上げが検討されているという記事を掲載したが、明日2006年11月7日より適用されることが決まった。

値上げ後の価格については、母屋の国内線運賃を掲載しているページに公表する予定だが、とりあえず、外国人の利用が多い主要ルートについて、ここに記載したい。

(見方)区間 本日までの価格→値上げ後11月7日以降の価格 *いずれも、片道料金のみの表示とする。

カトマンズ~ポカラ間 76USドル→80USドル
 
 → アンナプルナ方面トレッキングへ行く場合、始発地点となるのがポカラ。ツーリストバス移動も可能だが、空路を利用すれば片道30分と非常に便利な区間。

カトマンズ~ルクラ間 97USドル→101USドル
 
 → エベレスト方面トレッキングに行く場合、始発地点となるのがルクラ。ルクラ空港ネタは、先日も記事にしたところだが、スリル満点の空港は一度体験する価値はある。

マウンテンフライト 124USドル→132USドル 

 → 所用約1時間の遊覧飛行。トレッキングに行く時間が無くても、マウンテンフライトでヒマラヤ山脈を間近で拝むことができるという、便利なフライト。ただし、天候に非常に左右されやすいフライトで、先週~今週にかけて4日間ほどは天候不良により連日欠航となっていた。

2006年11月4日土曜日

ネパール主流トレッキングルートでのマオイストによる通行料の話・追加

ネパール主流トレッキングルート上にて、マオイストによる通行料と証した金銭要求が堂々と実施されている。(去年までも、マオイストによる通行料要求は行われていたが、軍や警察に隠れて実施されていた。しかし、今は堂々と行われており、取締りなどはされていない)

* マオイストとは?外務省海外安全ホームページ にてご確認ください。

エベレスト方面、アンナプルナ方面については、今秋行ってきたガイドからの報告により認知していたのだが、ランタンに到着したガイドからも本日、電話が入り、ランタン方面での実地報告も得ることができた。

用件のみの報告だけだったので、具体的な徴収場所などは確認できなかったのだが、額は以下の通り。ランタントレッキングルートおよび、他の主流トレッキングルートの情報もあわせて、記載したい。(いずれも、本日現在有効だが、今後どうなるのかは不明)

ランタン方面:トレッキング日数×1日あたり100ルピーの計算で徴収

エベレスト方面:パグディン周辺にて、トレッキング日数×1日あたり100ルピーの計算で徴収

アンナプルナ方面:ナヤプルからトレッキングを始める場合は、ナヤプルやや上で1回のトレッキングあたり1000~2000ルピー/フェディからトレッキングを始める場合は、ランドゥルン手間でトレッキング日数×1日あたり100ルピーの計算で徴収

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『トレッキング日数×1日あたり100ルピー』という計算で徴収しているが、では、どうやってマオイストはトレッキング日数を知るのか?

10月27日以前は、ガイドまたはトレッカーの自己申告制により徴収されていたようだ。このため、短めのトレッキング日数を伝え、それに応じた額を支払うことも可能だった。復路、同じ場所にてマオイストにチェックを求められてしまうと、差額分を再度徴収されてしまうことになっていたようなのだが、運良く見つからなければ、少ない金額しか支払わないことも可能だったわけだ。

しかし、10月27日より、状況が変わってしまった。それは、新しい許可証TRCのためである。TRCには、トレッキング期間および日数が、しっかり明記されてしまっている。このため、マオイストも、トレッカーにTRCを提出させ、トレッキング日程を確認し、その日数に応じた額を徴収しているとのことだ。TRCがこういう使われ方をされてしまうのは、なんだか腑に落ちない。

先述の通り、本日ランタンに到着したガイドから電話連絡があったのだが、彼がガイドしている私たちのゲスト(日本人)がマオイストに通行料を支払うそばに、他のアジア人パーティーがいたとのこと。

そのパーティーにもガイドがいたそうなのだが、通行料に関してのやり取りは、マオイストが自ら、外国人トレッカーに話をつけなければいけない状況になっていたそうだ。しかし、言葉がまったく通じない。そこで、マオイストが私たちのガイドに、こう頼み込んできたそうだ。

「君、彼らの言葉がわかるみたいじゃないか。お願いだから、あのパーティーと交渉して、通行料を払うように頼んでくれよ」

アホなことを言うな、と、ガイドはもちろん断り、相手にしなかったとのことだが、調子のよさに、苦笑してしまった。

カトマンズで電話を受けたスタッフが、他のパーティーと交渉してやるから、その分、ウチのゲスト分は通行料タダにしろ、と要求すればよかったのに、と伝えると、相手がマオイストだけに、さすがにそんな要求はできなかったよ、と笑っていた。

2006年11月3日金曜日

ネパール国内線料金(運賃)値上げ近し

ネパール国内線値上げが検討されているようだ。

今年中には値上げとなるかもしれない。過去の例からいくと、片道2~5ドル程度の値上げとなることが予測される。

ヒマラヤンアクティビティーズにて今後のご旅行をすでに申し込まれている方については、国内線値上げ後も、ご連絡している代金に変更は生じません。

2006年10月31日火曜日

羊の群れと動物の呼び声



午前中のカトマンズ中心部。イミグレーションオフィスやビソバサキャンパスが面する通りにて、売られていく羊の群れに遭遇。

羊を率いるお兄さんの口から、リズミカルな声が聞こえてくる。ラッラッラッ・・・、あっあっあっ・・・。

前者「ラッラッ」は、ほらほら、とか、さあさあ、というような意味があり、後者「あっあっ」は、おいでおいで、という意味の単語原型(来る:アウヌ)を、最も敬意を払わないよう語尾変化したもの。声帯を開ききって発音する。

ネパールでは、動物を呼び寄せる際に使う呼び声「あっあっ」の前に、動物により異なる枕詞をつけることが多い。

たとえば猫の場合。必ず、「あっあっあっ」の前に必ず「す~~り」という音をつけるのだ。あえてひらがなで書いたほうが、雰囲気が合うのでそうしてみた。

小さな子供であろうが、紳士的な男性であろうが、若い女の子であろうが、猫を呼び寄せる時には、しゃがみ腰になり、片手を猫のほうへ差し出しながら、「す~~り、す~~~り、あっあっあっ・・・」という声を発する。「す~り」は高めに、「あっあっ」は低めに。

その他、子ヤギには「むにむにむにむに」、牛には「な~に~」。水牛には「あ~ぃっ」(これは、水牛の鳴き声をまねている)などの枕詞がつく。

「むにむにむにむに、あっあっあっ」、「な~~に~、あっあっあっ」、「あ~ぃっ、あっあっあっ」というふうに。いずれも、枕詞を高めに、「あっあっ」は低めに、という自然発生的ルールは変わらない。呼び声を聞くだけで、どの動物を呼んでいるかどうかわかるのが楽しい。

ちなみに、鶏を呼ぶときは、「とぅ~わ、わっわっわっ」という。ただし、これは、ネワール語の呼び方だそう。ネパール語を母語とするカトマンズ出身のヒンドゥ教徒知人曰く、本来ネパール語を母語とする人たちは宗教上鶏を食べる習慣がなかったから、ネパール語での呼び声はなく、ネワール語を使うんじゃないの?と。真相はいかに?

2006年10月30日月曜日

ネパ女、逆ナンパの下心

久々に、タメル地区(旅行者が集まる繁華街)にある日本食レストランで遅い昼食をとった。

そこへ行くときはたいてい、昼食の時間帯を避け、客が減る時間を見計らっていく。しかし、今日は昼食にしては遅い時間だったにもかかわらず、何組か客が入っていた。日本人が多かったのだが、一組だけ、ネパール人女の子の3人組がいた。

必要以上に派手な服を着て大人ぶっているが、見るからに10代。幼さが残る。妙にそわそわして周りの異性を意識しているような、あまり品のない子たち。このぐらいの年代の子が、繁華街タメルの外国人向けのレストランで女の子だけで食事をするのは非常に珍しいから、どういう類の子たちだろう?と思ってしまう。

タメル地区内を、男の視線を集めるような服を着て、女の子たちだけで歩くことは、日本的感覚で言えば、未成年の女の子がナンパされることを目的に歌舞伎町に繰り出すことような状態と似ている。保守的な親世代では、ふしだらな街タメルに、年頃の娘を行かせたがらない人も多い。

彼女たちは、妙になれた調子で注文している。ネパールのカネモチに多い、小遣いをほしいだけ与えられている成金の馬鹿娘か、と、失礼なことを、心の中で思ってみる。

午後の静かな日本食レストランに、彼女たちの存在は明らかに浮いている。しかし、多少おしゃべりの声が大きい以外は、他人に迷惑になるようなことをしているわけでもないので、特に気にしないことにした。

少したって、店に若い日本人男性が一人入ってきた。長期旅行者を気取ったヒッピー風。多少英語はできるらしい。日本語でメニューを取りにいった店員に、わざわざ英語で答えている。

私は、彼女たちと、その男性の間の席に座っていたのだが、彼女たちが、私の席の後ろで、その男性を意識し始めたのが、彼女たちの会話からわかった。

その男性は、途中で、ビールを追加注文した。そして、1人で飲み始めた。すると、それと同時に、私の後ろの席に座っていた女の子の一人が、その男性におもむろに声をかけたのだ。

ネパ女:ねえ、あなた、ジャパニーズ?

ネパ女:1人旅なの?

それに、男性が答える。そして、西洋かぶれっぽい軽いノリで、ネパ女との会話を続けようとしている。

ジャパ男:君たちはみんなネパリーに見えないね。ジャパニかと思ったよ。ほら、ジャパニとネパリって、顔似てるじゃん?

私を挟んで、ナンパの始めのような会話のやり取りが繰り広げられてしまった。どうでもいいが、私を挟まずやってくれ、と思っていると、一番ハデめのネパ女が言った。

ネパ女:ねえ、そっちの席に移っていいかしら?

なんなんだ、この子ら? これが、外国人同士の会話なら別に普通だが、ネパール人女性が、ビールを飲んでいる男性に白昼堂々と声をかけ、なれなれしく近寄るなんて、いったい何事だ。ガイジン目当てで遊び周っている子たちなのか? などと思ってしまう。

現地人の女の子に声をかけられて、断る男性もいないだろう。(ちなみに私は女です)

ジャパ男はどうぞ、と、女の子を招く。

ネパールにはいつ来たの?とか、どこに泊まっているの?などという平凡な会話がしばらく繰り広げられていたのだが、そのうち女の子たちのメニューがそろったので、男性が席を移動して、女の子3人の中に加わる形となった。

私の後ろで、妙になれなれしい会話が繰り広げられていく。思わず耳をダンボにして聞いてしまう。

年齢の話題になった。ジャパ男がこういう。「ボク、こう見えても○○歳なんだよ」

それを聞いて、女子たちが、オーバーリアクションでいう。「ワオ!そんな風に見えないわ。もっと若いかと思った」

ジャパ男が尋ねる。「そういう君たちは何歳なの?」 ネパ女の1人が答える「私は16」。

16? 若すぎる年齢に、聞いているこっちがびっくりする。完全に逆ナンパのスタイルで始まった彼らの会話なのだが、仕掛けた女の子たちの中に、まだ16歳の子もいたとは。

普段、素朴なネパール人女性と接することがほとんどのせいか、彼女たちの大胆さぶりに、度肝を抜かれる。

しばらくして、1人の子が、突如こんな話題を出した。

ネパ女:ねえ、日本行きのビザって、とるの難しいのかしら?

なるほど。ジャパ男を引っ掛けようとした目的はそれか。

先進国のビザを取得することが難しいネパール人たちは、外国人と知り合いになり、ビザ申請のための身元保証人になってもらおうとあの手この手でトライするのはよくある話。

日本人がらみで多いのは、ネパール人男性が、ビザ目的で日本人女性に近づく、というケースらしいのだが、私の後ろで繰り広げられている会話は、まさに逆パターン。驚いてしまった。

それにしても、知り合って5分もしないうちにいきなりビザ話を持ちかけるとは。アタマ悪いなあ、と思ってしまう。

その後も、ずっと事の成り行きを聞いていたかったのだが、私の食事が済んでしまったので、店を出ることにした。

あの後、どういう展開となったのか、少し気になっている。

2006年10月29日日曜日

外と中の気温

朝晩は寒さを感じるようになってきたカトマンズ。

毎朝温度計を見ているのだが、大体、北側の部屋の室温が、朝6時半頃で16~18度。しばらく温度計を外に出しておくと、15度以下まで下がる。

日中は20度以上まであがって、外に出るとじりじり照りつける刺すような強い日差しが、相変わらず痛いほど。しかし、室内にずっといると寒さを感じることもある。

コンクリート造りで、木枠の窓など密閉しない構造、しかも、暖房設備が整っていない家が多いため、これからの季節(冬になると)、屋外より屋内のほうが寒いという、ヘンな状態になるのだ。

2006年10月26日木曜日

ネパールトレッキング新許可証TRC申請風景と現物



ネパールの新しいトレッキング許可証TRC申請受付が10月21日より始まった。明日10月27日以降、トレッキングルート上にあるチェックポストにて、検問が始まる。

次の画像は、トレッキング許可証外側と内側。





赤線を引いた部分には、個人トレッカーまたはグループは、トレッキング会社に関わる最低1名のフィールドスタッフを雇用する必要がある、というようなことが明記されている。(補足:ガイド1名をトレッキング会社から雇用し、ポーターをトレッキング始発地点・・・例:ルクラやジョムソン・・・から雇用する、という方法であればまったく問題ない)

アンナプルナ国立公園入場料(Rs.2000)や、エベレスト/ランタン国立公園入場料(Rs.1000)を支払うカウンターには、外国人のトレッカーの姿が目立つのに対し、このカウンターでは、外国人の姿は見られない。外国人トレッカー個人では、申請不可、TAAN所属トレッキング会社を通して申請をする必要があるからだ。

TAANに所属していないもぐりのトレッキング会社や、フリーのガイドなどは、知り合いのTAAN所属トレッキング会社から、TRCを買う、という現象も起きている。

しかし、TRCを発行すると、それが記録として残り、最終的には、申請したトレッキング会社に納税の義務が課されることになる。やすやすと代行を引き受け、あとあと膨大な額の課税をされると恐ろしいため、代行申請をためらっている会社は多い。

トレッカーにとっても、トレッキング会社にとっても、果たしてメリットがあるのかないのかわからない新許可証なのだが、はっきりいえることは、明日から個人トレッキングはできなくなるということだ。

それでも、何とかして個人トレッキングを試みたい方はがんばってみるといいと思うが、罰せられる恐れがあるので、違法なことは極力しないほうがよいだろうと個人的には思う。

私たちが申請していると、1人の西洋人風男性トレッカーがやってきて、ややケンカ腰で、TRC受付スタッフに立ち向かっている姿が見られた。

トレッカー(以下T) 「この許可証がないとトレッキングにいけなくなると聞いたが」

スタッフ(以下S) 「その通りです。TRC許可証を申請しガイドまたはポーターをつけなければ、トレッキングにはいくことはできなくなります」

T 「ガイドやポーターは要らないから、その許可証を発行してくれ」

S 「大変申し訳ありませんが、TRCはTAAN所属トレッキング会社を通してでしか申請できません。ガイドまたはポーターのアレンジも、そちらでしてもらってください」

T 「なんだと!オレは、もう何度もネパールのトレッキングに行ってるんだ。ランタン、エベレスト、アンナプルナ方面ともに、経験豊かなんだ。それでも、ガイドやポーターをつけなくてはいけないのか!!」

S 「はい、それがルールですから」

しばらくこんなやり取りが続いていたが、最終的には「じゃあもう、トレッキングには行かん!」と西洋人トレッカーはたんかを切って去っていってしまった。

2006年10月24日火曜日

ティハール最終日~バイティカの日と大根~



ティハール祭最後の今日は、兄弟姉妹でティカをつける儀式を行う日。

私も、この日は、きょうだいの契りを交わさせてもらっている家庭を訪れる。

儀式というと、厳かで静粛なイメージだが、実際はわきあいあいと、冗談を言ったりしながら、行っている。

お父さんのきょうだい、お母さんのきょうだい、いとこ同士、などなど、いろんなパターンのきょうだい関係があって、順番に儀式を行っていく。順番待ちの人たちは、周りに座って、ティカの大きさを指摘したり、儀式の順序を教えたり、儀式に足りないものを準備しに走ったりと、何かと忙しい。

ヒンドゥ教には、何事にも占星術が強く関係するのだが、月と星回りから計算された、儀式を実施するのに適した時刻、というのがある。今年のバイティカは正午前後に実施するのが適しているとのことで、その時間に集中して順番にティカを付け合う。



儀式の横では順番待ちの女群がマニキュアを塗っていたり。



子供たちは、早々と儀式を済ませていて、すでにティカが取れかかっていた。

儀式を終えて、ご飯を食べた後、今年も例にもれず、近くの畑で取れた高菜と大根のおすそ分けをもらう。

こうやってティハールが終わると、一気に秋が深まり寒くなっていくカトマンズなのだ。

2006年10月22日日曜日

ティハール4日目~ガイティハールの朝~



今年もやってきた、牝牛(ガイ)にプジャをする日。

豪快で楽しいプジャ光景を楽しみに、毎年村を訪れる。



プジャ前に、牝牛に化粧をする。赤い粉や、白い粉を、体中につけるのだ。

マリーゴールドの花に、ティカ用の赤い粉(アビル)や、水溶き米粉をどっさりつけ、はんこの要領で、体中にポンポンつけて、飾ってあげるのだ。残った水溶き米粉は、最後は牛のえさになる。

マリーゴールドの花輪は、みんなの手作り。そこら辺一面に咲いているので、摘んで、糸でつなげて準備する。

写真が昨年と同じ構図なのが代わり映えしないが、いつ見てものどかな光景。

向かって右側にいるのは、ちょうど2週間前に生まれた子牛(オス)。君へのプジャは、あしただよ。



周辺には、稲刈り後の田んぼがひろがっていた。



牛さん今年もごくろうさま。