ブログ移転のお知らせ

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2006年9月19日火曜日

淡い恋に似た気持ち

そろそろ、カトマンズ市内からも、北方向にヒマラヤを拝める季節。

残念ながら私が住む場所からは、小高い(2000~3000mほど)丘(山?)が邪魔して、ヒマラヤの白い峰は見えないのだが、パタン方面(カトマンズの南にある隣町))に出かけた帰りなど、北方向の丘(山?)のさらに向こうにくっきり見える、6000~7000m級のヒマラヤに心躍らせることがある。

今年は特に、早くヒマラヤが見えやすい季節にならないかと、昨年よりも心待ちにしている。

今年6月、雨期中のランタン方面トレッキングへ行った。雨期とはいえ、雨はほとんど降らず、すばらしい景色に恵まれた。

ランタン方面6000~7000m級の山々は、カトマンズから直線距離で100kmも離れていない場所にそびえ立っている。日本並みの高速道路が走っていれば、カトマンズから1時間で到達できる距離なのだ(標高を考えないとして)。しかし実際は、100kmほどしか離れていないトレッキング始発地点まで、バスで8時間ほど揺られる必要がある。

距離的にはこんなに近い場所にあるヒマラヤなのに、いつも姿を見せてくれるわけではない。姿を見せてくれていても、私がヒマラヤを見られる場所にいるとも限らない。

トレッキングを終え、カトマンズに戻ってきてからしばらくは、見えそうで見えない、近くて遠いランタンの山々を思い出し、淡い恋に似た気持ちさえ感じていた。北方向を眺め、丘の向こう、雲に隠れたヒマラヤを想像し、思いをはせる日々。←少々大げさだが。

空が澄んで白い峰が少しでも見えた日には、なかなか近づけない憧れの人を遠くから見つけたような、そんな気にさえなっていた。

これから、憧れのヒマラヤが姿を現してくれる頻度が増える季節。今からとても楽しみにしている。

2006年9月17日日曜日

好みの食感

昨日、カトマンズにて日本の柿を購入した。 

先日も書いたのだが、ネパールにも柿はある。この季節になると出回る。

しかし、ローカル柿のほとんどは渋柿で、こちらの人たちは、ドロドロに熟すまで待ち、食べる。

ゼリー状でおいしいことはおいしいのだが、柿はやっぱりシャリシャリかたいものを食べたい。

そういう日本人の願いを叶えてくれる日本の柿が、ここネパールでも手に入る。JOCV(青年海外協力隊員)や関係者の方々の指導によるものだそうだ。

1kg(6個)で90ルピー(約150円)と購入しやすい価格。

おいしい日本の柿をネパール知人たちとも共有したく、おすそ分けをしたところ、みんながみんな口をそろえてこういった。

この柿、まだぜんぜん熟れてないね。

・・・。 

ドロドロ柿しか食べなれていない彼らにとって、かたさの残る柿は、いくら甘くても、熟れてないも同然に感じたようだ。 

かたくても甘いでしょ?日本の柿は、こういうものなの、と説明すると、ふーんと言いながら食べ続けていたが、今ひとつ、おいしさは伝わらないようだった。

=== 

そうかと思えば、こちらの人たちは、それこそまだ『熟れていない』グァバを、おいしそうに皮ごと口にする。少しやわらかくなったグァバのほうが断然おいしいと思うのだが、グァバはかたいものを好む人が多い。

ドロドロ柿に、かたいグァバ。好みの食感も、人それぞれ。

2006年9月15日金曜日

季節が変わった日

先週末から雨降りの日々が数日続いていたのだが、それも、今週半ばに終わった。

9月13日頃から青空が広がるようになり、長雨を境に、一気に季節が移り変わった感じだ。こちらの季節は、いつもこうやって、突然移り変わるから、わかりやすくていい。

まだまだ日中晴れると暑いことには変わりないのだが、空も風も、もうすっかり秋。1ヶ月前ぐらいから、同じことを言っていた気がするが、今度こそ本当に、秋到来、という感じ。

・・・と思ったら、今晩もまた通り雨が降りはじめた。ということは、まだ完全な秋ではないということかな。ところで、これで明朝晴れれば、カトマンズからもヒマラヤがきれいに拝めるかもしれない!

2006年9月13日水曜日

穢れた種から芽は出るか?

~ 昨日の記事『秋の果物・バンレイシ(釈迦頭)』 のつづき ~

昨日、事務所にてバンレイシをおやつに食べた。

中から、黒豆よりやや大きいサイズの種が、たくさん出てくる。ひとつのバンレイシから、20個ぐらいは出てくるかもしれない。

(この種、クワティ(複数の豆を使ったスープ)の中に入れたら、誰も気づかないかもね、などという冗談はさておき)、種を庭に蒔いたら、カトマンズでもバンレイシが食べられるかしら?という話をしながら、口から出した大量の種を、紙に包んで持ち帰ろうとすると、スタッフにあっさり言われてしまった。

穢れた種を蒔いても、芽は出てこないわよ、きっと。

このブログでも何度か話題に出したことがあるのだが、こちらには、ジュト(穢れ)の概念がある。他人が口をつけたものは穢れているとみなされ、カーストが上の者などは、自分より低いカーストが手をつけた食べ物、食器には、絶対に手をつけたがらない。

その概念に関連し、一度口にした種を蒔いても、芽が出ない(実はならない)という迷信があって、彼女はそのことを私に言ったのだ。

でも、この夏、マンゴーの種を庭に捨てていたら、あちこちから芽が出てきたわよ、と、得意そうに私が言うと、でも、絶対に実はつけないわね、と、断言されてしまった。

家に帰って、種を庭に蒔いておいたのだが、果たして芽は出るのか?そして、実をつけるのかつけないのか?それ以前に、カトマンズでは気候条件が適さず、バンレイシは育たないかもしれないが。

~ 余談 ~

高カーストに属するスタッフが、このやり取りを見ていて、冗談でこういった。

ボテニ(bhoteni:チベット系の女性の呼び方だが、時に差別的用語にもなる)の穢れた種からは芽が出ないかもしれないけれど、バフン(ヒンドゥ教最高カースト・ブラーマンのネパール語)の種なら穢れてないから、ボクの種を持ってけば?(カーストと穢れの概念を扱った、ブラックユーモアといったところか)

いいえ、遠慮しておきます。

2006年9月12日火曜日

秋の果物・バンレイシ(釈迦頭)

日本と同じで、夏の終わりごろから、カトマンズでも柿や梨などが売られるようになる。

でも、こちらの柿はほとんど渋柿で、ドロドロに熟すのを待って食べることが多い。梨も、日本の品質改良された甘いそれとは少し違う。

こちらに住み始めた当初、秋の味覚、梨を見つけてうれしくなり大量に買ったところ、ほとんどが、包丁も入らないほどに硬く、がんばって皮をむいて食べてもジューシー感に欠け、かなりショックだった記憶がある。そのときのトラウマのせいで、ローカル梨はその後一度も買っていない。

秋の果物のなかに、バンレイシと呼ばれる果物もある。お釈迦様の頭に見た目が似ていることから、和名は釈迦頭とよばれるようだ。

柿や梨ほどメジャーではないのだが、今ぐらいの季節になると、カトマンズでも売られているのをちらほら見かける。

以前、10月初旬にカトマンズ盆地外の村を訪れたとき、ちょうどバンレイシのシーズンで、道すがら木をみつけてはもぎ取り食べた、という贅沢な思い出がある。

私は、果物にはそれほど興味がないのだが、日本の柿、桃(これはどこの桃でもOK)、マンゴーはとても好き。そんな味覚の私がおいしいと感じるのが、バンレイシ。つまり、そういう系の味。

~ つづく ~

2006年9月10日日曜日

再びシトシト雨のカトマンズ

朝は土砂降り、その後だんだん雨足は弱まって、夕方にはやむ、というパターンが土日2日間続いた。

半袖、素足(サンダル履き)では、明らかに肌寒い、いや、完全に寒い気温。

昨日は、カトマンズ~ポカラ間フライトはほぼ全線欠航となっていたようだ。

余談だが、雨が『シトシト』降ることを、ネパール語では『シムシム(またはシムシメ)』降る、という。『ザーザー』降りは、『ザムザム』降り。

日本語とネパール語は、擬態語や擬声語が非常に似ていておもしろい。

2006年9月8日金曜日

10月からのネパールトレッキングには証明書(TRC)が必要になります。

10月1日より、トレッキングに関する申請事項が変わる。(この記事の最後に、9月10日付追加記載有)

ネパールの主流トレッキングルート。エベレスト方面、アンナプルナ方面、および、ランタン方面。

いずれも、今まではトレッキング許可証は不要で、国立公園入園料を支払えばよかった。(エベレスト、ランタン方面の入園料は1000ルピー、アンナプルナ方面は2000ルピー)

入園料さえ払っていれば、トレッキング会社に属する必要はなく、ガイドもつけず、個人で自由気ままにトレッキングすることができていた。

しかし、10月1日から、上記入園料のほかに、TRC(Trekking Resistration Certificate:トレッキング登録証明書(仮訳))を申請取得する必要が生じることが決定し、本日発表された。

このTRCはTAAN(Trekking Agencies Association of Nepal )に加盟しているトレッキング会社でのみ申請可能となる。ちなみに、このブログ筆者も経営にかかわっているヒマラヤン・アクティビティーズはTAAN加盟会社である。(TAAN事務所に直接旅行者個人が行っても、申請は受け付けてくれないとのことなので注意したい)

申請には、トレッキングルートや日程、所属トレッキング会社、(トレッキングライセンスを所持するガイド名またはポーター名)などを記載する必要があるという。つまり、10月1日以降、トレッキングの際にはガイドまたはポーターのいずれかを必ず1名は同行させていないと、トレッキングはできないことになるのか?(未確認だが、TRCに関する情報が記載された書類を読むとそのように読み取れる)

TRCを取得していないトレッカーは、通行を許可してもらえないとのことなので、今後、必ずトレッキング会社を通してトレッキングを申し込む必要が出てきそうだ。(このようなシステムは、私たち政府登録済み正規に運営しているトレッキング会社にとっては朗報だが、フリーのガイドや、経験は豊富でもライセンスを持たずに活躍していたガイドには痛いかもしれない。また、ガイド無しで気ままなトレッキングを計画していたトレッカーにとってもつらい情報となるかもしれない)

このようなシステムが導入されることになったわけは、大きく分けて二つあるようだ。ひとつは、政府に登録していない名ばかりのトレッキング会社や、フリーのガイドが、不正に(税金を納めることなく)トレッキングを扱えなくする目的。もうひとつは、外国人トレッカーの安全を確保する目的。

いずれによせ、10月以降、ガイドもポーターもつけずにトレッキングを計画している場合、不正トレッキングとみなされることになるかもしれない。個人でトレッキングをしようと考えていた方は、十分に注意してほしい。

(ここから、9月10日付追加記載)

手元にあるのはTRCに関するネパール語の書面だが、次のような記載を確認したので、明記したい。(ほぼ直訳)

・ トレッキング会社は、最低1名の会社所属ガイドまたはポーターを、トレッカー個人またはグループに提供しなければならない。

・ トレッカー個人またはグループは、トレッキング会社が提供する最低限のサービス(注1)を受けずにトレッキングをした場合、トレッキングを中止させられるか、罰則を与えられる場合がある。

・ トレッカーがTRCを所持しているかどうか、最低限のサービスを受けているかどうか、警察やTAANを含む諸機関にてチェックがある。違法トレッキングをしている場合は、トレッキングを中止させられるか罰則を与えられる場合がある。

注1:最低現のサービス、という表現が何度か用いられているが、これは、トレッキング会社がトレッカーにガイドやポーターを提供すること、と読み取ることができ、関係者はそう解釈している。

ただし、TAANに詳細を確認したところ、上記事項がすべて10月1日から実施されるかというとそうではなく、現在検討中とのことなので、最終的なルールは後日発表されることになるようだ。

(9月10日追加記載終)

2006年9月7日木曜日

部分月食、見ていい?悪い?

9月8日に見られる部分月食の話題を、ネパールでも見ることができるNHKニュースで流していて、あわててパットロ(Patro)を開いてみた。

パットロというのは、占星術に絡んださまざまな情報が記載されているカレンダー。壁にかけるカレンダーとは違い、解読は難しいのだが、占星術による月別の情報、星座別1年の運勢、月食・日食情報など、興味深い情報が細かく載っていて、時に役立つ。



今回の月食は、日本時間の未明に見られるらしい。ということは、ネパールでは本日深夜頃に当たるはずだ、と思い確認すると、月食はネパール時間の本日9月7日23:50に始まり、8日0:36に最大となり、1:23に終了するという。(日本との時差は、ネパールが3時間15分日本より遅い)

夜更かしして眺めてみたいところなのだが、こちらの占星術によると、ただの興味本位で見てはいけないといわれている。星座別に、見ていいかどうか区別されているのだ。

たとえば、私の星座(西暦で判断する星座)はいて座なのだが、こちらの占星術によるとしし座であることがわかっている。

パットロによると、しし座は今回の月食を見てはいけないことになっていた(左上の画像に、その情報が掲載されている)。理由は(直訳すると)、女性との間にトラブルが起こるから、だそうだ。解釈の仕方によって直訳とはやや違った意味合いでとれなくもないのだが、いずれにしても、見るとトラブルが起こる、ということらしい。

昨年から今年始めに見られた3回の日食、月食時にも、見てはいけない、ということなっていた(実際には気にせず見ていたのだが)。



今後、来年3月3~4日に皆既月食、3月19日に部分日食が見られるそうなのだが、しし座の私はこれらも見るといけない(不幸になる、損をする)と書かれている。(写真は、来年3月の月食、日食情報)

いつになったら、日食、月食を見ることで幸せが訪れるのだろう?

ふと思い立って、西暦による私の星座・いて座の欄を見てみた。そこには『富に恵まれる』と言うようなことが書かれているではないか!

ネパールの雑誌や新聞に載っている星座占いを見るときには、必ずこちらの占星術によって出してもらった星座の欄に目を通す私なのだが、今回だけは例外、都合よく日本の星座を用いて、月食を見てしまうことにしよう。

2006年9月6日水曜日

カトマンズ市内移動(観光)時の渋滞に注意

在ネパール日本大使館からいただいたお知らせを こちらのページ に掲載した。

先日から、さまざまな目的での抗議行動、デモ、集会などにより、渋滞や交通封鎖があちこちで発生している。

それに加えて、祭がらみで混雑していたり(本日から、インドラジャトラも始まった)、道路工事による通行止めなどが実施されていることもあり、時間帯によっては、あっちに行ってもこっちに行っても渋滞、という状況のこともある。

たとえば昨日、カトマンズからパタンへ用事で出かけた際、カトマンズ市内の大きな道が集会による通行止めになっていて通れず迂回を命じられ、まわった道ではひどい渋滞、やっとの思いでパタンに到着したところ、いつも通る道が道路工事中出通行止めでまた迂回を余儀なくされる、という、踏んだりけったりな状況に巻き込まれた。

これからしばらく、こんな状況が続くのかもしれない。

大使館からのお知らせにも書かれているが、こういう状況は、予測できるものとできないものがある。観光中の移動時には注意したい。

なお、先日から、どこで渋滞が発生しているか、どこが通行止めになっているか、などの情報を交通警察が提供する、電話サービスが実施されている。番号は103番。l機械の音声サービスではなく、地名を言うと、警察官がその地域の状況を生声で答えてくれるとのことだ。ネパール語ができないと利用価値はないが、携帯電話を持参しているネパール人と一緒に観光・移動をしている際には、渋滞地域を問い合わせてみることができる。

上記大使館からのお知らせによると、空港内での盗難も頻発しているようなのでご注意を。

2006年9月5日火曜日

ありえないランチョンマット

昼食時に、地元民向けの飯屋へ行ってきた。ネパール人の知人が昨日から開業したとのことで、誘われていたのだ。



メインメニューはダルバート(ネパール定食)というローカル飯屋とはいえ、オシャレ感がうかがえる。地元民の心をくすぐりそうなセンスではある。これでご飯も美味しければ繁盛するかもしれない。

第一印象でそんなことを感じながら、席に着いた。


テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、ランチョンマットまで置いてある。ただのダルバート屋にしては、凝っているな、などと思いながら、そのランチョンマットに目をやると・・・

・・・あ、ありえませんから!!!



毛をむしられ足を縛られたグロテスクな鶏(目が恐ろしく逝ってます)を中心に、長ネギ、しょうが、にんにく、しいたけ、八角・・・。なんですか、鶏がらスープでも作るんですかっ?

料理本掲載用写真ならともかく、ランチョンマットにこういう図柄を考えたデザイナー(中国からの輸入物のようだったので、デザイナーもおそらく中国人だろう)のセンスも疑うが、それを、自分のレストランで使おうと選んだオーナーのセンスもまったくもって理解不能。

この上でご飯を食べろと?

そう、私はこんな国で暮らしているから、こちらの人と話がかみ合わなくても仕方ない、などと、つじつまが合うような合わないような、あきらめ感を強めてしまった昼食時だった。

ちなみにご飯は美味しかった。

2006年9月4日月曜日

トリスル(Trishul):三又鉾



トリスル(Trishul)というのは、ヒンドゥ教シバ神が持っている三又の槍。日本語では三又鉾と訳されることが多いようだ。日本の刺股(さすまた)は、長い柄の先端にU字型の金具がついている武器であるが、トリスルは、U字の真ん中にもう一本入っているような形となる。(写真のシバ神が左脇に挟んでいるのが、トリスル)

以前、ネパール中部にある古都タンセンに行ったとき、丘の上に建つ寺院を訪れたことがある。そこには、ネパール最大だったか、世界最大だったかのトリスルがまつられていた。

カトマンズ~ランタン・ヘランブー地方のトレッキングに行く際、トレッキング始発地点(ドゥンチェまたはシャブルベシ)までは、トリスリ(Trishuli)川と呼ばれる川に沿って進む。このトリスリという言葉は、シバ神が持つトリスルに由来しているそうだ。

この地方のトレッキングで有名な、ヒンドゥ教の聖地ゴサイクンダ(Gosaikund)という場所がある。ここには、シバ神にまつわる多くの話が残っていて、その中のひとつに、この場所でシバ神がトリスル(三又鉾)を使って地面を突き刺したところ、そこから水が溢れ出し川になった、それがトリスリ川という名前の由来だ、というものがあったと記憶している。

トリスルを使った話題を今日はひとつ。

先日、『山』という文字に似た模様がたくさん書いてあるデザインのラベルを、衣類の一部に縫い付ける作業をネパール人に頼まなくてはいけなくなったことがあった。

日本人同士であれば、模様を『山』という漢字にたとえ、向きが上下逆にならないように縫い付けて、という指示をすれば、すぐに理解してくれるところだ。

しかし、こちらの人には『山』の向きで、といっても通用しない。以前も同じ指示を出さなくてはいけないことがあったのだが、そのときは、ラベルを見せ「3つの先っぽを必ず上向きにするように」「Mの逆で、またはWの向きで」としつこいぐらいに注意を促した。

しかし、仕上がったものを見ると、半分ほどの向きが逆になってしまっていた。あれほどいくつも例を出して説明したのに、なぜに間違えたのか理解できないのだが、要するに、彼らにしてみれば、どちらを上向きにして縫い付けなくてはいけないか抽象的にしか理解していなくて、上下の向きなど意識していなかったということなのだろう。

今回は、以前の経験を生かし、ネパール人でも上下を間違えるはずのない具体的な指示の出し方を考えてみた。『山』の文字に似た模様を、絶対に上下逆にしないような、良い例。3つの先っぽが必ず上を向かなくてはいけない、と一発で印象付けるものは何か?

いろいろ考えていて、トリスルを思いついた。



シバ神が持つトリスルは先ほども書いたように三又となっている。シバ神はこのトリスルを、たいてい柄を下にして持つ。つまり、三又の突き刺す部分が上に来るから、『山』という文字に似ているデザインが持つイメージと共通する。

これなら、こちらの人の脳裏にもしっかり焼きついてくれるはずだ、そして、間違えようもなくなるはずだ、と思い、トリスリの例を出して説明したところ、効果てきめん、上下の向きを間違えなくなった、ということがある。

2006年9月3日日曜日

雨乞いの儀式

毎週日曜日発刊のネパール語週刊誌に、面白い記事が載っていた。

雨の少なかった今年の雨期。ネパール南部に位置するナワルパラシ郡の一部の村では大干ばつ被害に遭っているという。

この地方では、雨乞いのための独特な風習があるとのこと。それは『深夜みんなが寝静まった頃、女性たちが集まって、全裸で田畑を耕す』という風習なのだそうだ。そして、『ただ耕すだけではなく、雨の神・インドラ神を罵りながら耕す』のだそうだ。昔からの言い伝えに深く影響しているそうなのだが、ネパール国内にも、地域や民族によって、興味深い風習がいろいろあって面白い。

ここ何年も、このようなことをしたことはなかったらしいのだが、今年の雨不足で大干ばつに見舞われ、田畑が枯れ果ててしまった。そこでついに女性たちは意を決し、夜、裸になって、田畑を耕しているという。

ここで、ネパールの田の耕し方を少し説明したい。日本も昔はそうだったのだと思うのだが、こちらでも農耕機(トラクター)などを使う習慣はなく、すべて人力作業。去勢牛(ネパール語ではゴルという)に農耕具を引かせて耕したりもする。

そこで、だ。ネパール南部のその地域では、裸になった女性何人かはゴルの役をし(つまり、四つんばいになって田畑を歩くのだと推測できる)、田畑を耕しているそうだ。想像すると、妙に生々しいこの光景、他人事ながら恥ずかしくなってしまう。

もちろん、男性立入厳禁だし、見てもいけないとのこと。しかし、作業終了後、カジャ(軽食のこと。ここでは夜食のような意味合いで読み進められる)を差し入れる習慣もあるそうなのだが、差し入れは、村で一番偉い人物がしなければいけないとのこと。村の偉い人物といえば、たいていは男性になってしまう。そこで、目隠しをして現場(全裸の女性が集まる田畑)を訪れているそうだ。差し入れ人が精力みなぎる中年男性ではなく、よぼよぼの長老であってほしい、などと、どうでもいいことを考えてしまった。

女性たちのためにも、雨乞いの効果があってほしいと思う。

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さて、上記の地域からそれほど離れていないネパール南西部(バルディア郡など)では、先日から大雨の被害が出ている。多くの人が大雨により家を失い、緊急に食料や医薬品を必要としているそうだ。ネパールのことなどめったに流れない日本のニュース(NHKBS)で、昨日深夜(日本時間の本日未明)、このニュースを流していて少し驚いた。それほど被害は深刻だということなのだろう。

大干ばつの被害に遭っている地域と、大雨の被害に遭っている地域、直線距離にして約400km程度しか離れていない。自然は意地悪だ。

ちなみにここカトマンズでは、まだ雨期は終わっていないが雨不足には変わりなく、すでに計画停電が始まっている。雨の神・インドラ神は、何をしたら雨を降らしてくれるのだろう?

2006年9月2日土曜日

計画停電開始

9月1日から、また、計画停電が始まった。

今年の雨期も、降雨量が非常に少なかったためだ。(しかし現在、西ネパールでは深刻な大雨被害を被っていて、医薬品や食料の不足が深刻になっているようだ)

とりあえず今のところの停電時間帯は、どの区域も1週間に一度、夜7時から9時半までの2時間半の実施となるようだ。(そのうち、停電時間は増えていき、今年初旬に実施されていたように、1週間に35時間もの停電が実施される日もそう遠くはないだろう、、、)

計画停電が始まる、という情報はあったのだが、いったい、どの区域が、何曜日の停電にあたるのか、詳しく知らないでいた。日本であれば、かなり前から、停電のお知らせと、お詫びなどが告知されるところだと思うが、そういう配慮はない。

いったい、私が住む地区では何曜日の停電となるのか?毎日ハラハラしながら過ごすのは嫌だ。でも、1週間以内には必ず電気は消えるわけだから、気長に待とう、と思っていたところ、計画停電開始2日目の本日、夜7時ちょうど、突然ぶちっと電気が切れた。

真っ暗闇の世界になった瞬間は、がっくりしてしまったが、早いうちに停電曜日がわかって安心もした。

さて、旅行者が多く集まるタメル地区では、金曜日の夜7時から9時半までの停電となるようだ。中級以下のホテルに泊まる場合は、自家発電機を備えていないところも多いので、これから来年の雨期が始まるまでは、懐中電灯を持参すると役立つはずだ。

中級ホテルには自家発電機が備わっている場合が多いが、自家発電では、ロビーやレストランの公共スペースのみしかまかなえないほどの電力しか供給できない場合も多いから、やはり懐中電灯は必須。

2006年8月21日月曜日

祭ではないけれど、祭のようなもの

19日、20日と実施されていた、石油製品値上げに抗議すると見せかけた憂さ晴らし行動は、とりあえず終結した。

市内のあちこちでタイヤを燃やしたり、罪のない一般市民が乗るテンプー(乗り合い三輪自動車)のガラスをレンガで割ったり、緊急事態で出動している救急車に投石したりすることのどこが、抗議行動なのだろう?と思ってしまう。日頃鬱憤を晴らす機会のない若者が、ここぞとばかりに暴れまくって、お祭り騒ぎで楽しんでいるだけ。

お祭り騒ぎといえば、カトマンズ市外に住む知人が住む村では昨日、隣人たちが集まって、ヤギを一頭絞めたそうだ。(食用動物を絞め、みんなで分けて食べる、という行為は、祭り気分のときにすることが多い)

もうダサイン(祭)気分なわけ?と聞くと、まあそんなものだね、と、知人は答えた。(もうすぐ、生贄のために生き物をささげる儀式も行われる、ヒンドゥ教最大の祭り『ダサイン』祭が始まる)

以前は、季節行事なのかと錯覚するぐらいに定期的に実施されていたバンダ(スト)なのだが、今年4月の政情混乱終結以降、実施されていなかった。バンダによる臨時休暇慣れしてしまった一般市民たちには、バンダ無し(臨時休暇無し)の生活こたえる。

それが、今回の抗議(とかこつけた憂さ晴らし)行動で、街の機能が麻痺し、久しぶりの休暇となったのだから、これを祭り扱いとしないでどうする。そういうわけで、村人が集まって、ヤギを一頭絞めたそうなのだ。

抗議行動といいながら、憂さ晴らしでタイヤに火をつけ、他人に迷惑をかけて楽しむネパール人もネパール人だが、こうやってできた臨時休暇をいいことに、祭り気分でのんびりヤギを絞めるネパール人もネパール人だ。まあ、私もこの休暇をいいことに、家でのんびりくつろいだのだが。

所詮、この国の(最近の)バンダ(スト)なんて、この程度のもの。

うわーなんだか大変らしいぞ、と、現地で大慌てし、ネパールの治安は悪い、とすぐに決めてしまうのは、状況を正しく入手するのが難しい旅行者だけかもしれない。

政変による暴動と、憂さ晴らし的お楽しみ暴動は違う。そこのところをよく理解していれば、ネパールは危ないんだろうか?などと心配するだけ無駄にさえ思えてくる。でも、自己責任で注意はしなくちゃいけないけれど。

2006年8月20日日曜日

久しぶりの1日

昨晩遅く、「石油価格高騰への抗議が20日も繰り広げられる予定なので、外出は控えるように」という日本大使館発の地区別緊急連絡網が入ってきていた。特に出かけなくてはいけない用事もなかったので、1日家で過ごすことに昨日から決めていた。(ネパールでは日曜日は休日ではないため、通常は普通の平日となる)

一応朝、街の様子を確認しようと、リングロード(カトマンズ市、パタン市を囲む周囲約20kmほどの環状道路)外に住む知人と、リングロード内の街の中心部に住む知人に、現在の外の様子を教えてもらう。各地でタイヤが燃やされていて、車両の通行はやめたほうがよさそうだ(場所によってはバイクでの通行は無理)、と聞いたので、家で過ごすことを再決定する。

昼過ぎまでいい天気だったので、洗濯物と、家中の布団を干す。それだけでは強い日差しの有効利用には物足りなく、先日買ってあくを抜いておいたぜんまいも干す(干しぜんまい作り)。ビンに入れて太陽の下に置いて作る大根の発酵アチャール(漬物的ご飯の友)も仕掛け、照り焼きまんを食べたくなったので作って蒸し、典型的なバンダ(ゼネスト)の日の、のんびりした休日を過ごす。4月の連日カフュー(外出禁止令)の日々を思い出してしまう。あのときも、なぜか照り焼きまんを食べたくなって作った。

一段楽していると、なんとなく雲行きが怪しくなってきた(昨日も書いたのだが、雨期終盤の今日この頃、午後になると天気が急変し、短時間のスコールが降ることが多い)。そろそろぱらつくかな、と思いながら室内で他の作業をしていると、「雨が降ってきたぞ~(パニパリョ~)」という、隣人が近所に知らせる叫び声が聞こえ、あわてて庭に駆け下りる。叫び声の主(隣の家のおばさん)もあわてて洗濯物を取り込んでいて、顔を見合わせ苦笑いをしてしまう。洗濯物と布団とぜんまいとアチャールのビンを家の中に取り込む。

夕方前、寝転がりながら本を読む。知らないうちに寝てしまったようだ。寝ていた時間は1時間ほどだったのだが、夢を見る。携帯で電話をかけようとすると、変なエラーが出てつながらないのだ。何度も何度も番号を押しても、エラーが出て埒が明かない。おかしいなあ、と思っていると、周りの携帯も同じ状態になっていることがわかる。

つまりこの夢、つい最近までネパールの政変時によく起きていた、通信を遮断される状態を連想させるものだったのだ。外で抗議行動がおきている今日、やっぱり(電話が)とめられたか、などと、夢の中の登場人物たちと話しながら、電話をかけるのをあきらめる。

・・・と、突然、現実世界の電話がなって、眠りから覚める。通信遮断されていたのは、夢の中だけだとわかり、ほっとする。

その後、夕方過ぎ、大使館発地区別緊急連絡網が入る。石油製品の値上げはとりあえず延期になったとのこと。明日から市内は通常に戻るだろう。

ほっとしながら、夕飯の準備に取り掛かる。

2006年8月19日土曜日

抗議熱は雨と共に消える

日中、カトマンズ(パタン含)市内は大変なことになっていたらしい。

石油価格高騰に対する抗議デモが、あちこちで繰り広げられていたらしいのだ。(20日も抗議行動は引き続き行われるようなので注意)

リッターあたり67ルピー(約110円)だったガソリンが、84ルピー(約130円)に値上がりすることに伴う抗議デモ。値上がり後も日本のガソリン価格よりは多少安いが、平均月収が日本の20~40分の1であるネパール。ガソリンがこの価格になるのは、現地人にとっては非常に痛い。

そこで、路上でタイヤを燃やし交通を妨げる、通行している車両に投石し、ボコボコにする、という大人気ない行為をみんなでして、価格高騰に抗議するわけ。

そんなことをしても、世界的に高騰している石油価格を下げることはできない。でも、こちらの人は 抗議行動という名ばかりの憂さ晴らし を、機会を見つけては繰り広げ、お祭り同様に楽しむ。

本日私は、自宅から割と遠い出先にいて、市内が大変なことになっている、という情報を日中耳にした。話によると、各地の路上でタイヤが燃やされていて、通行している車両は抗議隊によって止められているという。市内移動は徒歩でならできるが、車両ではかなり危険そうだ、という。

私は普段スクーターで移動している。最悪、この抗議行動が長引けば、スクーターは出先において、徒歩で家に帰らなければいけないかもしれない、と覚悟した。

でも、熱しやすく冷めやすいネパール人のこと。抗議行動がそんなに長時間続くはずもない。夕方近くなって雨が降り始めれば (雨期終盤に差し掛かり、午後にスコールが降る日が続いている)、もうボク、タイヤ燃やすのも飽きたし、雨も降ってきたから、家に帰ろーっと、というノリで、本日の抗議行動はすぐに終結になるだろう、と読んでいた。

実際、この国の抗議行動は、雨が降り始めたとたんに、笑えるほどあっけなく終了する。それはそれで嬉しいことなのだが、その程度の意思だったの?と半ばあきれてしまうことも多い。

たとえば、一昨年前、政党による抗議行動が1ヶ月以上連日起こっていたとき。雨が降り始める季節に入ったとたん、抗議行動の時間帯を雨が降らない時間帯に変える、という、手段をとっていたことがあった。(他の理由があったのかもしれないが、日差しが強かったり、雨が降ったりするたびに、それを避けるかのごとく抗議の時間帯がずれていた)

また、連日外出禁止令が続いていた今年4月にも、似たようなことがあった。外出禁止令発令区域にもかかわらず、国王に抗議する大群衆が何万人単位で終結し、王宮を目指したことがあった。あと1時間もしないうちに、王宮は大群衆に取り囲まれ、大変なことになるのではないか、と、誰もが心配したそのとき、突然大雨が降り始めた。

すると、シュプレヒコールを飛ばし、白熱しまくっていた大群衆は、それまでの熱をすっかり雨に冷まされたかのごとく、みんなさっさと家路につきはじめたのだ。つまり、抗議行動に参加していた大群衆のほとんどは、抗議の意味もわからずお祭り気分で抗議デモに参加してみた、という、安易な目的でしかなかったということなのだろう。

余談で長くなったが、今回のデモも、夕方雨が降り始めれば、とりあえず解散になるに違いない。徒歩での帰宅を覚悟した私も、すぐに、考えをあらためた。雨が降れば、余裕で車両移動できるだろう。

そして、15時過ぎ、予測どおり小雨が降り始めた。ここぞとばかりにスクーターを出し家路についた。つい1時間ほど前まではタイヤが燃やされて大変なことになっていたという通り道には、案の定、抗議している人の姿も見えず、普通の街に戻っていた。タイヤが燃やされた痕跡は、あちこちで見かけたのだが。

抗議行動とかこつけて、日頃の憂さを晴らせればそれで大半の人の目的は果たせる。抗議熱など雨と共に一瞬にして消えてしまう、所詮その程度のものなのだ。

でも、また明日(20日)の日中も、抗議行動は続くというので、注意はしたい。

2006年8月16日水曜日

カトマンズダルバール広場のクリシュナ寺院

クリシュナ寺院
 
今日はヒンドゥ教の神・クリシュナの誕生日(クリシュナアスタミ)で祭日。

旅行者エリアのタメル地区から南下し、アサンやインドラチョークを過ぎ、旧王宮広場内に入ると、向かって左手側に怖い顔をした、でも、どこかかわいい、カラフルなカラ・バイラブ像が見えてくる。

クリシュナ寺院はこの少し先の右手側に位置する八角形の珍しい建物。

本日は、赤いサリーを着た女性の参拝客でにぎわっていた。


2006年8月13日日曜日

ダラハラ(ビムセンタワー)の話

ダラハラ
 

 
カトマンズ市、中央郵便局のすぐ横に、ダラハラ(Dharhara)と呼ばれる高さ約52mの白い塔が建っている。
 
1832年に当時のビムセン・タパ首相によって建てられたため、ビムセンタワーとも呼ばれている。現在の塔は、1934年のカトマンズ地震で被害を受けたあとに再建されたものであるらしい。
 
以前、塔の内部には特定日しか入れなかったのだが、2~3年前からは、一般公開され、内部に入れるようになった。要入場料。
 
つい先日、この塔から飛び降り自殺をはかった人(現地人)がいたそうだ。
 
飛び降りるには少々低すぎる気がする。しかし、ネパールには、首都カトマンズとは言えども、高い建物は無い。あってせいぜい5~6階程度。たかが50m程度の塔ではあるが、周りの建築物よりかははるかに高い。だから、この塔を選んだのだろうか。

2006年8月6日日曜日

臨月の食べ物(ヨーグルトと乾し米)

ガイドの妻が臨月を迎えた。もう、いつ生まれてもおかしくない状態に入ったらしい。

こちらの習慣で、臨月を迎えた女性にダヒ(Dahi:ヨーグルト)とチウラ(Chiura:乾し米)を食べさせる、というものがある(民族や住む場所によっても習慣は異なる)。以前から、赤ちゃんが生まれる前に一度お邪魔する話があったのだが、延び延びになっていて、大変なこんな時期に強引に押しかけることになってしまった。重いおなかを抱えながら、夕飯までご馳走してくれた。

ちなみに、持参したヨーグルトと乾し米を食べてもらった後にわかったのだが、ガイド夫妻の習慣としては、臨月時にこれらのものを食べる習慣は特にないとのこと。タダの迷惑な客だったかしら、私。

ヒンドゥ教マガル族+グルン族のカップルなのだが、同じ民族でも、この習慣がある人たちもいるが、彼らのように特に意識しない人たちもいる。一筋縄ではいかないネパールなのだ。

よく登場する食べ物、ダヒとチウラ。アサール月15日(毎年6月末頃)には、田植えの息抜きとしてこの2つをたべる習慣もある。

体力を使う大事な仕事(田植え)の合間に、または仕事(出産)を間近に控え、精力をつけるために食べるもの、といったところだろうか。

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ちなみに、市販の『ダヒ』はバクタプル産がおいしいことで有名。500mlが20ルピー(約35円)。最近少し値上がりしたのだが、それでもこの値段。味は、日本のものよりかなり濃厚。

私は、納豆を育てる要領で、ヨーグルトも育てている。日本の実家にかなり旧タイプのヨーグルトメーカーがあり、それを使って作っている母を見ていて、殺菌や温度調整など面倒だな、と思っていた記憶があるのだが、ずぼらな私流の作り方は非常に簡単。

一度沸かした牛乳が人肌に冷めたら(温度は適当)、熱湯殺菌した容器に移して、その中に種ヨーグルトをスプーン一杯放り込んで混ぜ、そのままおいておくだけ。数時間後ドロドロになったら、冷蔵庫に移す、という、ただそれだけの作業。

『チウラ』は、稲ごと軽く炊いて(蒸して)、その上からつぶして乾かすとできる保存食。日本米に似た米(タイチン米と呼ばれている)を使って作ることが多い。作る工程が同じかどうかは知らないが、これは、日本にもあるようだ。以前、大分出身の知人が『乾し米』を食べさせてくれたことがあるのだが、まさにこれはチウラと同じものだった。

2006年8月3日木曜日

秋を感じる

前回まで3回に渡って、祭日程を掲載した。8月からは祭が増え始める季節で、先日からは、凧も空を舞い始めている。

毎年、ヒンドゥ教最大の祭、秋のダサイン祭には、たくさんの凧が空を舞う。正月に、日本人が凧あげをして遊ぶのと似ているかもしれない。季節限定の遊び。

でも、まだ8月。凧あげにはまだちょっと気が早いんじゃない?などと思っていたのだが、空を見上げると、もう秋空が広がっていることに驚く。明け方の風も涼しさを通り越して時に肌寒さも感じるほど。もう秋は始まりつつあるのかもしれない。先日7月30日(ナグパンチャミ:蛇の神様にプジャをする日)が立秋にあたる日でもあった。暦の上ではもう秋なのだ。

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カトマンズに住み始めた当初、私は、ここで流れる季節の移り変わりが、よくわからなかった。

ダサイン前のある日、知人(ネパール人)が空を見上げ「もうすぐダサインだねえ」と何気なく言った言葉に、へえ、と感じた思い出がある。日中は蒸し暑く、雨季も明けておらず、まだ夏だと思っていた私だったのだが、知人に言わせると、空の色がもう夏のそれではない、というのだ。

何年も過ごしてきた日本での季節の移り変わりは、空などからもわかる。でも、ネパールで季節を越したことがなかった私には、違いを実感できなかった。

その後、こちらでいくつかの年を過ごしてきて、今では空を見上げて季節の流れを感じられるようになった。祭前の浮かれ具合や、街の賑わいなどからも、季節を体感できるようになった。

少し色が薄めになった青空と、そこに舞う凧、入道雲が途切れて広がるひつじ雲。まだまだ日中は暑いカトマンズだが、秋はもうそこまで近づいているようだ。