ブログ移転のお知らせ

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2006年10月14日土曜日

マオイストの要求1~ガイド保護のために?~

政治的な面からマオイストについて述べることは、私の知識では不可能。このネタで、2回連載する予定だが、現在進行中の和平交渉に関わるネタではないことを、あらかじめ断っておきたい。

マオイスト=毛沢東主義者。ネパールの反政府組織、という認識でよかったと思うが、今、政党との和平交渉が進んでいる。

マオイストが誕生してから約10年ほどの間に、ネパール国内で、マオイストと国軍、警察が衝突し、一般人も含めて多くの死傷者も出た。カトマンズ市内でも、小規模ではあるが爆発物騒ぎなどもよく起こり、これが原因で、ネパールは危険な国、というイメージが旅行者の間で強まり、旅行者もぐんと減っていた。

しかし彼らは、外国人には被害を与えることはないと宣誓していた。アンナプルナ方面トレッキングルートで、通行料と証して金銭を要求される被害にあったトレッカーは多いかもしれないが、傷害被害にまで発展する事件に遭遇した外国人は、おそらくいないはずだ。

今まで、カトマンズなどの都市部に現れることの少なかったマオイストだが、2006年4月の政変以降、カトマンズ中心部で堂々と集会を開くようになった。今までずっと隠れていた党首も、テレビやラジオに気軽に登場するようになった。

それと同時期に、マオ傘下組織などがカトマンズ市内のホテルや旅行会社に堂々と現れ、寄付を要求し始めるようになっていた。

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話がそれるが、3~4ヶ月前のある日、ヒマラヤン・アクティビティーズの事務所にもマオイストと証する4人組の村人風老若男女がやってきた。ちょうどその頃、カトマンズ中心部でマオイストの大規模な集会が予定されており、農村部からマオイストであるたくさんの人々が上京していて、滞在費をまかなうために寄付を集め歩いているとのことだった。

マオイストが事務所に入ってきたまさにそのとき、私たちの事務所内では、スタッフが1000ルピー札の分厚い束を数えている最中だった。突如として入ってきた4人組が寄付を要求しに来たマオイストとは知る由もなく、彼らを完全に無視しながら、スタッフは札束をカウントし続けていた。

そして、カウント終了後、おもむろに顔を上げ、『君たち、どこから来たのかね?』と特に敬意も払わず尋ねて初めて、彼らがマオイストで、金銭の寄付を要求しに来たということが判明したのだった。

もし、それ以外のときに現れていれば、金はない、と拒めたものを、彼らの前で平然と大金を数え終わったあとで、『金はない』などというしらじらしい嘘をつくわけにもいかず、その場に居合わせたスタッフおよびマオイストたちみんなで、顔を見合わせ苦笑した、という、笑うに笑えない出来事があった。

~ マオイストの要求2 につづく ~

ティハール気分を高める音

10月19日からティハール祭が始まる。先週終わった『ダサイン』祭に引き続く、ヒンドゥ教第2の秋の大祭『ティハール』。

まだ、ネパールの治安がよかった頃、この祭では爆竹がかかせず、夜になると、あちこちで爆竹の音が響いていた。しかし、2000年のティハールを最後に、この風物詩は楽しめなくなっていた。

2001年以降、治安がだんだんと悪くなり、カトマンズ市内でも爆発物騒ぎなどが頻繁に起きるようになったためだ。爆竹の音がマオイストが仕掛けた爆発物と紛らわしく危険でもあるため、ほとんど使われることがなくなった。

それが今年は、ティハール一週間前に当たる一昨日あたりから、夕方頃になるとあちこちで爆竹音が鳴り響くようになった。危険な爆発物と間違えられることも無く、平和なカトマンズが戻ってきているからなのだろう。

2006年10月13日金曜日

ネパールの運手免許4

~ ネパールの運転免許3 のつづき ~

実技試験本番の列にいざ並ぶと、なんとなく緊張するもの。でも、実技は簡単。余裕でジグザグ運転をしてのけた。そして、見事パス。



合格/不合格はその場ですぐにわかる。合格の場合は、写真のように立会人が緑のカードを掲げてくれるからだ(不合格の場合は、赤いカード)。写真は他人の試験風景。

帰り道、舗装状態の悪いカトマンズ市内の道路を走りながら、気づいた。実技で試されるあのジグザグ運転は、道路のあちこちに突如として現れる穴をうまくよけるために実施されているに違いない。

カトマンズの道路は、舗装はしてあっても、つなぎ目だらけのことが多く、段差はもちろん、あちこちにボコボコ穴があいているのだ。

普段、通り慣れている道では、どこにどの程度の大きさの穴が開いているか(または、段差があるか)を、たいてい把握しているからよいものの、慣れない道を走るときは、目の前の穴に突然気づき、あわててひょいっとハンドルを切り替えなくてはいけなくなることも多い。

そんなとき、あのジグザグ実技試験は、多少は役に立つかもしれない、などと思ってしまった。

~ おわり ~

2006年10月12日木曜日

ネパールの運転免許3

~ ネパールの運転免許2 のつづき ~

そして、いよいよ実技試験に臨むのだが、私の番になるまで、1時間ほど待つことになる。女性用には、5本のポールの間隔を少し広めて最後に実施してくれるというので、私も最後まで待つことにしたのだ。間隔が広くなったほうが、運転が簡単になるからだ。

その間やることも無いので、周りを観察しながら過ごす。

父親(らしき人)と一緒に受験に来ている、20歳ぐらいの男の子のなんと多いこと。こちらの人(特に女性)は、成人していても、仕事の面接に、ママやパパと一緒に行く人もけっこういるぐらいなので、若い男性でも、パパと一緒にバイクの実技試験を受けに行くことなど、普通のことなのだろう。

あいているスペースを利用して、適当な間隔でジグザグ運転練習をしているたくさんの人たち。みんな真剣でほほえましい。ちなみに、実技試験に使用するバイクは、自分で調達しておく必要がある。自分のバイクがない場合は、友達から借りたりする。そして、自宅から試験場まで、規則上は無免許の者が、自分で運転して行くことになるわけだ。なんだかむちゃくちゃなルールだが、その点を追求されることはない。

試験場は、大きな通りに面した場所にあるのだが、早朝から、試験の様子を眺めているたくさんの暇人もいる。6時半の時点で、すでに20人ぐらいがぼけーっと眺めていた。ある1人にターゲットを絞り観察していたところ、その人は、約1時間じーっと同じ場所から試験の様子を眺めていて驚いた。他人の実技試験の、いったい何がそんなに彼を惹きつけるのだろう? 大きなお世話だが、早朝の1時間、もっと有意義なことに活用したらどうかと思ってしまう。

試験場に何食わぬ顔で侵入し、受験者たちに、合格祈願の赤いティカ(お祈りなどをした後に、おでこにつける印)をつけては、お布施をもらっているおじいさんもいる。『パシュパティナート(シバ神を祭る、ネパール最大ヒンドゥ教寺院)から持ってきた、ご利益のあるティカはいらんかね』という感じで、受験者のもとをまわっている。

観察していると、半分以上はティカを受け、コイン(1ルピーまたは2ルピー)のお布施を渡していた。つまり、このおじいさん、早朝2時間ぐらいの間で、ざっと100ルピー(約160円)ぐらいは稼ぐのだろうか、などと、いらぬ計算をしてしまった。

ちなみに、2時間で100ルピー稼げれば、ネパール人の給料形態からすると、かなり割りのいい稼ぎとなる。私のところにもやってきたが、ヘルメットをかぶっていたし、祈願不要だったので、断った。

そんなこんなで時間をつぶしているうちに、私の実技試験の番がやってきた。

~ ネパールの運転免許4 につづく

2006年10月11日水曜日

ネパールの運手免許2

~ ネパールの運転免許1 のつづき~

スクーターの実技試験当日。早朝5時半に、試験場を訪れるよう言われていた。試験は6時から始まるという。

余談だが、こちらの人は、朝が強い。大学の講義なども、早朝6時頃から始まることも多い。日の出が早い夏場など、早朝5時頃に、さわやかな声で間違い電話をかけてくる、非常に迷惑なヤツも時々いるほど。(その分夜は早く、夜10時頃のカトマンズ市内は、深夜同然の静まり返った雰囲気が漂う)

ということで、早朝から実技試験を受けに行く。といっても、たいした実技があるわけではないのだ。

約2mほどの間隔に置かれた5本のポールを、ジグザグに通過すればいいだけ。途中、ポールに接触したり、倒したり、足を地面についたりしたら失格。果たして、こんな試験に何の意味があるかわからないのだが、とにかく、これにパスすれば、二輪免許(原付込み)が手に入るというわけ。



試験場近くには、練習用スペースも設けられている。といっても、早朝通行のない普通の道にポールを置くだけの即席練習場。ネタ探しに訪れてみると、早朝6時前にも関わらず、すでに20人程が練習していて、なんとなく、私の気分も高まってきた。

こんな実技なんて、何年ぶりだろう。心地よい緊張感を感じながら、ジグザグ練習をはじめたのだが、すぐにイライラし始め、早々切り上げることにする。

イライラの理由は、順番待ちができないこちらの人たち。私が、前の人との間隔をあけて練習しようと少しでも待とうものなら、左右横から、後ろから、どんどん抜かしていくのだ。後ろからクラクションを鳴らすやつもいる。待ち時間なんて数秒だけなのだから、順番待ちしようよ、という感じだ。

仕方ないので、抜かされないよう、前との距離をおかずに進まなければならず、前が詰まって途中で止まらなければならなくなったりして、ほとんど練習にならなかった。

~ ネパールの運転免許3 につづく ~

2006年10月10日火曜日

ネパールの運転免許1

これが、ネパールの運転免許証。(目隠しだらけですが)





ネパールで2年以上スクーターに乗っているのだが、実は、こちらの運転免許証を取得していなかった。

この2年数ヶ月の間に、検問で止められたのは数回、うち、ネパールの免許証が無いという理由で交通警察にとがめられたことは一度もない。たいてい、ガイジンであることをアピールすると、免許提示も求められず、ノーチェック。稀に免許提示を求められても、パスポートだけを提示すれば、それでOKだった。(在住者は、基本的にはネパールの運転免許を取得する必要がある。旅行者はパスポートの提示だけでレンタルバイクが借りられるが)

一応、日本の免許証も肌身離さず持ってはいたのだが、日本語表記しかない日本の免許証は持っていてもはっきりいって意味がない。ここ何ヶ月かは、日本の運転免許証を大使館で英訳してもらった書類をしばらく持ち歩いていたのだが、万が一この状態で事故を起こすと、さすがにまずい、と、常々思っていた。そんな時、知人が免許の書き換えをしに行くという話しを聞き、私も便乗申請しに行くことに決めた。

日本では、10年以上前に普通自動車の運転免許証を取得している。このため、ネパールで自動車運転免許だけが必要な場合は、私が持っている日本の免許証をただ書き換えればよい(AT車限定免許しか持っていないのだが、こちらでは、ただ書き換えただけで、マニュアル車にも乗れる免許証をもらえるのだ)。

しかし、日本とネパールの運転免許カテゴリー分けが異なるため、ネパールでスクーターに乗るためには、実技試験も受けなくてはいけない。

日本では、普通自動車の免許があれば原付にも乗れるが、ネパールでの運転免許カテゴリー分けは、日本のそれとは、少々異なり、四輪車(普通自動車、ジープ、デリバリーバン)でひとつのグループ、二輪車(バイク、スクーター)でまた別のグループにわかているからだ。

ということで、今後堂々とスクーターを運転するためにも(今までも十分堂々と運転しまくっていたが)、今更ながら、先日、実技試験を受けることにした。

~ ネパールの運転免許2 につづく~

2006年10月9日月曜日

ネパールでは無印良品の袋に注意!?

知人(ネパール人)に渡すものがあり、たまたま家にあった、無印良品の袋(日本の無印良品で買い物をした際、商品を入れてくれる袋)に入れて渡すことにした。

ハイこれ、と、知人に渡す際、えんじ色の文字で 無印良品 と書かれている部分が、上面になっていた。何気なく目を落として、あ!こ、これは・・・と思う。

知人も、同じ場所に視線を落とし、はっ!という顔をする。

そこには無印良品の文字よりも一回り小さな文字のURLアドレスが、小さい文字ながらも思いきり目立つデザインで、こう書かれていた。

www.muji.net

そう。ネパール語がお分かりの方なら、恥ずかしながらも大爆笑してしまうアドレスが書かれていたのだ。ムジネットだと!?

知人に、聞かれてしまった。これ、いったいどういう類のアドレスで、この袋はなんなわけ!?

このmujiは無印良品という日本の一種のファッションブランドの名前を短縮したもので、ネパール語ではないこと。袋と中身はまったく関係ないことなどを、その言葉自体を口にしている自分に少々恥ずかしさを感じながら説明する。

それにしても、とんでもない名前のURLだね。もっと、まともなアドレスつければよかったのにね。などと、知人に言われてしまう。確かに、ネパール人感覚からすれば、ごもっともな意見。

もったいぶってしまったが、ムジとは、辞書によると、肛門およびその周辺を指す、非常に下品な意味合いのある単語。辞書には書いていないが、そのあたりの毛をさす(しかし陰毛とは違う)という解釈もあるようだ。男性同士がけんかをしたり、相手を侮辱したいとき、からかいたいときなど、「この、ムジめ!」などと使ったりもする。日本語的に訳すと、「この、クソ野郎!」というようなニュアンスになるのか。女性が口にすることはまずないといってもいい。

無印良品の白いプラスティック袋には、そんな下品な言葉が入った、爆笑&赤面のURLアドレスが、いともさわやかに堂々と書かれていたのだ。ネパール人に無印良品の袋を渡すときは、くだんの単語がローマ字表記されていないことを、よく確認しよう。

2006年10月8日日曜日

外国人のネパール語

日本人にとって、ネパール語はとても勉強しやすい言語だと思う。文法は日本語と同じだし、発音も、比較的簡単。極端な話、ネパール語の語彙数さえふやせば、日本語で思いついた文章にそのままネパール語の単語を当てはめていけば、それなり意味は通じる文章となる。単語が持つニュアンスも、日本語と似ているものが多く、感覚的にも理解しやすい。

しかし、ネパール語とはまったく違う言語を母国語に持つ欧米人にとって、ネパール語を習得することはかなり大変なのではないか、と思う。たとえば英語を母国語とする人たちの場合、文法からしてまったく違うし、英語ではひとつしか表現方法のない二人称のYouに当たる単語が、ネパール語ではいくつもある(日本語でもあなた/君/お前などいくつも種類があるように)、というようなことを感覚的に理解するだけでも、難しいはず。

また、明らかに白人顔の相手には、たいていネパール人は英語で話しかけるから、ネパール語を勉強しにネパールに滞在していても、いつまでたっても習得できていない欧米人をたくさん見てきた。

以前、こちらにて3年間、継続してネパール語を勉強していたことがある。その当時、気の合うアメリカ人のクラスメイトがいた。彼女は、非常に正確なネパール語を話す人だった。私も、彼女と同じようにネパール語を話す外国人ながら、彼女のネパール語にはいつもひどく感心させられていた。文法的混乱は、彼女の頭の中で生じないのか、不思議でもあった。

そんな私たちの共通言語は、ネパール語だった。お互いにとって外国語であるにもかかわらず、(英語なまり/日本語なまりである点以外は)まったく違和感が無く、ネパール人と会話をしているようにすんなりいくのが、おかしかった。

彼女が3年以上前アメリカに帰ってしまってからは、ほとんど音信不通状態となっていたのだが、昨日久々に彼女からのメールが入っていた。少し前にカトマンズ入りし、しばらく滞在する予定だという。

うれしくなりながらメールを読んでいて、あれ、っと思った。英語ではなく、器用にもローマ字表記のネパール語(*注)で書かれていたからだ。ネパール人同士でも、メールでのやり取りは英語を使う場合が多いのに、日本人とアメリカ人の私たちが、お互いにとって外国語であるネパール語をわざわざローマ字表記してやり取りしているなんて。

本日、久々の再会が実現した。彼女の英語なまりの流暢なネパール語は相変わらずで、懐かしい話で延々盛り上がったのだが、どうみても白人顔の彼女と、日本人の私が、ネパール語で会話をしている姿は、周りから見ると不思議な光景だったようだ。

*注:ネパール語はデバナガリ文字を用いて表記するのだが、デバナガリフォントがない場合は、ローマ字表記であらわすことがある。日本語で『こんにちは』を『Kon'nichiwa』とあらわすような方法と同じ。

2006年10月5日木曜日

新しいデザインの50ルピー札





毎年、ダサイン祭前になると、新札が出回る。スーパーマーケットなどで買い物をしても、この時期、おつりを新札でくれることも多く、なんとなくうれしくなる。

たいてい、ネパールのお札は、くたくたにくたびれていて、手になじみすぎる場合がほとんどなのだが、新しいお札はぱりっとしていて気持ちいい。折り目をつけるのが惜しいほど。

さて、今回、新札と一緒にお目見えしたのが、新しいデザインの50ルピー札。(50ルピー≒80円)

描かれている人物は、ギャネンドラ現国王。

裏には、ネパールの国鳥ダフェ(和名:ニジキジ)の絵が描かれている。



ネパールのお札には、ヒマラヤやお寺、ネパール特有の動物の絵などが描かれている。個人的に好きなのは、お札の裏。ヒマラヤに住む高山動物ヤク、南ネパールのジャングルに住むサイ等の絵が描かれているものもあって、おもしろい。写真は、旧50ルピー札。表に描かれている人物は、2001年6月の国王一家殺害事件で命を落とした故ビレンドラ国王。

2006年10月3日火曜日

旅行者にとっての祭

秋の大祭、ダサインとティハール。

正直、旅行者にとって、ダサインはおもしろくないかもしれない。街を歩いていても視覚的に楽しめる祭ではないし、この期間はとても不便になるから。

以前、私の家族がダサイン中にネパールを訪れたことがあり、帰国日がダサインメインの日と重なっていたのだが、ツーリストとしてすごすダサインは非常に退屈だと感じた。日本の元旦に似ているこの日は、どこもかしこも休業で、最後に土産も買えず、おいしいものも食べられず、タクシーはなかなかつかまらず、ああ、他の日だったら、もっとネパールを満喫してもらえたのに、という残念な気持ちになったことがある。

さて、今年のダサインも山場を過ぎた。私は、都合よく、などといったら罰が当たるが、月のものが来て穢れた存在となったため、今年のダサイン祭は途中から不参加。ホッ、というのが正直な気持ち。

次は、光の祭、ティハールがやってくる。10月第3週から。こちらは、意味などわからなくても、ネパール人の知人がいなくても、視覚的に楽しめる祭。ただし、ティハールメインの日(今年は10月24日)は、旅行者向けのレストランや土産物屋も半分ほどは閉まってしまうので、要注意。

2006年10月1日日曜日

RA(ロイヤルネパール)便、また全線大幅遅延しています

定刻どおり飛ぶほうが珍しいといっても過言ではない、ロイヤルネパール航空(以下RAと表示)が、また遅延している。

4月の政変以降、『ロイヤル』の文字は社名からは外れ、カトマンズRA本社のビルの看板からは、『ROYAL』が塗り消された。消し方がわざとらしくて非常に滑稽。もっと目立たなく消す方法は無かったのかと思うが、適当さがネパール人らしくていい。カトマンズRA本社付近に立ち寄る機会があれば、是非社名を見上げてみてほしい。


さて、このRA便、カトマンズ⇔関空、バンコク、デリー、香港、その他たくさんの国際線ルートを、たった2機の飛行機でやりくりしながら飛んでいる。いつも順調に飛んでくれれば問題ないのだが、2機ある機体のうち1機が故障したりメンテナンスで飛べなくなると、残りの1機で全国際線ルートを飛ばさなくてはいけないことになり、信じられないほどの遅延が生じることになる。

ここ最近で、大幅な遅延で笑わせてもらったのは、2003年11月頃の出来事。関空発カトマンズ行き直行便が、なんと約5日遅延し、カトマンズに到着したのだ。もはや直行便とはいわない。笑うしかない。聞くところによると、乗客の半分以上は、停滞地の上海から、関空に引き返したという。

その後、ここまでの遅延は生じていないにしても、数時間~1日程度の遅延は、当たり前のように生じている。被害例を挙げたらきりがないほど、とにかく、予定通り飛ばないことで有名。定刻どおり飛んだらラッキーという感じだ。

限られた日数でネパール旅行を計画している人(特に関西地方在住)の人は、関空⇔カトマンズ直行便という言葉に惑わされ、利用してしまう人がかなりいるのだが、利用は避けたほうがいい。

時間が限られているからこそ、急がば回れでバンコク経由など確実なルートを使いネパール入りする必要がある。しかし、RA便遅延の常習犯ぶりを知らない人にとっては、なぜわざわざ遠回りしなくてはいけないのか、と、なかなか納得してもらえないことも多いのだが。

前置きが長くなったが、このRA便、今シーズン(2006年8月以降)も、すでに何度か大幅遅延している。とりあえず私が把握している情報では、9月半ば、関空⇔カトマンズ間10時間ほど遅延していた。その後何とか回復したのだが、現在また大幅遅延している。

9月26日(火)22時45分カトマンズ発(関空行き)が、約6時間遅延し、翌朝27日(水)5時頃に発ったそうだ。もちろんその後も遅延は拡大し、27日(水)18時頃カトマンズに到着する(関空発)便も大幅遅延。

そして、昨日9月30日(土)22時45分にカトマンズを発ち、関空へ行くはずだった便は、なんと約20時間遅延し、本日10月1日(日)19時半頃発に変更になっていた。(その後、20時台に、飛行機が飛び立つ音が聞こえたので、一応飛んだものと思われる)

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関空⇔カトマンズ間のルートでは、通常上海に1~2時間ほど経由するのだが、大幅遅延が生じているときは、上海に立ち寄らず、文字通り、関空⇔カトマンズ間を直行し、時間を節約することもあるというから、びっくりだ。そんなことってありえるの!?

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いつカトマンズに到着し、いつ日本に帰れるかわからないRA便。時間がたっぷりあり、日程なんてあってないようなもの、という長期旅行者には、スリリングな楽しい旅行になるかもしれないが、日程が限られていて、必ず予定通り日本に帰国しなければいけない旅行者は、利用はなるべく避けたほうがいいかもしれない。直行便というスバラシイ響きに惑わされないよう、くれぐれも気をつけてほしい。

* かなり主観も入りましたが、RAとの利害関係は無く、遅延の事実を書いたつもりです。

ダサイン祭9日目(ナワミ)にバイクにプジャをする



ダサイン9日目の今日は、機械類にもプジャをする日。

この日は、私のスクーターにも、毎年プジャをしてもらっている。今回も、知人の父親であるヒンドゥ教お坊さん(司祭師)の家に前日から泊まりこみ、翌朝プジャをしてもらってきた。

プジャにそなえ、昨日夕方、家の者が私のスクーターを近くの川で洗車してくれた。カトマンズ市内の川は聖なる川であっても大量のごみが捨てられ、ドブ川可していて、悪臭を放っているところが多いのだが、カトマンズから20kmほど離れたこの村に流れる川には、とてもきれいな水が流れている。しかも、雨期があけたばかりで水量も豊富。なんとも、効率的な洗車方法。



そして本日早朝、プジャ開始。

宗教の信仰度合いや、民族によってもプジャ方法は異なるようだが、ヒンドゥのお坊さん一家であるここでの方法は次の通り。

まず、交通安全を祈念し、『まんじ(卍)』(ただし、ネパールのまんじの向きは、この逆。ネパール語ではSwastikという。サンスクリット語も同じ)の模様を赤とオレンジの粉で描く。



赤と白の布を重要な場所に結び、その後、お経を唱えながら、聖なる水や花、色粉などを捧げる。

途中でオイルランプに火をつけ、火でまわりを清め、ほら貝をふき、悪霊を追い払う。

ココナッツをかち割り、その汁をスクーター全体にふりかける。プジャに使った聖なる色粉をお坊さんの手でおでこにつけてもらい、渡された聖なる水を口に含み、花を頭にのせ、勝ち割ったココナッツの一部を食べ、終了。



プジャ後は色粉やら花びらやらココナッツの汁やらで、スクーターはぐっちゃぐちゃ状態となり、どうも気に食わないのだが、とりあえずしばらくはこの状態で走らせることにしている。

2006年9月30日土曜日

血みどろの地面と生首

私たちの事務所が入っている建物の裏には、車が何台か止められるスペースがある。
ここで、毎年、ダサイン8日目(アスタミ)の日に、隣人がヤギを絞めるのだ。もちろん、ダサイン祭の主役、ヒンドゥ教のドゥルガ女神に捧げるため。

昨日、それはそれは激しい、ヤギの悲痛の泣き声が響き渡っていたのだが、本日ぱったり止んだ。そのかわり、敷地内は、鮮血の海。アスタミの今日、儀式を行ったようだ。絞めたらすぐに溜まった血を水で洗い流してほしいものだが、解体作業に忙しかったのか、放ったらかしのまま。

生々しいので写真はとらなかったのだが、こういう光景を、この国では当たり前に見ることができる。

ローカルな肉屋に行けば、ダサイン祭のときに限らず、普段でも、生き物を絞めるシーンは普通に見られる。肉屋の前には絞められ待ちのヤギや鶏がたくさんいて、時間になると首を落とされ、毛をむしられるのだ。もちろん、その辺には血が飛び散る。

その後、見せしめのように、ヤギやいのししの生首が台の上に置かれ、それが肉屋の目印となる。

余談だが、川のそばでは荼毘に付される人が、薪の上で焼かれているシーンを、間近に見ることができる。短時間で人を焼ききれる工場のような火葬場など、ない。
日本人の価値観からすれば少々グロテスクで、リアルすぎる『死』の現場だが、こういうシーンを日常身近に感じることができるこの国では、人の血がみたくて、友達を殺してみた、というような、近頃の日本でありがちな青少年の犯罪は、きっとこれからも、おこらないだろうなあ、と、いつもこの時期になると思う。

2006年9月28日木曜日

ダサインボーナスの渡し方とネパール人の金銭感覚

明日からカレンダー上ではダサイン休暇に入る。

ネパールでは、ダサイン前にボーナスを出す習慣がある。私たち規模の小さな会社の場合、現金で手渡しするのが普通なのだが、今年はネパール人マネージャーの提案で、趣向を変えてみた。

ダサインボーナスで自分名義の銀行口座を開くなら全額支給、現金で受け取りたい場合は半額のみ支給、さて、キミならどちらを選ぶ?という方法。

(理由はいろいろあるにせよ、)カトマンズ在住の大人でも、銀行口座を持っていない人のほうが多いのが現状。宵越しの金は持たない人が多いこちらでは、現金を手にした瞬間に使ってしまう人も多い。『預金する』という概念は、一般人にはまったくないといっても過言ではない。金銭感覚は(も?)非常に幼稚。

しかし、どんなに目先のことしか見えない人でも、現金で半額分のボーナスをもらうより、口座を開いて全額をもらったほうが得だということぐらいはわかる。先のことを見越し、あるときに貯めて、あとで楽をする、という感覚を養うためにも、口座開設はなかなかよいアイディアかもしれない。

銀行口座の利点を今ひとつ理解していない者もいたので、わずかであっても利子がついて得をするという点、そして、ネパール人マネージャー自ら、銀行のATMカードを見せ、『口座に自分のお金が残っていれば、真夜中であっても、お金がほしいときに、このカード一枚で必要な分を引きおろすことができるのだぞ!』と、カッコよさなどを説明した。(銀行からのまわしもののようだが、そういうわけでは決してない。ガイドスタッフの将来を案じた結果の行為。余計なお世話かもしれないが)

口座開設には、最低1000ルピー(約1600円)を預けることで普通口座をもてる一般的なプランを選ばせた。この口座の場合、最低残高が1000ルピーを切ると、口座維持料として毎月手数料が差し引かれてしまう。このため、最低でも銀行には1000ルピー残しておく必要があり(そうでないと損なので)、何かのときに、心強いはずだ。

とりあえず2名、ダサイン前に口座を新設した。初めて持つATMカードにうれしそうな様子。

しかし、それでも現金がほしい、という者もいるから、なんだか、がっくりしてしまった。手にした金をどう使おうと、彼らの勝手ではあるのだが。

2006年9月27日水曜日

ネパールトレッキングTRCについて(続々編)

10月1日から導入される予定だった新しいトレッキングシステムTRC(Trekking Resistration Certificate:トレッキング登録証明書(仮訳))について、2006年9月8日付け、9月25日付けの2回、このブログにも書いた。

World Tourism Day である本日9月27日、この日にちなんだイベントの一環として、TRC申請事務所開設記念式典が予定されていた。そして、TAAN(Trekking Agencies Association of Nepal )所属トレッキング会社に、TRC申請要項および申請用紙などが配布(厳密には購入するのだが)される予定だった。

しかし、急遽昨日夕方の決定で、この式典は延期されることになり、これに伴い、10月1日から導入予定だったTRCシステムも延期される運びとなった。

TAANからの情報によれば、TRC申請事務所開設式典およびTRC導入は、10月第3週以降に延期されるという。しかし、まだはっきりしたことはわかっていない。

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なぜ、本日の式典が延期となったのか。

それは、先日、ネパール国内で起きたヘリコプター事故と関係している。著名人を含む乗客乗員24人の死者を出したヘリ事故を受け、本日、公的機関が哀悼の意を表すため臨時休暇となったためだ。このようなときに浮かれたイベントなどは実施できないため、本日、World Tourism Dayのために用意されていたイベントの多くがキャンセルまたは延期となった。

TAAN所属トレッキング会社・ヒマラヤンアクティビティーズとしては、TRC導入について客観的に今後の様子を見ていきたい。

2006年9月26日火曜日

ダサイン祭を感じる瞬間

9月29日から、ネパールは長期ダサイン休みに入る。休み開始まで、残すところあとわずか。

日本の年末のように、なんだかいつもに増してあわただしい街。渋滞が多いのも、そのせいかもしれない。

カトマンズ市内オールドバスパーク周辺の歩道や、中央郵便局周辺では、先日からダサイン向けに、道に敷物を敷いて、その上に品物を並べて売るだけの店が連なり、フリーマーケット状態となっている。買い物客と車とバイクと物乞いと野良犬とクラクションと排気ガスででごった返す、騒然とした街。(そして気が立つわたし)

こんな光景を見ると、ああ、ダサインだなあ、と感じる。

約一週間弱ぶりに青空が広がった今日。太陽が顔を出しても風は涼しく、もう本当に、秋、という感じ。こんな青空を見ても、ああ、ダサインだなあ、と感じる。

そして、忘れてはいけない極めつけはコレ! ・・・というか、すっかり忘れていたのだが、本日第一弾が聞こえてきた。

何が聞こえてきたかというと、生贄用ヤギの悲痛な泣き声・・・。30日の生贄日に備え、近所の家で早速ヤギを確保したようだ。ダサイン8日目(アスタミ)、ダサイン祭の主役、ドゥルガ女神に生贄を捧げる習慣があり、いたるところで、生々しい解体シーンを見ることになるのだが、この日のために、人々は、ヤギや鶏(豚、いのしし、水牛なんでもアリ。でも牛はダメ)を準備し、楽しみに待つのだ。

今年もあと4日、近所のヤギの首が切られるまでは、毎晩悲しい泣き声を聞きながら眠りにつかなくてはいけない。ああ、今年もダサインだよ・・・

2006年9月25日月曜日

TRC(トレッキング登録許可証・仮称)続編



10月1日から導入される新しいトレッキングシステムTRCについて、2006年9月8日付けで、このブログにも書いた。

その続報。

2006年9月24日付けTAAN(Trekking Agencies Association of Nepal )からの情報によると、やはり、先日このブログにも書いたとおりの内容で、TRCは実施されるようだ。

左ファイル、ネパール語での情報だが、参考までに添付したい。(最後の一行に、TRC申請場所の地図添付についての記載があるが、個人での申請は受け付けていないため、地図画像の添付は省略した) 

多くのトレッカーが心配している『ガイド無しではトレッキングにいけないのか?』という件だが、どうやら、その通り、ガイド(またはポーター)無しでは、トレッキングはできなくなるようだ。

添付書面によると、『トレッカーは、TAAN加盟トレッキング会社所属のフィールドスタッフ1名を必ずつけてトレッキングへ行くこと』とはっきり記載されている。『ガイド』『ポーター』という明確な記述はないが、言うまでも無く、『フィールドスタッフ』=『ガイド』または『ポーター』であることが読み取れる。

とりあえず今年いっぱいぐらいは、ガイドまたはポーターを雇って、決められたルールどおりにトレッキングへ出かけたほうが良いと思うが、そのうち抜け道がでてくると思うので、何が何でも個人トレックを楽しみたい方は、今後の動きに注意すると良いだろう。でも、違法行為はしないように。

2006年9月23日土曜日

まだ降る雨

9月23日、ヒンドゥ教最大秋の大祭『ダサイン』初日の今日も、雨。

『10月10日(以前の日本の体育の日)は雨降りの可能性が低く、ほぼ確実に晴天が広がる』と、統計的に証明されているように、『ダサイン祭の約10日間は、秋の青空が広がり雨は降らない期間』、と勝手に思い込んでいた。(実際には過去大雨が降ったこともあるそうだし、統計的な証明などされていないのだが、感覚的に)

しかし。相変わらず続く雨&曇天。9月20日頃からまた天気は崩れ、ずっとこんな調子で早数日。7月のようなこんな天候が繰り返し続いている。

季節は一気に変わった、と思っていたのだが、また逆戻り。

ほんと、よく降ってます。

2006年9月22日金曜日

曜日にまつわる俗信2

~ 曜日にまつわる俗信1 のつづき~

俗信によれば、『土曜の出発』は良くない。つまり、メールがネパールから出発する(送信される)のもよくない。重要なメールであるだけに、縁起のよい日に送信したほうが良いに決まっている。それは、月曜日。と考えたわけだ。しかしなぜ、月曜日の送信がよいのか?

昨日付けのブログに書いたとおり、こちらの俗信によれば、月曜は畑仕事に適した日 → 月曜日に種を蒔けば、作物が良く育つ → つまり、ビジネス拡大にも結びつく → ということで、げんをかついで月曜に送信しよう、という思考回路に至ったらしい。

ずいぶん強引なこじつけ方であるような気もするが、とりあえず期限に余裕はあったので、メールは月曜日に送信することにした。果たしてそのせいなのかどうなのか、先方から良い返事が来て、やっぱり俗信を守ってよかった、と、納得しているネパール人スタッフたちに、なんだかおかしくなってしまった。

~ 余談 ~

曜日にまつわる俗信を気にするスタッフの1人が、このダサイン祭(毎年10月頃にやってくる、ヒンドゥ教最大の祭)を前にして、バイクを買い換えることになった。昨日木曜日、新しいバイクが手元にやってくるという話だったらしいのだが、ここはネパール。予定は未定。翌日にずれ込む、という知らせが、ディーラーから入った。

すると、バイク購入予定のスタッフの顔が真剣になり、父親に突然電話をし始めた。父親は、ヒンドゥ司祭師の仕事をしていて、星回りが関係する運勢や、俗信、縁起などの話題に豊富な人。

会話の内容を聞いているとこうだった。

『おとーさん、ボクのバイク、明日手に入ることになったんだけど、金曜日に新しいバイクを手にしてもマズくないよね?』

ネパールには、月曜日に新しい服を買うのはよくない、という俗信もある。こういう俗信を思い出し、不安になったのだろう。できれば、縁起の良い日に新しい物を手に入れたい。

それにしても、だ。既婚で子持ちの30過ぎた男性が、そんな俗信を気にして、仕事中におとーさんに電話するなよ、と、思わず突っ込みをいれてしまった私であった。

余談の余談だが、購入したばかりのバイクには、必ず最初に、交通安全祈願のプジャをし、ココナッツ汁をふりかけるのは、言わずもがなの習慣。信心深いこちらの人たちの行為は、時にほほえましくもなる。

~おわり~

2006年9月21日木曜日

曜日にまつわる俗信1

ネパールには、曜日にまつわるおもしろい俗信がたくさんある。

その中に、こんな俗信がある。

月曜は畑仕事、水曜は家仕事をするのがよい

土曜の出発、火曜の到着、熱がでるかも、おなかが痛くなるかも?(出発、到着には土曜や火曜を避けたほうが良い、という意味) ネパール語だと韻を踏んでいてリズミカルな文章になる。

先週末、とても重要なメールを事務所から送る必要があった。何度も何度も見直し、不備が無いことを確認し、さて、いよいよ送信する段階になったときのこと。

送信することを周りに宣言し、気合をいれ、送信アイコンをクリックした瞬間、スタッフから「ちょっと待った!」の声がかかった。そして、羽詰った声で「今日何曜日?」と聞かれた。

その日は土曜日だったのでそう答えると、「土曜はマズイ!そのメールは月曜に送ろう!」と言い出すのだ。

ちょっと待ってくれ、すでに送信ボタンをクリックし、メールはじりじり送信されかけている状態。通信速度の遅いこちらのネット事情。送受信に非常に時間をくうことが幸いして、まだ『送信済み』にはなっていなかったからよかったものの、瞬時に送受信が終わってしまう日本のようなネット環境であれば、とっくの昔にメールは送られてしまっていたに違いない。

あわてて『切断』をクリックし、重要メールは送信されずにすんだのだが、なぜ土曜の送信はまずかったのか?というと、それは、先述した俗信に関係している、とのことだった。

~ 曜日にまつわる俗信2 につづく~